蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

雪月風花

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第34話 署長の苦悩

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 一度の事件で百名単位の犠牲者というのは、さすがに規模が大きすぎる。
 そんなの保安官の仕事じゃない。軍隊の領分だ。
 署長は渋い顔で続けた。

「被害が多かったのは、失踪者に観光客も多く含まれていたからだ。ともあれ複数の目撃証言から、どうやら皆『帰らずの森』に入ったらしいということが分かった」
「帰らずの森?」
「ここサムラの街の北方にある大森林だ。中央を街道が走っていて、それをひたすらまっすぐ進むと北の大国ノーザンランドに辿り着く。横道はすべてハズレだ。間違ってそちらに進むといつしか足元は獣道と化し、迷っているという寸法だ。しょっちゅう霧が出てるのも、迷う要因の一つだな」
「なるほどね。で? 捜索はどうだったの?」

 コポコポコポコポ……。

 わたしの湯飲みが空になっていることに気づいた署長が、テーブルの上に置かれた急須を取って自らわたしにお茶のお代わりをれてくれた。
 ステーキ肉を目一杯食べたせいもあってすでにお腹がたぷんたぷんなのだが、断るのも悪いし、飲むとしますか。

「残念ながら一人として見つからなかった。手がかりさえもだ。代わりに死後数年経過したホトケさんを二体ほど見つけたがな」
「……そう」

 二次災害を考慮して街道を中心とした捜索となったのだろうが、それでも手がかりさえ見つからないとなると何らかの魔法が使われたと思って間違いないだろう。

「三日に及ぶ大捜索が空振りに終わり、失意に包まれて帰ってきた我々を意外な者たちが待っていた。そしてこれが全ての始まりとなる……」

 リチャード署長がわたしの目を真っ直ぐに見た。
 わたしは『続けて』と、小さくうなずいて合図した。

「失意と徒労とに包まれて街に帰ってきた我々を待っていたのは、大広場を埋め尽くすほど大勢の人々だった。だが、いなくなった夫を、恋人の行方を、我々の成果を待ちわびて集まったのかと思いきや、そうではなかった」

 その当時を思い出しているのか、リチャード署長が湯飲みを眺めながらも遠い目をしている。

「というと?」
「街の人たちは集められていたんだ、三人の男女によって。そして俺たちの合流を待って、そいつらは話し始めた」

 わたしの脳裏に先ほどの二人組の姿が思い浮かんだ。
 ユリアーナとハーゲン。
 レオンハルトの弟子の魔女と人狼だ。
 確認を取るべく二人組の特徴を言ったわたしに対し、署長はゆっくりとうなずいた。

「人狼と魔女にはさっき会ったんだったな。そうだ、そいつらだ。そしてもう一人。あんたと同じくらいの年齢で同じような黒いドレスを着た少女がいた。少女は開口一番、『亡くなった父に代わりブルーメンタール伯爵家の家督を継いだので、領民の様子を見にきた』と告げた」

 わたしの眉がピクリと動く。

「吸血鬼は若い女の子なの?」
「吸血鬼の見た目年齢ほどあてにならないものはないと思うんだが、まぁそうだ。少女は続けてこう言った。『供物くもつをいただいた』と」

 なるほど。吸血鬼として何十人もさらって食らうことで、領民に畏怖いふを与えようとしたわけね。でも、そんなに大勢の命をいっぺんに吸えるものかしら。お腹いっぱいにならない?

「いくら相手が貴族とはいえ、一方的にそんなこと言われてよく暴動が起きなかったわね。台上から引きずり降ろされそうなもんだけど」
「起きたさ。大勢詰め寄ったが魔女の魔法で一人残らず氷漬けにされ、その場で砕かれた。見せしめのつもりだったんだろうな。もっとも、あのときは解呪できるほど高位の術者がいなかったから、結果は同じだったろうが」
「今はいるの? 高位の魔法使い」
「目の前にな」

 そこで署長が自嘲気味じちょうぎみに笑った。
 街を守る保安官なのに自分たちの力だけで解決できないことを嘆いているのだろう。
 しかも力を借りなければならない相手が、自分より遥かに若い美少女ときた。

 プライドすたずたよね。
 でもま、しょうがない。今回は相手が悪かった。
 それにしても、ブルーメンタール家ねぇ。
 そうきましたか……。

『エリン、何考えてる?』
『ちょっと、アル! 緊急時以外テレパシー会話はしないって約束したでしょ? 怒るよ!』

 不意に頭の中で話しかけられてキレる。
 相手はアルだ。
 テレパシー会話は便利だが、滅多にやらない。乙女のプライバシーを何だと思っているのか。

『まぁいいわ。アル、今回の事件、だいたい理解できたわ。準備が整い次第乗り込むわよ』
『ずいぶんと威勢がいいが、アジトの場所をどうやって突き止める? 森は広そうだぞ?』
『そんなの行けば分かるわよ。超絶美少女に不可能はないんだから!』

 わたしとアルがテレパシーで会話をしていることなどつゆ知らず、署長が続ける。

「だが、これで大勢たいせいは決まった。街の人たちは絶望感に駆られて、一斉に膝をついた。被害者が加害者に対して許しを乞うたんだ。こんな屈辱的なことがあるか? 俺は呆然と立ち尽くしたよ」
「で? 平身低頭してどうしたの? まだ何かあったんでしょ?」

 傷をえぐるような質問だが仕方ない。聞き出せる情報は全て聞いておかないと、後々何が響いてくるか分からない。
 署長が顔を歪める。
 よほど悔しかったのだろう。

『最後に魔女は言った。素材は充分集まったからこれからは一ヶ月に一人の供物でいい。あらがってもいいぞ? 従順な獲物などつまらないからな、とな」

 容易にその顔が浮かぶわ。憎ったらしいったら。

「この街は確かカルディア王国領だったわよね。軍隊の派遣は要請したの?」
「しようとした。だができなかった」
「なぜ?」
「強力な忘却魔法で覆われているんだ、この街は。おそらく魔女のしわざだろう。街を一歩出た途端に吸血鬼関連のことを綺麗さっぱり忘れてしまうんだ。偶然この街に一個大隊が訪れるようなことでもあれば何とかなるのかもしれないが、まぁ無理だろうな」
「観光客がこれだけいっぱい訪れるのにね……」

 閉ざされた街でいけにえとなった人たち。
 ひと月に一人の犠牲とはいえ、当人たちにとってはたまったものじゃないわよね。

 にしても忘却魔法か。この街に入ってきたときには気づかなかったわ。ってことは、出て行こうとすると発動するタイプね。さすがレオンハルトの弟子だけあって、思っていたより腕がいいわね、ユリアーナは。

「この街にいる魔法使いに解呪を依頼したが全員さじを投げた。以来、皆絶望の中で毎日を生きてきた。だが今、氷結魔法を解除できるほどの高レベル魔法使いが偶然この街を訪れてくれた。この機を逃すわけにはいかない。お嬢さん、我々と一緒に戦ってはくれまいか! 謝礼もはずむ! 頼む、この街を救ってくれ!!」

 署長は立ち上がると、わたしに向かって深々と頭を下げた。
 お腹もいっぱいになったし情報も聞けた。もうここに用はない。
 ハンカチで口を拭いたわたしは黙って立ち上がって言った。

「引き受けたわ、署長さん。こっちはこっちで色々因縁もあるから、どっちみち戦闘は避けられないし。じゃ、早速行くわね。あぁ、部下さんたちは明日には退院できるでしょうけど、しばらく無理はさせないようにね」

 胃に穴が開きそうなほど思いつめてしまっている署長を安心させるべく、わたしはその疲れ切った顔に向かって最高のウィンクを飛ばしたのだった。
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