上 下
9 / 229
第1話 始まりはいつも晴れ

第1-7話 天使とドラゴンと馬の話

しおりを挟む
○服飾業とは
 それは、モーラと出会う前に旅の準備をしていた時のこと。
 その日、私アンジー・・・名前はまだ無い子は、古着屋に向かっていた。
 旅行するにあたって、新しい服を新調するようにDTに言われたからだった。
「別に何を着たっていいじゃない」と私はDTに言ったのだが、
「一応大きい街に行くのですから、ちょっとは小綺麗な格好も用意してくださいよ。悪目立ちすると困りますから」と言われた。
 確かにこの村と賑やかな街では、当然服装が違うだろう。そう人間の本質は変わらない。綺麗な格好をしていればそれなりの対応をしてくるだろうし、みすぼらしい格好をしていたらそれなりの対応しかしてくれない。どちらも“それなりの対応”と、言葉は同じでも天と地ほども違う。
 私はいつも思う。神の元では平等だと言われていて、人は平等に扱われなければならない。でも天使の私でさえ思うのだ。平等に扱うのは難しいと。だがそれを平然と行える人もいることを。そして古着屋の扉を開けて中に入る。
「いらっしゃい~。ああDTさんのところの子ね。久しぶりねえ」目を輝かせながら私を見る人がいる。ここの店長のダヴィさん。しかし、会計の場所の机に顎を載せて椅子に座ったままだ。この人は客にまともに対応する気はなさそうだ。
 店番なんて珍しいこともあるものだ。いつもは店員さんしか見ないのに。この人とは面倒なので会いたくなかったのだ。もっとも面倒なだけで悪い気はしない。誰に対しても同じ対応をする人だから。
「こんにちは、実は旅の服と街で着る服を用意したいのです。お願いできますか?」私はできるだけ簡潔に用件を告げる。
「DTから聞いているわよ~。用意した物はナナミーがどこかに置いてあるはずだから」うちの人を呼び捨てですか。さすが店長ブレませんね。
「そうですか。ではそれをいただきたいのですが」
「どこに置いてあるかわかんないのよ~」本当に無関心にそう言った。店番にもならないのかこの人は。
「そうですか。それでは時間を改めてまた・・・」私は踵を返す・・・つもりでドアに向かおうとするが、グイッと腕を掴まれた。あの距離を一瞬で詰めて私の腕を掴みますか。すごいですねえ。
「もう少ししたら戻ってくるから~ちょっと待っててよ~。その間!ねえ!お着替えしない?」目がギラギラしている。そうだったそれがあったんだ。本当に面倒なことだ。
「はあ今日は何着ですか?」私は最初からあきらめてそう言った。
 この人は着せ替えマニアで。着せ替えから逃げようとするとテクニカルな交渉を始めて、結局無駄な時間がかかってしまうのだった。
 だから最初から諦めて着せ替えに付き合った方が早いというのを私は経験で知っている。あと店員さんがこの店長に店番を長時間まかせるわけがないという思惑もあった。
「3着かなあ」エロい目をして指をワキワキさせてハアハアしていたが、私があきらめたのを察して、仕事部屋の方にダッシュしている。私はため息をつき肩を落として試着室の方に向かった。
 試着室の前で待っていると山盛りの服を抱えて店長が戻ってくる。
「3着って言いましたよねえ」私は店長をにらみつけて言った。
「そんなこと言ったっけ~」確かにこの人は鳥頭だ。いや、一つの事に夢中になると他の事を全部忘れるタイプ。いや、憶えている事を無視して一つの事に集中できるタイプという方が正解かもしれない。
「ナナミさんが戻ってくるまでですからね」私は試着のブースに入ってそう言った。
「しばらく戻ってこないわよ~」試着用の服をあれこれ出してそう言った。
「え?」意外な返事が返ってきた。まずいこれはまずい。予想を覆された。
「食料品の調達だから~鍵閉めといてって言って出かけたんだけど~。鍵を閉めるのが~面倒で~そのままにしていたから~」店長は、服を何着か広げては、首を振ってその服をたたみながらそう言ってニヤリと笑った。
 しまった。交渉ごとをちゃんとしないとこういう目に遭うのは仕方がない事だ。まあ他の用事もあるのでそれを理由に逃げるしかない。約束は3着だし。
「では!まずこれを着て欲しいな!!」そう言ってブラウスとスカートを手渡された。そう、この店長は自分の作った服を着せるのを趣味としている。いろいろな人から聞いた話を総合すると、どうやら私は特に狙われている。他にも年齢性別を問わずターゲットにしている人がこの村には十数名いるらしい。
「ハイハイ」私はけだるそうに試着室に入りモソモソと着替え始める。キビキビ着替える気にはならないが、渡された服を手に取るとよくわかる。ここは古着屋なのだが、着せ替え用の衣装は新品なのだ。しかも買い取りも不可。もっとも、この村の人が払える金額ではなさそうだ。
「これでいい?」試着室のカーテンを開けて試着した衣類を見せる。
「ん~ナイス~。出てきてクルッと回って見せて~」嬉しそうに私を見ながらそう指示する。
「ハイハイ」試着室の前にある鏡を見てみたが、確かにあつらえたかのようにサイズがピッタリだ。いったいどこで計っているのだろうか。
「サイズはあっているけど~イメージじゃないわね~じゃあ次の着てみて~」
 店長から次の服を渡される。妙にヒラヒラが増えている。私はそれを着ようとするが着方がわからない。着替えを中断してカーテンを開ける。
「これどうやって着るんですか?」
「もう!そんな格好で出てこないの~女の子なんだから~」そう言いながらもうれしそうに近づいてきて、私を万歳させて着せようとするが、頭が入らない。
「そうよね~頭が通るだけ穴を大きくすると首周りがだらしなくなるし、後ろにホックじゃあ服にしわが付いたように見えて嫌なのよねえ。やっぱり無理か~」首をかしげながら店長が言った。
「それは当たり前の話でしょ?」私はあきれてそう言った。
「君ならなら出来るかな~って思って」さりげなく言った店長のその言葉に、私はちょっとだけドキリとする。そんな事は「今は」出来ないだけで可能かと言われれば・・・なわけで。
「いや、できないでしょそんなこと」私はあきれているポーズでそう言った。
「そうよね~出来るわけないわよね~なんでできると思ったのかしら~」店長は不思議そうに首をかしげて言った。
「じゃあ次の着てみてね~」そう言って今度は、スカートにヒラヒラしたものがついている服だ。また着づらそうな服を着せようとする。
 今度は、事前にどう着るか服を見ながら考えてから着替えを始める。バニー服にスカート状のヒラヒラが付いていてまるでバレエダンサーのような服だ。しかしタイツも履いてないし、トゥシューズもない。このままでは、ちょっと変なバニーさんだ。
「店長!閉店の看板が掛かっていませんよ。ああ、何やっているんですか。あら、こんにちは。また犠牲になっていましたか。すいません」その声を聞いて、どうやらナナミさんが帰ってきたようだ。私は、ちょうど試着室から衣装を着て出てきたところだった。私の姿を見て、ほんの一瞬笑いそうになり、急に怒った顔で店長に食ってかかっている。
「またお客さんで遊んで!いい加減にしてください!本当にもう!」
「え~でも~すぐにOKしてくれたよ~」
「どうせ私が戻ってくるまでとか言いくるめたんでしょう!」
「アハハ~でも帰って来るの早かったわね~」
「まだ買い物していませんよ。途中でこの店にこの子が行くって聞いたから嫌な予感がして戻って来たんですから。」
「ちぇ~」そう言って残念そうにすねる店長は見ていてなかなか面白い。
「とりあえず、3着のノルマは果たしたから着替えるけど」
「そうね~今回はあきらめるわ~」
「そうしてもらうとありがたいです」私は試着室に入って着替えて会計の所に戻って来た。店長はすでに消えた後だった。どこに消えたのか。
「店長はどうしたのかな?」私はわざとキョロキョロと周囲を見渡す。狭い店内なのにちょっとわざとらしい。
「ごめんね。イメージがわいた~とか言って、旅の用意をしに自宅に戻ったから。
 きっと他の街にあるアトリエに向かうと思うのよ。しばらくこの村には帰ってこないから安心してね。
 ああ、でもDTさんたちも旅に出るんだったよね」本当に申し訳なさそうに言った。
「気にしていないですよ。むしろ面白いから」
「そう言ってくれると助かるわ。さて、一応着てみてもらえないかな。成長が早いとサイズが合わなくなっている事もあるから」
「わかったわ」私はナナミさんとともに試着室に向かう。
「下着も新調したから着てみてね~」
「DTが言ったのですか?」
「DTさんからは、「上から下まで身ぎれいに」としか言われてないわよ。あの人はそういう人でしょ?」
 確かに、DTなら下着の事まで口にはしない。でもそこまで気を遣う男だ。そしてその言外の意味をこの人は、ちゃんと理解している。
「一応、着たところを見せて欲しいんだけど」
「どうですか?」私はカーテンを開けて見せて、1回転してみせる。
「うんうん。問題ないわね。一応下着も見たいのだけれどいいかしら」
「ああ、そのまま脱ぐから見ていてください。」私はそのままブラウスとスカートを脱ぐ。もっともキャミソールなのだからサイズはあってないようなものだと思うのだが。私の下着姿を見てなぜかウットリしているナナミさん。下着姿でも一応1回転してみせる。
「パンツは、きつかったり緩かったりしない?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」さすがにパンツは、新品だから仕立てが気になるのか。
「良かった。では次の服も着てみてね」
「はい」私は、少しだけほっとして次の服を着る。
「こちらも問題ないようね。せっかくだから着て帰る?」
「大切にしたいので持って帰ります」
「そう、じゃあ着替えたら会計の所まで持ってきてね。」そう言ってニコニコしながら試着室を出て行った。私は、着替えて新しい服を手に会計に行き、もう一着とともに受け取って家に帰ろうとしていた。
 DTと合流して石壁に沿った道を歩いている。
「新調した服は気に入りましたか?」
「あの古着屋はさすがね。まるで新品のようだわ。もっとも金額もそれなりだけどね」
「それでも、生地が良いせいで服が長持ちするらしいですよ」
「あの店長の変な癖さえなければ完璧な店なんだけど」
「着せ替え人形ごっこですか」
「今日は3着だったけどね」
「そうでしたか。それは災難でしたねえ」
「でもね、店長の変な癖は別にして、店長も店員も・・・ダヴィさんもナナミさんも普通に接してくれるのよねえ」
「ああ、そういえば最初の時もそうでしたねえ」
「私の背中の羽については、あんたと同じ感想だし」
「可愛いですか」
「そうなのよ。偏見がないのか、プロ意識の高い店なのか」
「まあプロ意識が高い店なら可愛いとは言わずにあえて見ない振りして気にしていない風に接しますけどね」
「ああそうね。そうよね。あんた良い事言うわね。そうよ。そう言うことなのよ」私は急にうれしくなって。抱えていた服をギュッと抱きしめたまま家まで走って帰った。うれしそうな顔をDTに見られたくなかったから。

○幼女と老人
 わしは、すぐ旅に出られると思っていたのだが、移動用に馬車を作ることになり、しばらくあの家で暮らすことになった。
 ある日の昼頃に、わしは一人で宿屋の食堂で食事をしていた。あやつとアンジーは、それぞれ用事があると言い、わしひとりが労働者向けになっている塩っ辛い食事をしていた。
 隅っこの席に赤ら顔で酒を飲んでいる老人がいた。他に人はいないので、わしは酒でも一口分けてもらおうとそばに寄っていく。
「なんじゃ、ガキがこっちくるな」
「そういわないでよ」
「ふん、ガキのふりをしているが、歳はさば読んでいるだろう。魔法使いか?人外か?」
 どうやらうつろな目をしても、その意識はしっかりしているらしい。
「ほう、わかるか」
「ああ、酒を欲しがるその目がな。子どもが興味を持って見ている目ではなく、酒の味を知っている者の欲しがっている目だ」
「なるほどもっともだ。して、飲ませてくれるか?」
「見つかるなよ」
 その男は、いたずらをする子どものような目で笑った。
「おい、酒を追加してくれ。それとこの子どもに果実を搾ったやつを一杯」
「あらめずらしい。ちょっと待っててね」遠くから給仕の若い子が返事をした。
「はいどうぞ。お願いだからこれ以上飲まないようにこの人を説得してね」
 ウェートレスのお嬢ちゃんは、わしにそう言って、お酒の入った壺とジュースと木の椀を置いていった。
「おぬしあまり飲み過ぎるなよ。その代わりにわしが飲んでやるから」
「ぬかせ、人に酒をたかるガキが」
「まあそう言うな、少しでいいんじゃ」
「見つかるなよ。俺が怒られるからな」
 そう言って酒をついだ椀を渡されて。わしは一息に飲み干した。
「あーうまいのう、胃に染み渡る。久しぶりの酒じゃ」
 そう言ってお椀を返す。
「うまそうに飲みやがって。そんなに久しぶりか」
「そうじゃ、何百年ぶりかのう」
「はは、そんなに飲んでなかったら味を忘れているだろう」
 そう言ってその男は、椀に酒をついでわしによこす。
「いいのか?お主の分がなくなるぞ」
「もう定量さ。一人で飲んでも寂しくてな」
「ああそうか。こんな昼間っから飲めるなんて、ぬしは仕事しておるのか?」
「ふざけるな、わしの仕事は夜なんだ。だからこれは仕事明けだ」
「ほう、どんな仕事をしておる」
「下水の掃除だよ。ほら、おまえのところのおやじが、村長に言って作らせた水路があるだろう。あれが出来て、生活排水が流されるようになったんだ。それを掃除するのさ。きたねえ仕事だ。だが誰かがやらなきゃならねえ」
「そうか、昼間にはできんか」
「昼間に臭くて汚い泥をみたいやつはいないだろう?」
「そうか、それは大変な仕事だなあ」
「だが、誰もやろうとしない。理解もしてくれない。わしを胡散臭そうに見るだけだ」
「わしも今知ったくらいだからな。しかし、村に必要な仕事なんだがなあ」
「そうだろう、わかってくれるか。もう一杯飲め」
「いや、飲み過ぎるとこの村を壊しかねないのでなあ」
「それは残念だ。まあ俺もこれから寝るところだからな。またな」
「ああ、またな」
 そうしてわしはその男と別れて。家に戻る。
 それから10日に1回程度会う機会もあり、色々な話をしていた。その老人の顔色はあまり良くない。それでもわしは酒ほしさに相づちを打ちつつ酒をもらっていた。もちろん金はあったので、ジュース代を渡そうとしたが、ガキに払わせるほどおちぶれちゃあいないと言って受け取ってはくれなかった。
 1ヶ月ほど行く機会がなく。その男のことは、気にはなっていたが見に行くこともできずにいた。
 しばらくぶりに時間が取れて会いに行った。あいつにとってはいつもの時間なんだろう。あの宿屋の食堂の同じ場所にあいつはいた。
「おう、久しぶり」
「おお、おまえか。会えなくて寂しかったぞ。どうしていた」
「ひとりで抜け出す機会が無くてな。さすがにひとりでは、たまにしか出られぬ」
「いや、生きていて安心したよ。飲むか?」
「あ、ああ。それより大丈夫か?顔色が悪いが」
「それでも酒はやめられないし、仕事もしなければならねえ」
「そうか、ならつきあおう」
「ねーちゃん、この子にジュースと俺にもう一杯」
「めずらしいわね。最近あまり飲まないようにしていたのに」
「久しぶりにこいつに会えたからな、そのお祝いだ」
「なんだかうれしそうね。はいはい、ジュースとお酒ね」
「いいのか?というかお主、体は本当に大丈夫なのか?」
「少なくとも今日はおまえに会えた。それがうれしい」
「そうなのか」
「だから、たまにでいいから、顔を出してくれ」
「そうだな、飲み相手としてはちょうど良いかもな」
「そうさ、それとこれを」
「なんじゃこれは。髪飾りでは無いか。どうしたのじゃこんな高価そうな物」
「俺の相手をしてくれるお礼だ、黙ってもらっておいてくれ」
「これだけで酒がかなり飲めたろう」
「ああ、だが楽しく飲めているのは久しぶりだからな。記念品だよ」
「わしは金がない、返せるものなどないぞ。よいのか?」
「なら、その代わりここにいる間、暇な時でいい、酒を飲むのにつきあってくれ」
「それでは、これまでと変わらないではないか」
「いいんだよ、それで」
 その日はめずらしく酒が進んだようで、机で突っ伏して寝てしまった。ウェートレスのお嬢ちゃんに声を掛ける。わしの手の中にある髪飾りを見てうれしそうに言った。
「いつもは、あるだけ飲んでいたのに、あなたにこれを買うためにお酒減らしていたのね。思いが叶って、結局深酒するのは、それはちょっとまずいんだけれど・・・本当はそのままお酒やめてくれていれば良いのだけれどねえ」
「おじちゃん、調子が悪そうだけど、大丈夫かなあ」
「ここでは、彼に合うクスリも手に入らないし、寝込んだら看病してくれる家族もいないから」
「おじちゃん一人なの?」
「そうなのよ、家族がいたけど彼が拒絶して、今は一人なのよ。その家族も今は遠くへ旅だってしまって、ここにはいないものだから」
「そうなの?」
「こんな話をあなたにしてもわからないわよね。ごめんなさいね」
「ううん、よくわからないけどわかった。優しくすればいいのね」
「そうね、これからも会ってあげてね」
「うん」
 わしは、何をやっているのだろう。たかが人間の生き死にを気にしている。
 それからは、会うときにはその髪飾りをつけていた。そうする方が喜ぶと思ったからだ。それを見てうれしそうに笑うじいさんを見て、うれしくなっている自分に気付く。
 そして、彼は毎回ジュースと酒を注文し、必ず最後の酒の一杯をわしにくれた。わしもそれ以上は求めなかった。
 他愛のない話をした。仕事の話ではなく、近所の人のくだらない馬鹿話だ。だがそれが心地よい。彼なりのやさしさがあふれ出る世間話だ。数回の話で、彼の近所の人に詳しくなってしまった。繰り返しになる話もあったが、愚痴ではないので聞いていて楽しかった。だが、家族の話は出てこない。わしが拾われた子どもであることは知っていたはずだから、あえてしなかったのかもしれないが、なんとなく察してしまう部分もあった。
 この男がどんな人生を送ってきたのかはわしは知らない。だが、なんとなくこんな仕事をしているような男ではない気がしていた。しかし、それも聞くのは野暮な話だ。
 そして、唐突にその日は訪れた。久しぶりに会えると思い、あの宿屋の食堂に行ってみる。そこにあの男はいなかった。当然いると思っていたその男がいないので、呆然と立ちすくんでいると、ウェートレスのお嬢ちゃんがわしに声を掛ける。
「あの人は、もうここには来られないのよ。その・・・」
 ウェートレスが涙ぐんでいる。ああそういう事か。もう会えないのか。楽しかったのに。残念だのう。わりとストンと納得している自分がいた。
 わしは、これまでも何度か人という生き物の死を見てきた。しかし、人と関わるという事はこういうことなのか。うれしいこともつらいことも生も死もすべて受け入れて生きなければならないのか。わしは、こんな事を繰り返していたらわしの心はどうなるのだろうか。
「難しいのう」
 そうつぶやいて、いつの間にか触っていた髪留めから手を下ろした。いつもなら、家に帰るときは外していたのだが、あえてつけたまま家に帰った。
「あら、モーラ、良い髪飾りしているわね買ってきたの?めずらしいわね。でも、うん、似合ってる」
 アンジーがめずらしく褒めてくれた。つけかたも見よう見まねで、水鏡でつけていたのだが、けっこうさまにはなっていたらしい。
「違うわ、酒場で知り合ったおやじにもらったのじゃ。酒飲みにつきあってくれてありがとうってな、飲み友達記念なんじゃと」
「そんな人といつ知り合ったの?」
「秘密じゃ」
「ふーん、でも髪飾りしているドラゴンって珍しいわね」
 アンジーは、内緒にされたのが気に入らなかったのか、ちょっとだけ皮肉を言う。
「そうか?昔からドラゴンは光り物が好きで洞窟にため込むとよく言われているじゃろう。そんなものよ」
「なるほどね」
「ああ、それだけじゃ」
 そして、その髪飾りはわしの宝物の一部になった。なくすと困るので、一番派手な一番小さな宝箱にひっそりと入れた。わしの中で少しだけ何かが変わったような気がした。

○ 馬の確保
 馬車を作ることにして、製作は始めていましたが、もうひとつの問題があります。馬車を引くのに馬が必要になりましたので、馬を飼うことにしました。
 ええ、お金がないので、暴れ馬で手がつけられないのを格安というかほとんどタダで買いました。
 モーラのおかげで静かでおとなしい馬になりましたよ。変ですね。
 その時のお話です。
 牧場に馬を見に行きました。
「一番安いのはあれだ、あの一番奥の方で全力全開で走っている馬だよ」
「速そうですねえ」
「速いが人に懐かねえ」困ったように厩務員さんが言った。
「そんなの飼っておく必要ないじゃないですか」
「あれは、毛並みも良いし、走る姿が美しくてなあ。馬を見に来る人が必ず欲しいと言ってくる。しかし誰にも懐かない。しかたなく他の馬を飼っていく。まあうちの広告塔みたいなものだ」
「でも安いと」
「ああもう若くないからなあ」
「結構若そうですけど」
「馬はなあ、若ければ若い方が長く使えるだろう?」
「そういうことですか」
「近づいても良いですか?」
「柵の外側からじゃないと危ないぞ」
「おじちゃん私なら大丈夫だと思うの」
 モーラはそう言って柵の中に入って走って行く。
「いや危ないって。こらお前走るな」静止する厩務員さん。しかしモーラはすでに手の届くところにはいない。
「とー」
 そう叫んでモーラが柵を乗り越えて、走っている馬の前に立ちはだかる。馬は怯えてそこに立ちすくむ。
 モーラは、怯えて立ち止まっている馬に近づいてこう言った。
「ねえ、一緒に旅しない?しないと食っちゃうぞ~~」
 両手を猫のように頭の両脇に掲げている。見た目には可愛いはずなのに馬は怯えて逃げることすらできない。
 モーラはさらに近づいて馬のそばに寄って。
「どうじゃ、一緒に旅してわしの乗る馬車を引くがいい。これまでここの厩舎にいて、さんざん遊んで迷惑掛けていたのであろう。今後はわしらを乗せて旅をして少しは世界に貢献せぬか」
 激しく頷く馬。
「そうか、よしよし」そう言って馬のおなかをなでる。
「おじさん良い馬ね」
 そう言って馬を従えてこちらに来るモーラ。
「あの気性の荒い馬が簡単に従っている。どうやればこんなふうなるのか」
 厩務員さんが私を見て言った。私は、
「きっとこれまでは、相性が会わなかったのでしょう。よかった安い馬が手に入って」
「ああ、むしろ買ってくれてありがたいぐらいだ。というか、その技術ぜひ教えてくれ」
 しかし、買ったのは良いが家に厩舎はないので、しばらくはここで預かってもらうことにしました。それ以降は大変おとなしい馬になったそうです。
「当然と言えば当然じゃな」なぜか無い胸を張ってモーラが言う。
「単に脅しただけでしょう?」アンジーがあきれ顔で言った。
「あの馬、性格は曲がっておらんぞ。たぶん反抗期だっただけじゃな」
「馬にも反抗期ですか」
「長い反抗だったみたいだがな。それより安く良い馬が手に入って良かったではないか」
「確かにそうですけど」

 馬を確保して、馬車を作るために鉄を精錬してみたりと試行錯誤が続いていましたが、モーラのおかげで鉄が手に入り、数ヶ月かけてようやく荷馬車が完成しました。
 当然、生活費のために稼いだりしながらなので結構大変でした。

「完成しました。中を見てくださいね」私は胸を張って、モーラとアンジーに中を見せます。
「どうして荷台にこんなものが突き出しておるのじゃ。邪魔であろう」
 モーラが床から飛び出している金属を見て言った。
「一応、先進技術なので隠しておきたいのです。 荷物も少ないですし、問題ないでしょう?」
「その最新技術とはなんじゃ」
「車軸と荷台の間に板バネを仕込んでいて、揺れや振動が吸収されます。そうすると車内はあんまり揺れません」
「なるほどなあ。日常生活特化型魔法使いの面目躍如じゃのう」
「その方が良いでしょう?私の魔法能力は、圧力だけかと思いましたが、どうやら別の特性らしいです」
「ほう、複数の特性を持つのか」
「自分の特性まで到達する途中に「圧力」があったようです」
「ああ、なるほどな。してどんな特性じゃ」
「まだ、制御できないので制御できるようになったらお見せしますね」
「それは興味があるわ。ぜひわしに披露してくれ」
「はい」
 荷馬車も完成したので、馬に何度か荷車を引っ張る練習をさせている。
「して、あの馬の名前じゃが、なんで「ア」なんじゃ。」
「え?」
「馬の名前じゃ」
「ええと、私の国の言葉の一番最初の文字なのです」
「なるほどそう言うことか。しかし、呼ぶ時に呼びづらくはないか?」
「ああ、荷物が増えてきたらもう一頭くらい増やそうと思っていますので、もう一頭とセットの名前になります」
「そうなのか?増える予定があるのか?」
「旅をすると荷物が増えますからねえ」
 そうしてやっと旅に出る準備が整いました。

Appendix 1-8
 はい、旅の準備が整いました。これからしばらくは、連絡できなくなります。
 鉄の精錬などをして怪しい台車を作っています。はい以前の世界の技術です。
 本人は、この世界でも充分作る事ができる技術だから問題ないとうそぶいています。
 確かに乗っている人の揺れを少なくする技術なので、危険ではありません。
 はい、しばらく様子を見ます。

Appendix 1-9 馬
 わしは走ることが好きや。朝から晩まで何時間でも走っていられる。人間に飼われてからもそれは変わらん。
 人に飼われることになってわかったことがある。他の馬とはあまり意思の疎通ができん。雰囲気ではわかるが明確な会話にならんし、こっちからの問いかけに答えてくれる馬はおらへんかった。俺が変なんやとあきらめておったが、少し寂しい気はしとった。
 人を乗せるのも好きやない。乗ろうとする人間は、容赦なく振り落として、背中には誰も乗せん。それは、わしの「その時」までのチンケなプライドやった。
 しかし、その時は突然やってきおった。わしは走るのが楽しくて、広場をずーっと走っておった。
 本当なら広い外で走りたいけど、それが許されないのもわかってる。そんなことを考えながら走っていると、急に子どもが目の前に立ちふさがりよった。
 そいつは子ども姿をしておるが、その気配、そして匂いは全く異質なものやった。わしは恐怖でその場に立ち尽くす。逃げることもできへんで硬直したまま棒立ちや。そいつは近づいてきてこう言った。
「おぬしそろそろ社会のために働け」と。
 わしは観念した。言葉が理解できて、言葉の意味が分かってしまった事で、この恐怖の大王に従うしか生きる道はないと観念した。
 そのまま連れていかれるのかと思ったら、そうではなく。そのままその厩舎に置かれていて、時々馬車を引く練習のために連れ出される。
 そいつと必ず一緒にいる2人組。一人は子どもの形をしたまぶしい光の何か。そして一人は、普通の人間や。
驚いた事に、あの普通の人間が残り2人の上に立っているという事やった。
 その男は普通の人間やというのにわしにはその男の言葉が理解できる。そして、こちらの言いたいこともある程度わかってくれているようや。
 おかげで馬車を引く馬具の取り付け位置や体に着ける革の厚さなんかは、できるだけ聞いてくれて、少しの違和感も見逃さず何度も何度も修正してくれておる。
 そして、その子どもが言った 「社会のために働け」とは、あながち間違いではなかったと後で気付かされる。
 いや、それって結構しんどいねん。



続く
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:887

Chivalry - 異国のサムライ達 -

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:88

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:14

クズすぎる男、女神に暴言吐いたら異世界の森に捨てられた。 【修正版】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:760pt お気に入り:11

実力主義に拾われた鑑定士 奴隷扱いだった母国を捨てて、敵国の英雄はじめました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,121pt お気に入り:16,603

魔剣士と光の魔女(完結)

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:16

龍魂

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

おちこぼれ召喚士見習いだけどなぜかモフモフにモテモテです

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:67

処理中です...