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第7話 時坂杏奈と魔王の訪問

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【登場人物】
時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。昼行灯の手下の、必ず殺す人。 


「いやいやいや。串を使ったから? って大丈夫かしら、これ」

 杏奈は何も無い空を見、ちょっと慌てた。


 深夜。
 日付けも変わって、多くの者が寝静まった頃。
 
 御多分に洩れず眠っていた杏奈は、室内に生じた異様な気配を感じ、跳ね起きた。
 元々神経質なタイプなので、異変にはすぐ反応する。
 即座に、ベッド横のサイドテーブルに置いておいた眼鏡を取り、掛ける。
 ついでに、一緒に置いておいたポーチを手元に引き寄せる。
 
 見ると、部屋の入り口付近に黒いモヤがある。
 杏奈は身構えた。

 モヤが段々と形を成していく。
 ほんの十秒程で、モヤは人の形になった。
 
 黒マントを羽織った男だ。
 身長は杏奈より上。
 百七十センチ程か。
 若い。
 見た感じ、杏奈より若そうだ。
 パッと見、悪の魔道士といった風貌をしている。

「俺は……うわ!」

 黒マントが口を開くや否や、杏奈はいきなりポーチから串を取り出し、投げた。
 だが、その結果に杏奈はかすかに眉をひそめた。 
 今回、串に必殺の気を込めた。
 当たれば、百%死ぬはずだ。
 だが、杏奈の投げた串は、黒マントの後ろの壁に刺さっている。
 どうやら、黒マントには実体が無いらしい。
 思念体か何かなのだろう。

 ちなみに今回投げた串は、道具屋でわざわざ購入した未使用のモノだ。
 しかも鉄製なので、重さも威力も倍増だ。

「いきなり何しやがる。挨拶も無しかよ!」
「レディの寝室に許可無く立ち入る男に対して遠慮は無用なの。で? あんた誰? 痴漢さん?」
「バっ、何言いやがる。オバさんに興味なんてねぇよ! バカにすんな! オレは魔王だ。この世界を滅ぼすべく現れた、お前の宿敵だ。」

 オバさんという言葉にカチンとくる。
 だが、言われたまんまでいる杏奈では無い。

「へぇ。あんたが魔王? ガキが偶然、思わぬ力を拾って、イキっちゃったのかしら。中学生なら中学生らしく、学校でお友達と遊んでなさいよ」
「中学生ちゃうわ! 高校生だわ!」  
「どっちにしたってガキよ。善悪の判断も付いてないんじゃね。そうだ。今この場でお仕置きしてやろっか。ママの膝の上で、泣きながら反省するがいいわ」
「野郎……」

 バチバチ火花が散る。
 魔王は視線で人を殺しそうな顔をしていたが、やがて何とか冷静さを取り戻したらしい。
 ニヤっと笑って口を開く。

「今回はただの挨拶だ。本物の勇者が出現したと聞いて、どんな奴かと見に来ただけだ。オレの城に、自称・勇者が何人も殴り込んできたが、どいつもこいつも、多少腕が立つ程度の普通の異世界人だった。オマエのように、神に選ばれし勇者とは違う。 しかし驚いたぞ。オレと同じように異世界召喚された地球人が相手とはな」
「あんたが悪さするからわたしが召喚さよばれたのよ。いい迷惑だわ」
 
 魔王がフっと笑う。
 高校生らしく、幼さの残る笑い顔だ。

「こいつはゲームだ。なら、なるべく長く楽しまなくっちゃな。決戦の地は、オレの城だ。無事辿り着けるといいがな。とりあえず今夜はプレゼントを用意しておいた。存分に楽しんでくれ」

 魔王の姿がモヤとなって消えた。
 
 モヤが消えるや否や、杏奈は走って窓まで行き、勢いよく窓を開いた。
 少し前から、外で大勢の人が叫んでいるような声が聞こえていたのだ。
 
 煙い。
 杏奈の部屋は、二階だ。一階が食堂で、二階が宿泊施設になっている。
 杏奈は窓から身を乗り出して、周囲の様子を探った。
 
 あちこちで火の手が上がっている。
 戦闘が繰り広げられているようだ。
 と、思いのほか、近くから女性の悲鳴が聞こえた。
 建物内だ。
 
 杏奈は急いで身支度を整え、廊下に飛び出た。
 店の様子を見に来たところを襲われたのか、昼間のウェイトレスがカウンター越しに、必死にお盆で身を守っている。 
 襲っているのは、身長、一メートル程度の緑色の生き物だ。 
 ……これがゴブリン?

 キシャァァァァァア!

 杏奈に気付いたゴブリンが、石斧を振り上げ、階段を駆け上がってくる。
 杏奈は無表情で、ゴブリンの顔にケリを入れた。
 
 グギャアァァァァァァァア!

 ゴブリンは階段を転げ落ち、大人しくなった。
 首が嫌な方向に曲がっている。
 杏奈は顔をしかめたが、ゴブリンは魔王の配下だ。
 こちらを殺すべく向かってくる。
 ならば、覚悟を決めろ。
 
「ちょっと、大丈夫?」
「は、はい。あなたもご無事で?」
「外で戦闘が繰り広げられているようね。あなたはここで、身を隠していなさい」

 杏奈は宿を飛び出た。
 町が燃えている。
 耳を澄ます。
 あちこちで剣戟けんげきの音が聞こえる。
 冒険者が戦っているのだろう。
 
 魔王は、プレゼントを用意したと言っていた。
 これがその、プレゼントだろう。
 洞窟が大量のゴブリンに占拠されていると、昼間、食堂のウェイトレスが言っていた。
 
 集めたのは魔王。
 杏奈を迎え撃つ為に、あらかじめ用意していたようだ。  
 町を守ってみせろと言いたいのだろう。
 わたしの為に、犠牲なんか一人たりとも出すもんか!
 杏奈は音のする方へ走り出した。


 町の人がゴブリンに襲われている。
 悲鳴が挙がるところに駆けつける。
 何人か既に犠牲になっているようで、頭を斧で割られた遺体が路上に幾つも転がっている。

 杏奈は走りながら、鉄串を投げた。
 一瞥いちべつしてゴブリンと分かった瞬間に投げる。
 鉄串がゴブリンの眉間みけんに綺麗に刺さる。
 杏奈は怒っているので、その一投一投に必殺の気が入る。
 当然、当たれば即死だ。
 
 道具屋で購入した三十本の鉄串は、全て投げ切った。
 一応、百本、竹串も買ったが、ゴブリン相手に効くかどうか。 
 
 とりあえず、ここからは打撃メインだ。
 杏奈はベルトに挟んでおいた麺棒を取り出した。
 食堂に置いてあったもので、三十センチほどの長さの硬い棒だ。
 
「うぉぉぉぉぉ!」
「キシャァァァア!」

 杏奈の前方で、冒険者とゴブリンが戦っていた。
 剣と盾を構えた冒険者一人に、ゴブリン、三匹だ。
 三対一は、流石に分が悪いようで、冒険者のプレートメイルがボコボコにへこんでいる。
  
 杏奈は、すれ違いざまに麺棒を左右に振った。
 後頭部への殴打で、ゴブリン二匹が一瞬で撲殺される。
 冒険者がお礼の言葉を発した気がしたが、杏奈は気にせず走り抜けた。

 一際ひときわ大きな音が立っている大広場に辿り着いた。
 火の勢いがいい。
 商店が幾つも空を焦がすほどの炎に包まれ、黒煙を上げている。
 水を掛けて消すどころではない。
 
 広場のあちこちで、冒険者とゴブリンの激しい戦闘が起きている。
 冒険者とゴブリン、双方の死体がそこかしこに転がっている。
 全体的にゴブリンの方が生き残りの数は多いようだ。
 
 杏奈はゴブリンの動きを観察した。
 攻撃手段は主に、二つ。
 遠距離攻撃の吹き矢と、近接攻撃の石斧だ。
 
 ゴブリンは知能があるのか、妙にチームワークがいい。
 あるいは、杏奈を迎え撃とうとする魔王に事前に仕込まれたか。

 複数で冒険者に襲い掛かり、一匹が近接で戦っている間に、もう一匹が遠距離から吹き矢を吹く。
 毒が含まれているのか、冒険者の動きが鈍った途端、頭を石斧で叩き割り、仕留める感じだ。
 
 これ以上、犠牲者を出したくない。
 杏奈は覚悟を決めた。 
 息を思いっきり吸い込む。

「こっちを見ろーーーーーー!」

 いきなりの大声が、広場の剣戟の音を掻き消す。
 冒険者、ゴブリン双方の視線が一気に杏奈に集中する。

「ケキャァァァァァァア!」

 ゴブリンが一斉に杏奈に向かって走ってくる。
 五、十、十五、二十……。
 うは、ざっと五十匹?
 どこにそんなにいたのよ。
 
 杏奈は腰に提げたポーチに手を突っ込んだ。
 竹串を適当な数、掴み、取り出す。
 二十本ほどだろうか。

 串に必殺の気を込める。
 吹き矢の射程距離に入る前に投げる。
 続けてまた何本か取り出し、投げた。
 投げた。
 投げた。
 
 買っておいた百本の竹串が底を付いたとき、
 ほとんどのゴブリンが、地面に倒れていた。
 
 ゴブリンに直で竹串が刺さったわけではない。
 
 偶然けつまずいて、自重で竹串が、致命的に深く刺さった者。
 避けようとして滑って、偶然、嫌な角度で地面に頭をぶつけた者。
 撃ち落とそうと振られた仲間の石斧が運悪く急所に当たった者。

 色々いたが、どのゴブリンも、杏奈に石斧を振り下ろすことなく息絶えていた。
 
 それはまるで、魔女の呪いで死がもたらされたかのようだった。
 攻撃力が低い武器で必殺の気を込めると、別の死因が発生する。
 こんなとこまじまじと見られたら、大騒ぎになる。
 夜で良かった。

 杏奈は目の前で息絶えたゴブリンの群れから、正面に視線を移した。
 二メートルほどの身長の、筋骨隆々のゴブリンが一匹、瓦礫の山のてっぺんから杏奈を見下ろしている。

「ゴブリンリーダーだ……」

 上半身に、冒険者から奪ったと思しき鎧を付けている。
 武器も石斧ではなく、鉄製だ。
 怒りのせいか、その目が血走っている。

「ガァァァァァァァァア!」

 ゴブリンリーダーが、怒りの咆哮を上げつつ、杏奈に向かって走ってくる。
 途中で迎え撃った冒険者が、タックルで吹っ飛ばされる。
 あーあー、死んでないといいけど。
 杏奈は腰ベルトに差しておいた麺棒を引き抜き、構えた。
 
 うわ、筋肉すご。 
 見るからに力が強そうだ。
 鉄斧を木の麺棒で受けるのは、さすがに無謀だろうなぁ……。
 よし、麺棒は却下と。

 杏奈は麺棒を、ゴブリンリーダーに向かってポイっと投げた。
 何か他に武器になりそうなものは無いかと、ポーチの中をまさぐりながら、そのまま少し後ずさる。
 
 よもや、ターゲットが武器を捨てるとは思わなかったのだろう。
 ゴブリンリーダーは杏奈のそれを、降参の証と見て取った。
 ゴブリンリーダーは勝利の笑みを浮かべ、鉄斧を高く振り上げた。

 ゴブリンリーダーは、これまで戦ってきた敵を、ことごとくその鉄斧で真っ二つにしてきた。 
 今度も同じだ。

 獲物が小さいので、少々物足りないかもしれないが、まぁいいだろう。
 思いっきり振り下ろす鉄斧で、獲物の頭を真っ二つにする。
 飛び散る血しぶき。
 思わずゴブリンリーダーに愉悦の表情が浮かぶ。

 ところが。
 
 ゴブリンリーダーは、あまりに楽しい想像にふけってしまった為、つい、杏奈の手放した麺棒のことを失念してしまった。
 走ってきたゴブリンリーダーは、転がる麺棒を踏みつけ、思いっきり滑った。
 
 それはもう、漫画のような、見事なすっ転びかただった。
 まるで、バナナの皮で滑った人みたい……。
 
 オゥオゥオゥオゥ……(エコー)。

 ゴブリンリーダーは、回転しながら華麗に宙を舞った。
 滑った勢いで思わず手放した鉄斧が地面に刺さる。
 空中で見事な一回転を決めたゴブリンリーダーは、自身の鉄斧に顔面から突っ込み、動かなくなった。
 

 翌日。
 杏奈は、町の北西にある洞窟に向かって歩いていた。
 ようやくゴブリンもいなくなり、交易が再開された為か、同じように洞窟に向かって歩くたくさんの人に混じって歩く。
 広い洞窟のようで、馬車で向かう人もいる。

 杏奈は歩きながら、腰に提げたポーチをポンポンっと叩いた。
 嬉しい重さだ。 
 そこには、出掛けに道具屋で補充した鉄串と、ギルドで貰った報酬がたんまり入っている。
 ゴブリンリーダーを倒したこともあって、今回のミッションにおける総報酬額の半分以上が杏奈の懐に入った。

 ただあれは、ゴブリンリーダーが足を滑らせて自爆した、ということになっているので、ランクは珊瑚コーラルのままだ。
 杏奈の対外的な評価は、『運のいいやつ』だ。

 でもそれでいい。
 下手に目立ちたく無い。
 実利だけ取れればそれでいい。
 杏奈は他の旅人同様、洞窟の門番に軽く会釈して、洞窟に入った。

 この洞窟を抜けると、次はドリアナの町だ。
 そこで何が待っているのか。
 杏奈は、懐の温かさにニヤつきながら、歩みを進めた。
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