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第27話 時坂杏奈とパーティラプソディ

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。名探偵。
ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン
ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。ユールレイン王国の王女。
イルマ=ハーヴィスト……五百二十歳。先代勇者パーティの一員。賢者。
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。


「名探偵? 聖武器の杖を探し当てたこと言ってるの? だってあれ、わたしには、光っているように見えるのよ? 多分、勇者の仕様ってやつ。だもん、一目瞭然いちもくりょうぜんだわ。とりたてて胸を張るほどのもんでもないわよ」 

 杏奈は何も無い空を見ながら、誰にとも無く、丁寧に説明した。


「ねぇ、勇者ちゃん。ぼくだったら、キミだけの為の、有能な魔法使いになれるんだけどなー。そう思わない?」
「……」

 歓迎の宴で、杏奈は国内の名のある魔法使いたちに引き合わされた。
 二十歳前後の若い人から百歳を超えるお年寄りまで何人も会った。
 女王の息子たちとも会った。
 だが、どれもこれも、ピンと来なかった。
 そして、最後に残ったのがコレだ。

 『ゼール=フォン=ユールレイン』公爵。
 女王の弟で、ユールレイン王国の西の方に領地を持つ、四十代独身のお貴族さまだ。
 身体的特徴をあげつらうのは、いかがなものかとは思うが、その出張ったお腹や、脂ぎった顔、会話の端々はしばしなどから推察する限り、とてもじゃないが、有能には見えない。

 だが、杏奈が一番嫌なのは、この男の視線だった。
 お国のダイナマイトボディの美女たちを札束で好き放題してきたんだろうに、逆に見飽きてしまったからなのか、あからさまに性的な視線でジロジロ見てくる。

「ぼくは思うんだけどね? この際、勇者と仲間っていうだけでなく、男と女っていう関係に発展してもいいとは思わない?」
「いや、それはちょっと……」
「照れ屋さんなんだね、勇者ちゃんは」

 ゲンナリする。

「あの、わたし、風に当たってきます!」

 杏奈はバルコニーに出た。
 風が気持ち良い。
 楽団の奏でる音が、室内から聞こえてくる。

 宴は、二日間に渡って催すとのことで、疲れた女王はすでに自室に戻っている。
 この宴の目的は、聖武器セントウェポンロッドに選ばれし人間を探すことだ。
 辺境の地にいる魔法使いは、まだ王城に辿り着いていない。
 杏奈は勇者として、それら全ての出席者と会わねばならない。

 最初は、女王主催の宴に出席するという、なかなか無い体験に興奮していたが、あっという間に飽きた。
 女王に用意してもらったピンクのドレスも、豪華な料理も、素敵な音楽も、どうでも良かった。

 所詮しょせんは田舎娘。
 こういう窮屈きゅうくつな場は苦手なのだ。
 思わずため息が出る。

 と、杏奈は、いきなり後ろから抱きしめられた。

「もぅ。つれないなぁ、ぼくの勇者ちゃんは」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 杏奈は、不審者を思いっきり突き飛ばした。
 王弟ゼールだった。
 ここまで追いかけてきたのだ。
 ゼールは、尻もちをついたまま、目をパチクリさせる。
 拒否られるとは思いもしなかったのだろう。

「おい、お前……。ぼくは王弟だぞ? ぼくの忍耐にだって限度というものがある。四の五の言わずに、ぼくのものになれ!」

 杏奈の肌が総毛立つ。
 と同時に、あまりの無体に、一気に血が登った。

「ふっざけんな! お呼びじゃないんだよ! あんたには何も感じない! 勇者のパーティメンバーになんか、絶対入れるもんか!!」

 ゼールが顔を真っ赤にしながら立ち上がる。

「このぼくを拒否するだと? お前こそ、自分の立場をわきまえろ! お前みたいなチンチクリンを可愛がってやれるのなんて、ぼくしかいないんだからな!」

 次の瞬間、杏奈の必殺パンチがゼールの右頬にヒットした。
 ゼールが再び吹っ飛ぶ。
 ゼールの口がワナワナ震えだす。

「衛兵! 衛兵! こいつを捕まえろ! こいつはぼくに暴力を振るったぞ! こいつは勇者なんかじゃない。魔王の手下だ!」

 ゼールの声に、衛兵たちがドカドカ、バルコニーに集まる。
 二十人はいるだろうか。
 揃って杏奈に槍斧ハルバートを突き付ける。

 違う。
 杏奈は一瞬で違和感を感じ取った。
 場内にいる衛兵は、こんな鎧を着ていなかった。
 これは、ゼールの私兵だ。
 近くに潜ませていたのだ。
 今までも、この手で圧力を掛け、言うことを聞かせてきたのだろう。

 後ろがザワついているが、ゼールの私兵にガードされていて前には出てこれないようだ。
 杏奈がゼールに正対する。

「お? 謝罪の意思があるのか? 這いつくばって足を舐めるなら、飼ってやってもいいぞ?」

 ゼールが嫌らしく舌なめずりする。
 杏奈は、ニッコリ微笑んだ。
 淑女の挨拶のつもりか、両手でドレスの裾をつまみ上げる。
 昔映画で観た、西欧のお姫さまによる優雅なご挨拶、というやつだ。

 と、次の瞬間、杏奈のケリが、容赦なくゼールの股間にめり込んだ。
 ゼールが悶絶する。

「ごめんあそばせ」

 杏奈は白目を剥く王弟ゼールとその私兵にウィンクをすると、バルコニーに飛び乗った。

 ピィィィィィィィィ!!

 夜闇に杏奈の指笛が響き渡る。
 そのまま、杏奈は躊躇ためらう様子一つせず、バルコニーから、ヒョイっと飛び降りた。

 いないし!

 ピーちゃんを呼んだつもりだったが、現れなかった。
 杏奈はニ十メートルの高さから自由落下した。

 無敵防御があるとはいえ、ゲームなら墜落死する高さだ。
 死にはしないだろうけど、それなりに痛いだろうなぁ。
 夢に見そうだ。

 バフっ。

「ボクのこと、呼んだ?」
「ヴァン! あんた、なんていい子なの?」

 杏奈はどこからか現れた、小竜のヴァンの背中に落ちた。
 ヴァンが高機動で、杏奈の墜落を回避する。

「このまま飛んでくけど、どこ行けばいい? 宿屋?」
「ううん。あの塔。あれを目指して!」

 杏奈が指差す先にあったのは、杏奈が最初に連れてこられた、宝物庫のある塔だった。


 ヴァンの火焔弾が木製の巨大扉を木っ端微塵に吹き飛ばした。
 門番が慌てて伏せる。
 ヴァンは、杏奈を背中に乗せたまま、建物内に突っ込んだ。

「ヴァン! 入り口で待機! 誰も通しちゃダメよ!」

 杏奈は走って奥に進んだ。
 一度行った場所だ。
 行き方は分かっている。
 それに何より、杏奈の目には、壁を通してさえ、ユーレリアの神気が伝わってくる。

「あなた! こんなところで何やってるの!」
「そっちこそ! さては、泥棒ね?」

 杏奈は、杖のの中で、行ったり来たりしている人物と出くわした。
 ソフィだ。
 ソフィが慌てて、自前の杖を杏奈に向ける。
 だが、さすがのソフィも、『宝物庫の中で魔法をぶっ放してはいけない』という、一般常識はあるらしい。

「残念だったわね、泥棒さん。聖武器を盗みに来たんでしょうけど、どれが聖武器か分からないでしょ。わたしを脅して手に入れる? でも残念、わたしも分からないの。勇者さまが来たって聞いて、試しに見に来たけど、さっぱり分からなかったわ。あなたが探している内に、衛兵が来る。そしたら、あっという間に捕まって、打首獄門うちくびごくもんよ! オーーッホッホ!!」

 ソフィが高笑いする。

「……これよ」

 杏奈はため息を一つつくと、部屋の隅に置いてあったツボから一本、白木の杖を抜き出した。
 十本刺さっていた内の一本だ。

「ほら」

 杏奈がソフィに向かって杖を放る。
 ソフィが反射的に受け止めようとするも、あまりの重さに落としてしまった。
 慌てて床から拾い上げようとするも、微動だにしない。

「こ、これが聖武器? なんであなたにそれが分かるの?」
「そんなもん、わたしが勇者だからに決まってんじゃない」

 杏奈は床に落ちた聖武器の杖を難なく拾ってみせた。 
 ソフィが愕然がくぜんとした目で杏奈を見る。

「本当に、勇者さまなんだ……」

 ソフィがつぶやく。

「杏奈! 衛兵が大量に押しかけてきたよ!」

 入り口の方から、ヴァンの叫ぶ声がする。

 杏奈はソフィを見た。
 若いが才能はありそうだ。
 だが、こんな子に、聖武器の使い手という運命を押し付けていいのか?

「ゆ、勇者さま、わたしを連れてってください。わたし、あなたの力になります。絶対に役に立ってみせます」

 さっきまでの反抗的な態度はどこへやら、ソフィが真剣な眼差しで杏奈を見つめる。
 高貴な生まれゆえに、多少、ワガママに育っているようだが、基本、悪い子では無さそうだ。
 それに、さっきから痛いくらい、杖が脈動している。
 杖が杏奈を介して、ソフィを喚んでいる。

「……分かった。『ソフィ=フォン=ユールレイン』、あなたを勇者・時坂杏奈のパーティメンバーとして、正式にスカウトします。この杖を使って、わたしの前に立ち塞がる敵を、見事撃破して御覧なさい!!」

 杖が、まばゆい光を放つ。
 部屋中が、光に包まれる。
 杏奈はソフィの手に、聖武器の杖をそっと置いた。

「これが聖武器……。さっきまであんなに重かったのに、今はこんなに軽い……」

 チャチャチャチャチャチャ、チャチャチャチャチャチャ、チャラララッラ、チャンチャンチャンチャンチャーンチャーーン。

「何の音ですか?」
「ん? なにも聞こえないわよ」


 杏奈とソフィは宝物庫の入り口に駆け戻った。
 松明たいまつが盛大にかれている。
 夜闇を透かして、大量の騎士が集まっているのが分かる。
 ヴァンが火焔弾で、騎士たちが近づくのをかろうじて阻止しているが、一斉に突入されたらアウトだろう。

 杏奈は、ちょっと離れた一本の木の下に、白ローブを来た魔法使いが立っているのに気付いた。
 イルマだ。
 目が合う。
 イルマが、そっとうなずく。

「さ、ソフィ、乗って!」

 杏奈は、ヴァンに飛び乗った。
 手を伸ばして、ソフィをヴァンの背中に引っ張り上げる。

「何をしている! 矢を放て! ヤツは魔王の手下だ。ここで殺してしまえ!!」

 股間を押さえてぴょんぴょん飛び跳ねながら、王弟ゼールが叫ぶ。
 ヴァンは、騎士たちが矢を放つより早く、飛び去った。
 あっという間に地面が遠くなった。


 杏奈は宿屋に戻って、急いで会計を済ませた。
 夜、慌てて出立しゅったつする者は、後ろ暗いことをやっている者ばかりだが、多めに料金を支払ったせいか、何も聞かれずに済んだ。

 とにかく、時間が勝負となる。
 宿を嗅ぎつけられて、兵士を送り込まれたら、一巻の終わりだ。

「あれ? 『フレーズ』だ……。勇者さま、わたしのパルフェがこんなところに繋がれています。ひょっとして勇者さまが?」

 厩舎きゅうしゃにピーちゃんを迎えに行くと、ピーちゃんの隣にピンク色のパルフェが繋がれていた。
 イルマだ。
 先んじて用意してくれていたのだろう。

「勇者さま、これからどこへ向かわれるのです?」

 フレーズに乗ったソフィが杏奈に尋ねる。

「そうねぇ。聖武器は入手したし、西の四天王の棲家すみか、ゼクシアの塔かしらね。あぁそうそう。早速さっそく、あなたの杖に名前付けてあげなくっちゃね」

 杏奈とソフィは、パルフェを並走させる。

百花繚乱ひゃっかりょうらんっていうのはどうかしら。聖杖ロッド『百花繚乱』。意味は……まぁ、いいわ。あなたに似合ったオシャレな名前よ。大事に使いなさい」
「はい! 勇者さま!!」

 ヴァンが杏奈のすぐ目の前、ピーちゃんのくらの上で、大あくびをする。

 次に向かうはゼクシアの塔。
 ユールレイン王国から逃走した今、援軍は期待出来ない。
 たった二人で、塔を攻略しなければならない。
 そこで何が待ち受けているのか。
 空が薄っすら明け始める中、杏奈は東に向かって、ピーちゃんを急がせた。
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