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これから貴方と過ごす場所

想定外の想い

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「小娘のことはどうでもよいが、まずはこの堀をどうにかしなければならんな」

 隣でどうするか判断に迷っている元王子を無視して、辺境伯はそう言って堀、正確に言えば堀の縁を確認していた。

 む? もしかして堀を崩すつもりかしら。一応スタンピードが終わった後もこの堀はそのままにするつもりだったから、割と頑丈に作ったのだけど。

「まあ、周囲を崩せば通れるようになるだろう」

 あー、まあ、予想通りなのだけれど、どうして簡単に崩せると思うのかしら。普通に考えれば崩れない様に対策なり何なりしているのは当たり前だと思うのだけど。自分の力量を過信しているのかしらね?

「ふんっ、ぬん?」

 辺境伯が堀の縁を崩そうと変な掛け声で魔力を込めている。ただ、予想通り堀の縁が崩れることは無く、それが理解できないと言った風の表情で辺境伯は再度地面に魔力を込めて堀を崩そうとしている。

「何だこれは、どう言うことだ? まるで岩に魔力を込めているかのような感覚だ」

 辺境伯の感覚は間違っていない。そもそも私が堀を作る際に出たはずの土は何処に行ったのか。別に空間魔法で収納した訳でもないし、別の場所に移動させたわけでもない。

 簡単に言えば私は堀を掘ったのではなく、周囲の地面を押し固めて圧縮し空間を無理やり作ることで堀の形にしていただけ。なので、地面を圧縮した結果、堀の周囲の地面は異様なほどに硬くなっている。それも辺境伯が言ったように岩のごとくね。

「おい! これはどういう事だ!」
「何がでしょう?」
「何がではないわ! 何故ここまで硬く作ったのだ!」
「そう簡単に壊れるように作る訳ないじゃないですか。馬鹿なんですか?」

 対魔物用の堀なのだから、重量級の魔物が来ても壊れない様に作るのは当たり前でしょうに。それに何故、自分で理由を考えないのかしら。貴族の当主である以上、物事の判断をする際に情報を精査してよく考えるのは当たり前よね? 何故それが出来ないのかしら。

「調子に乗りよって! その口を閉ざしてやるわ!」

 辺境伯はそう怒鳴ると同時に魔法を使ってこちら側に来ようとする。

「ああくそっ!」

 しかし、それと同時に不意に堀の向こう側、辺境伯が居る場所とは違う所から決意したような声が響いた。

 一瞬、辺境伯が悪態をついただけだと思ったけれど、明らかに聞こえて来た声は辺境伯の物ではなかった。

 辺境伯も私と同じように、突然聞こえた声の元を確認しようと視線を移動させる。辺境伯から視線を少し逸らしたところで丁度堀の中に飛び込んで元王子の姿が見えた。

 え、待ってうそでしょ。本当に助けに行くの? どう考えても助けられるとは思えないのだけど。

「待て! 戻れ! 何故お前は自らそこへ行くのだ!?」

 元王子がアイリを助けに行ったことに気付いた辺境伯が戻るように怒鳴る。しかし、その声は堀の底に落ちた魔物の呻き声などによって元王子の元には届いていないようだった。

「お前がいなければ今後の計画に支障が出るんだ! 戻れ!」

 既に辺境伯のいる場所からは元王子の姿を確認することが出来ないのか、身を乗り出して堀の中を覗き込みながら声を出している。
 辛うじて、私の居る場所からは元王子の姿は見えるのだけど、堀の中に落ちていく魔物の数は減っていないので、そう時間がかからない内にアイリと同じように魔物の体によって埋まっていってしまうだろう。

 まさか、自分から魔物で埋まっている堀の中に飛び込むほど、あの元王子がアイリのことを想っていたとは想像していなかった。
 あの夜会の時はアイリによって魅了魔法をかけられていたし、単純に私の事が嫌いだからアイリと同調していただけだと思っていたのだけど、あそこまで出来るとなると、本当に好意を持っていたということなのよね。それが最初からなのか、王宮を追い出されてから持った感情なのかはわからないけど。

 ……ちょっと手を貸すくらいはしてもいいかしらね。
 
 そんなことを考えながら、元王子に向かっていくつか補助魔法を放つ。

 私がこんなことをしたところで、アイリが助け出される可能性も元王子が生き残れる可能性もないに等しいでしょうけれど、アイリと同じように元王子に対して絶対に死んでほしいと思うほどの感情はない。

 確かに、会うたびに一々嫌味を言ってくる奴だったし、何かにつけて見下してくることも多かったけれど、やられたのは精々その程度だ。裏では私の事を排除するために色々計画を立てていたようだけど、一度もその計画を実行されたことはなかった。
 練った計画を実行しなかったのは、一応王子としての立場を理解していたからというのもあったのでしょうけれど、単にそれを実行するだけの行動力はなかったのよね。要はヘタレだったのよ、あの元王子は。

 そんな元王子が自ら死地に飛び込んで行くほどの想いを持っているのなら、少しくらい手助けしても良いと思うのよね。
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