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第14話 ハンナの家
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わたしはこの村唯一の学校の校長・ハンナ=ヒューゲル老婦人の家の前で、国家治安局の者と名乗る男と対峙していた。
わたしを睨みつつハンナの手首を掴む隊長に、隊長に向かって優雅に微笑みつつその手首を掴むわたし。
十秒ほど無言の時間が続いた後、隊長はいきなりハンナの手を離すと身体をグルっと反時計回りに回転させ、わたしに向かって左の裏拳を繰り出してきた。
その場で腰を落として裏拳を避けたわたしは、隊長のアバラに肘を叩き込んだ。
「ぐがっ!!」
モロに入った。
鎖帷子越しにアバラの折れる感覚が伝わる。
隊長がその場に倒れ込んで悶絶する。
お気の毒さま。でも、鉄製の籠手を装備した手で女性にいきなり裏拳を放つような礼儀知らずに遠慮はいらないでしょ? 当たったら大怪我よ?
「捕縛!」
「捕縛、了解!」
激痛に崩れ落ちる隊長を見て、後ろにいた兵士たちがわたし目がけて一斉に腰に着けた鈎縄を投げてきた。
捕縛術だ。
隊長の突然の戦線離脱に動揺することなく次の行動に移行する兵隊たち。
しっかり訓練されている証拠だ。
と、わたしの知覚領域のどこかで、微かに魔素の動く気配を感じた。
誰かが魔法を使おうとしている。
わたしは右手で懐から短杖を抜き出しつつ身体を翻すと、左の後ろ回し蹴りを放って飛んできた鈎を弾き飛ばした。
そこへ、後ろから蜘蛛の形をした大きな黒い影が飛んでくる。
御用馬車の中からだ。術者はそこにいる。
「キャプティス(捕獲)、ディザセンブリ(分解)、リコンストラクション(再構成)。行きなさい、ウンブラアングィス(影蛇)!」
わたしは杖の先端で影の蜘蛛を絡めとると、一瞬で蛇の形に再構築して兵士たちに向かって放った。
影の蛇は分裂し、兵士たちに当たると同時にその身体を縛り上げ、一人残らず地面に転がす。
「いやいや、今のを避けるかね。想定を遥かに超えている。大した術者だ」
御用馬車の扉が開くと、中から男が苦笑混じりに出てきた。
見た目は二十代半ば。
黒いライオンヘアに鋭い目つき。浅黒い肌に強めのアゴヒゲ。
服装は、黒いブラウスに黒のズボン、黒のベストに黒のアスコットタイ、黒のマントに黒の手袋と、全身黒づくめの貴族風の男だ。
グリップに銀の精緻な意匠が入った黒いステッキを小脇に抱えている。
いずれにせよ、この男がこの部隊を率いている真のリーダーということで間違いないだろう。
「ふむ。各国の諜報員リストは頭に叩き込んであるつもりだが、君のような美しいお嬢さんが載っていた記憶はないな。新人にしては腕が立ちすぎるし。さて、どこの間者だろうか」
ヒゲ男の探るような視線とわたしの怒りの視線とが激しく絡み合う。
「ハンナさん!!」
「先生!!」
そこへ、遠くから村の人たちが数人、斧や鑿を片手に駆けつけてくるのが見えた。
どうやら騒動に気づいた村の人たちが加勢をしてくれようとしているらしい。
黒ヒゲが軽く舌打ちをしつつ、持っていたステッキを兵士に向けた。
「どうやら邪魔が入ったようだ。今日のところは撤収するとしよう。リセプティ(解除)!」
元々が黒ヒゲの魔法だったからか、兵士を縛り付けていた影の蛇があっさりと解除された。
自由になった兵士たちは素早く立ち上がると、気絶している隊長を回収し、馬に乗ってあっという間に撤収した。
残るは御用馬車と黒ヒゲだけだ。
「ではお嬢さん。また近いうちにお会いしましょう」
それだけ言うと、黒ヒゲは悠々と馬車に乗って去っていった。
さすが国家機関の者たちだけあって引き際が実に見事だ。
対して、走る距離が長かったからか日頃の運動不足か、到着したオジサン連中が息を切らしている。
「だ、大丈夫だったかい、ハンナ先生!」
「何だね、さっきの奴ら」
「怪我はしとらんかい? 先生」
「えぇ、大丈夫。皆さん助かりました。ありがとうございます」
オジサン連中は林業従事者らしく、揃って使い込まれた斧を持っていた。
と、何人かが開きっ放しの扉を覗き込んで声をあげた。
「ハンナ先生、家の中がひどいことになっとるぞ! あいつらまったく何てことをしてくれたんだ」
「片付けを手伝いましょう。指示してくれませんかい?」
「あぁ、助かります! ありがとうございます、皆さん」
男性たちは武器をその辺に放ると、続々と家の中に入っていった。
そんな中、わたしは治安局が何を求めてここに来たのかを考えていた。
ハンナを連れて行くだけなら家の前で待てばいい。では家探しをしていた理由は? 何を探していた?
「アル? どうかした?」
白猫のアルがわたしの足元で、何かをジっと見ている。
視線の先にあるのは、離れか倉庫か、母屋の裏に建てられた小さな小屋だ。
「ハンナさん。あの建物、何ですか?」
わたしは家に入ろうとするハンナを呼び止め、聞いてみた。
「あぁ、それは息子の部屋なの。私と一緒にこの村で先生をしていたんだけど、一年ほど前に出ていっちゃってね。今頃どこで何をしているのやら……」
「ひょっとしてそれって若先生――マティアスさんのことですか?」
「あら、知っているの?」
「ハインツから聞きました。魔法学の専門家だったって」
「そう、ハインツが。あの子たち、本当の兄弟みたいに仲が良かったから」
アルがわたしを見て、無言でうなずく。
調べる価値ありってことか。
わたしは思い切ってハンナにお願いすることにした。
「息子さんのお部屋、入らせてもらってもいいですか?」
「……なぜ?」
「そこに、さっきの兵隊さんたちがきた理由があるような気がするんです」
「息子が目的だったってこと?」
ハンナの目とわたしの目が合う。
ハンナは一瞬だけ逡巡したが、わたしを信頼してくれたのか、すぐに首を縦に振った。
「あなたにお任せするわ。これが離れの鍵よ。どうぞ」
「ありがとうございます!」
わたしはハンナから鍵を受け取ると、早速、中に入った。
わたしを睨みつつハンナの手首を掴む隊長に、隊長に向かって優雅に微笑みつつその手首を掴むわたし。
十秒ほど無言の時間が続いた後、隊長はいきなりハンナの手を離すと身体をグルっと反時計回りに回転させ、わたしに向かって左の裏拳を繰り出してきた。
その場で腰を落として裏拳を避けたわたしは、隊長のアバラに肘を叩き込んだ。
「ぐがっ!!」
モロに入った。
鎖帷子越しにアバラの折れる感覚が伝わる。
隊長がその場に倒れ込んで悶絶する。
お気の毒さま。でも、鉄製の籠手を装備した手で女性にいきなり裏拳を放つような礼儀知らずに遠慮はいらないでしょ? 当たったら大怪我よ?
「捕縛!」
「捕縛、了解!」
激痛に崩れ落ちる隊長を見て、後ろにいた兵士たちがわたし目がけて一斉に腰に着けた鈎縄を投げてきた。
捕縛術だ。
隊長の突然の戦線離脱に動揺することなく次の行動に移行する兵隊たち。
しっかり訓練されている証拠だ。
と、わたしの知覚領域のどこかで、微かに魔素の動く気配を感じた。
誰かが魔法を使おうとしている。
わたしは右手で懐から短杖を抜き出しつつ身体を翻すと、左の後ろ回し蹴りを放って飛んできた鈎を弾き飛ばした。
そこへ、後ろから蜘蛛の形をした大きな黒い影が飛んでくる。
御用馬車の中からだ。術者はそこにいる。
「キャプティス(捕獲)、ディザセンブリ(分解)、リコンストラクション(再構成)。行きなさい、ウンブラアングィス(影蛇)!」
わたしは杖の先端で影の蜘蛛を絡めとると、一瞬で蛇の形に再構築して兵士たちに向かって放った。
影の蛇は分裂し、兵士たちに当たると同時にその身体を縛り上げ、一人残らず地面に転がす。
「いやいや、今のを避けるかね。想定を遥かに超えている。大した術者だ」
御用馬車の扉が開くと、中から男が苦笑混じりに出てきた。
見た目は二十代半ば。
黒いライオンヘアに鋭い目つき。浅黒い肌に強めのアゴヒゲ。
服装は、黒いブラウスに黒のズボン、黒のベストに黒のアスコットタイ、黒のマントに黒の手袋と、全身黒づくめの貴族風の男だ。
グリップに銀の精緻な意匠が入った黒いステッキを小脇に抱えている。
いずれにせよ、この男がこの部隊を率いている真のリーダーということで間違いないだろう。
「ふむ。各国の諜報員リストは頭に叩き込んであるつもりだが、君のような美しいお嬢さんが載っていた記憶はないな。新人にしては腕が立ちすぎるし。さて、どこの間者だろうか」
ヒゲ男の探るような視線とわたしの怒りの視線とが激しく絡み合う。
「ハンナさん!!」
「先生!!」
そこへ、遠くから村の人たちが数人、斧や鑿を片手に駆けつけてくるのが見えた。
どうやら騒動に気づいた村の人たちが加勢をしてくれようとしているらしい。
黒ヒゲが軽く舌打ちをしつつ、持っていたステッキを兵士に向けた。
「どうやら邪魔が入ったようだ。今日のところは撤収するとしよう。リセプティ(解除)!」
元々が黒ヒゲの魔法だったからか、兵士を縛り付けていた影の蛇があっさりと解除された。
自由になった兵士たちは素早く立ち上がると、気絶している隊長を回収し、馬に乗ってあっという間に撤収した。
残るは御用馬車と黒ヒゲだけだ。
「ではお嬢さん。また近いうちにお会いしましょう」
それだけ言うと、黒ヒゲは悠々と馬車に乗って去っていった。
さすが国家機関の者たちだけあって引き際が実に見事だ。
対して、走る距離が長かったからか日頃の運動不足か、到着したオジサン連中が息を切らしている。
「だ、大丈夫だったかい、ハンナ先生!」
「何だね、さっきの奴ら」
「怪我はしとらんかい? 先生」
「えぇ、大丈夫。皆さん助かりました。ありがとうございます」
オジサン連中は林業従事者らしく、揃って使い込まれた斧を持っていた。
と、何人かが開きっ放しの扉を覗き込んで声をあげた。
「ハンナ先生、家の中がひどいことになっとるぞ! あいつらまったく何てことをしてくれたんだ」
「片付けを手伝いましょう。指示してくれませんかい?」
「あぁ、助かります! ありがとうございます、皆さん」
男性たちは武器をその辺に放ると、続々と家の中に入っていった。
そんな中、わたしは治安局が何を求めてここに来たのかを考えていた。
ハンナを連れて行くだけなら家の前で待てばいい。では家探しをしていた理由は? 何を探していた?
「アル? どうかした?」
白猫のアルがわたしの足元で、何かをジっと見ている。
視線の先にあるのは、離れか倉庫か、母屋の裏に建てられた小さな小屋だ。
「ハンナさん。あの建物、何ですか?」
わたしは家に入ろうとするハンナを呼び止め、聞いてみた。
「あぁ、それは息子の部屋なの。私と一緒にこの村で先生をしていたんだけど、一年ほど前に出ていっちゃってね。今頃どこで何をしているのやら……」
「ひょっとしてそれって若先生――マティアスさんのことですか?」
「あら、知っているの?」
「ハインツから聞きました。魔法学の専門家だったって」
「そう、ハインツが。あの子たち、本当の兄弟みたいに仲が良かったから」
アルがわたしを見て、無言でうなずく。
調べる価値ありってことか。
わたしは思い切ってハンナにお願いすることにした。
「息子さんのお部屋、入らせてもらってもいいですか?」
「……なぜ?」
「そこに、さっきの兵隊さんたちがきた理由があるような気がするんです」
「息子が目的だったってこと?」
ハンナの目とわたしの目が合う。
ハンナは一瞬だけ逡巡したが、わたしを信頼してくれたのか、すぐに首を縦に振った。
「あなたにお任せするわ。これが離れの鍵よ。どうぞ」
「ありがとうございます!」
わたしはハンナから鍵を受け取ると、早速、中に入った。
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