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第7話 宝石移送

第7-4話 移送

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○ 出発
「一応、相手国との調整がつきました。荷物の鑑定と封印する方がこちらに到着次第鑑定と封印を行っていただき、その段階で事情を説明して、先遣隊は、荷物を持って出発します。その後、1日おいて、おとり側は出発させ、その後を封印した方と私が追う形になります。」
「わかりました。封印を確認されてお預かりした日の夜半にはすぐ出発できるように準備します。」
 さすがに馬車を製作する暇はありませんでしたので、もう一頭分の馬具を今の馬車に追加でつけ、人数分の荷物を載せられるように幌の高さなどを改良してから、人数分の荷物など載せて、2頭の馬で慣らし走行をしていました。

 そして、鉱山にある加工場から特上の宝石が届き、国から来た鑑定士が鑑定を行い、国使の方の目の前で封印されました。
 そして、その日の深夜。私達の乗った馬車がその封印した箱を乗せて街を出発します。
「では、先に出発します。このことを知っているのは、どなたになりますか。」
「宝石が先に出発することを知っているのは、私と同行する国使の方になります。あとは、昨日の封印後に使いの者がそのことを相手国の王に知らせるため出立しています。もっとも手紙を託した使いの者が盗み見ていれば別ですが。」
「荷物には封印をして、解除できるのは領主様以外できないようにしてありますね。」
「はい、これは、私と相手国の国使の方が確認しています。」
「では、先に到着してお待ちしています。」
「わかりました。私たちは、偽物を積んだ先遣隊の少し後に国使様と一緒に出発します。」
「では、ご無事で到着されることを祈っています。」
「そちらもお気をつけください。」
そうして私たちは出発した。一緒に商人さんの懐刀を乗せています。
「道中よろしくお願いします。」
そう言って挨拶したのは、傭兵団の団長さんです。御者台に座り、手綱を握ってくれました。
「こちらこそ、大変心強いです。」
私はその隣に座って挨拶をしましたが、途中でメアさんと交代しました。荷車の方に移動して、モーラ達とひそひそ話しています。
「まったく、封印だのなんだの用意周到じゃのう。」
「そうでもしないとこちらの正当性が担保できませんよ。」
「確かになあ。」
「で、急ぐのか?」
「まあ、そこそこですね。同行者もいますし。」
「そんなものでよいのか?」
「だって、早く着きすぎても問題なのですよ。いちゃもんつけられますよ。」
「むずかしいわね。」アンジーがため息をつく。
「絶対安全な方法でというのなら、モーラの背中で行きますけどね。」
「道中に魔物に襲われるのも想定済か。」
「もしかしたら、そっちの可能性もありますので。」
『何か来ます。上空からすごいスピードです。』エルフィが叫ぶ。
 うちのレーダー担当はできる女ですね。3次元で捉えています。
『速すぎて迎撃間に合いません。』
 どーんと言う音と振動とともに馬車が横倒しになりかける。後ろにいる全員で持ち上がった左側に体重を掛けて元に戻す。居眠りしている団長さんが御者台で転がる。事前に段取りしていたとおり、エルフィの魔法でそのままお休みいただいた。場所が場所なので荷台に移動させます。
 私は、降りて衝撃の原因を探りに行きました。
「いたたたた」そう言って地面に座り込んでいる風のドラゴンさん。
 とりあえず、団長さんが目を覚ましたら、大きな石を踏んだことにしようと思いました。ええ、踏んだら砕けましたと。団長さんが起きたらそう話すことにします。
「なんじゃ、わしらを襲いに来たのか。」
 匂いでわかったのかモーラも降りてくる。そして手を伸ばして助け起こす。
「違うわよ、話をしに来たの。かっこよく馬車の中に入ろうと思ったのに、なによこれ。」
「ふふ、引っかかったな。ステルスのシールドじゃ。」
「ステルスって何?目だけじゃ無く感覚にも反応しないの?」
「ああ、そうなのか?」私を見るモーラ。あれ?自慢したのに仕組みがわかっていなかったんですか?
「はい、今回のは通気性に配慮して細かい繊維状にしてかなりあらい網目状にしてみました。なので、視覚的にも魔力量的にも感知しづらい作りにしました。」
「相変わらずそういう小細工が得意じゃのう。」
 モーラ、その嫌みな目で見るのはやめてください。褒めて欲しいのですから。
「苦労しました。」
「皮肉もきかんな。さて、風の、何を話しに来たのじゃ。」
「まあ、中に入れてよ。」
 体についた土を風を起こして周囲に飛ばす。それも、私たちにはかからないようにです。単純に見えて緻密な魔法です。
「そうですね。はい。」そう言って出入り口から入れるようにした。
「前のシールドだけ解除したのか。」
「ええ、不便ですし。まあ、一体型のシールドに比べて強度が取れませんが。」
「よけいな話はいらんわ」
 生態系の頂点のドラゴンを二匹も乗せているのに馬達は淡々と道を進んでいます。今回は、メアさんが手綱を取っています。もちろん団長さんには引き続き眠ってもらっています。
「今回の件については、魔族とドラゴンがらみでは無いですよ。」風のドラゴンさんが言いました。
「そうなのか。」
「ええ、それを伝えに来たのよ。」
「水のやつはどうしたんじゃ。」
「わからないけど、忙しそうに里に行ったわ。で、伝言をお願いされたのよ。」
「なるほどな。」
「どうもきな臭いんだけど、証拠はなかったと言っているわ」
「なんでそんなこと調べたんじゃ?」
「まあ、うちの里がらみでね。他にもいろいろあるみたいですけど。」
「あんまりわしらに関わらないで欲しいのじゃが。」
「あなたが動き出したから、あいつらが活発に動き出したんですけど」
「わしは水の奴の尻拭いをしているだけなんじゃが。」
「水のためとはいえ、不動の土のドラゴンが動き出したんですからねえ。そりゃあ、みんな気には、するでしょ。」
「まあ、わかった。事前の情報どおりということじゃから、少しは動きやすくなったわ。」
「あら、そうだったのね」
「じゃが、確証が無かったのも事実じゃ。ありがとう。すまなかったな。せっかく来てもらったのにケガをさせて。」
「うわー、土のドラゴンがうわー。ありがとうだって。人を気遣ってる。」
「最近みんなその反応なんじゃが、もうやめんか、なんか傷つくわ。」
「いいじゃない。では、確かに伝えたわ」
「すまんのう。」
「へ~。まあ、楽しかったから一つだけ。この先に魔族と人の共存している区画を通るので気をつけてね。」
「なんじゃと。それは静かに通り過ぎたいのう。やっかいごとが何かありそうじゃな。」
「ちらっと気配を感じただけで、詳しいことはわからないからね。じゃあまたね。」
 そう言って風のドラゴンさんは、荷台でふわっと浮き上がり、つむじ風を残していなくなった。今度はシールドを抜けていったみたいです。どういう原理なのでしょうか。ぜひ知りたいです。
「ふむ。それは、困ったな」モーラがあぐらをかいて座り、考え込んでいます。
「その集落ってそんなにまずいものなんですか?」
「山奥にあるということは、どちらかというと閉鎖的でな。あまり、やっかいごとに関わり合いたくない感じの。そうそう、隠れ里に近いのじゃ。じゃから、わしらが通ろうとすると、何かやっかいごとを持ち込むのでは、と思われかねない。まあ、道があるからそれなりに町とは交流していそうだから、その道を使うしかないのじゃが、確かにそんなところに道がある時点で考えればよかったのう。」
「それでは、急いで行って、別な道を作りながら迂回しますか?」
「山の合間だからなあ。トンネルでもつくらんことには、難しかろう。というか、そんなことをしたら同行している団長にばれるであろう。」
「そうでしたねえ。さすがに団長さんをその間ずーっと眠らせておく訳にもいかないですしねえ。まあ、素性ばらして知らないふりしてもらうように頼みますか。」
「あなたのその旅は道連れ、みんな家族という考え方は良いのだけれど、少し自重してほしいものね。」
 アンジーが答える。
「でも、ユーリの団長さんだった方ですから。問題ないでしょう?」
「そうですけど、魔法を見せるのは問題あるでしょう。」
「まあ、そうですか。」
「とりあえずその地域に行くまでは行きましょうか。」

○ユーリと団長
 ユーリが手綱を持って御者台にいる時に団長さんが隣に座った。
「一緒に旅するのは久しぶりですね」ユーリが団長さんに向かって言いました。
「そうですね、それで話しておかなければならない事があります。」
 団長さんがいつもと違う口調になりました。
「なんですか?」
 ユーリは、どうしたのだろうと団長の顔を見ます。団長の顔は、いつもの温和な感じでは無くとても厳しい顔になっていました。
「成人してからと思っていましたが、あなたのご両親のことです。」
「そうであれば、成人してからにしてもらえませんか?」ユーリの声に戸惑いが感じられます。
「いや、そうもいかなくなりましたので、あなたの祖父。と言っていた男が死んでしまいましたので。」
「おじいさんがですか。というか、言っていたってなんですか?」
「実は、あなたの本当の祖父ではなかったのです。」
「そう、ですか。」
「実は、あなたは、」
「聞きたくありません。」手綱を持ちながら耳を塞ごうとするユーリ。
「そうですか。では、あなたのあるじ様に話しておきますので聞きたくなったら尋ねてもらえませんでしょうか。」
「それも・・嫌です。」
「わたしもいつ死ぬかわからないので、あなたのあるじ様ならそうそう死なないでしょう。成人したら話を聞けるようにしておきたいのです。だめでしょうか。」
「・・・何か聞くのが恐いです。」
「そうですか。ですが、他の誰かから告げられるよりは良いかもしれないと思いますよ。」
「聞きたくもありませんし、知りたくもありません。」
「そうですか、なら何も言わないでおきます。私の胸に納めておきます。」
「はい、お願いします。」
 そこで、話は終わり、団長さんは、馬車の中へ戻っていった。手綱を持ったままのユーリは、そこから動くこともできず、一人考えなければならなくなった。

 僕は、話が終わったときから恐かった。傭兵団の時には、あまり夢を見なかったのだけれど、家に暮らすようになってからは、頻繁に夢を見るようになり、夢の中にいろいろと出てきています。自分の目の前で人が殺され、自分は誰かに抱えられて逃げているのだろうという映像が現れます。もしかしたらそれは夢では無く実際に体験したことなのだろうと薄々感じてはいる。でも知るのが恐い。それが事実なら記憶が戻ったら、その人達を恨んで、復讐のために人を殺すことになるかもしれないのが怖い。そう、僕は知りたくないのだ、夢なのにあまりにも具体的に思い出される艶やかな装飾の部屋、大きくて広い館、それらがなんであるのかを。商人とかならまだわかる。でも、装飾があまりにも豪華だった。だから、きっと。でも、夢の中だから。そう夢だからと自分の中で思い込もうとしている。

 そして、ユーリの次に私が御者台にいる時に団長さんが隣に座った。ひとしきり世間話をした後にこう言った。
「ユリアンから幼い頃のことを聞いたことがありますか」
「いいえ、本人も記憶が無いと言っていました。確か恐いことがあって忘れようとしたとか言っていましたが、何かありましたか?」
「そうですか、私は、彼女の出自を知っています。ただ、ユーリ本人には彼女の出自を伝えていません。祖父代わりだったあいつが、ユリアンに成人になるときに話すつもりでいたので。」
「祖父代わりと言うことは、血縁でないのですか。そして、つもりでいた。ですか。」
「ああ、つもりでいた。です。ユリアンにはさきほど死んだとしか伝えませんでしたが、実は殺されました。」
「ええ?」
「もしかしたら、その者達は、次は、私を殺しに来るかもしれない。」
「ユリアンは、狙われているのですか?」
「そうなります。さすがに私の所までは来ないとは思いますけれど、死んだあいつも私のことは話してはいないでしょうし、私の元にユリアンを預けたことも、話さないと思いますので。」
「ユーリは、一体・・・」
「彼女に話そうとしたときに、断られ、さらにあなたへも話すなと言われていますが、こうなってしまうと誰かに知っていてもらわないと困ることになりそうです。」
「でもユーリがいらないと言っているのに聞かされるのはまずいですよ。」
「そうなんですが。でも、ユリアンのこれからのためには、知っていて欲しい事実なのです。」
「覚悟をしろと。」
「申し訳ないと思っています。だが、あなたは、あなたの仲間は、信頼できると思います。だからこそ私は託したい。」
「ユーリに知られたら、気まずいですね。」
「なので、話しはしません。まあ知ったからと言って、あなた達の関係が変わるとは思えませんけれども。」
「わかりました。」
「これを持っていてください。」
 団長さんは、皮の小袋を取り出し、綺麗に装飾された厚手の布に包まれた紋章を私に見せる。
「これは」
「見る者が見ればわかります。これを預かっておいてください。ただし誰にも見せないで。持っていてくれるだけでいいですから。」
「そうします。何も聞いてはいません。」
「はい、ユリアンには、あなたにも話すなと言われました。ですからそれは守ります。ただこれを持っていてください。」
「そうですか、わかりました。」
「さすがにこの旅では、私は死なないでしょう。しかし、このような仕事をしている以上、私はいつか死ぬと思います。むしろこれまでが幸運だったのです。ですが、祖父代わりだったあいつが殺されたことで、わずかですが、私の身も危なくなってきました。よろしくお願いします。」
「何かよくわかりませんが、わかりました。お預かりします。」
 私は、その小袋を預かり、最初に住んでいた家のお風呂の地下に埋めておこうと思いました。
 その後、ユーリに祖父の死を知っているかと尋ねると、さきほど傭兵団の団長さんに聞いたと言い、意外にも冷静だった。団長さんからは血縁では無いのだから、墓に参ることも必要ない。葬儀も行われなかったと告げられたと。
「この騒動が落ち着いたら、少しだけ、祖父の事を知りたいと思います。」
「そうですね。本当はすぐにでも駆けつけたいところでしょうけど、いいのですか。」
「私の中では、複雑なのです。祖父はいつも厳しく、行儀作法、言葉遣いなどきつく叱られました。そう、今思えば他人行儀にして、私を必要以上に近づかせないようにしていたように思います。」
「でも、胸の中で眠ったと言う話もありましたよね。」
「ええ、祖父に対する良い思い出は、それくらいしかないのです。幼少時の記憶も曖昧で、一緒に暮らしていたときの記憶には全くありませんでした。行儀作法と剣術ばかりでしたから。今考えれば、血がつながっていないから当然だったのかもしれません。」
「確かに本当の祖父とは思えませんねえ」
 その話はそこで終わった。

 うちの馬は、優秀なので、軽い荷物の時は、それなりに、重い荷物の時でもそれなりに、速いスピードで進んでくれます。
「あなたは良い馬を手に入れられたようですね。」団長さんが馬を褒める。
「最初の1頭は、なだめるのに苦労したんですよ。」
 ええ、モーラがいなければたぶん静かにならなかったと思います。でも、今住んでいる街まで一緒に旅をして、その成長ぶりは、めざましいものがありました。今では礼儀正しくしてくれています。最初の頃は、モーラへの恐怖から怯えていましたが、何もされないのがわかったのか安心したようです。
「もう一頭は、領主様から譲っていただいたのですから優秀ですよ」
 今回の旅のためにもう1頭必要になり、領主様から譲っていただいたのですが、選ばせていただいたときに本当にこの馬で良いのか念を押されてしまいましたが。
「この馬を選ばれたときに領主様や商人さんと一緒に驚いていたのですよ。馬としての能力としては、けたはずれに良いのですが、ものすごく気性の荒い馬を選ばれましたから。もしかしたら、違う馬に変えてくれと言って来るのではないかと、3人で心配していたのです。しかし、うちの厩舎で預かっていて、あなたが馬車を引く練習に馬を連れていくたびに帰ってくるとおとなしくなっていきました。何かコツでもあるのですか?」
「いいえ、私は何もしていません。ただ、目を見て語りかけているだけです。仲良くしましょうと。言う事を聞けではなく。お願いはしていましたね。そうしたら徐々にわかってくれたんだと思います。」
 まあ、そうではありませんけどね。
「はあ、そういう調教方法もあるんですねえ。」
「でも、領主様のところで飼われていたという事は、誰か乗られていたのでしょう?」
「厩舎につれてこられた時から暴れ者でした。ですが、足が速く、そして走る姿がとてもきれいだったのです。」
「ああ、そうなんですか。馬の走る姿は美しいですものね。」
「この馬は特にそうでした。ですから、はみも鞍もつけさせてくれませんでした。でも、今は、ちゃんと馬車を引いていますねえ。」
「私としては、最低限の馬具しかつけていませんね。嫌がるので。」
「そういえば、普通ならブリンカーをつけたりしますが、つけていませんね。あと、牽引するところの馬具が、少し複雑になっていますね。」
「痛がらないように、引いたときの摩擦が少しでも和らぐような仕組みにしています。」
「それは今度教えてください。見習わなければいけませんね」
「はい、私たちと一緒に旅をしてくれる家族ですから。」
「そういう気持ちが伝わるんですかねえ。」
「わかりません。」
 そんな話を団長さんと話しておりました。
『なんじゃそのくだらない会話は』
『さすがに最初の頃はモーラに萎縮して従っていて、やっと慣れてきたところなんて言えないでしょう。』
『馬具にしたって、おぬしの魔法のおかげで、体に負担がかからないように体全体に力が分散するようにして、引っ張るようにしているのじゃろう?』
『ええまあ、馬の様子を見ながら何度か試行錯誤しましたから。』
『本当にそういうことは、得意じゃのう』
『だって、見ていると痛がっているような気がするんですよ、』
『なに、動物とも会話しているのか』
『いや、そんな感じで私を見るので。調整して落ち着くとうれしそうにしているようなんです。』
『どれどれ、ほう、そうか、わしの目で見てみると、この馬たちに魔法量がそこそこあるので、こちらで単純思考を読み取ることも、馬の方がこちらの気持ちも感じることもできそうじゃな。ふむふむ。』
『あまり、馬と親密にならないでくださいね、感情移入しすぎると、とっさのときに判断が鈍りますよ。』アンジーがそう言いましたが、アンジー、それは違いますよ。すでに名前もつけているんですから。もう家族ですよ。
『そうですね~魔獣なんかに感情移入したら~こちらが殺されてしまいますね~』
『そういうことではありません。もう、茶化さないでください。』
 でも、この子達も私の大切な家族なのですがねえ。
 どうしてもうちの馬さん達は、走るのが大好きらしく頑張りすぎる傾向がありますので、御者として、抑え目に走ってもらわなければなりません。それに適度に休ませないと一気にバテてしまいます。それだけが注意が必要な点です。でも、2頭とも賢いし、性格が違うのでうまくやれているようです。
 基本、私たちとの付き合いが長い馬の方、名前を「あ」と言いますが、私たちにあわせてまったりして走ってくれますが、新入りの馬の方、名前を「うん」と言いますが、元気よく走ろうとします。なので、そのペースに引きずられることがあります。それでも、もう一頭が1日の走行ペースがわかっているので、逆に抑えるように引っ張りますから、新入りが午後からバテます。そうなると立場が逆転します。もっとも、基本どちらも能力値は高いので夕方まで休ませなくても走れるみたいですけど。
 特に今回は、山岳地帯を抜けているので、上り下りが多く、荷馬車分の負担がかかります。道もけもの道を少し広くした程度で、轍の部分の草がないくらいの道です。ゆっくり走らないと変な物を踏みかねないのです。賢い馬なので飛んだりしてよけたり、止まったりします。
 そして、急に馬車の勢いがゆっくりになり、とまりました。御者台にはエルフィがいて手綱を持って困惑しています。
「エルフィ、どうしました」
「お馬さんが突然止まりました~どうしたのかな~おなか痛いのかな~」珍しくエルフィがおろおろしています。
「とりあえず、降りて様子をみてみましょう。」
「私も一緒に行きましょう。」心配そうな団長さんとともに御者台の所から降ります。
 馬を見ると、なぜか、2頭ともにえらそうにふんぞり返っています。ほめてほめてと私を見ています。あたりを伺うと馬の足下にキラリと光る線が見えました。
「これは、光る糸ですか。」見ると、足が引っかかる位置に細い糸が張ってありました。
「そうですね、光っているというか、光を反射していますねえ。」
それなりの強度があれば、馬は、引っかかって馬車ごと倒れてしまったかもしれないです。
「よくとまりましたねえ。」
 団長さんが感心しています。その様子を見て、馬は、またふんぞり返っています。
「ええ、私たちでは、細すぎて見落としていたと思いますよ。」
 私は、立ち上がって馬の頭に手を伸ばし、馬もなでて欲しそうに頭を下げ、2頭ともになでてあげる。うれしそうに目を細めている。ええ、なで回してやりますよ。いいこいいこ
「誰がこんなものを仕掛けたんでしょうか」その糸を触りながら団長さんが言った。
「私たちをこの先へ行かせないようにしたかったのでしょうか。もしかして、私たちの動きが漏れていましたか?」
「それは考えられません。少なくともこのルートを使って先に出るというのは、あなたの考えですよね。私も知りませんでしたし、領主様も知らないと思います。」
「そうですよねえ。」
「はい、念には念を入れて、出発するときに先に出るとしか部下に言っていませんし、ここを通ることは、予想はしていましたが、私もわかりませんでした。」
「予想はしていたというところですね。ああ、私が裏切ることは考えませんでしたか。」
「そんなことは、一切考えていません。確かにこの宝石を持ち逃げはできるかもしれないとは考えましたが、そもそもあなたがそうするつもりなら、こんなことしなくてもできるじゃないですか。」
「そうですよね、回りくどすぎます。」
「さて、では、第三者の仕掛けということですね。」
「この糸は、ケガをさせるためのものではありません。」メアがその糸をたどりながらこちらに戻ってきました。
「メアさん見てきたんですか?」
「はい、たぶん誰かがここを通ったことをしらせる仕掛けかと。」
「この先には何かついていたのですか?」
「引っかけて切れるとたぶん音がします。」
「音?」
「はい、前にご主人様が見せてくれた笛のような物が鳴るようになっていました。」
「ああ、あの犬笛ですか。」
「はい、たぶんそれだと思われます。」
「わかりました。このまま進みましょう。仕掛けに気付かなかったふりをしてその笛を鳴らします。」
「いいのですか?」団長さんは、驚いています。
「まず、その仕掛けは、近づいたことを知らせるものです。ということは、事前にこの道を通る者がいることを知らせて、通るところを監視するためのような気がします。これに、気付くような一行であれば、相手からは、最初から警戒されてしまい、通過できずに邪魔されそうな気がします。」
「最初から通る者を襲う気なのではないのでしょうか。」メアが言った。
「その可能性はありますが、こんな見晴らしの良いところに罠を置くくらいなら、もっと遠くに見張りを置いて、近づくまでに準備をした方が良いですし、最初から罠で馬車をひっくり返した方が楽なのでは無いでしょうか。仕掛けをわざわざおいて存在を知らせない方がいいんじゃないですか?」
「確かにそうですね、敵か味方か様子をみようとしているということですか。」
「そう思いたいです。」
「我々を襲うつもりだったときはどうしますか。」団長さんは心配そうだ。
「相手は、奇襲に成功すると思っていますが、こちらはすでに、戦う準備が整えられていますので、こちら側が有利だと思います。相手の隙をついて突破口を開きましょう。」
「でも、囲まれたらどうします。」
「そうですね、とりあえず交渉します。だめなら突破するしかないですね。」
「わかりました、覚悟します。」団長さんは腰に差した剣を握りしめる。
「ひとつお願いします。仮に戦うことになったときには、ここで見たことは領主様にも秘密にしてください。」
「もしかして天使様を使われるのですか?」
「いいえ、天使様は、アンジーは、本当に力が無くなっています。でも、かわりに私たちに力を授けてくださいました。それは、神の御技であって私たちの力ではありません。そして、一時的な力とは言え、私たちの秘密が知られてしまうので話さないようにお願いします。」
「そうですか。お力を分け与えられて自らの力を失われましたか。」
「その辺は私もよくわかりませんが、今回は魔族の襲撃も全くないので、もしかしたら力が戻っているかもしれませんが。」
「わかりました。そもそもそのような力をお持ちであることも知りませんでしたが、秘密にということであれば、そのようにします。」
『あ』
『まったく、しゃべりすぎじゃ』
『もう!』
「では、馬車に戻って先へ進みましょう。」
「はい。」
「では、私が引っかけて切ります。」
 メアさんが足に引っかけて仕掛けを切りました。もちろん何も音はしません。
御者台には、私が座り、隣に団長さんが座っています。草原をしばらく走ると左の山側にうっそうとした森が見え始め、道の右側には、草原が少し広がり、その先に森が見え始めました。周囲を森に囲まれ始めた頃に少し雰囲気が変わりました。
『囲まれています。』エルフィレーダーに感ありですね。
『わかりました。声に出さないでくださいね、団長さんにばれてしまいます。』
『はい~でも、あまり悪意は感じませんね~』
「何かありましたか。」団長さんが私に声を掛ける。さすがに危機察知能力は高いですね。
「わかりません、見張られているような気がします。」私は感じているふりをする。
「そうですね、魔物とも人間とも違う感じですね。」
 すごいですねえ、そこまでわかりますか。団長さんさすがです。
 でもおかしいですねえ、魔族と人間が共存していると聞いたのですが、違ったのでしょうか。
 道の右側に少し草原があるところにさしかかった頃に突然声がしました。
「そこの馬車とまりなさい」
 おっとすぐにはとめませんよ。びっくりしながらスピードを落とします。
「くりかえします。その馬車とまりなさい。」
 ゆっくりと止めます。先を急いでいるんですが、そうも言っていられませんね。
 いつでも発進できるよう手綱を持ったまま答えます。
「急いでいるのですが、なんでしょうか。」私は大きな声で返事をする。
「この先は、行き止まりよ。引き返しなさい。」張りのある女性の声ですねえ。
「この先には、あの王国に抜ける道があると聞いていましたが違いますか。そこを通りたいのですが。」
「なぜこの道を通りたいんだ、他に道はあっただろう」今度は男性の声です。野太い感じでは無く割と高い声です。
「急いで届けなければならない荷物がありますので、他の道は盗賊も多いですから。」
「なぜ急ぐのですか。」先ほどの女性のようですが、優しい丁寧な言葉遣いですね。
「それは言えません。」
「何かまずいものでも運んでいるのではありませんか」
「言えません。」
「通るだけなのですか」
「はい、そのとおりです。」
「そうですか。それは、しかたないですね。」
「そんなやつの言う事を信じるのか、うさんくさい匂いをまき散らしている馬車なのに」
『匂い?』
『ああ、わしの匂いに敏感なのであれば、その者達は獣人達かのう』
『魔族もでしょう?』
『魔族ならわしの匂いですぐわかるわ』
『そうなの?』
『まあ、一度もあったことのない低級魔族とか田舎の魔族は知らない者もおるかもしれんが、さすがにドラゴンの匂いを知らん魔族はおるまい。』
『意外と不便ねえ』
『ですね』『です』『はい』
『魔獣とか獣は、気配でその力の差を察するが、魔族や獣人は、そこに知識とか経験とか余計なものが邪魔をするのじゃ。じゃからわしの匂いとかこんなところにいないはずのドラゴンの匂いを嗅いで、たぶん言い知れない不安や恐怖にあの反応なのじゃと思うわ』
『なるほどねえ、素直じゃないのね』
『ここでわしが出てもいいのじゃがどうする?』
『そうですねえ』
『おなかが空きました~』エルフィの空気の読めない発言きました。採用します。
「おい、その馬車のやつ、なんか言えよ。」
「すいませんが、すでに夕暮れですので、ここで野宿しますから、私たちをどうするか決めてください。明日の朝には出発しますから。」
「なんだと」
「あと、一緒に夕食を食べませんか?」
「はあ? 夕食だと?おい、どうする?」
「あははははは。いいねえご相伴にあずかろうかい。」
 丁寧な口調から今度は、男らしい口調に変わりましたね。こちらが素なのでしょうか。
「では、用意しますので。そちらは何人くらいですか?」
「そうだねえ30人分くらい用意できるかい」
「メアさん?」
「それは、難しいです。この後少し食事が寂しくなりますが、行程を考慮すれば20人分くらいなら」
「わかりました。」
「20人分くらいなら大丈夫です」
「いいのですか?」
 団長さんが不安がる。確かに残りの距離を考えれば何かあった時に困るくらいの量です。
「まあ、あきらめましょう。食料でここが越えられるなら。」
「しかたないのう。」
「そんなに出してここから先は大丈夫なのかい?」
「でしたら食材を提供していただければ、それなりにおいしい料理をお出しできると思いますよ。」
「言うねえ、なら、食材を用意しようじゃあないか。」
「では、私たちも馬車を降りますので攻撃しないでくださいね。」
「ああ、安心してくれ、攻撃しない。」
「姉貴、いいのか?」
「おもしろそうじゃないか。捕まえるのはいつでもできるだろう。」
「そうなんだけどよ」
「そちらもよろしいですか?」
「ああ、今姿を見せるよ。」
 私が御者台から降りると、女性らしきフォルムの人が森の中から姿を現す。おや、良い毛並みですねえ。ああ、獣人さんですものねえ。前がはだけているのがちょっとセクシーですねえ。
『最低』とアンジー
『最低です』とメア
『まったくです』とユーリ
『え~はだけて良いならわたしも~』とエルフィ
『お主はよけいじゃ』
「はじめまして、わたくし旅の魔法使いです。」ぺこりとお辞儀をする。
「はじめまして、私はそうだね、この辺の獣人をまとめる者さ。」
「よろしくお願いします。」
「見るからに普通の人間だねえ。まあいいや、食材を渡そうじゃないかい。誰が料理するんだい。」
「私が。」
 しゅっと、瞬間移動のように私のそばに現れるメアさん。そういう登場の仕方は、挑発になりませんか。
「なるほど、それなりの力を持った者が乗っているから安心ということかい。」
「うちの家族ですので、そういう言い方はちょっと。」
「ああ家族なのかい。それはすまない。では、こちらも」
 そう言って手を上げる。荷物を持った獣人がそちらもしゅっと現れ荷物を持ったままメアに近づく。
「こいつと一緒に料理をして欲しい、いいかな?」
「かまいませんよ。お願いします。」
「警戒しなくていいのかい?」
「だって、最初から疑っていたら切りが無いじゃないですか」
「確かにそうだねえ。まあ、あんたのそういうところが気に入ったよ。とりあえず、今度はこちらのメンバーを見せるよ。」
「こちらも全員降りますね。」
「ああ、そうしてくれ。」
 そうして、お互いの紹介をする。こちらは、全員、あちらは、獣人と人間が混じっている中のおもだった3人が紹介された。
「料理ができるまでゆっくりしようか。」
「そうですね。ちなみにですが、こちらにはお客様も乗せていますので、お手柔らかにお願いします。」
「そうかい、お客というのは、その男の事だね」
「はい。」
「わかった。では、この辺に陣取るか」
 そう言って、その道の横に座る。
 私もその向かい側に座り、数人が近づいてくる。
 そんな中、モーラが、先ほど声を出していた男の獣人に近づいて行く。
「お、お前は、」
 その獣人は、モーラが近づいてきてその正体に気付いたのかびびっている。
「ねえ、お願いがあるのだけれど。」
 ドンとオーラをまとうモーラ。周囲の獣人も気付いたようだ。後ろにいた人間達は、その様子を見て不思議そうにしている。
「な、なんでしょうか。」
「この人達に正体ばらしたら食い殺す。」
 ああ、すごんでいますねモーラ。ばれたら困るのは団長さんにだけでしょう
「はい、わかりました。」
 尻尾がまたの下に隠れるくらい萎縮したその獣人さんは、しゅんとなってしまいました。
 そうして、食事が始まりました。そして党首会談です。
「この旅行のメンバーは一体なんなんだい。」
「ああ、匂いでわかりますよね。実は、あの年長の男性の方以外は私の家族です。ドラゴンに天使、エルフにホムンクルス、そして普通の人間の女の子です。」
「おまえまさか。噂になっている奴隷商人なのか。」
 さっきまでしゅんとしていた獣人さんが驚いています。
「こんなところにまで知られていますか。」やれやれ、噂は千里を走りますねえ。
「いや、噂ではない。うちの領主から忠告されただけだ。そいつらには手を出すなと、仮にここを通ったら黙って通せと。さもないと何をされるかわからないとな。そうか、聞いていたイメージとずいぶん違うな。実際会ってみると、決してそうはみえないが。」
「奴隷商人と言われるのは心外ですが、まあ、手を出さないように言われているのならそれはありがたい話です。」
「こちらも騒動は避けたいからねえ。」ニヤニヤ笑いながら女性の方は言った。
「それは、ここがいろいろな種族のるつぼだからですか?」
「ああ、よく知っているねえ。どこから聞いた?」
「いえ、人間が一緒にいるのが見えましたから、もしかしたら他の種族の方々もいるのかなと。」
「さすがにエルフはいないけどね、それ以上は聞かない方が無難だよ。」
「ええ、深入りするつもりもありません。ただ静かに通してもらえれば。」
「ああそうだね。そうしてもらうと助かる。」
 そうやって食事の後は、私達は、その場で眠って、彼女らは、森に入っていった。そうして、夜は更けていき、私の知らないところでは、出会いがあったらしい。
 そして、夜も明け、出発の準備をしていると、昨日の獣人さん達が食事のお礼を言いに来て、挨拶をしてそこから出発しました。
「あそこは、魔族も一緒に暮らしているみたいだのう」
「見ましたか?」
「ああ、昨日の夜、アンジーとユーリが見かけたようじゃ。」
「そうなんですか?」
「たき火が気になって見に来て、迷子になってしまった魔族がいたようじゃ」
「そうですか。迷子ですか?どんな人でした?」
「ああ、迷子というくらいじゃから子どもじゃ。親が探しに来て連れて行ったようじゃ」
「そうですか。よかったですね。」
「仲の良さそうな親子じゃと言っていたなあ。」
「良い集落なんですねえ。」
「そうじゃな」

 そこを越えてからは、本当にスムーズに到着しました。ええ、魔獣に襲われることもなく。
「正直、拍子抜けですね。」団長さんは、ほっとしているようです。確かにそれまでは、モーラの匂いを消していたので、割と小物の魔獣に遭遇していましたから。
「何か獣人の方々が護衛してくれていたみたいですよ。おいしい料理のお礼だとか言っていたみたいです。」
メアさんが料理のお礼に何かと言われて提案したそうです。
「それはお礼を言わねばなりませんな。しかし、さすがに早く着きすぎましたなあ。」
「そうですね、無事につけて良かったのですが、早く着きすぎてしまいました。これは合流地点の近くで野宿をしなければなりませんね。」
 そうして、森の中に馬車を止めて、野宿の用意をしはじめる。用意をしながら団長さんが、
「そういえば、獣人にあったのは私も初めてでしたので、ちょっとびっくりしてしまいました。人嫌いと聞いていましたので、問答無用で殺されてしまうかとちょっと恐かったですよ。もっとこう好戦的で攻撃的なのかと思っていましたが、いい人達でしたね。」感心したように団長さんは言った。
「団長さんが初めてとは、もちろん私もそうですよ。意外と友好的で安心しました。」
「さて、野宿の準備は整いましたが、食料はどうしますか。」
 団長さんが、心配しています。そうです、ほとんどの食料は、獣人達との会食に使ってしまい、何も残っていないのです。
「メアさん。城塞の中に食料を調達に・・・」と、私が言ったときには、メアは背中にリュックを背負っていました。しかも膨らんでいます。
「行って参りました。」
「は、早いですね。」
「わかっていましたから先に出発しておりました。」
「すごいですね。ああそういえばメアさんは。ホムンクルスでしたか。とてもそうはみえませんねえ」
「頼りになります。」
 そうして、野宿が始まりました。たぶん商人さん達が到着するまであと数日ですので、何とかなるでしょう。
 夜は、団長さんと二人きりになります。交代で火の番をしますので、当然火の回りで寝ています。寝ていた団長さんが起き上がり私の前に座りました。
「本当のところを教えて欲しいのです。あなたは何者で、あなた達は一体どういう関係なんですか。モーラさんなんかは、獣人のところに近づいて行って怯えさせていたようにも見えましたが、」
「ええまあ、説明するには難しいです。」
「あなたは、魔法使いなんですよね。奴隷商人や薬師や武術家ではなく。」
「そう思われますか?」
「はい、ユーリは、自分の意志であなたに隷属していると言っておりましたし。」
「・・・」
「あと、天使様ですが、本当に伝説の天使様ではないんですか」
「伝説とは?」
「私の家には、災害などの天変地異の時に、天より現れた神を手伝う、羽の生えた子どもが降り立ったという言い伝えがあります。」
「そうですか。確かにアンジーの背中には小さいですが羽がありますね。」
「そうなんですか。そして未来が見える。」
「いえ、予知とかではありません。獣の気配を感じるだけです。」
「同じ事です。」
「そうでしょうか。」
「さらに薬屋の魔法使いのところにいたホムンクルスですよね。どうして一緒に暮らすようになったんですか。」
「ええと」
「そしてエルフのかたが突然一緒に暮らし始めました。何があったのですか」
「はあ」
「最後にモーラさん、子どもに見えてたぶんかなりの高齢とみました。」
「なぜですか?」
「これまでの街の噂を聞いても、賢い子だ、先見の明があるなどと聞き及んでいます。あまりにも知識豊富で、少なくともあの年齢で話す内容ではないと皆が言っています。」
「そうですか。」
「どうでしょうか、そのご事情を教えてもらえませんか?」
 そのように詰め寄られて、私も困ってしまいました。
「もうよいじゃろう、その者は他言せんと思うぞ。」モーラが近づいてくる。
「はい、誰にも話したりしません」それでも私が戸惑っていると。
「おぬしは、領主や商人に知られるのが不安なのであろう。だがその者の頭の中にはユーリを託して良かったのか不安だと叫んでおる。安心させてやれ。」
「そうですか。モーラがそう言うのなら。いいでしょう。」
 そうして私は彼にこれまでの事を説明した。あくまで彼女たちとの関係を簡単にですけど。
「なるほど、そういうことですか。わかりました。あなたも苦労されていますね。」
「苦労と言うほどではありません。みなさんとは、楽しく暮らさせていただいていますので。」
「腑に落ちました。特に獣人達とのやりとりであれだけ堂々と立ち振る舞いされていたのは、そういうバックボーンがあってのことなのですね。」ああ、そこですか。
「そういう訳でな、団長よ、他言無用にな。」
「はい、モーラ様、その、先日は抱き上げた際に抱きしめていただいてありがとうございました。誇りに思います。」
「それほどのことではない。これからもわしらをよろしくな。」
「はい」
「アンジー教だけでなくモーラ教にも帰依しましたか。ブレすぎですよ。まあ、アンジー教は廃止となりましたので。」そう言いながらアンジーが現れる。
「いえどちら様も大事にさせてください。」
「とりあえず、少しだけ後ろめたさがなくなりましたね。」
 そうして数日の後、商人さん達と合流しました。
 さすがにかなりお疲れのご様子です。
「大分お疲れのようですが、大丈夫ですか。」
「ええ、何とか。この馬車に献上品がないと言うのに度重なる襲撃がありまして、いや、ご忠告どおり、別ルートで輸送してよかったです。」
「やはり、王国側からですか。」
「あくまで噂を流していた程度らしいのですが、ですので国王が直接関与していたかどうかは、わかりません。」
「確かに、否定されればそれまでですよね。」

 続く

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