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第5話 DTちょっとだけ巻き込まれる

第5-1話 その魔法使い凶暴につき

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○ トレンドは脳内スマホ
 そのあと定期的に連絡を取りながら街と森の中に移動しています。
 私とエルフィの脳内通信は、割と広範囲まで会話が可能なことがわかりました。私とメアとは、そんなに遠くまでの会話は難しそうです。エルフィとメアでは、距離が遠いと立ち止まって集中しないと聞き取れないし、話す時は頭の中で全力で叫び続けるぶような感じだそうです。無理をしない程度に私とエルフィとメアは、定期的に連絡を取って、それぞれの作業をしてみることにしました。
 私とモーラは、領主様の家に伺ったところ、たまたま商人さんもいらっしゃって、借家の話をしたところ、領主様はたいそう喜んでいらっしゃいました。というのも家主さんが双方の友達だったそうで、私たちが借りた後、大喜びでその話をしていたようです。
「幽霊を退治したそうですね。」領主様興味津々です。
「話が大きくなっているようですが、行ってみたら何も無かったのです。ですから住みながらしばらく様子を見ようかと思っています。」
「そうですか。彼はたいそう喜んでいましたよ。幽霊を退治して、しかもそこにしばらく住んで後始末までしてくれていると。」
「いやいや後始末とか。そもそも何も起きていません。こちらとしても使わせてもらうつもりでしたから、問題はありませんよ。」
「さらに、新しい迷子まで見つけられたそうで、」
「迷子ですか。たまたま家の近くで困っていたエルフさんと出会いまして。事情を聞くと仲間とはぐれてお金まで無くしたそうなのです。かわいそうでしたのでしばらく一緒に暮らして、お金を貯めてもらって、次の街まで一緒に行くことにしただけなのです。」
「まあ、事情はいろいろありますでしょう。あまり深くは詮索しませんが、気をつけてくださいね。噂では、他の国には人身売買組織があってエルフは高値で密売されているそうですから。特に誘拐には注意した方が良いですよ。」
「傭兵団にいたユーリが彼女と一緒に森で薬草を採取しています。彼女なら護衛をつけているようなものでしょう?」
「それはもっとまずいですよ。2人とも誘拐される可能性があります。他の誰かと一緒にいないのですか?その2人だけで行動しているのですか。」
「はい。今申し上げたとおり森で薬草採りをしていると思います。」
「とにかく気をつけてください。あなたはこの街でいろいろな意味で目立っていますから。」
「わかりました気をつけます。心配なので彼女らのところに戻ります。」
「その方がよろしいかと。」
「では、失礼します。」
 ドアを閉めるのももどかしく、屋敷を飛び出しました。
「連絡はとれそうか?」走り始めている私にモーラが不安げに聞く。
「それが、屋敷に入るときに連絡をとった時はちゃんと連絡が取れていたのですが、今は連絡が取れません。」
「もしかしたら見張られていたかのう。」
「誘拐して売るというのであれば危害は加えないでしょうけど、嫌な予感はしますねえ。」私も最悪の結果を予想してしまい、言葉を濁しました。
「可能性はあるがまだ大丈夫であろう。」
「もし何かあったとしたら傭兵団のあの男の仕業ですかねえ。」
「そんな大それたことができるような男ではない気がするがのう。かといって他には心当たりもないが。じゃが、襲うとすれば単独ではないであろう。かなりの人数が必要になるぞ。誰かと手を組んだかもしれんな。」
「とりあえず私達の後をつけている人達がいるので、裏道に誘い込んで情報をいただきましょう。」
「おう」私は、モーラを抱えて横にあった小路に急に走り込む。慌てて3人が小路に走り込んでくる。やはり尾行されていたらしい。しかし、私達はそこにはいなかった。小路に入ってきょろきょろしている3人の後ろから私は声を掛けた。

○その男凶暴につき・・・
「私をお探しですか?」
 小路の入り口側に私は立っています。脇にモーラを抱えているのでちょっと間が抜けていますが。
 振り向いたその男達は、なぜそこにいるのか不思議そうな顔をしながら、こう言いました。
「別に探しちゃあいねえよ。」とうそぶきます。まあ、少し顔色は変わっています。
「そうですか。なら、なぜ走り込んでキョロキョロ周囲を探すような真似をして、私を見た途端。ちょっと安心しつつも驚いたのですか?」
「それは・・・まあ、確かにあんたををつけていたからなあ。」
「そうですか。ならばお尋ねしますが、なぜつけていたのですか。」
「それを話せると思うかい?」そう言った男は少し笑っています。何か余裕が出てきたようです。妙にもったいつけていますねえ、もしかして時間稼ぎをしていますか?
「もう一つ教えて欲しいのは、あなた達をそそのかしたバカな人は誰ですか?」
「それも話せると思うのかい?もっともその質問自体、見当違いだよ。単に子ども連れの男を襲って金を盗ろうとしてただけさ。」
 前に立っている男が笑いながらそう言っています。
 ああ、やはりのらりくらりと時間を稼ぐつもりなのですね。
「ごめんなさい。急いでいるので本当に誤解だったら後で謝りますから。とりあえず質問に答えてもらえるように腕一本もらいますね。」
「一体何を言いやがる。」
 私は彼らの前にわざと見せるように腕を突き出して鳴らない指を鳴らす。
「なっ」私と話していた男が声を詰まらせる。その男の右腕が一瞬で切り飛ばされて、もう一人の男に当たる。血しぶきはない。次の瞬間その男の腕の付け根から血が噴き出す。
「うわあああああああ」その男は痛覚が戻ったようだ。痛みに耐えかねて叫びながら、なくなった右腕の付け根を抑えてのたうち回っている。残りの2人は呆然と立ちすくんでいる。
「さて次の人。とりあえず今話せることを話しなさい。」と残りの2人のうち、左の男に言った。
「なんのことやらわからんが」男は青ざめた顔でそう言った。
「そうですか。では」私はさっきと同じようにその男の前で指を鳴らす真似をする。男の右腕が切り飛ばされる。この男は、その状況をみて膝から崩れ落ちるように倒れる。どうやら気を失ったようだ。
「最後の人。これでも話すことはないと?」
「な・・なんのことやら」
「ああ、本当に誤解だったのですねえ。ごめんなさい。でも、ここで起きた事を他の人に知られるわけには行きませんので、全員死んでくださいね。」腕を前に出して指を鳴らそうとした。
「わかった!言う。俺らは頼まれたんだ。とにかくおまえらを見張ってろとな。見つかったら時間を稼げとな。」
「おや、やっぱり嘘をついていたのですね。誰が頼んだのですか?」指を鳴らす準備は継続中です。
「フードをかぶっていて顔はよくわからなかった。だが、先払いで結構な額を俺らに渡してきたんだ。監視して、時間を引き延ばすだけで、けっこうな額をもらえるんだ。断るわけないだろう。」
「わかりました。だとすれば、バレた事を知らせる方法がありますよね。」
「ああ、これを吹けと。」そう言って震える手でポケットから笛のような物を出す。
「どう使うのですか?」
「見つかったり見失ったらこれをその場で吹けと言われたんだ」そう言いながら、手に持った笛を私に渡そうとする。さすがに手が震えている。
「吹いてください。」私はそれを受け取らずそう言いました。
「いいのか?」
「かまいません。」
 その男は震える手で笛を咥えてその笛を吹いた。しかし音がしない。
「音がせんぞ」モーラが思わず声を出す。
「もう一度吹いてください」やはり音がしない。
「ああ、犬笛みたいなものですね。」
「なんじゃそれは、」
「人間には聞こえない波長の音を出します。でも、モーラも聞こえなかったんですよね。」
「ああ、聞こえておらんが」
「どういうことでしょう。あなた、何か吹くときの注意点など言われていませんでしたか?」
「いや、強く吹けとだけ言われた。なんなんだこの鳴りもしない笛は。」会話中に倒れている2人は動かなくなった。失血して意識を失いましたかねえ。
「練習しましたか?」
「いいや、試そうとしたらここでは吹くなと嫌そうに言われただけだ」
「ではもう一度。今度は深く息を吸い込んで、できるだけ長く吹いてください」
「ああ」その男は息を深く吸い込んでかなりの長い間吹き続けた。
「なるほど。こういう術式も組めるんですね。参考になりました。その笛もらっても良いですか。」
「かまわないが。俺たちは・・・」
「ああ、ごめんなさい。」私はパンと手をたたく。腕がちぎれて血の海に倒れていた2人は、腕も元に戻り、意識を失って倒れているただの男になっています。ただ少しの血だまりは残っています。
「あ?あれ?」
「幻覚ですよ。残念ですが私には人は殺せません。」
「そうなのか。でも、血のにおいがかすかにしているな。」
「もしかしたらその2人は一度死んでいるかもしれませんよ。いつか私の魔法が切れてしまったら腕が取れて、死んでしまうかもしれません。お二人には、取れないように気をつけて生活した方が良いと忠告しておいてください。
 今後何か悪いことをしたり、考えたりするといきなり腕が取れるかも知れません。どうなるかは、あなた達の心がけ次第だと。
 さあ、モーラ行きましょう。あの2人が怪我などしていたら困りますので。」
「あ、ああ」モーラの声に力が無い。どうしたのでしょうか。
 その小路を出て、すぐにメアさんに連絡を取る。
『メアさん聞こえていますか』反応はない。さきほどのやりとりが聞こえていれば良かったのですが、もう一度今度は、意識して大声を出そうとしたら、
『やめてください。』メアさんの声が響いた。
『聞こえていたのならすぐに返事をくれても。』
『残念ですがそんな余裕はありません。現地に向かって移動中ですので、止まって会話をする余裕が惜しいのです。エルフィの魔力量なら、近づけば私にも聞こえると思いましたので耳を澄ましながら走っていますが、残念ながら反応がありません。』
『今、どの辺ですか?』
『家に近づいたところです。』
『家に?』
『はい。森の中に入るにしても、どういうルートで入ったかを知りたかったのです。それで、大体予測がつくものですから。』
『どうして予測できるのですか?』
『木を伐採していたときに薬草の話をしていて、採れる場所をいろいろ話していたのです。ただ、家からの方角と距離でしか教えてもらっていないのです。』
『音はどうですか?何か騒いでいる音を聞き取れませんか?』
『一度止まって聞いてみます。』
『よろしくお願いします。』
『そういえばアンジーはどうした。』
『露店の前に放置してきました。さすがに私のスピードに耐えられるとは思いませんでしたので。』
『おぬし。わしを置いていけ。そっちも心配じゃ。アンジーが呼びかけに答えん』
 私はお姫様抱っこしていたモーラをおろしました。モーラはいつもより少し速いスピードで露天の並ぶ広場の方に向かいます。
『どうやら私たちはまんまと相手の策略にはまったのですかね。』私はようやく街を出ました。
『わからん。ここまで手の込んだ事を仕掛けてきているのじゃ。わしなら弱いところから狙うと思うぞ。』
『なるほど。森の方が陽動かもしれないという事ですね。』
『最終的にエルフィやユーリが欲しくとも、交渉のためにアンジーを人質にするというのは考えすぎか?』
『我々の知名度はここではほとんど無いと思いますが、一体誰が私たちを狙っているのでしょうか。』
『残念じゃがおぬしは、噂の奴隷商人として悪目立ちしておるからな。そこから変な噂が立ったという事はないか?』
『そうかもしれませんねえ。いろいろと取りそろえていましたからね。』おっと皆さんを商品のように言ってしまいました。私も冷静ではありませんね。
『しかも全員美人じゃぞ。これは嫉妬もされるわな。』
『自分で言いますか。まあ確かに美人揃いですけどね。』
『アンジーが倒れておる。しばらく中断じゃ。』
『お願いします。』
『しかし、幻惑の魔法まで使えるようになったのか。おそろしいやつじゃ』
 モーラ、あれは幻惑の魔法じゃ無いんですけどね。

○薬草の見分け方
 その少し前、ユーリとエルフィは森の奥に入って薬草の生えている場所に到着した。
「この辺が生えているところですね~」
 エルフィは、その草の中から一つ選んで草を摘み取り、ユーリに見せる。
「この葉っぱの形を覚えてくださいね~。微妙に違う葉っぱもありますから~。迷った時は、手にちょっと魔力を込めると違いがわかりますよ~」
 エルフィはそう言って、同じような形の葉を摘み取り、それぞれを手に持って魔力を込めた。
 ひとつの葉は何も起こらず、もうひとつの葉は光り始めた。やがて光はゆっっくり消えた。
「魔力を込めるのですか。」
 ユーリは、魔法を剣に付与する練習はしていたが常に全力で魔力を込めていたから、こういう細かいことが苦手だった。
「苦手なのはわかるよ~だから無理しないでね~慣れるまでは似たような葉も篭に適当に入れていいよ~あとで選別するから~」
 エルフィに言われ、ユーリは少し考えた。これからはもっと魔法を使う機会が増えると。今回の脳内通信もそうだ。今のうちに魔力の操作に慣れておくべきだと思った。これは練習の良い機会だ。そして薬草の葉の形を覚えれば、きっとあるじ様が褒めてくれる。そう考えて薬草探しを始めた。
 作業しながらユーリは、傭兵団の事を思い出していた。
 傭兵団では、魔法を込めた剣はほとんど使っていない。団長からは戦闘中には使わないよう厳命されていた。
 それでもたった一度だけ実践で使っている。自分一人で見回りをしていた時に森からいきなり魔獣が出たのだ。本当に出会い頭だったので、咄嗟に魔力を込めて剣を使ってしまった。もちろん誰にも見られてはいない。
 あの時、自分自身に驚いたのは、咄嗟とは言え魔法を剣に付与して戦ってしまった事だった。それが少し恐かった。もし突然出てきたのが人だったらとどうなったのだろうと思ってしまったからだ。
 それ以外では、団長から深夜に手合わせにつきあわせられ、魔法剣を使うよう言われて練習をしたくらいだ。
 だから魔法剣自体は、その前に覚えたはずだ。そうだ、魔法剣を覚えたのは祖父の剣だった。
 団長に預けられる前に祖父と一緒に何度か魔法剣を使って打ち合いをしている。その時だって全力で魔力を込めろとしか言われていない。魔力量の細かいコントロールなんてしたことがなかった。
 そういえば、魔法を使った剣技を祖父から見せてもらったことがあった。
 深夜に魔法で火を灯しているランタンを台の上にの乗せて、祖父が言った。
「剣に魔力を込めてから目を凝らして炎を見てみるんだ。何か見えるだろう」
 僕が目を凝らすと炎の周りには何か魔方陣ができていてクルクルと回っている。
「はい、炎の周りに魔法陣が見えます。」
「見えたか。ならば見逃すでないぞ。」
 そう言うと祖父は、剣に手をかけ一瞬でその炎を切り、炎は一瞬で消えた。周囲は星空の明かりだけになった。祖父は、ランタンに火を灯す。
「見えていただろう。炎を切ったのではない。炎を作っている魔法を切ったのだ。」
「はい。」確かに自分にも見えた。炎の周囲に回っている魔法陣のしかも炎の手前側にある魔方陣を切ったのだ。
「見えたのならお前にもできるようになる。精進しろ」
「はい」
 それから毎夜、いくつかの剣技と魔法を付与した剣技を見せられた。剣技の方は幾つか自分のものにしたが、魔法剣の剣技は、それから使わなかったので、どんなの技があったかさえ思い出せない。
 僕は「人を守るためには、魔法剣も使っていく必要があるのだろうか」漠然とそう思い、自分の魔力量を考えると、効率的な魔力制御をしていかないと長時間戦えないかもしれない。などと考えながら薬草を選別していた。
 選別作業は、薬草が周囲になくなると作業する場所を少しずつ移動することになる。
「剣は必ず手の届くところに置け」普段からそう言われていて、それが習慣になっている。薬草を探して少し前に進む時には篭と剣とを一緒に持って移動している。
 無駄な動きが多い分、作業効率に差が出て、エルフィはかなり先の方まで行ってしまった。

 エルフィは、ユーリには薬草の選定の仕方を教えたが、実際には薬草採取をしたことがなかった。
 エルフィが草を探す時は、たいがい食べられる草を探していたからだ。小さい時には貧しくてよく森の中に入っては食べられる草を探していた。
 里から冒険に出てからは、お金に困っても食事に不自由することはなかったけれど、数日前に透明になっていた時も、食べられる草ばかり探していた。だから薬草だけを採取するのは新鮮なのだ。エルフ族は、回復魔法持ちが多くて薬草はほとんど必要ないし、それを売ってお金を稼ぐなんて発想もない。だから、冒険者になった時に薬草が売られているのを見てびっくりしていた。
 作業中に魔獣に襲われたら困るので、武器は一応持ってきているが、最初の場所に置きっぱなしだ。私の聴力ならば周囲の音を注意深く聞いていれば、かなり遠くから近付いてくる魔獣や獣が現れても事前にわかるから武器を取りに行く時間は十分取れるつもりだった。
 今回は剣士も一緒なのだ。ユーリは魔獣を一人で倒した経験もあると言っているし、 傭兵をやっていたのだから、襲われても自分は遠くからの支援がメインになるはずだった。
 だから安心して作業をしていたし、薬草採取自体も楽しくて、ついつい先に進んでしまって、いつの間にかユーリとの距離が開いていた。
 そして周囲の音が消えているのにも気づかなかった。うかつだった。聞こえればどんな音にでも反応はできるけど、何も音がしない違和感に気づくのにはたいがい遅れるのだ。

○襲撃
「あなた達には人質になってもらう」
 ひときわ大きな声が森の中に響いた。
 エルフィは立ち上がって周囲の音に耳を澄ます。周囲の音は何も聞こえない。
『ユーリ結界を張られたようです。』
『どうやらそのようですね。』
『ごめんなさい気付かなくて。』
『大丈夫です。こちらに戻ってこられますか。』
「動けません。怖いです」声に出してしまうくらいエルフィは怯えている。
 音を遮断される。それはエルフィにとって初めての経験だった。そしてその事に初めて恐怖を感じている。
 音がしない。恐い。怖い。恐い。草のざわめきも枝の揺れも鳥の羽ばたきもウサギたちの足音もすべて自分との距離を自分の位置を確かめるのに必要な音だ。それが一切遮断される恐怖。まるで広さのわからない空間に取り残されているような恐怖を感じていた。
 立ち上がったもののその恐怖に頭を抱えて再び座り込む。
 座り込んだエルフィに足音が聞こえた。最近覚えた足音だ。うれしくて後ろを振り返る。ユーリが剣を携えてこちらに走ってくる。うれしくて涙が出そうになった。でもその涙は一瞬で止まった。それは、反対側からゆっくりと足音がしてきたから。知らない足音が。
 ユーリが隣に立ち止まり。そこからさらに足を進めようとすると、そばにあった薬草の篭が後ろに飛び散った。さらに二人のまわりに小さい炎が数発飛んできて地面に焼けこげを作った。飛んできた先を見るとフードで顔を隠している者が立っている。口元は見えるが顔までは見えない。小柄で男か女か区別はつかない。
 ユーリがエルフィをかばうように立ち位置を変えている。そしてユーリの両手には剣が握られている。
「たった一人で誘拐に来るとは、そんなに返り討ちにされたいですか」
 ユーリが威勢の良いセリフを言いましたが、声に勢いがありません。しかも剣を持つ手が震えています。単なる虚勢でしかない。
『どうですか?』ユーリが憶えたての能力を使ってエルフィに話しかける。
『だめです、連絡が取れません。』しゃがんで頭を抱えたエルフィが答える。
「連絡なんて取れない。結界を張っているから。」
 二人は目を合わせる。脳内通信を聞かれていたのだ。そして絶望が2人の顔に浮かぶ。

 フードのついたローブを着た者は、タクトの様な小さな杖を手に握っている。たぶん魔法使いなのだろう。フードを深くかぶっているのでその顔は見えない。もしかしたら何か見えなくするように仕掛けをしてあるのかもしれない。だが、口元だけは見えていて、いやらしい笑みを浮かべているのがわかる。
「あなたたちの連絡方法はずさんなんだ。 あんなに周囲に声をばらまいていたら、聞かなくていい人にまで聞こえている。 しかも暗号も使わないで話しているなんてうかつすぎるよ。」
 コメントを求めるかのように間を開けているが、ユーリにもエルフィにもそんな余裕はない。その者の抑揚のない話し方に性別すらもわからない。
「だから、とっとと人質になれ。 こっちはあなたたちを傷つけるのもこちらが傷つくのも嫌なのだから。」
 そう言ってその魔法使いは目線の高さにタクトを持ち上げる。
 しかし、ユーリが呼吸を整え剣を握り直す。先ほどまでの震えはない。
 ユーリは、相手の「誘拐」と言う言葉に反応した。「誘拐」はユーリにとっては特別な言葉だ。その言葉のおかげでユーリは傭兵団での出来事を思い出した。自分たちが助けた商隊や誘拐された女子どもの事を。
 その子達は、助けが遅くなればなるほど陵辱されていて、心まで壊されていることが多かったし、誘拐された子だって命までは取られていないが、心も体も壊されいていることが多かった。
 もちろん傭兵団だって、助けに行って盗賊や誘拐犯に返り討ちにされる場合もある。そうなって相手に捕まったら自分もそうされるかもしれないといつも思っていた。
 だから、「誘拐する」と言われれば、命はあっても心は壊されるとユーリは瞬間的に覚悟して、反射的に「戦う」を選択するのだ。そう、ユーリには戦うしかないのだ。
 ここで剣を下げたら負けなのだ。自分が差し違えてでもエルフィを救う必要があるのだ。ユーリはそう心の中で決意した。
「だから戦うのやめろ。あなたの剣は私には届かない。怪我をするぞ」
「それでも僕は仲間を守ります。たとえ自分が倒れたとしても。それが剣士としての矜持と教わってきました。」
 ユーリの構えている剣がほの明るく輝き出す。薄赤い色から青白く変わっていく。エルフィはそこにひざまずき何かを祈っている。
 エルフィは恐かった。そして武器をそばに置いておかなかった事を後悔していた。ユーリが武器をそばに置いて薬草採取をしているのを見て、遠くにあっても大丈夫だと教えたかったくらいだ。私の耳を信じて欲しいと。自分の能力なら大丈夫だとたかをくくっていたのだから。そしてその結果がこれだ。
 自分一人だったらあっさり捕まっていたかもしれない。でもユーリは違った。私を守ろうとする気持ちが伝わってくる。そして思い返す。自分のために必死に守ってくれる人が今までいただろうか。いや、たぶんユーリが初めてだ。
 だったら考えろエルフィ。私に何かできることがあるはずだ。回復魔法の他にも何か。そうだ、小さい時に里で使って怒られたシールドの魔法がある。あの時は強力すぎて迷惑をかけてしまったけれど、今回は使ってもいいはずだ。
 でも今はそれしかできない。そう私は無力だ。弓を持たない私は無力だ。シールドの他にもまだ何か自分にできることがあるはず。 ここでユーリが死んでも私が死んでも残されたみんなが悲しむ。絶対生き残るんだ。絶対に。
「とりあえず忠告はしたからな。抵抗するなら怪我は覚悟しろよ。もしかしたら死ぬからな。本当に良いな。」
 ユーリは、相手の言葉が終わる前に一気に間をつめて相手に斬りかかった。しかし袈裟斬りの軌道を取った剣は、相手に届く前に拒まれる。どうやらその魔法使いの前に見えないシールドがあるようだ。そこで立ち止まって、今度は逆側から袈裟切りを試みる。やはりシールドに阻まれる。
「へえ、攻撃が反射されて君に攻撃が向かうはずなのに、君に跳ね返らないのは、後ろで祈っているエルフのおかげなのか。そのエルフはすごいな」感心した様に言う。でもまだ余裕のある声だ。
 しかしユーリは、何度も剣をそのシールドにたたき込む。交互にそして連続して。
「無理、無理、これは魔法のシールドだから。物理攻撃では破れない・・・おや。削れているなあ。ほう」
 相手との間にある透明なシールドに少しずつヒビが入り、ヒビ割れた部分が白く濁ってきている。ついには、シールドの全容がわかるくらいにヒビが増えていく。
「なるほど。物理攻撃に対してほぼ100パーセントの防御力を持つこのシールドも魔法を乗せて攻撃すれば壊れるのか。ふ~ん」その者は、感心したように頷き、それでもただ黙って見ている。ユーリは無心に斬りつけ続ける。
 ピシリという破裂音とともにシールドが砕け散る。その者は一歩後ろに退いた。
「すごいな。結局壊したのか。でも、またシールドを張れば良いだけだからな。」
 その者はそう言って軽くタクトを振って、タクトの前方に魔方陣を描く。ユーリはそのタクトの先に発生した魔方陣を下から斬り上げる。魔方陣が切れて術式が崩れていく。
「これはすごいわあ。すごすぎるわね。こんなことができてしまうのはまずいのよ。こんな事だけで無くもっとできるようになってしまってはまずいわ。生きていてもらってはまずい。生かしておいてはまずい。今!そう今!殺しておかなければ!」口調が変わったその者は、腕を前にかざしたが、何かが頭に響いたようで頭を抱え横を向いた。そして何かをつぶやいている。何かが起きるかもしれないとユーリは剣の切っ先を青眼に構えてその者の様子をうかがう。相手に何か動きがあれば、即座に反応できるように視線を外さない。
「ああそうか。捕まえて人質にするつもりだったけど、あなたを殺す気になっちゃったし。そうね、先にエルフを殺してからおまえを殺せば良いか。そうしよう。私の仲間も失敗したようだしねえ。このまま誘拐は無理そうね。」そのフードの下の口がニタリと笑う。一瞬ユーリがエルフィに振り返った。
「はーははは、ひっかかったー」素早く魔方陣を描き、杖ではなくその手の人差し指の先から炎が噴き出してユーリを襲う。たった一瞬振り返っただけのつもりだったがすでに遅く、気配に振り向くユーリの顔に恐怖が張り付く。
「シ・ネ」無機質な声でその者がつぶやく。体勢を崩して後ろに倒れつつ顔を背けるのが精一杯のユーリ。
 しかし、ユーリを襲うはずの炎はユーリに届いていない。エルフィが後ろの方で今度は両手を前にかざしている。炎はユーリの前にできたシールドが防いでいる。
「は?なにそれ。ふーん。私の炎の攻撃を防げるなんて、ただのエルフじゃ無いのか。なるほどね。」
 そこにメイド姿のメアが到着する。

 私は、ユーリとエルフィの様子を見て怒りに震えた。「怒り」私はその感情を今まで知らなかった。
『私の家族に何をしてくれてますか。』私は心の中でつぶやいている。
 ホムンクルスの私が感情が抑えられなくなっている。不思議だ。これまでこんなことは一度もなかったのに。私のこの強い怒りの感情はどこから来ているのだろう。プログラムでそうなっているのだろうか。
 この怒りをあの者にぶつけるための武器が欲しい。家族を守るために戦うための武器が。力が欲しい。今は、魔法で攻撃をする以外にはないが、この感情を相手にぶつけるためにはこれからは絶対に武器も必要だ。
「おや、結界が張ってあったのにどうやってわかったのかしら。」先ほどから口調が女性のものにかわっていた。
「私の地理情報と照合しましたら、結界があって入り込めない場所がありました。何かあると思うのは当然です。結界のほころびも見つけましたよ。」
 メアはそう言いながらゆっくりと歩いてその者に向かっていく。右手を真っ直ぐ天に向けて、雷撃をその者に打ち込む。その者は防御もせずそのまま受けた。フードがブスブスと焦げている。
「なるほどね。でもよく入れましたわねえ。そうか、そこのハイエルフと連絡を取って・・・というか、本人にマーカーが付与されていたと。なるほどねえ。」その女の声の者は、ブツブツと独り言を言っている。
「さて、お名前は存じ上げませんが仲間の危機ですので参ります。」
 メアが静かに歩を進める。今度は右手を相手に向けて静かに歩く。指先には彼女の怒りを表すようにプラズマと共に光球が発生して徐々に大きくなっている。
 エルフィのそばを通りユーリの横に来たあたりでその魔法使いは言った。
「待って、待って、降参よ。ここから退散することにするわ。それではね」その者はそう言ってそこからかき消えた。周囲に張られていた結界も同時に消えた。
 あたりの風景も色を取り戻し、空気も流れ、ほんの少し風がざわめいている。


Appendix 5-1

「申し訳ありませんが、私は様子を見に先に出ます。さすがに私のスピードでは、壊れてしまうかもしれませんので。」
「わかったわ。急ぎなさい。でも気をつけるのよ。」
「はい。」掻き消えるようにいなくなった。
「以前言っていたのですかねえ。それにしても誰の仕業かしら。」私は独り言を言う。
「あのう大丈夫ですか?」男が声をかけてくる。ああ、そうなのね。
「おや連絡係さん。ちょうど良いわ話を聞かせてもらえるのかしら。」
「へえ、本人をおびき出すのに人質を取ろうとしているのね。もう遅いですがやめさせた方が良いと思いますよ。人質に死なれたら死んだ人の種族にケンカを売ることになります。それは危険すぎると思います。あいつひとりを狙うなら私に言わなくても良いですけど、私の家族を巻き込むのなら、事前に話をしておいて欲しいものです。ええ、同居している他のスパイをおとりに使うのは趣味じゃありませんから。」

続く

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