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第36話 ループ
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わたしは空間を丁寧にセンシングして、ループしている領域を調べた。
範囲はせいぜい三百メートルといったところで、端まで進むと三百メートル手前に飛ばされる仕掛けだ。
そうやってループした道を延々と歩き続けるのだ。
楽天主義が顔面に貼りついているユートも、さっきから道を行ったり来たりしているわたしの様子を見て何かが起こっているらしいとは察したようだ。
邪魔をするまいと黙り込んでいる。
わたしはユートの方に振り返ると、状況の説明をしてやった。
「わたしたちは今、閉ざされた空間の中にいるの。今ちょうど真ん中辺りにいるんだけど、試しにこのまま真っ直ぐ歩いて行ってごらんなさい。面白いことが起きるから」
頭の中に大量にハテナを浮かべたような表情をしつつ馬を進めたユートは、やがてわたしの後ろからやってきた。
その顔に驚愕の表情を浮かべている。
「ななな、なんで? だってオレ、エリンを後ろに残して行ったんだぞ? なのになんでエリンが前にいるんだ? 意味分かんねぇ!」
はっは、大パニックだ。ちょっと面白い。が、そうも言っていられない。
白猫のアルが近寄ってくる。
「で? どうする、エリン。下手すると突破するのに数か月はかかるぞ?」
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと色々細工をしておいたのよ。行くわよ。スタミナルーチス マニフェスタティオ(光の糸、顕現)!」
さっきまで何もなかったわたしの手のひらの上に、光り輝く一本の糸が現れた。
視認するのが困難なほど、限りなく細い光る糸だ。
だが、その先に何かがあるとでも言うのか、手に持った光の糸の先が、突如目の前の空間に飲み込まれるように消えている。
それを見てアルが目を丸くする。
「エリン! お前、いつの間にそんなものを!?」
「あら? 悪魔王ともあろう者が気づかなかったとは。わたしもなかなかのものね。ほら、屋根の上でね。先端はあのハーゲンとかいう人狼の背中にくっついているわ。じゃ、さっそく引っ張るわよぉぉぉぉ? どっせぇぇぇぇぇぇいいいい!!!!!!」
わたしは思いっきり光の糸を引っ張った。
通常、糸は引っ張った分だけ近寄ってくるのに対し、この光の糸は魔法でできているだけあって伸縮自在。引っ張った分の数十倍、数百倍、一気にこちらに近寄ってくる仕様になっている。
ほら、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてくる……。
ガッシャアァアァァァァァァァァァアアアン!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
わたしの目の前の空間が割れて、人狼ハーゲンが背中から飛び出してきた。
なぜだか首に白いエプロンを掛け、手にナイフとフォークを持っている。
どうやら食事中だったらしい。
「な、なんだなんだなんだぁ!?」
わたしはすかさず、その場にしゃがみ込んで目を白黒させているハーゲンの無防備な首めがけて右のローキックを放った。
スカっ。
ち、はずしたか。
野生の勘か、間一髪ハーゲンは身体をよじりつつジャンプし、少し離れたところに着地した。
完全に殺ったと思ったのに避けるとは。さすが人狼。
「あっぶねぇ!! 姫さん、あんた思いっきり振り抜いたろ! 当たりどころが悪けりゃ脳挫傷で一発リタイアだぜ。背後からの致命的攻撃なんざ、武人の風上にも置けねぇぜ!」
「あんた何言ってんのよ。わたしは武人なんかじゃないわ。禁じ手なんかクソ喰らえよ」
「……仮にも一国の姫君ともあろうお方がなんて言い草だ。信じられねぇぜ」
強張った顔。汗びっしょりで荒い息を吐いている様子。
それを見れば、避けられはしたものの相当に肝を冷やしたことが分かる。
わたしはその場で必死に息を整えるハーゲンと、何が起こったかさっぱり分からずその場に立ち尽くすユートを無視し、ほんの十メートルほど前方に広がる空間の裂け目に目を凝らした。
人が通れそうなくらいの大きさで、空間が揺らいでいる。
ハーゲンの飛び出してきた穴がゲートと化したのだ。
首魁はこの先にいる。
わたしはハーゲンとユートをガン無視してパルフェの背にまたがった。
くだらない笑劇になんか付き合っていられないもの。
正気に戻ったハーゲンが慌てて大声を上げた。
「おい、ちょっと待ちな、お姫さん! あんたの相手はこの俺だ! 行かせはしないぜ!」
「お前の相手はオレだ、人狼!」
剣を構えて突進するユートを華麗にジャンプして避けたハーゲンは、そのままの勢いでパルフェ上のわたしに爪での攻撃を仕掛けてきた。
「もらったぁぁ!!」
だが――。
わたしはハーゲンの横薙ぎを苦もなく避けると、その手をグルっと巻き込みつつ払った。
空中で錐もみ状態になったハーゲンが、路上をゴロゴロ転がりつつ体勢を立て直すと驚愕の目でわたしを見つめた。
「……今、何をしやがった!?」
「妹を返せぇぇぇ!!」
その隙を見逃さず、ユートが剣で打ちかかった。
その激しい剣さばきに、ハーゲンも集中せざるを得なくなる。
「邪魔をするな、冒険者!」
「妹をどこへやった!」
「妹? あぁ、憑代のことか。お前もたいがいしつこいな。もう、当人の意識なんかこれっぽっちも残ってないって言ってんだろうが! 何回このやり取りを繰り返せば納得するんだよ! お前の妹は、偉大なる吸血鬼――マリウス=ブルーメンタールさまの身体となったんだ。光栄に思えよ!」
その名を聞いて、わたしは思い切り手綱を引っ張った。
キュキュ!?
急な指示変更に、ミーティアが困惑の表情でわたしの方に振り返る。
わたしの頭の中のパズルが音を立てて組み上がっていく。
ブルーメンタール伯爵家。少女姿の吸血鬼。……やったわね、ユリアーナ!!
「ハーゲンって言ったわよね、あんた」
「お? やる気になったかい? お姫さん!」
ハーゲンが自前の鋭い爪でユートの剣をいなしながら返事を返す。
「そうね。ユートに勝ったら相手をしてあげるわ。せいぜい頑張ることね」
ハーゲンの相手をユートに任せたわたしは、ミーティアを空間のゆらぎに向けると、一気にゲートに飛び込んだ。
範囲はせいぜい三百メートルといったところで、端まで進むと三百メートル手前に飛ばされる仕掛けだ。
そうやってループした道を延々と歩き続けるのだ。
楽天主義が顔面に貼りついているユートも、さっきから道を行ったり来たりしているわたしの様子を見て何かが起こっているらしいとは察したようだ。
邪魔をするまいと黙り込んでいる。
わたしはユートの方に振り返ると、状況の説明をしてやった。
「わたしたちは今、閉ざされた空間の中にいるの。今ちょうど真ん中辺りにいるんだけど、試しにこのまま真っ直ぐ歩いて行ってごらんなさい。面白いことが起きるから」
頭の中に大量にハテナを浮かべたような表情をしつつ馬を進めたユートは、やがてわたしの後ろからやってきた。
その顔に驚愕の表情を浮かべている。
「ななな、なんで? だってオレ、エリンを後ろに残して行ったんだぞ? なのになんでエリンが前にいるんだ? 意味分かんねぇ!」
はっは、大パニックだ。ちょっと面白い。が、そうも言っていられない。
白猫のアルが近寄ってくる。
「で? どうする、エリン。下手すると突破するのに数か月はかかるぞ?」
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと色々細工をしておいたのよ。行くわよ。スタミナルーチス マニフェスタティオ(光の糸、顕現)!」
さっきまで何もなかったわたしの手のひらの上に、光り輝く一本の糸が現れた。
視認するのが困難なほど、限りなく細い光る糸だ。
だが、その先に何かがあるとでも言うのか、手に持った光の糸の先が、突如目の前の空間に飲み込まれるように消えている。
それを見てアルが目を丸くする。
「エリン! お前、いつの間にそんなものを!?」
「あら? 悪魔王ともあろう者が気づかなかったとは。わたしもなかなかのものね。ほら、屋根の上でね。先端はあのハーゲンとかいう人狼の背中にくっついているわ。じゃ、さっそく引っ張るわよぉぉぉぉ? どっせぇぇぇぇぇぇいいいい!!!!!!」
わたしは思いっきり光の糸を引っ張った。
通常、糸は引っ張った分だけ近寄ってくるのに対し、この光の糸は魔法でできているだけあって伸縮自在。引っ張った分の数十倍、数百倍、一気にこちらに近寄ってくる仕様になっている。
ほら、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてくる……。
ガッシャアァアァァァァァァァァァアアアン!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
わたしの目の前の空間が割れて、人狼ハーゲンが背中から飛び出してきた。
なぜだか首に白いエプロンを掛け、手にナイフとフォークを持っている。
どうやら食事中だったらしい。
「な、なんだなんだなんだぁ!?」
わたしはすかさず、その場にしゃがみ込んで目を白黒させているハーゲンの無防備な首めがけて右のローキックを放った。
スカっ。
ち、はずしたか。
野生の勘か、間一髪ハーゲンは身体をよじりつつジャンプし、少し離れたところに着地した。
完全に殺ったと思ったのに避けるとは。さすが人狼。
「あっぶねぇ!! 姫さん、あんた思いっきり振り抜いたろ! 当たりどころが悪けりゃ脳挫傷で一発リタイアだぜ。背後からの致命的攻撃なんざ、武人の風上にも置けねぇぜ!」
「あんた何言ってんのよ。わたしは武人なんかじゃないわ。禁じ手なんかクソ喰らえよ」
「……仮にも一国の姫君ともあろうお方がなんて言い草だ。信じられねぇぜ」
強張った顔。汗びっしょりで荒い息を吐いている様子。
それを見れば、避けられはしたものの相当に肝を冷やしたことが分かる。
わたしはその場で必死に息を整えるハーゲンと、何が起こったかさっぱり分からずその場に立ち尽くすユートを無視し、ほんの十メートルほど前方に広がる空間の裂け目に目を凝らした。
人が通れそうなくらいの大きさで、空間が揺らいでいる。
ハーゲンの飛び出してきた穴がゲートと化したのだ。
首魁はこの先にいる。
わたしはハーゲンとユートをガン無視してパルフェの背にまたがった。
くだらない笑劇になんか付き合っていられないもの。
正気に戻ったハーゲンが慌てて大声を上げた。
「おい、ちょっと待ちな、お姫さん! あんたの相手はこの俺だ! 行かせはしないぜ!」
「お前の相手はオレだ、人狼!」
剣を構えて突進するユートを華麗にジャンプして避けたハーゲンは、そのままの勢いでパルフェ上のわたしに爪での攻撃を仕掛けてきた。
「もらったぁぁ!!」
だが――。
わたしはハーゲンの横薙ぎを苦もなく避けると、その手をグルっと巻き込みつつ払った。
空中で錐もみ状態になったハーゲンが、路上をゴロゴロ転がりつつ体勢を立て直すと驚愕の目でわたしを見つめた。
「……今、何をしやがった!?」
「妹を返せぇぇぇ!!」
その隙を見逃さず、ユートが剣で打ちかかった。
その激しい剣さばきに、ハーゲンも集中せざるを得なくなる。
「邪魔をするな、冒険者!」
「妹をどこへやった!」
「妹? あぁ、憑代のことか。お前もたいがいしつこいな。もう、当人の意識なんかこれっぽっちも残ってないって言ってんだろうが! 何回このやり取りを繰り返せば納得するんだよ! お前の妹は、偉大なる吸血鬼――マリウス=ブルーメンタールさまの身体となったんだ。光栄に思えよ!」
その名を聞いて、わたしは思い切り手綱を引っ張った。
キュキュ!?
急な指示変更に、ミーティアが困惑の表情でわたしの方に振り返る。
わたしの頭の中のパズルが音を立てて組み上がっていく。
ブルーメンタール伯爵家。少女姿の吸血鬼。……やったわね、ユリアーナ!!
「ハーゲンって言ったわよね、あんた」
「お? やる気になったかい? お姫さん!」
ハーゲンが自前の鋭い爪でユートの剣をいなしながら返事を返す。
「そうね。ユートに勝ったら相手をしてあげるわ。せいぜい頑張ることね」
ハーゲンの相手をユートに任せたわたしは、ミーティアを空間のゆらぎに向けると、一気にゲートに飛び込んだ。
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