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従順そうな妹が良いとおっしゃいますが、本当にその子で大丈夫ですか?
拒否
しおりを挟む終始グレイの事を無視していたお父さまとニレス伯爵の間で婚約を破棄する旨を記載した書類を作った後、すぐさまその書類はコルトの手で別の場所へ運ばれていきました。
「さて、俺も部屋に戻るか」
「ちょっと待ってください」
お父さまたちが談話室からいなくなって1分も経たない内にグレイが談話室から出て行こうとしました。しかし、この後グレイに用があるのでそれを制止します。
「何だよ。君とはもう婚約者ではないのだから指図を受けるつもりはないんだが」
指図を受けるつもりはないとはよく言ったものです。元から碌に私の指摘を聞き入れて来なかったのによく言えますね。まあ、今更の事ですが。
「指図をするつもりはないので安心してください。ただ、貴方の希望を聞いてサシアをここへ呼んでいるのです」
「え、そうなのか?」
どうもあの時の提案は嘘だと思っていたようですね。明らかに信じられない者を見た表情をしています。
「はい。ただ、呼び出してはいますが、会う、会わないは貴方の自由です。会うつもりがあるのなら少々待っていただきたいという感じですね」
「そ、そうか。なら少しだけ待っていよう」
グレイはそう言うと嬉しそうな表情をして元々座っていた椅子に腰かけ直しました。
本当にうまく行くと思っているのでしょうか? あり得ないですが、万が一サシアと上手く話が進んだとしても、先ほどのお父さまの態度を見ればどうあっても不可能なことくらいわかるでしょうに。
まさか、呼び出しに応じたというだけで自信の気持ちを受け入れてもらえたとでも思って言訳ではありませんよね?
「サシアです。入ってもよろしいでしょうか?」
グレイのそわそわした態度を冷めた目で見ているとドアがノックされ、サシアの声が聞こえました。
「入って良いですよ」
「どうぞ」
私の返事から少し遅れてグレイも入室の許可を出しました。サシアを呼んだのは私なので貴方が返事をする必要は無いのですけれど、少しでも印象を良くしたいのでしょうか?
「失礼します。お姉さま、私の事をお呼びのようですが何用でしょうか?」
「ごめんなさい、サシア。少し前にグレイが貴方に会いたいと言っていたから」
「グレイ……さんが?」
学園内に広がっている私とグレイの噂はまだ収束していません。当然ではありますがああいった噂が広まれば早々に消えることもないのです。そしてそれはサシアの元にも届いている訳で。
「サシア。俺と婚約して欲しい」
いや、一気に行きましたね!? 挨拶とか、その話に行く前に世間話をするようなことはしないのですか。サシアは私とグレイの婚約が完全に破棄されたことを知らないのに、いきなりそんなことを言われれば普通なら困惑しますよ?
「はい?」
突然のグレイの言葉に理解できないとサシアは小首をかしげます。
「俺はサシアと婚約したいんだ。どうか受け入れて欲しい」
「え、普通に嫌ですけど? どうして貴方なんかと婚約しないといけないのですか? ふざけているのですか? 馬鹿なんですか? そもそも貴方の近くに居るだけでも嫌なのに婚約なんてしたくはありません」
「え?」
素直で大人しいと思っていたサシアから出た罵倒に、グレイの思考が止まってしまったようです。信じられないといった、驚きの表情で固まってしまっていますね。
この子、本当に猫かぶりと言いますか、関りの薄い人が近くに居ると素直で大人しい子を演じますからね。いえ、素直なのは素でしょうから、素直のような性格を演じる、でしょうか。
その態度自体は貴族として特別おかしい事ではないのですが、度が過ぎると言いますか綺麗に偽り過ぎるのです。だからグレイみたいな男性が寄って来るという。本人的にはそれも嫌ではないらしいですけれど、誰に対しても手を出そうとする不誠実な男性は嫌いみたいですから、この反応は当然の結果ですかね。
「もしかして、こんなくだらないことを聞かされるためだけにここへ呼び出されたのでしょうか?」
「――ぇ?」
未だにサシアの反応が理解できないのかグレイは絞り出すように、そう言葉を漏らすのが精一杯のようです。
「ごめんなさいサシア。グレイがどうしてもというから」
どうしても、とは言われていませんが会いたがっていたのは間違いないので問題はないでしょう。
「まあ、いいです。それで、話はこれで終わりですか? ないのなら部屋に戻りたいのですが」
「そうですね。グレイの用もこれだけですし、話も終わりでいいでしょう」
「わかりました。私は戻りますね」
用は済んだとばかりにサシアはすぐ談話室から出て行こうとしました。
「ああ、待ってください。私も一緒に戻りますから。なのでグレイ。ここを出る際にある程度は椅子などを整えてから出てくださいね」
サシアと一緒に談話室の外へ向かう途中、グレイにそう言っておきます。
あまりいい事とは言えませんが、談話室を使った後の部屋を整える人が決まっていない場合は最後まで残った人がすることが多いですね。今回の場合はグレイがそれに該当するわけです。それをするのはグレイの使用人でしょうから、そちらに目配せはしておきましょう。
そうして私はサシアと一緒に談話室を出ました。
「お姉さま、あれでよかったのですか?」
「ええ、あれで問題はありません。少々言い過ぎな気はしましたけど、灸をすえる感じだと思えば悪くはないでしょう」
「あの手の者は中途半端に断りますと後になって付きまとわれる可能性がありますから、あれくらいは言わないと駄目ですよ」
「そうですか」
何度か同じような経験をしているサシアの言葉ですから信憑性がありますね。
ともかくサシアにグレイの提案を拒否するように事前に提案しておいて正解でした。まあ、サシアの様子からして、提案しなくとも問題はなかった気はしますけどね。
グレイのように気の多く、考えなしでふらふらした性格の殿方はサシアが一番嫌う存在ですから。
―――――
この話は次話で完結となります。最後まで読んでいただけたら幸いです。
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