46 / 66
これから貴方と過ごす場所
想定外の想い
しおりを挟む「小娘のことはどうでもよいが、まずはこの堀をどうにかしなければならんな」
隣でどうするか判断に迷っている元王子を無視して、辺境伯はそう言って堀、正確に言えば堀の縁を確認していた。
む? もしかして堀を崩すつもりかしら。一応スタンピードが終わった後もこの堀はそのままにするつもりだったから、割と頑丈に作ったのだけど。
「まあ、周囲を崩せば通れるようになるだろう」
あー、まあ、予想通りなのだけれど、どうして簡単に崩せると思うのかしら。普通に考えれば崩れない様に対策なり何なりしているのは当たり前だと思うのだけど。自分の力量を過信しているのかしらね?
「ふんっ、ぬん?」
辺境伯が堀の縁を崩そうと変な掛け声で魔力を込めている。ただ、予想通り堀の縁が崩れることは無く、それが理解できないと言った風の表情で辺境伯は再度地面に魔力を込めて堀を崩そうとしている。
「何だこれは、どう言うことだ? まるで岩に魔力を込めているかのような感覚だ」
辺境伯の感覚は間違っていない。そもそも私が堀を作る際に出たはずの土は何処に行ったのか。別に空間魔法で収納した訳でもないし、別の場所に移動させたわけでもない。
簡単に言えば私は堀を掘ったのではなく、周囲の地面を押し固めて圧縮し空間を無理やり作ることで堀の形にしていただけ。なので、地面を圧縮した結果、堀の周囲の地面は異様なほどに硬くなっている。それも辺境伯が言ったように岩のごとくね。
「おい! これはどういう事だ!」
「何がでしょう?」
「何がではないわ! 何故ここまで硬く作ったのだ!」
「そう簡単に壊れるように作る訳ないじゃないですか。馬鹿なんですか?」
対魔物用の堀なのだから、重量級の魔物が来ても壊れない様に作るのは当たり前でしょうに。それに何故、自分で理由を考えないのかしら。貴族の当主である以上、物事の判断をする際に情報を精査してよく考えるのは当たり前よね? 何故それが出来ないのかしら。
「調子に乗りよって! その口を閉ざしてやるわ!」
辺境伯はそう怒鳴ると同時に魔法を使ってこちら側に来ようとする。
「ああくそっ!」
しかし、それと同時に不意に堀の向こう側、辺境伯が居る場所とは違う所から決意したような声が響いた。
一瞬、辺境伯が悪態をついただけだと思ったけれど、明らかに聞こえて来た声は辺境伯の物ではなかった。
辺境伯も私と同じように、突然聞こえた声の元を確認しようと視線を移動させる。辺境伯から視線を少し逸らしたところで丁度堀の中に飛び込んで元王子の姿が見えた。
え、待ってうそでしょ。本当に助けに行くの? どう考えても助けられるとは思えないのだけど。
「待て! 戻れ! 何故お前は自らそこへ行くのだ!?」
元王子がアイリを助けに行ったことに気付いた辺境伯が戻るように怒鳴る。しかし、その声は堀の底に落ちた魔物の呻き声などによって元王子の元には届いていないようだった。
「お前がいなければ今後の計画に支障が出るんだ! 戻れ!」
既に辺境伯のいる場所からは元王子の姿を確認することが出来ないのか、身を乗り出して堀の中を覗き込みながら声を出している。
辛うじて、私の居る場所からは元王子の姿は見えるのだけど、堀の中に落ちていく魔物の数は減っていないので、そう時間がかからない内にアイリと同じように魔物の体によって埋まっていってしまうだろう。
まさか、自分から魔物で埋まっている堀の中に飛び込むほど、あの元王子がアイリのことを想っていたとは想像していなかった。
あの夜会の時はアイリによって魅了魔法をかけられていたし、単純に私の事が嫌いだからアイリと同調していただけだと思っていたのだけど、あそこまで出来るとなると、本当に好意を持っていたということなのよね。それが最初からなのか、王宮を追い出されてから持った感情なのかはわからないけど。
……ちょっと手を貸すくらいはしてもいいかしらね。
そんなことを考えながら、元王子に向かっていくつか補助魔法を放つ。
私がこんなことをしたところで、アイリが助け出される可能性も元王子が生き残れる可能性もないに等しいでしょうけれど、アイリと同じように元王子に対して絶対に死んでほしいと思うほどの感情はない。
確かに、会うたびに一々嫌味を言ってくる奴だったし、何かにつけて見下してくることも多かったけれど、やられたのは精々その程度だ。裏では私の事を排除するために色々計画を立てていたようだけど、一度もその計画を実行されたことはなかった。
練った計画を実行しなかったのは、一応王子としての立場を理解していたからというのもあったのでしょうけれど、単にそれを実行するだけの行動力はなかったのよね。要はヘタレだったのよ、あの元王子は。
そんな元王子が自ら死地に飛び込んで行くほどの想いを持っているのなら、少しくらい手助けしても良いと思うのよね。
23
お気に入りに追加
2,018
あなたにおすすめの小説
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる