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辺境伯様の元へ
呼び方
しおりを挟む馬車に揺られて辺境伯様のお屋敷に向かっています。
この馬車。揺れが凄く少ないですね。やはり高級な物はどれも素晴らしいと言うことでしょう。まあ、例外はあるでしょうけど。
「屋敷に着き次第、トーアは私が用意した部屋に向かってほしい。ああ、案内は用意してある」
「わかりました。ですが何故でしょうか?」
「夕食の席に着飾った状態で出て来て欲しいのだ。そして、その場で我が家の使用人にトーアを覚えさせるのが主な目的だな」
「主な目的…ですか」
主な、と言うことは他にも意図があると言うことでしょう。それに、用意した部屋と言うことは、婚姻したとは言えまだ一緒の部屋で過ごすつもりはないようですね。私からしても、いきなり一緒の部屋で過ごすのは緊張してしまいますからありがたいことです。
「着る物はこちらが持ってきた物でよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。と言うよりも、君のために誂えたドレスはまだないからな。早い内に作らねばな」
「すいません。催促したかったわけではないのですが」
「何れ作らなければならないものだ。気にしなくていいさ」
それもそうなのですが、でも私の発言がそう捉えられる感じになってしまったのは良くなかったです。
「それと、我が家の当主は既に私だが、前当主、私の親の代から仕えている使用人がそれなりに居る。それらの中には私の発言も軽んじている輩も居るから、気を付けてくれ。何を言われるかはわからない」
「ご忠告ありがとうございます」
ああ、前辺境伯様はご病気で早世したのでしたね。何が原因だったかはわかりせんが、それが切っ掛けで問題が山積したとか。使用人に軽く扱われていると言うことは、引継ぎも上手く行っていないのでしょう。
もしくは、前辺境伯様が亡くなった原因が現辺境伯様だと思っているのかもしれません。ですが、さすがに現辺境伯様がそのような事をするとは思えませんね。どうにもならないもの以外は、問題が起きる前にその原因を排除するような方ですから。
「ああ、それと」
「何でしょう?」
「もう私と婚姻を結んだのだから辺境伯様は無いのではないか?」
「そ…そうですね」
ああ! 確かにそうです。何てことを。馬車に乗ってからも何度かそう呼んでしまっています。
「私の名前は知っているよな?」
アグルス様でしたよね? って、おや? 何か不安そうな表情で私を見ていますが、もしかして私が名前を知らない可能性があると思っているのでしょうか。
まあ、確かに今までそれほど直接会ったことはありませんでしたが、さすがにリースの婚約者であったのですから把握はしています。ほんの少し自信はありませんけれど。
「アグルス様…でよろしいでしょうか」
「ああ」
あからさまにほっとした表情をされると対応に困るのですが、見なかったことにすればいいのでしょうか?
何か横に座っているランが笑いを堪えているかのように視線を外に向けているのですが、これは後で抗議でもした方が良いのかもしれませんね。
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