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辺境伯様の元へ
出迎える
しおりを挟む執事長の不自然な行動を目撃して数日。
執事長にあの場面を私が目撃したことを悟られないよう、それまでと同じように行動を続けました。
そのため、あの場にはあの日以来、近付いてはいません。まあ、もしあれが後ろめたい事であれば頻繁に行動を起こさないとは思いますけど、変に気にしていると気付かれてしまう可能性があります。
それと、いつものように屋敷の中を確認に回っていたところ、どうやらあの場所は屋敷の中から見えない位置にあることに気付きました。
やはり、あの位置で人と会っていたという事を誰にも気づかれたくなかったという事なのかもしれません。偶然の可能性も否定できませんが。
さて、本日はアグルス様が屋敷に帰って来る日です。
しばらくしたらまた王都の方へ出向かなければならないようですが、それを最後に滞っていた仕事が完了すると先に送られてきた手紙に書かれていましたので、ようやく落ち着いた生活に戻れそうなので安心ですね。執事長の事を除けば、ですけれど。
そろそろアグルス様が戻られる時間が近づいてきましたので、私も出迎えのために身なりを整えなければなりませんね。
アグルス様の乗った馬車が屋敷に到着しました。
馬車から降りて、屋敷の中に入って来るまでにそれほど時間が掛かる訳でもないにも拘わらず、アグルス様の出迎えに出て来ているメイドの数が少ない。
本来でしたら、その場から離れられない仕事をしているメイド以外は出迎えに来るはずなのですが、アグルス様を出迎えにホールに出て来たメイドはランを合わせても3人しかいません。
私がこのお屋敷に来た際は、出迎えに10人ほど出迎えのメイドが居ましたので少ないですね。もしかしたらアグルス様の意向なのかもしれませんが、執事長による嫌がらせの気がします。
そもそも率先して出迎えをすべき執事長も来ていませんし、ここに来ている2人のメイドは執事長の行動に賛同していない数少ないメイドですから。
「「おかえりなさいませ。旦那様」」
「……ああ」
お屋敷に帰ってきたアグルス様は出迎えに来ていたメイドを見て、一拍置いた後に返事をされました。やはり、出迎えが少ないのは意向ではないようです。
「おかえりなさいませ。アグルス様」
「ああ、ただいまトーア」
アグルス様は優しく微笑み、私を抱きしめて来ました。
「え……あの」
いきなり抱きしめられたため戸惑いから声を上げるも、アグルス様から言葉は返ってきません。
背中に回された腕はそれほど強い力が入っている訳ではないようなので、振りほどこうと思えば出来そうですが、それほど嫌ではないのでしませんけど。
知っていましたが、アグルス様は背が高いですね。
お父さまよりも背が高かったはずですので180センチ後半はあるでしょうか。私は150の前半しかないので結構な身長差がありますね。
その所為でアグルス様がやや身を屈められているのが申し訳なくなってしまいます。
化粧がアグルス様の着ている衣服につかないよう気を付けながら、アグルス様の顔を伺います。するとそれに気づいたようでアグルス様はまた私に微笑みかけてきました。
実のところ、このように近距離で男性から微笑みかけられた経験は、今まで一切ありません。
オージェと婚約はしていましたが、政略的な物でしたし、今のような状況になった事は1度もないのです。
だからでしょうか。こう嬉しそうな表情でまっすぐ見つめられると恥ずかしいと言いますか、嬉しさなどの色々な思いから顔が熱くなってしまいます。
私の表情を見てか、アグルス様は満足そうな笑みを浮かべた後、少しだけ背中に回した腕に力を入れ、ゆっくり腕を解いて行きました。
「アグルス様」
「なんだ?」
「今のは……いえ、あとで時間を頂けませんでしょうか」
何故いきなり抱きしめて来たのかが気になりますが、それよりも執事長の事を話さなければなりませんので、先にお伺いを立てておかなければなりません。
「ふむ、わかった」
私の表情が少し変わったことに気付いたのか、アグルス様は少し表情を引き締めそう返事をしてきました。
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