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研がれし剣は継がれゆく

ここで死にたいと思わないぐらいには、大事なものが……俺にもあるよ

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 ――過去――

「……大した、もんだな。……アサヒの嬢ちゃんよ」
「……私も、こんなに再生使ったの、初めてだよ」

 ボロボロの体で座り込むブナ。そんな彼をアサヒは、もう再生の力も枯渇し、傷だらけになった体を抱えながら、見下げていた。そう、彼女は今、長い激闘の末に、彼を倒したのだった。

「あーあ、しかし難儀なもんだぜ。…-こんなんだったらちゃんと、発木属性の治癒魔法を学んどくんだったな。……まあ、俺の才能なら時間かかるだろうが」

「……もし、あなたが魔法の才能に恵まれていたら、こんな戦いになってないでしょ」

「どういうことだよ、嬢ちゃん」

「だってあなたをそこまで強くしたのは、魔法を使えないことへの、そして、他と自分が優れていないことへの飢えでしょ。だからこそ、あなたの力にのみ研ぎ澄まされた魔力はこうも強かった。違う?」

 ブナは驚いた表情でアサヒを見つめる。そして密かに笑った。全くこの女は。ただ武器と武器を合わせるだけでも、敵の思いとか信念を読み取ってしまうというのか。

「確かになぁ。魔法も使える俺は、間違えなく今よか弱いだろうなぁ。でもそれなら嬢ちゃんも、もしその力がなかったらここにはいないだろうよ」

「なんで?」

「だって嬢ちゃんの戦い方ならその旅の道中に50回ぐらい死んでてもおかしくないからな」

「ははは、言えてる」

 アサヒはブナの言葉に笑った。全くあの激闘の後で、よくもそう屈託のない笑顔を浮かべられるものだ。ブナは思う。ブナとアサヒの戦いでは、間違いなく彼の方が実力は上だった。しかし、ブナがどんなに命に関わるようなダメージを与えても、彼女は何度も立ち上がったのだ。そして最後に自分が根負けし、地に伏した。

「それで、嬢ちゃんは俺をどうするんだい? 殺すかい?」

「え? 殺さないよ?」

 アサヒはブナの言葉に驚いたような顔でそう答えた。ブナは、そんな彼女のことを呆れたように見つめる。もし自分が彼女と戦う前にそれを聞いていたら耳を疑ったことだろう。だが、互いの信念をぶつけ合った今、彼女がそう口にするのは予想ができていた。

「まあ嬢ちゃんならそう言うだろうな。一応聞こうか、理由を」

「確かにあなたはさ、たくさん許せないことをしたよ。武器を得るために色々な国を襲ったし、オルクみたいな子どもを攫って自分たちの兵にしようとした。私はね、あなたたちがしたことが大嫌いだ。でも、不思議とあなたのことは嫌いになれなかった」

「ほお、それはなぜ?」

「だってあなたの目には確かにあったんだもん。信念が」

「………………」

 ブナは、何も言葉を発することなく、ただ目の前の彼女を見た。呆れたもんだ。ブナは思う。多くの獣人や魔族は、自分たちの行動を見て、ただただ背を向け、目を逸らした。その瞳の奥にある正義なんて、誰も見つけようとはしなかったのに。

 アサヒは言葉を続けた。

「きっとあなたたちはさ、魔法界のみんなが崇める神ってものの正体を知ってた。そして大切なもののために行動を起こした。だからさ、ブナさんも、絶対絶対これからやり直せるよ! だってあなたにも、そんな強さを求めるほどに、守るべきものがあったんでしょう?」

 アサヒの言葉言葉一つ一つが、ブナの孤独な正義に少しずつ明かりを灯していく。ああ、こりゃ誰もが絆されるわけだ。ブナは、内心で笑みをこぼしながらも、目の前の女性の言葉の力に驚いていた。そして、彼は、ぼんやりと空へと視線を向け、自身の子ども、ヒノクの顔を思い浮かべながら言葉をこぼす。

「……そうだなぁ。……ここで死にたいと思わないぐらいには、大事なものが……俺にもあるよ」 


――現在――

「双翼陽天流五照型、飛炎・白夜乱斬!!」

 ――シュダダダダダ!!

 白夜の数を大きく凌ぐ炎の斬撃。0号はそれを何食わぬ顔で次々と撃ち落としていった。サンは、その炎の斬撃とともに駆け抜け、0号めがけて左の刀を突き出し、右の刀に力を込める。

「双翼陽天流一照型、木洩れ日瞬閃!!」

 ――ギィィィン!!

 サンの突きを自身の剣で受ける0号。それを見たサンは即座に左の刀に力を込める。

「もういっちょ! 木洩れ日瞬閃」

 再び0号の元へ迫るサンの突き。しかし0号は体を横にそらし、サンの腹に向かって、自身の剣を振るった。

「速いな、にいちゃん。でも読めてるぜ」

 ――グジャァァァ!!

「っぐぅ……!」

 ズブズブと自身の体に入り込む鉄の塊に、サンは思わず唸り声を漏らす。そして、彼は大きく後退し、腹部に自分の炎を獣発させた。

 じわじわと治癒していく彼の腹部。そんな様子を見ながら、0号は呟く。

「……懐かしいなぁ」

「……懐かしい? 何がだよ?」

「いや、昔にいちゃんみたいなやつと戦った気がするんだよなぁ。でもどうしても詳細には思い出せねぇ。やっぱり記憶がないと寂しいもんだな」

「……あんた、記憶が、ないのかよ?」

 するとサンは、まるで信じられないようなものでも見るような目で、0号を見つめる。なんでそんなに驚いてるんだ。こいつの身近に記憶がないやつはいないのか。そんなことを思いながらも、0号は、真っ直ぐに剣を構えながら続ける。

「ああ、断片的にはあるんだがな。まあほとんどないみたいなもんだ。……どうしてそんなに驚くんだ? 兄ちゃん」

「だって! そんなはずないよ!」

 ――キィィィィン!

 激しく交差するサンと0号の武器。そんな剣戟の中、0号は問う。

「はあ? そんなの、何でにいちゃんが決めんだよ。だって当の本人は覚えてないって言ってるんだぜ。そりゃ記憶もないだろうよ」

「だって、記憶がないってことは、あんたは、何の思いも信念もなく、ここに立ってるってことだろう。誰かの言いなりだかなんだかでずっとこの場所を守ってるってことだろ?」

「……まあ、そうだな。ラキュラだかなんだかに言われてずっと守ってるが……何が言いたい?」

 ――ガァァァン!

 サンは力強く0号の剣を弾く。そして、彼は0号の目を真っ直ぐに見据えて、叫んだ。

「だったらあんたが、こんなに強いはずないだろ!」

「はぁ?」

 ――ギィン! ギィン! ギィン!

 苛立ちに任せて、刀を振るサン。0号は、それを必死に受け止め続けた。そんな中、サンは刀とともに言葉をぶつける。

「空で誰かがあんたに信念がないって言ったの聞いたけど、俺はそうは思わなかった! あんたの剣はこんなに重かった! これは守るものがあるやつの剣だ! ちゃんと思い出せよ! あんたの大切なもんを! 俺は、誰かに命令されたからとか言う腑抜けた信念を、超えて行きたいとは思わないぞ!!」

『………こいつは一体、何がしたいんだ?』

 サンの連撃を耐えながら、内心でそう呟く0号。目の前の男は、まるで全てを見透かすような眼をして、自分に思い出せと言った。自分の大切なものを。そんなことしても、彼には、なんの意味もないだろうに。

 どこか身に覚えのある、少しの汚れもない澄んだ瞳。そんな瞳の不思議な力に当てられて、自分が0号として生まれたところを思い浮かべる。

『ほお、これで完成か。見ただけでわかる。こいつは使えるな』

 真っ白な肌に赤い瞳。そう、こいつがラキュラだ。一眼見ただけでなんとなくいけすかない野郎だなと0号は思った。しかし、歯向かおうと考えるだけで、体に力が入らなくなるので、特に敵意も持たなくなった。

 ――だからこそこいつじゃない。なら俺の守るものってのは一体何だ? 一体誰なんだ?

『あんた、俺のこと覚えてないのか?』

 その時、0号の頭に、彼が目を覚ました時ラキュラの隣にいたもう1人の男の顔が浮かんだ。茶色い長髪に尖った耳。すっかり声変わりしてしまった声。どうやら自分のうちに秘めた本能は、ちゃんと彼に気づいていたらしい。ちゃんと奥底ではわかっていたのだ、この橋を守ることが彼を守ることにつながると。しかし、頭では顔を見ただけじゃ思い出せなかったようだ。――だって、無理もないだろう。

「…………まさか、あんなにデカくなってるとはよ……おもわねぇもんなぁ」

 ――ガギィィィン!

 今度は0号が自らの剣で力強くサンの刀を弾いた。先ほどからさらに重さを増した剣にサンは驚き、大きく退がる。すると0号はその表情にニタリと笑みを浮かべ、目の前の彼に尋ねた。

「おい、兄ちゃん。あんた、名前、なんていうんだ?」

「……俺の名前は、サンだ」

「なるほど、ありがとなぁ、サン! 他なんてどうでもいいほど大事なもん思い出したぜ。だだなぁ、サン。ここから俺はもっと強くなるぞ。ちゃんと着いてこいよ?」

 0号の言葉にサンは両方の手に持つ刀を握りしめた。そして彼もまた、表情に笑みを浮かべ、言葉を発する。

「上等!」
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