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辺境伯様の元へ
閑話 商家
しおりを挟む「オージェ。私新しい服が欲しいのだけど」
「えぇ」
トーアの代わりにリースが俺の婚約者として家にやって来た。
普通、婚約者になったからと言ってすぐに嫁ぎ先の家にやって来ることは無いのだけど、今回は殆ど婚姻したと同じ状況だからのと、リースの家であるフィラジア子爵家が半ば強引に迎えさせられた。
婚約に関しては、リースも元の婚約者の元へは行きたくないと言っていたし、俺もトーアはずっとそばにいるだけで、何か特別なことをしてくれるわけでもなかったから、一緒に居るのが面倒になって来ていたところだった。
俺とトーアの婚約が解消されたのは、俺が婚約者でもないリースと寝た所為ではあるけれど、トーアに比べればリースの方が愛想は良いし、明るい性格だから一緒にいても楽しいはずだ。
だから、婚約者がトーアからリースに代わったのは良かったと思う。
「オージェ?」
「え? あぁ、ごめん」
小さく声を漏らしてから反応のなかった俺の顔を、訝し気にリースが覗き込んで来ていた。
なにか今はちょっときつめの表情だけど、やはりトーアよりかわいいと思う。仕草がトーアとは全く違う。
「新しい服、買ってくれるでしょ? 婚約者なんだから、当然よね」
「あ、あぁ」
正直なところ、俺が自由に使えるお金はそれほど多くない。いや、同年代の男に比べればかなり多いだろうけど、貴族が買うような物を頻繁に買えるほどではないんだ。
だから、リースの要望を聞いて安易に買ってあげるのは避けたい。
「でも、リース」
「何かしら」
「確か君ってまだ学院を卒業していなかったよね? その状態で服を買っても着る機会があるのかい?」
「あああ! そう言えばそうだったわ! 忘れてた。ありがとう、オージェ」
「そうか。それは良かった」
普通、一時的に学院を休んでいたからって忘れるものではないと思うんだけど、下手にそんなことを言えば、また何かを買って欲しいとねだられる気がしたから、短く言葉を返した。
そして、準備をしなきゃ、と今日から過ごすことになる部屋に向かって行くリースの後ろ姿をそのまま見送った。
「オージェ、フィラジア子爵の娘が嫁いできたが、どんな感じだったかを聞かせてくれ。今以上に貴族との繋がりが欲しかっただけ故に、我が家はどちらでもよかったのは事実だが、妹の方はそれほど情報を仕入れてはいない」
リースが学院の準備をするために部屋に戻って直ぐ父さんから呼び出しを受けた。
「どんな感じ、と言われても、ここに来てからまだ数日しか経っていないので何とも言えないよ。ただ、トーアとは違って実家の事はあまり気にしていないと思う。それに聞いただけだから本当かどうかもわからないけど、フィラジア子爵家とは別に他の貴族と個人的な繋がりがあるみたいだ」
「ほう。それはいいことを聞いた。なら、婚姻したのが姉から妹に代わったのは、我が家からしてみれば悪くない選択だったという事か」
父さんたちはフィラジア爵家の事を、我が家の商会を伸し上げるための道具としか見ていない。確かにフィラジア子爵家は商家としては近年落ち目だったし、商家として影響力が強いわけでもない。
ただ、やっぱり貴族であるからうちの商会とは違う顧客を持っていて、商会主である父さんはその繋がりを強く欲していた。だから、支援するという形を持ってフィラジア子爵家を取り込もうとしていた。婚約者の話しもそれに繋がっている。
今回の騒動、と言うか俺がリースと寝てしまったから、支援の話は流れてしまったし、取り込むのも難しくなってしまった。でも、個人で他の貴族と繋がりを持っているらしいリースを俺の元に嫁いでくることになったから、父さんからすればそれはもうどうでもいいようだ。
「フィラジア子爵家は商人上がりの貴族だ。長年国へ貢献して来たことで子爵家の地位を貰ってはいるが、貴族としては比較的新参。しかし、我が商会が出来るだいぶ前からこの地に根差し、周辺に居を構える貴族家は全て顧客として取り込まれてしまっている。これは我が商会が業績を上げ、新たな商品を売り出しても変わらなかった」
「そうだね」
「だから、オージェ。お前はあの娘から出来るだけ多くの貴族との繋がりを得ろ。そして我が商会の顧客になるように仕向けるんだ。そうすれば、いずれ男爵の位が手に入るかもしれない。そして男爵になれればフィラジア子爵家など取るに足らん存在だ」
勢いよく言葉を出してくる父さんの圧に内心慄きながらも頷く。正直、貴族との繋がりを得るにはどうすればいいのかわからないし、上手くやれるかもわからない。だけど、俺とリースが婚約したのはそれが目的だったのだから出来るだけやってみようと思う。
しかし、なんだろう。この、なんと言うか、そこはかとなく感じる不安は何処からやって来るのだろうか。
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