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研がれし剣は継がれゆく
こんなにも、遠くにいるんだね。君は
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下宿にいたヤドは、リサメが帰ってこないことを不思議に思っていた。彼がサンと2人で出かけてからおそらく1時間はとっくに超えている。それにもうすぐギンギナさんの夕飯の時間だ。にもかかわらず、あのリサメが、何も言わずにこれほど家を開けるのは、礼儀を重んじる彼らしくない。そうヤドは感じていた。
だからこそ、弟子を再び失うわけにいかない彼が、外へと繰り出すのは必然だろう。本来ヤドは、リサメがサンと2人で話したいと出た時、リサメが帰るまでは、その理由を尋ねないことに決めていた。しかし、ここまで帰ってこなければ、流石に決意よりも心配が勝る。ヤドは、すっかりと日が沈んだ闇の中歩き、リサメのことを探しに出かけた。
――バシィ! バシィ! ドザァァァ。
すると彼の耳に、武器同士が衝突し、人が倒れるような音が聞こえてきた。なんだ。だれが何をしている音なんだ、これは。ヤドは、その音の鳴る方へそろそろと近づいていく。すると、そこからはある男が息を切らし、地面に再び立ち上がろうとする様子が聞いて取れた。
その音の主が誰なのか、息遣いでヤドが彼を特定する前に、その男は声を張り上げた。
「まだまだァ! うォォォォォォォ!!」
――バシィィン!
「っぐぅ!」
また、1人の獣人が、地面に衝突するような音が響く。ヤドは、その声で、今地面に倒れた男が誰なのかをすぐに察知した。あれはリサメだ。しかし、ならば今彼は何と戦っているというのか。
そんな時、リサメの反対側から、また1人男の声が聞こえる。
「うん、来いよ。何度でもかかってこい」
『この声は、サン? どういうことだ? 戦ってるのか? 2人が』
ヤドはヘスティアのことなど知らない。だからこそ、2人が戦っている理由には何も見当がつかない。ただ建物の後ろで戸惑うヤド。しかし、そんな間にも、リサメは何度もサンに挑み、そして、何度も彼の剣技によって打ち倒された。目に見えてなどなくても、瞼の裏には、自分の弟子がボロボロになっている姿が浮かぶ。
『――戦いは終わった。終わったじゃないか。それなのに、何で君は』
ヤドは拳を握りしめた。そしていたたまれなくなって、ついに彼は言葉を発する。
「リサメ!!」
その言葉に反応して、サンとリサメは、揃ってヤドの方を向いた。そしてその見物者は2人に向かって続ける。
「サンも! 君たちは一体何をしているんだい!? もう0号は倒された! それなのに、なんでこんなことを……」
「先生」
よろよろと立ち上がり、そう声をかけたのは、リサメだった。彼は、ボロボロの体とサンの体を見比べて、微かに自虐の笑みをこぼしながら、続ける。
「ありがとう、心配してくれて。……でも、いま僕はサンとたたか……いや、稽古をつけてもらってーー」
「ヤドさん!」
そんなヤドの言葉を遮るように言葉を発したのは、サンだった。ヤドからは見えてはいないが、サンは眼前のリサメから、決して視線を外すことなく、続ける。
「悪いけど、引っ込んでいてくれないか。今、俺もリサメも『戦い』をしてるんだ、だからこそ、誰にも水を差してほしくない」
『――戦い、だって?』
ヤドは、頭の中でサンの言葉を繰り返した。『戦い』。こんなもののどこが『戦い』だというのか。目が見えなくとも自分の前でどんな光景が広がっているかはわかる。息を切らし、何度もその身で刀を受けるリサメに対し、ただ、リサメの攻撃に淡々と自分の力を押し付けるサン。その上、彼は化物相手に使っていた技や炎を少しも使ってないように思われる。そんな一方的なものを『戦い』と呼べるのか。
しかし、そんなヤドの感情とは対照的に、自分の弟子は、心からの喜びをかすかにこめてそのボロボロの足で立ち上がる。
「……サンは、強いだけじゃなく、優しいんだね。ありがとう」
「なんのことかわかんない。それより、早く来いよ。まだやるんだろ。俺は、まだ、力の半分も出しちゃいないよ」
「うん、お願い!」
――カァァァン!
『――ちゃんと、重いな』
サンは、リサメの刀を受けてそう思う。当たり前だ。彼はこのシーラのために命を捨て、自らの存在を捨て、孤独なままに、ずっと戦い続けた。そんな彼の剣が、信念が、重くないはずがない。
――バァァァン。
しかし、サンは、そんなリサメの剣をたやすく弾く。
そうどれほど彼の信念が重くとも、そんな信念を抱くことができるものは、この世界にはたくさんいるんだ。サンの頭にレプタリアとの戦争が思い浮かぶ。彼らは、皆、この目の前の少年と同じくらい、強い信念を抱えていた。確かにこの獣力は、信念の力で実力を凌駕しうることがある。けれど、最初から弱い信念で戦場に立ってる奴なんていないんだ。だからこそ、理想には、強さが必要となるのだ。
――バシィン! バシィン! バシィン!
サンの言葉に力をもらったのか、今度のリサメは、なかなか吹き飛ばされはしなかった。彼は何発かサンに攻撃をもらいながらも、急所は避け、サンヘ果敢に剣を繰り出している。
その時、リサメの攻撃の甲斐あってか、サンの刀が僅かに下に沈んだ。リサメはそれを捉え、思い切り、自身の剣を上段に構える。その動きを見て、自身の刀を横に構え、ガードを行おうとするサン。そんな彼に、リサメは思い切り、自らの木剣を振り下ろす。
「はァァァァァァァァ!!」
――バキィィィィン!!
そして、リサメの木剣は、勢いよくサンの刀と衝突すると、木片を散らして砕け散った。その武器の持ち手だけが、リサメの手に握られる。武器の方がリサメの信念についてこれなくなったのだ。
流石にもう終わりか。サンは、剣の砕けたリサメを憐れみながらも、自身の刀でリサメを斬ろうとした。しかしその時サンは、リサメの体に満ちる闘志に気づく。
『違う! リサメは! 彼の剣は! 少しも折れてなんかいない!』
リサメは右腕を後ろにして木剣の柄を投げ飛ばすと、その手に自らの力をありったけ込めた。すると手の甲からヘスティアを所有していた時のような一本のノコギリがメキメキと生えてくる。彼は規模は小さくとも、ヘスティア所有時に暴走していた獣発の能力の一つをコントロールしたのだ。
「うおおおおおォォォォォォォォォ!!!」
雄叫びをあげながら、リサメはサンの左肩へそのノコギリをふるい、彼を思い切り薙ぎ払おうとした。するとサンは、その攻撃に驚きながらも、自身の左腕を握りしめ、リサメのノコギリを迎え入れるように構えをとる。そして――。
――ガキィィィン!!
「………え?」
そして、リサメの手に装着した剣もまた、獣力で覆ったサンの腕に当たると、折れてしまうのだった。
「なん……で?」
リサメは、何が起きたかわからずに、目を白黒させる。ヘスティアの時に自分が武器としていたノコギリは、こんなに脆いことはなかったはず。それを、腕一つで防いだのか。
サンは戸惑うリサメのことを真っ直ぐに見据えた。そして彼は、静かに、彼に対して言葉を紡ぐ。
「今のは、本気で防いだんだ。だからこの攻撃も、本気でぶつける」
「――――――!?」
リサメは、間近にいる少年の満ち溢れた闘気が、さらに増していくのを感じた。サンは、左腕に獣力を纏うのをやめ、その全てを自分の刀に纏わせていく。そして彼は体勢を低くし、刀を構え、突きの姿勢をとった。
「耐えろよ。リサメ。陽天流一照型、木洩れ日!!」
――ッッドン!!
凄まじい衝撃波のような圧力が、リサメの体を押し出していく。そして彼はそのまま後方に吹き飛ぶと、思い切り一本の木に衝突した。
「――――ぐはぁぁぁぁ」
リサメは、呻き声を漏らし、ずるずると木を伝った。そしてもたれて仰向けに倒れるような姿勢になり、その体から少しずつ力が抜けていく。
「リサメ!?」
その凄まじい音を聞き、ヤドは、リサメの方へと駆け寄ろうとした。しかし、不思議と彼の足は、その動きを止める。なぜか。それは、サンが、静かにリサメの方向に歩み寄っているように聞こえたからだ。
サンは、リサメの目の前までゆっくり歩みを進める。そして、彼をまっすぐに見つめると、彼は静かに言葉をこぼした。
「……どうする? リサメ。まだ、『戦う』か?」
『――――こんなにも』
リサメは虚な目でサンのことを見つめる。もう既に立つこともできずボロボロの自分。そんな自分に対して彼が負った傷は、腕に残る、微かな切り傷ひとつだった。
『――――こんなにも、遠くにいるんだね。君は』
強く強く拳を握り締めるリサメ。そして彼は、少し湿りの残る声で、サンに向かって、静かに告げた。
「……負けたよ、サン。負けた。……強いね、君は」
その瞬間、リサメの二つの目から、静かに涙がこぼれる。そう、自分が負けるということは、ヘスティアを渡すということ。彼の頭に泡沫のように、彼女との記憶が浮かび、そして消えていった。
――何言ってるの? 変に関わったやつを見殺しにするのは、寝覚めが悪いだけよ。
――ほんと、あんたみたいなお人好し。そうそういないわよ。
――良かった、やっと、生きてもいいって思ってくれたのね。
「……ヘズディアはァ!」
リサメは、まるで自分の力全てを振り絞るかのように、そう声を上げた。そしてそのままリサメは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、言葉をこぼす。
「……ぜかぃいち、すごい、剣なんだ。ぜかぃいち、づよい、剣なんだ。ぜかぃいち、やざじい、剣なんだ! ……だから、だからぁぁ!」
サンは優しい目でリサメのことを見据えた。そして彼は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ、わかってる。絶対に、大切にするよ。ヘスティアを」
「……うん、うん。……ありがどう、サン――」
リサメは自身の目を手で擦りながら、消え入りそうな声でそう告げた。サンはこれ以上彼の涙を見ぬように、踵を返し、ゆっくりと歩みを進める。
そして彼は切り株の上のヘスティアを拾い上げた。そして通り際にヤドに近づいて言葉を放つ。
「ヤドさん。リサメの看病をお願い。一応骨とかは大丈夫だと思う」
「……わかった。しかし、なんでこんなことになったんだい?」
サンは彼にかける言葉に迷った。しかしサンは、あまり隠すのも不誠実だと思い、ヤドに対して言葉を紡ぐ。
「お互いに、大切なもののために争ったんだ。それだけだよ。詳しいことは、リサメから聞いて。お弟子さんをこんな目に合わせてごめん」
「……何か事情があったんだろ? 理由もなく、こんなことする人じゃないってのはわかってる。……サン。気をつけて」
「……ありがとう」
そのまま、ゆっくりとリサメとヤドから離れていくサン。しばらく距離が空いた後サンは、柔らかい声で腕輪に向かって、喋り出す。
「……ヘスティア、ごめんね」
「……なにがよ?」
ヘスティアの声は、どこか湿っていた。サンはそんな彼女に対して言葉を続ける。
「……ごめんね。リサメと、話してあげる機会を作れなかった」
「…………いいのよ……だって、だって」
サンが身につけたヘスティアの熱が、数度増す。きっと、今泣いているのだろう。サンはそんなヘスティアをじっと見ながらも、次の彼女の言葉を待った。
「……だって、話しちゃったら、あいつとも、離れられなくなっちゃうじゃない。……せっかく、リサメは……私なしで強くなろうとしてる。……それなのに、ダメよ。……私が、それを邪魔したら」
「……そっか」
サンは、ヘスティアが『あいつとも』と言った理由を、決して彼女に問いかけはしなかった。彼は夜空を見上げながら、静かに呟く。
「ヘスティア。――強くなるね、リサメは。絶対に」
「……えぇ、当たり前よ」
こうしてシーラの、そして、リサメの思いを受け継ぎ、サンは、明日、ついにラキュラの元へと、戦いを挑むのだった。
ーーーー
「テメェ!! ふざけんなよ!! もう一回言ってみやがれ!!」
シーラの黒い城、ギャスリガの研究室で、ヒノクはその来訪者に対して声を上げた。その来訪者、ケルは、ヒノクの言葉遣いに不服そうに眉を顰めながら、言葉を返す。
「ったく、貴様らはなんでそうも育ちが悪い? 別に何度でも、言ってやるさ。ラキュラから言伝を頼まれた。『0号はAにやられた』とな」
――ガァァァァン!!!
彼の言葉に対して、自身の拳が折れそうなほどに、壁に強く拳を叩きつけるヒノク。彼は、まるで世界の終わりのような顔をして、つぶやく。
「……ありえねぇ、ありえねぇだろ。負けるわけないんだ。……0号は、0号は、誰かに負けるはずがないんだ」
目の前の男が喋っている内容に特に興味を示そうとしないケル。そしてそのまま彼は、冷たい眼差しをヒノクに向けて、言葉を紡ぐ。
「理解できんな。何をそこまで取り乱す必要がある。0号が何かは知らんが、貴様らの駒の一つだろ。それが一つ失われたぐらいで大袈裟な」
「うるせぇんだよ! 部外者は黙ってろ!! とっととここから出て行きやがれ!!」
――バリィィィィィン!!
ヒノクは、ラキュラへ向かってフラスコを投げた。それはドア横の壁に当たり、ガラスの破片が飛び散る。
『――コイツッ』
ヒノクの行動に対して、ケルもまた沸点が一気に跳ね上がり、右手に縛られた鎖を構えた。しかし、彼はギリギリのところでそれを堪える。ヒノクもまた、自分と同じ固有持ち。決してレンシほど弱くはない。負けることはないだろうが下手に戦えば、自身が信仰するハデス様の任務の前に消耗することになる。
ケルは、また心底不快そうに眉を顰めて言葉をこぼした。
「言われなくともそうするさ。こんな薄気味悪い部屋、いたくもない。じゃあな、言伝はしっかり伝えたぞ」
そうしてケルは去っていくのだった。研究室で独り取り残されたヒノク、彼は頭を何度もかきむしりながら、ケルの言葉を頭の中で繰り返す。
『嘘だ! 嘘に決まってる! 0号が! 父さんが! 白樫の狩人総長、ブナが!! よくわからん馬の骨に殺されるわけがないんだ! ……そうだ! きっと、卑怯な手を使ったんだ。それで殺したんだ! クソ、卑怯者、卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者ォォォ!!!!』
――ガァァァァン!!
今度は自身の机に向かって、ヒノクは自身の拳を叩きつけた。そして彼は、充血した目で、捉えた獣人が収容されているモニターを見つめる。そして彼は、そこにいるツバメの獣人を、見つめ、呟いた。
「殺してやる。貴様が最も苦しむ形で、殺してやるからなぁぁ!!」
―――――To be continued
だからこそ、弟子を再び失うわけにいかない彼が、外へと繰り出すのは必然だろう。本来ヤドは、リサメがサンと2人で話したいと出た時、リサメが帰るまでは、その理由を尋ねないことに決めていた。しかし、ここまで帰ってこなければ、流石に決意よりも心配が勝る。ヤドは、すっかりと日が沈んだ闇の中歩き、リサメのことを探しに出かけた。
――バシィ! バシィ! ドザァァァ。
すると彼の耳に、武器同士が衝突し、人が倒れるような音が聞こえてきた。なんだ。だれが何をしている音なんだ、これは。ヤドは、その音の鳴る方へそろそろと近づいていく。すると、そこからはある男が息を切らし、地面に再び立ち上がろうとする様子が聞いて取れた。
その音の主が誰なのか、息遣いでヤドが彼を特定する前に、その男は声を張り上げた。
「まだまだァ! うォォォォォォォ!!」
――バシィィン!
「っぐぅ!」
また、1人の獣人が、地面に衝突するような音が響く。ヤドは、その声で、今地面に倒れた男が誰なのかをすぐに察知した。あれはリサメだ。しかし、ならば今彼は何と戦っているというのか。
そんな時、リサメの反対側から、また1人男の声が聞こえる。
「うん、来いよ。何度でもかかってこい」
『この声は、サン? どういうことだ? 戦ってるのか? 2人が』
ヤドはヘスティアのことなど知らない。だからこそ、2人が戦っている理由には何も見当がつかない。ただ建物の後ろで戸惑うヤド。しかし、そんな間にも、リサメは何度もサンに挑み、そして、何度も彼の剣技によって打ち倒された。目に見えてなどなくても、瞼の裏には、自分の弟子がボロボロになっている姿が浮かぶ。
『――戦いは終わった。終わったじゃないか。それなのに、何で君は』
ヤドは拳を握りしめた。そしていたたまれなくなって、ついに彼は言葉を発する。
「リサメ!!」
その言葉に反応して、サンとリサメは、揃ってヤドの方を向いた。そしてその見物者は2人に向かって続ける。
「サンも! 君たちは一体何をしているんだい!? もう0号は倒された! それなのに、なんでこんなことを……」
「先生」
よろよろと立ち上がり、そう声をかけたのは、リサメだった。彼は、ボロボロの体とサンの体を見比べて、微かに自虐の笑みをこぼしながら、続ける。
「ありがとう、心配してくれて。……でも、いま僕はサンとたたか……いや、稽古をつけてもらってーー」
「ヤドさん!」
そんなヤドの言葉を遮るように言葉を発したのは、サンだった。ヤドからは見えてはいないが、サンは眼前のリサメから、決して視線を外すことなく、続ける。
「悪いけど、引っ込んでいてくれないか。今、俺もリサメも『戦い』をしてるんだ、だからこそ、誰にも水を差してほしくない」
『――戦い、だって?』
ヤドは、頭の中でサンの言葉を繰り返した。『戦い』。こんなもののどこが『戦い』だというのか。目が見えなくとも自分の前でどんな光景が広がっているかはわかる。息を切らし、何度もその身で刀を受けるリサメに対し、ただ、リサメの攻撃に淡々と自分の力を押し付けるサン。その上、彼は化物相手に使っていた技や炎を少しも使ってないように思われる。そんな一方的なものを『戦い』と呼べるのか。
しかし、そんなヤドの感情とは対照的に、自分の弟子は、心からの喜びをかすかにこめてそのボロボロの足で立ち上がる。
「……サンは、強いだけじゃなく、優しいんだね。ありがとう」
「なんのことかわかんない。それより、早く来いよ。まだやるんだろ。俺は、まだ、力の半分も出しちゃいないよ」
「うん、お願い!」
――カァァァン!
『――ちゃんと、重いな』
サンは、リサメの刀を受けてそう思う。当たり前だ。彼はこのシーラのために命を捨て、自らの存在を捨て、孤独なままに、ずっと戦い続けた。そんな彼の剣が、信念が、重くないはずがない。
――バァァァン。
しかし、サンは、そんなリサメの剣をたやすく弾く。
そうどれほど彼の信念が重くとも、そんな信念を抱くことができるものは、この世界にはたくさんいるんだ。サンの頭にレプタリアとの戦争が思い浮かぶ。彼らは、皆、この目の前の少年と同じくらい、強い信念を抱えていた。確かにこの獣力は、信念の力で実力を凌駕しうることがある。けれど、最初から弱い信念で戦場に立ってる奴なんていないんだ。だからこそ、理想には、強さが必要となるのだ。
――バシィン! バシィン! バシィン!
サンの言葉に力をもらったのか、今度のリサメは、なかなか吹き飛ばされはしなかった。彼は何発かサンに攻撃をもらいながらも、急所は避け、サンヘ果敢に剣を繰り出している。
その時、リサメの攻撃の甲斐あってか、サンの刀が僅かに下に沈んだ。リサメはそれを捉え、思い切り、自身の剣を上段に構える。その動きを見て、自身の刀を横に構え、ガードを行おうとするサン。そんな彼に、リサメは思い切り、自らの木剣を振り下ろす。
「はァァァァァァァァ!!」
――バキィィィィン!!
そして、リサメの木剣は、勢いよくサンの刀と衝突すると、木片を散らして砕け散った。その武器の持ち手だけが、リサメの手に握られる。武器の方がリサメの信念についてこれなくなったのだ。
流石にもう終わりか。サンは、剣の砕けたリサメを憐れみながらも、自身の刀でリサメを斬ろうとした。しかしその時サンは、リサメの体に満ちる闘志に気づく。
『違う! リサメは! 彼の剣は! 少しも折れてなんかいない!』
リサメは右腕を後ろにして木剣の柄を投げ飛ばすと、その手に自らの力をありったけ込めた。すると手の甲からヘスティアを所有していた時のような一本のノコギリがメキメキと生えてくる。彼は規模は小さくとも、ヘスティア所有時に暴走していた獣発の能力の一つをコントロールしたのだ。
「うおおおおおォォォォォォォォォ!!!」
雄叫びをあげながら、リサメはサンの左肩へそのノコギリをふるい、彼を思い切り薙ぎ払おうとした。するとサンは、その攻撃に驚きながらも、自身の左腕を握りしめ、リサメのノコギリを迎え入れるように構えをとる。そして――。
――ガキィィィン!!
「………え?」
そして、リサメの手に装着した剣もまた、獣力で覆ったサンの腕に当たると、折れてしまうのだった。
「なん……で?」
リサメは、何が起きたかわからずに、目を白黒させる。ヘスティアの時に自分が武器としていたノコギリは、こんなに脆いことはなかったはず。それを、腕一つで防いだのか。
サンは戸惑うリサメのことを真っ直ぐに見据えた。そして彼は、静かに、彼に対して言葉を紡ぐ。
「今のは、本気で防いだんだ。だからこの攻撃も、本気でぶつける」
「――――――!?」
リサメは、間近にいる少年の満ち溢れた闘気が、さらに増していくのを感じた。サンは、左腕に獣力を纏うのをやめ、その全てを自分の刀に纏わせていく。そして彼は体勢を低くし、刀を構え、突きの姿勢をとった。
「耐えろよ。リサメ。陽天流一照型、木洩れ日!!」
――ッッドン!!
凄まじい衝撃波のような圧力が、リサメの体を押し出していく。そして彼はそのまま後方に吹き飛ぶと、思い切り一本の木に衝突した。
「――――ぐはぁぁぁぁ」
リサメは、呻き声を漏らし、ずるずると木を伝った。そしてもたれて仰向けに倒れるような姿勢になり、その体から少しずつ力が抜けていく。
「リサメ!?」
その凄まじい音を聞き、ヤドは、リサメの方へと駆け寄ろうとした。しかし、不思議と彼の足は、その動きを止める。なぜか。それは、サンが、静かにリサメの方向に歩み寄っているように聞こえたからだ。
サンは、リサメの目の前までゆっくり歩みを進める。そして、彼をまっすぐに見つめると、彼は静かに言葉をこぼした。
「……どうする? リサメ。まだ、『戦う』か?」
『――――こんなにも』
リサメは虚な目でサンのことを見つめる。もう既に立つこともできずボロボロの自分。そんな自分に対して彼が負った傷は、腕に残る、微かな切り傷ひとつだった。
『――――こんなにも、遠くにいるんだね。君は』
強く強く拳を握り締めるリサメ。そして彼は、少し湿りの残る声で、サンに向かって、静かに告げた。
「……負けたよ、サン。負けた。……強いね、君は」
その瞬間、リサメの二つの目から、静かに涙がこぼれる。そう、自分が負けるということは、ヘスティアを渡すということ。彼の頭に泡沫のように、彼女との記憶が浮かび、そして消えていった。
――何言ってるの? 変に関わったやつを見殺しにするのは、寝覚めが悪いだけよ。
――ほんと、あんたみたいなお人好し。そうそういないわよ。
――良かった、やっと、生きてもいいって思ってくれたのね。
「……ヘズディアはァ!」
リサメは、まるで自分の力全てを振り絞るかのように、そう声を上げた。そしてそのままリサメは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、言葉をこぼす。
「……ぜかぃいち、すごい、剣なんだ。ぜかぃいち、づよい、剣なんだ。ぜかぃいち、やざじい、剣なんだ! ……だから、だからぁぁ!」
サンは優しい目でリサメのことを見据えた。そして彼は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ、わかってる。絶対に、大切にするよ。ヘスティアを」
「……うん、うん。……ありがどう、サン――」
リサメは自身の目を手で擦りながら、消え入りそうな声でそう告げた。サンはこれ以上彼の涙を見ぬように、踵を返し、ゆっくりと歩みを進める。
そして彼は切り株の上のヘスティアを拾い上げた。そして通り際にヤドに近づいて言葉を放つ。
「ヤドさん。リサメの看病をお願い。一応骨とかは大丈夫だと思う」
「……わかった。しかし、なんでこんなことになったんだい?」
サンは彼にかける言葉に迷った。しかしサンは、あまり隠すのも不誠実だと思い、ヤドに対して言葉を紡ぐ。
「お互いに、大切なもののために争ったんだ。それだけだよ。詳しいことは、リサメから聞いて。お弟子さんをこんな目に合わせてごめん」
「……何か事情があったんだろ? 理由もなく、こんなことする人じゃないってのはわかってる。……サン。気をつけて」
「……ありがとう」
そのまま、ゆっくりとリサメとヤドから離れていくサン。しばらく距離が空いた後サンは、柔らかい声で腕輪に向かって、喋り出す。
「……ヘスティア、ごめんね」
「……なにがよ?」
ヘスティアの声は、どこか湿っていた。サンはそんな彼女に対して言葉を続ける。
「……ごめんね。リサメと、話してあげる機会を作れなかった」
「…………いいのよ……だって、だって」
サンが身につけたヘスティアの熱が、数度増す。きっと、今泣いているのだろう。サンはそんなヘスティアをじっと見ながらも、次の彼女の言葉を待った。
「……だって、話しちゃったら、あいつとも、離れられなくなっちゃうじゃない。……せっかく、リサメは……私なしで強くなろうとしてる。……それなのに、ダメよ。……私が、それを邪魔したら」
「……そっか」
サンは、ヘスティアが『あいつとも』と言った理由を、決して彼女に問いかけはしなかった。彼は夜空を見上げながら、静かに呟く。
「ヘスティア。――強くなるね、リサメは。絶対に」
「……えぇ、当たり前よ」
こうしてシーラの、そして、リサメの思いを受け継ぎ、サンは、明日、ついにラキュラの元へと、戦いを挑むのだった。
ーーーー
「テメェ!! ふざけんなよ!! もう一回言ってみやがれ!!」
シーラの黒い城、ギャスリガの研究室で、ヒノクはその来訪者に対して声を上げた。その来訪者、ケルは、ヒノクの言葉遣いに不服そうに眉を顰めながら、言葉を返す。
「ったく、貴様らはなんでそうも育ちが悪い? 別に何度でも、言ってやるさ。ラキュラから言伝を頼まれた。『0号はAにやられた』とな」
――ガァァァァン!!!
彼の言葉に対して、自身の拳が折れそうなほどに、壁に強く拳を叩きつけるヒノク。彼は、まるで世界の終わりのような顔をして、つぶやく。
「……ありえねぇ、ありえねぇだろ。負けるわけないんだ。……0号は、0号は、誰かに負けるはずがないんだ」
目の前の男が喋っている内容に特に興味を示そうとしないケル。そしてそのまま彼は、冷たい眼差しをヒノクに向けて、言葉を紡ぐ。
「理解できんな。何をそこまで取り乱す必要がある。0号が何かは知らんが、貴様らの駒の一つだろ。それが一つ失われたぐらいで大袈裟な」
「うるせぇんだよ! 部外者は黙ってろ!! とっととここから出て行きやがれ!!」
――バリィィィィィン!!
ヒノクは、ラキュラへ向かってフラスコを投げた。それはドア横の壁に当たり、ガラスの破片が飛び散る。
『――コイツッ』
ヒノクの行動に対して、ケルもまた沸点が一気に跳ね上がり、右手に縛られた鎖を構えた。しかし、彼はギリギリのところでそれを堪える。ヒノクもまた、自分と同じ固有持ち。決してレンシほど弱くはない。負けることはないだろうが下手に戦えば、自身が信仰するハデス様の任務の前に消耗することになる。
ケルは、また心底不快そうに眉を顰めて言葉をこぼした。
「言われなくともそうするさ。こんな薄気味悪い部屋、いたくもない。じゃあな、言伝はしっかり伝えたぞ」
そうしてケルは去っていくのだった。研究室で独り取り残されたヒノク、彼は頭を何度もかきむしりながら、ケルの言葉を頭の中で繰り返す。
『嘘だ! 嘘に決まってる! 0号が! 父さんが! 白樫の狩人総長、ブナが!! よくわからん馬の骨に殺されるわけがないんだ! ……そうだ! きっと、卑怯な手を使ったんだ。それで殺したんだ! クソ、卑怯者、卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者卑怯者ォォォ!!!!』
――ガァァァァン!!
今度は自身の机に向かって、ヒノクは自身の拳を叩きつけた。そして彼は、充血した目で、捉えた獣人が収容されているモニターを見つめる。そして彼は、そこにいるツバメの獣人を、見つめ、呟いた。
「殺してやる。貴様が最も苦しむ形で、殺してやるからなぁぁ!!」
―――――To be continued
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一方、クルトは”賢者の石”を奪ったものの正しく扱うことが出来ず次第に石は暴走し、王国には次々と異変が起こる。エレナやクルトはアルスを追放したことを後悔するが、その時にはすでに事態は取り返しのつかないことになりつつあった。
※他サイト転載
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