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第16話 ゼフリア追跡劇
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コポコポコポコポ……。
バラ柄のお洒落なティーカップに琥珀色のお茶が注がれる。
若干、模様に少女趣味が入っている気もするが、ほんわかした雰囲気のハンナにはとても合っている。
「あの子が幼い頃に主人が亡くなってね。以来私はこの村で教師をしながらあの子を都会の学校に行かせたの。私が言うのも何だけど、あの子は優秀だったから。ところが、ここでも研究はできるって言って卒業と同時にこの村に戻って来ちゃったのよ。でも多分それは嘘。足が弱ってしまった私では一人で学校を切り盛りできないと思ったんでしょ」
「優しいんですね、息子さんは」
わたしはそっとお茶に口をつけた。
甘くて温かい。
「しばらくそうやって平穏に暮らしていたんだけど、一年くらい前かしら。『研究できる環境が整った』って言って、急に家を飛び出していってしまったの。以来、あの子はこの家に戻ってきていない。やっぱり兵隊さんたちの目的はあの子だったのかしら」
「どうでしょう。息子さんの部屋に特に変わった様子はありませんでしたけど」
「そう……」
嘘をついた。
悪魔の書に関する話でハンナさんを深入りさせたくないと思ったからだ。
だって、マティアスさんとの交渉次第では、命を賭けて戦うことになるもの。
わたしはお茶を飲み終えると立ち上がった。
「お茶、美味しかったです。ご馳走様でした。息子さんはきっと都会で研究に夢中になっているんでしょう。そのうちひょっこり戻ってきますよ。ではわたしはこれで」
「そう……。そうよね。お話しできて楽しかったわ、エリンさん。老人の茶飲み話に付き合わせちゃってごめんなさいね。あなたの旅の無事を祈っているわ」
ハンナが微笑む。
ひょっとしたら、ハンナはわたしの態度から何かを察しつつも気づかぬフリをしているのかもしれない。
わたしはハンナと別れると、パルフェにまたがり、急ぎ出発した。
行き先は首都ゼフリア。
複数の線が一本に繋がりつつある。
杞憂であればよいが、わたしの想像が正しければ大量の死人が出ることになる。
「ミーティア、急いで!」
わたしは全力でパルフェを走らせた。
◇◆◇◆◇
パチン!
ハンナと別れ、パルフェを走らせた翌日。
ゼフリア王国の首都であるゼフリアの街に着いたわたしは、街の門をくぐった瞬間、何か警報装置にでも引っ掛かったかのような感覚を覚えた。
パルフェの背中に寝っ転がって惰眠をむさぼっていた二足歩行の白猫がガバっと起き上がる。
「……アル、今の感じた?」
「うん。間違いなくボクたちを狙って仕掛けられたものだ。やったのは黒ヒゲだろうね。何のつもりなのか……む! 四方八方から気配が集まって来る。囲まれるよ!」
言うが早いか、わたしは銀色のパルフェ——ミーティアの腹に足で合図を送った。
意を悟ったミーティアが、行き交う人々で混雑する街中を勢いよく走り出す。
懐から短杖を取り出したわたしは、ミーティアを操りながら軽く振った。
「索敵」
わたしの頭の中に、遥か上空から神の視点で街を見たかのような三次元映像が浮かぶ。
ここではわたしに対して何らかの意図を持った人物が赤い光点として表記されるのだが、敵の移動速度が速い。馬に乗っているようだ。
考えられるのは黒ヒゲの部下たち――国家治安局の兵隊たちだ。
黒ヒゲはあの後わたしがマティアスの部屋を捜索するであろうこと予期していたのだ。
そして、何かを嗅ぎつけたわたしがおっとり刀でこの街に駆け付けることを想定して待ち構えていたのだろう。
まんまと罠を仕掛けられてしまった。
愚図愚図していたら退路を塞がれる。
全滅させるつもりなら容易いが、いくらわたしでもこの数を生かして戦闘不能に陥らせるのはしんどい。
「エリン! 前方、王宮が見えてきたぞ! ……入っちゃおうぜ?」
ミーティアの首の辺りにしがみついていたアルが、いきなり振り返ってニヤっと笑った。
気配がどんどん近づいてきている。
兵士たちは遠話で指示を受けているようで、確実に包囲網を狭めつつある。
「そっか。城の中では敵もうかつに動けないか。よし、乗った! ミーティア、後で合流しよう。上手く逃げ切るんだよ!」
キュイキュイ!
王宮の外壁に沿って走らせながら首の辺りをポンポンと叩いてやると、任せとけとばかりにミーティアが啼く。
前方に土煙が見える。回り込まれている。敵数、約十騎。
振り返ると、後ろにも土煙が立っている。こちらも敵数、約十騎。
露店が数多く立ち並び、観光客も多く行き交う通りを全力でパルフェを走らせる。
歩行者が慌てて飛びのく中、走るパルフェの背中の上で注意深く立ち上がったわたしは、短杖を構えた。
「コンニティーバ イニビティオニス(認識阻害)、フォルティス ベンティス(強風)!」
認識阻害の魔法を使ったわたしの姿がパルフェの背中からかき消える。
もちろんこれは、意識から外すだけの魔法なので、透明になったというわけではない。
だが、視認しようとした者には、わたしがパルフェから飛び降りてどこかに隠れたかのように思わせられたはずだ。
同時に身体に風をまとったわたしは、ミーティアの上で思いっきりジャンプした。
強烈な上昇気流を受け、黒のゴスロリ服のスカートが激しくはためく。
風をまとったわたしは城を延々と囲む十メートルもの高さの城壁を一気に飛び越え、ゼフリアの城内へと飛び込んだ。
バラ柄のお洒落なティーカップに琥珀色のお茶が注がれる。
若干、模様に少女趣味が入っている気もするが、ほんわかした雰囲気のハンナにはとても合っている。
「あの子が幼い頃に主人が亡くなってね。以来私はこの村で教師をしながらあの子を都会の学校に行かせたの。私が言うのも何だけど、あの子は優秀だったから。ところが、ここでも研究はできるって言って卒業と同時にこの村に戻って来ちゃったのよ。でも多分それは嘘。足が弱ってしまった私では一人で学校を切り盛りできないと思ったんでしょ」
「優しいんですね、息子さんは」
わたしはそっとお茶に口をつけた。
甘くて温かい。
「しばらくそうやって平穏に暮らしていたんだけど、一年くらい前かしら。『研究できる環境が整った』って言って、急に家を飛び出していってしまったの。以来、あの子はこの家に戻ってきていない。やっぱり兵隊さんたちの目的はあの子だったのかしら」
「どうでしょう。息子さんの部屋に特に変わった様子はありませんでしたけど」
「そう……」
嘘をついた。
悪魔の書に関する話でハンナさんを深入りさせたくないと思ったからだ。
だって、マティアスさんとの交渉次第では、命を賭けて戦うことになるもの。
わたしはお茶を飲み終えると立ち上がった。
「お茶、美味しかったです。ご馳走様でした。息子さんはきっと都会で研究に夢中になっているんでしょう。そのうちひょっこり戻ってきますよ。ではわたしはこれで」
「そう……。そうよね。お話しできて楽しかったわ、エリンさん。老人の茶飲み話に付き合わせちゃってごめんなさいね。あなたの旅の無事を祈っているわ」
ハンナが微笑む。
ひょっとしたら、ハンナはわたしの態度から何かを察しつつも気づかぬフリをしているのかもしれない。
わたしはハンナと別れると、パルフェにまたがり、急ぎ出発した。
行き先は首都ゼフリア。
複数の線が一本に繋がりつつある。
杞憂であればよいが、わたしの想像が正しければ大量の死人が出ることになる。
「ミーティア、急いで!」
わたしは全力でパルフェを走らせた。
◇◆◇◆◇
パチン!
ハンナと別れ、パルフェを走らせた翌日。
ゼフリア王国の首都であるゼフリアの街に着いたわたしは、街の門をくぐった瞬間、何か警報装置にでも引っ掛かったかのような感覚を覚えた。
パルフェの背中に寝っ転がって惰眠をむさぼっていた二足歩行の白猫がガバっと起き上がる。
「……アル、今の感じた?」
「うん。間違いなくボクたちを狙って仕掛けられたものだ。やったのは黒ヒゲだろうね。何のつもりなのか……む! 四方八方から気配が集まって来る。囲まれるよ!」
言うが早いか、わたしは銀色のパルフェ——ミーティアの腹に足で合図を送った。
意を悟ったミーティアが、行き交う人々で混雑する街中を勢いよく走り出す。
懐から短杖を取り出したわたしは、ミーティアを操りながら軽く振った。
「索敵」
わたしの頭の中に、遥か上空から神の視点で街を見たかのような三次元映像が浮かぶ。
ここではわたしに対して何らかの意図を持った人物が赤い光点として表記されるのだが、敵の移動速度が速い。馬に乗っているようだ。
考えられるのは黒ヒゲの部下たち――国家治安局の兵隊たちだ。
黒ヒゲはあの後わたしがマティアスの部屋を捜索するであろうこと予期していたのだ。
そして、何かを嗅ぎつけたわたしがおっとり刀でこの街に駆け付けることを想定して待ち構えていたのだろう。
まんまと罠を仕掛けられてしまった。
愚図愚図していたら退路を塞がれる。
全滅させるつもりなら容易いが、いくらわたしでもこの数を生かして戦闘不能に陥らせるのはしんどい。
「エリン! 前方、王宮が見えてきたぞ! ……入っちゃおうぜ?」
ミーティアの首の辺りにしがみついていたアルが、いきなり振り返ってニヤっと笑った。
気配がどんどん近づいてきている。
兵士たちは遠話で指示を受けているようで、確実に包囲網を狭めつつある。
「そっか。城の中では敵もうかつに動けないか。よし、乗った! ミーティア、後で合流しよう。上手く逃げ切るんだよ!」
キュイキュイ!
王宮の外壁に沿って走らせながら首の辺りをポンポンと叩いてやると、任せとけとばかりにミーティアが啼く。
前方に土煙が見える。回り込まれている。敵数、約十騎。
振り返ると、後ろにも土煙が立っている。こちらも敵数、約十騎。
露店が数多く立ち並び、観光客も多く行き交う通りを全力でパルフェを走らせる。
歩行者が慌てて飛びのく中、走るパルフェの背中の上で注意深く立ち上がったわたしは、短杖を構えた。
「コンニティーバ イニビティオニス(認識阻害)、フォルティス ベンティス(強風)!」
認識阻害の魔法を使ったわたしの姿がパルフェの背中からかき消える。
もちろんこれは、意識から外すだけの魔法なので、透明になったというわけではない。
だが、視認しようとした者には、わたしがパルフェから飛び降りてどこかに隠れたかのように思わせられたはずだ。
同時に身体に風をまとったわたしは、ミーティアの上で思いっきりジャンプした。
強烈な上昇気流を受け、黒のゴスロリ服のスカートが激しくはためく。
風をまとったわたしは城を延々と囲む十メートルもの高さの城壁を一気に飛び越え、ゼフリアの城内へと飛び込んだ。
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