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研がれし剣は継がれゆく

なれるとも。シーラには、お前さんたちがいるのだから

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――回想――

「ありがとな、ナマズラ長老。ただそれより前に一つ、2人であんたと話したいことがある」

 シェドのこの言葉に対して、ナマズラはすんなり応じ、すぐに人払いをしてくれた。今サンは、ほかの獣人たちに運ばれて、ネクとヤドが治療をしてくれている。シェドは、サンが運ばれた建物を見つめながらも、ナマズラに対して言葉を放った。

「ありがとな。ナマズラ長老。特に警戒もせず、2人の場を設けてくれて」

「気にするな。あの恩人の友なのだからな。警戒も何もなかろうよ。それに、わしとて馬鹿ではない。何故2人で話す必要があるのか、おおよその検討はついておる」

 ナマズラもまた、どこか寂しさを含んだような顔で、サンの周囲のシーラの若者たちを見つめる。そしてため息のように彼はその言葉をこぼした。

「あのシーラにそびえたつ黒い巨城を攻め入ることについての話じゃろ」

「ああ、話が早くて助かるよ」

 そう、サンが0号を倒した時、シェドは自分が次にするべきことをよく分かっていた。今シーラには、黒い巨城への道を塞ぐ壁がない。つまり次にシーラの民たちが取るであろう行動は、ラキュラの城への攻撃。だとすれば、その意志が固まる前に、彼らが城に攻め入ることについて話をしなければならない。彼はそう考えていた。
 
「まあ簡単な提案をさせてもらいたくてな。どうせなら一緒にラキュラを倒さないか? とりあえずシーラの獣人たちは消耗しているし、明日あたりから俺たちがあの城を偵察する。そこで得た情報を活かして、一週間後、共に城を攻めるという段取りを提案したいんだ。それでどうだろうか?」

 ナマズラは、静かに眼前の少年を見る。シーラとしては、全く断る要素のない提案だった。前もってあの城の主人の情報を得られるのも、この強者たちの助けを借りられるのも、こちらとしては願ってもないことだ。ただ、ナマズラは、彼がどのような本心でそんな言葉を発したのかよくわかっていた。

「なるほどのう。それでお前さんらは、なんの違和感もなく城に入り込み、若者だけで、あの城の主人を倒そうというわけか」

「―――――!?」

 シェドは、自分の本意を見抜かれ、驚きの表情を浮かべる。そんなシェドに対し、目の前の長老は、和やかに声をかけた。

「言ったじゃろ。馬鹿ではないと。お前さんらの考えていることぐらいわかるよ。闘わせたくないんじゃな、わしらを。少しでも数が多い方が勝利は確実になる気がするが」

 シェドはナマズラの言葉を聞き、観念したようにため息を吐きながら、言葉を紡ぐ。

「……はぁ。……俺もそう思うんだが、こっちには守る対象が増え過ぎると無茶しすぎる奴がいてな。作戦っていうのは、理詰めじゃなく状況を見て決めるものだろ。だから、今回は俺らだけであの城に行かせてほしい。……でも、あんたらの無念を晴らす機会を奪ってすまないと思うし、別に、あんたらが邪魔ってわけじゃ決してないんだよ」

 言葉を慎重に選びながら、自分達の思いを説明するシェド。そんな彼を見てナマズラは、彼の中にある優しさを感じ取る。もしかしたら彼も先ほどの少年も同じように、自分達を助けることで頭を悩ませたのかもしれない。そのようなことを思いながら、ナマズラは言葉を返した。

「わかっておるよ。すまんな気を遣わせて。……わかった。ほかのシーラの者には、お前さんが言うように説明しよう」

「……いいのか?」

「いいさ。今回のことでワシたちの力が及ばないのは、痛いほどよくわかった。もちろん、お前さんらが一週間経っても戻らんようであれば、すぐにでも駆けつけるがな」

「……そうか、心強いよ」

 ナマズラは、静かに力強く、自らの拳を握りしめる。言葉の通り、ナマズラにはシェドの本意が分かっていても、その発言に異を唱える気はなかった。0号との戦いでよぎった若者たちの死のイメージ。それを年長者として、決して実現させてはならないと感じていたからだ。

「のう、シェドと言ったな? シェドや、お前の獣のルーツが黒獅子だとすると、故郷はカニバルか?」

 ナマズラは、ふいにシェドに対してそう尋ねた。シェドはなぜそんなことを聞かれたのか戸惑いながらも、言葉を返す。

「生まれは違うが、育ちはカニバルだよ。それがどうかしたのか?」

「そうか。ならば問いたい。カニバルは、確かレプタリアと戦をしていたことがあったのう。もし分かればでいいが……彼らは、レプタリアの兵で言うならどの程度かのう?」

 初めてシェドを見た時から、この少年がただならぬ強さをもっていることを、ナマズラは気づいていた。だからこそナマズラは、彼に尋ねたのだ。このシーラの国としての力が、今、どの程度なのかを。

「……………」

 シェドは言葉に詰まった。正直今ここに集まっている彼らの実力は、なんとなくわかる。もちろんそれを正直に言葉にするのは気が引けるが、目の前の長老の真摯な目線に、嘘を語るわけにいくまい。

「……一番強いやつで、部隊長や護衛兵止まりだろうな。恐らくここには、でかい戦いで兵を全部任せられるほど、信頼を置ける奴はいない」

 わかりやすく言えば、あのウビトが辛うじてアマゲと同じレベルにあるぐらいだろう。ゲッコウほどの実力を持った獣人さえ、ここにはいない。

 ナマズラは、その言葉で今のシーラの現状を自覚し、小さく呟いた。

「……やはり、そうか」

「でも仕方のないことだろ。シーラは国が一つにまとまるまで時間がかかったし、海に囲まれている性質上、他から攻められることも少ない。そんな状況でほかの国ほど強くなるのは、無理な話じゃないのか?」

「お前さんは、頭がいい上に優しいのう」

 ナマズラは、シェドに対して柔らかな笑みを返し、そう言葉をかけた。シェドはそんな彼の言葉に複雑な表情を浮かべる。そんな彼に対してナマズラは続けた。

「ただな、闘いが必要になるのが先か、闘いがなくなるのが先か。それは未来において誰にもわからぬ。なればこそ、ワシらはやはり強くならねばならんのじゃ。そのために何が必要か、あの少年に与えられたこの余力で、考えてみようと思うよ」

「…………そうか」

 ここには、いい指導者がいるな、シェドはそう思った。怒りや感情に流されることなく、純粋に先を見通す力を持っている。願わくば、自分もこのような指導者を目指したいものだ。シェドはナマズラを見てそんなことを思った。

「ところで、あれじゃな。お前さんのその目つきと内に秘めたる闘志は、なんだか、誰かに似とるな。はて、誰じゃったか」

 そして尊敬の念で彼のことを見つめたのも束の間、シェドは、げんなりとした気分に襲われた。またか、また自分はあの『裏切者』と一緒にされなきゃならないのか。シェドは、呆れたため息を漏らしながら、彼にこぼす。

「なんだ? あんたヤレミオってやつに会ったことあるのか? 言っとくがあいつと俺は全く似てないからな?」

「ヤレミオ? 誰じゃそれは?」

「え?」

 ナマズラの予想と違う反応に、シェドは驚く。そして彼は、戸惑った様子で、彼に尋ねた。

「違うのか、じゃあ誰に似てるって言うんだよ?」

「今それを思い出しとるんじゃろうが。んー、あ! そうじゃ、あのヴォルファじゃ! 懐かしいのう、昔のわしのライバルじゃが、あいつも、お前さんのように鋭い闘気を放っておったわ。といってもわしはもうあいつには勝てんじゃろうが」

「………え? ……あ、そっちか。ヴォルファに似てるのか……俺が……へー」

 ――ん?

 今度相手に予想と違う反応をされて戸惑ったのは、ナマズラの方だった。あくまで昔に獣界を轟かせた彼の名前など、若い者は分からないと思った。しかし目の前の若者はその名前をどうやら知っているようである。しかもなぜか、彼に似ていると言われて、照れているかのような。

「知っとるのか、ヤツの名前を? しかもどこか喜んでいるように見えるが」

「……だ、だ、誰が、喜んでるだ!? あんな! 頑固者で! 分からずやで! あんな馬鹿力で殴ってくるバカ師匠に似ているって言われて、嬉しいわけ」

「ほお、ヴォルファの弟子なのか。……ほうほう。素直になれんところもまた随分似とるな。ヴォルファに」

「やめろやめろやめろ! 誰も喜んでなんかないだろうが! 何見てるんだ!」

「ホッホッホッ、面白い若者じゃ」

「笑うな!」

 それからしばらくナマズラは、シェドの様子を楽しみ、彼との時間を終えた。そうして彼は、サンが回復し宿屋に運ばれるのを見届けた後、ウビトたちに、シェドからの言葉を、ありのまま伝えたのだった。


――現在――

 場所は変わりシーラの灯台の麓。ナマズラは雲に覆われた灰色の海を、どこか物寂しそうに眺めていた。そんな彼の後ろから、とある男が、声をかける。

「俺は魅入るほどに美しい海だとは思わないぜ、ナマズラのじいさん」

「っとおお! なんじゃウビトか、驚かせんでくれ」

 そこにいたのは、トビウオの獣人、ウビトだった。シーラの中で最もダメージを負った彼には大きな包帯が巻かれている。ナマズラは、そんな彼の包帯を苦しそうな目で眺めながらも、言葉を紡いだ。

「みんなもう戻ったと言うのに、お前はまだ、自分の集落に帰ってなかったのじゃな。早く帰って休みなさい。お前らの力が必要な時はいずれくるんじゃからな」

「わかってるよ。でもな、ナマズラのじいさん。あんたにさ、少し聞きたいことがあったんだ」

「なんじゃ?」

「あの炎の男たちを偵察に行かせて、情報があり次第攻めるって話は、どこまでが本当なんだ?」

「――――――!?」

 ナマズラは、ウビトの発言に驚く。確かに自分はあの黒獅子の少年、シェドと口裏を合わせて、そのようにシーラの獣人に説明することに決めた。だがまさか、そんなにも簡単に見抜かれているとは思わなかったのだ。

「なんじゃ、きづいておったのか! べ、別にお主らを騙すつもりないのじゃぞ。ただな」

「……分かってるさ。守るためだろ? 俺たちを」

「……………」

 ナマズラは、その言葉に対して何も返すことはしなかった。そしてウビトもまた、しばらく言葉を交わすことなく、海を眺める。

 実のところを言うと、ナマズラの嘘に気づいていたのは、ウビトだけではなかった。ニカやガン、ヤドなどの純粋な獣人を除いたほとんどが、あの炎の男たちが、偵察という名で、城の主人の討伐に行くのだということを勘づいていたのだった。

 しかし、彼らはまるで暗黙の了解かのように、それに対して異を唱えはしなかった。彼らもまた、分かっていたからだ。今のままの実力では、足手まといにしかならないということに。

 だからこそスルメや、シャッカ、カサガなどの獣人たちは、ただ唇を噛み締めながら、自分の集落へと戻ることしかできなかった。

 ウビトは、ナマズラの言葉の裏に気づき、それをただ聞き入れていた彼らの顔を思い浮かべる。皆、本当に苦しそうな顔をしていた。全員、この日のために準備し、自らの力全て出し切りに来ていた。

 しかし、目にしたものは、強者とのあまりにも離れすぎた距離と、命を懸けてしかその強者に一矢報いることができない無力さ。命や未来を燃やし尽くした炎でしか、強者に熱をぶつけられない自らの弱さ。

「……なぁ、ナマズラのじいさん」

 ウビトは、ナマズラの名前を呼んだ。その声は、ウビトが若い頃、集落のガキ大将に喧嘩で負けた頃の声に似ていた。ナマズラはそんな彼の昔を思い出しながら、努めて、柔らかく優しい声で彼に応える。

「……なんじゃ、ウビト」

「……強く、ならねぇとだよな。……俺たちの、シーラは」
 一つ一つの言葉が丁寧に発せられながら、紡がれる彼の心。ナマズラは、そんな彼の崩れ落ちてしまいそうになる肩にそっと手を置いた。

「なれるとも。シーラには、お前さんたちがいるのだから」
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