蒼天のグリモワール 〜最強のプリンセス・エリン〜

雪月風花

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第21話 レオンハルトの影

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「なんで私は、親友のお前を殺してまで悪魔の書を欲しがったんだろうな。改めて考えるとゾっとするぜ」

 全身包帯だらけのヴェルナーが、ゼフリア城の医務室のベッドの上で首をかしげた。

 ヴェルナーとマティアスは共に二十六歳とのことだったが、包帯グルグル巻きのヴェルナーは年相応に若く見える。

 王子という立場から普段かしこまった恰好をしていたのだろうが、ジャケットにシャツ、ズボンという普段着のマティアスと並んで仲良く話している様子を見ると、いかにも気さくなお兄ちゃんというイメージだ。
 こちらの方がより、素に近いのだろう。

 見舞いに訪れたわたしとマティアスは、揃って肩をすくめた。

「悪魔の書は僕が破壊衝動に身をゆだねることを期待していたんだろうが、一向にその気配がなくってじれたんだろうね。そして次の所有者を立てることにしたんだ」
「はた迷惑な……。それにしても、私はいつから悪魔の書の精神汚染を受けていたんだろう」
「見た感じ結構早かったよ。多分、僕が君に悪魔の書を見せた瞬間からだね。君は単純だから」
「そんなに早く!? だったら言ってくれよ。その時点で影響を排除できていたら、こんなひどい目に合わなくて済んだのに」

 気持ちは分かる。
 悪魔の書を使って魔法を行使するとき、書は所有者の魔力をゴッソリ持って行く。
 更に、使役獣たる影竜がわたしの魔法で砕け散ったことによる影響をモロに受けたようで、ヴェルナーは今や全身打撲と骨折で、頭のてっぺんから足の先まで包帯だらけだ。
 精神力も体力もスッカラカンで、医者の見立てでは復帰まで二、三か月の入院が必要とのことだ。

「いやいや。僕は僕で、操られた君に表面上乗ったように見せつつ、裏ではやがて来るエリンさんを誘導してと、結構大変だったんだよ? 君を正気に戻せるのはエリンさんだけだったからね」
「そいつに関しては感謝しているよ? でもお陰で私はボロボロだよ。もっと楽な方法はなかったかなぁ」
「悪魔の書と関わって命があっただけめっけものと思うんだね。じゃ、そろそろ僕らは行くよ、ヴェルナー。また来るから。お大事にね」
「お大事にね、ヴェルナーさん」

 こうしてわたしとマティアスは、ボヤくヴェルナーに別れを告げ、首都ゼフリアを後にしたのであった。

 ◇◆◇◆◇ 

「で、あるからして、ここの式はこうなるわけだ。おいハインツ、あくびをするな。ちゃんと聞いているのか?」
「だってマティアス兄ちゃん、さっぱり分からないんだもんよぉぉぉ!!」
「サボっていたツケだ! 遅れを取り戻すまでミッチリ行くからな!」
「ひぃぃぃぃ!!」

 教室にハインツの泣き声が響く。
 それを見ていた下級生たちが、大喜びで笑い出す。

 ここは村の分校だ。
 都会と違って一つしかない教室で、最上級生から最下級生までもが一緒に学ぶ。
 模範となるべき最上級生のハインツが情けなくボヤいていれば、そりゃ下級生だって笑うってものよね。

「はい、静かに! 静かに!!」

 と、他の生徒と一緒に笑っていたフィーネがわたしに気づいたようで、こちらに向かって手をぶんぶん振る。
 その天真爛漫てんしんらんまんぶりに、わたしも思わず笑顔になって、小さく手を振り返す。

「あらあら、すっかり懐かれちゃったみたいね」
「素直なんですよ、フィーネちゃんは」

 廊下から教室の様子を一緒に見ていたハンナが嬉しそうに話しかけてくる。

「……おい、エリン。そろそろ行こうぜ」

 不意に、わたしのスカートの裾が引っ張られた。
 アルだ。
 そっとうなずいたわたしは、ハンナに別れを告げた。

「ハンナさん、わたし、そろそろ出発しますね。お元気でいらしてください」
「そう。名残惜なごりおしいけど、あなたの旅の無事を祈っているわ。お達者でね」

 ハンナに深々と礼をすると、わたしは裏庭へと向かった。
 木に手綱たずなを繋がれたミーティアがわたしに気づいてこちらを嬉しそうに見る。

「エリンさん! もう行かれるんですか?」

 とそこへ、マティアスが駆け寄ってきた。
 教室を抜け出してきたらしい。

「授業を続けててよかったのに」
「いやいや、挨拶ぐらいはしておきたいじゃないですか。教室はお袋に代わってもらったので問題ありません。ここ数日忙しかったでしょうから、もう何日かいらっしゃれば良かったのに」
「充分休んだわよ。あなたの持っていた悪魔の書も無事焼却できたし、そろそろまた動き出さなくっちゃ」
「そうですか……」

 マティアスは、しばらく言い淀んでいたが、やがて意を決して口を開いた。

「実は……悪魔の書に人造悪魔を埋め込む計画、あれは僕やヴェルナーの考えじゃないんです」
「……というと?」
「魔法陣の術式は悪魔の書の記憶の中にあったものなんです。つまり……」

 マティアスは言いにくそうにしているが、わたしにはすぐ、彼の言いたいことが分かった。

「あぁ、なるほど。あの術式の作成者はレオンハルトだったってことね? あなたの持っていた悪魔の書はその後にコピーされた――ってことかしら」
「そうなんです。そしてエリンさん、彼はあなたが追ってくることを予期していた。人造悪魔作成の魔法陣は、あなたを迎撃する為に生みだされたものです。研究データから予想するに、彼の持つ悪魔の書は更なる進化を遂げているはず。くれぐれもお気をつけください」
「忠告ありがと。じゃ、そろそろ行くわね。お元気で、マティアスさん」

 心配そうな顔で見送るマティアスにとびっきりのウィンクを飛ばしたわたしは、サッとマントをひるがえし、ミーティアに飛び乗った。
 そのまま一気に、村の出口に向かう。

 言われるまでもない。
 人造悪魔作成計画なんて、レオンハルトの考えそうなことだもの。
 最初っからそんなの分かっていたわよ。

 レオンハルトは頭脳明晰で武芸にも長け、魔法の腕も一流。ついでに言うとわたしの従兄妹だけあって、結構なハンサムだった。

 性格も良く、国の内外にファンがおり、王子としてはケチの付けようがないくらい完璧だった。
 王位継承の競争相手がわたしでなかったら、間違いなくレオンハルトは王になれていただろう。

 それが、王位継承権を失ってからは途端に卑屈になり、一切表に出なくなった。
 わたしの存在が彼を追い詰めたのだ。
   
 ……といって反省する気なんてサラサラないけど。
 だって、わたしがレオンハルトより優れているのはわたしのせいじゃないし、わたしに負けた程度でへこむチキン野郎なんかかばう余地もないわ。

 レオンハルトは雪辱をはらすべく、万全な体勢でわたしを待ち受けているのだろう。
 面白い。
 ならばわたしはその計画全てを、正面から木っ端微塵に打ち砕いてやるわ。石と化したイーシュファルトの民に代わって、絶対に暴挙のツケを支払わせてやるんだから!

「エリン? ちょーっと顔が怖いかな? ほらスマイルスマイル。そうやって怒っていると、折角の美少女が台無しだよ?」

 ミーティアの首元で白猫のアルが渋い顔をする。
 わたしはそんなアルに向かって、ニィっと笑ってみせたのであった。
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