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研がれし剣は継がれゆく

もう、いいよ

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 ――キィン! キィン! キィン!

 一方、橋の上で0号と刃をぶつけ合うリサメ。もちろん彼には、ヤドが来たことを把握することができる余裕などない。ただ今まで彼よりも遥かに上昇した0号のパワーとスピードに、ついていくのが精一杯だった。

 そんなリサメのことをどこか退屈そうな眼差しで見つめる0号。彼は、剣を合わせながらも、どこか抜けた様子で、リサメに尋ねた。 

「なあ、にいちゃん。一体これでよぉ、何回目になるんだろうな?」

 何がだ。必要以上に声を出したくないリサメは、0号に目でそう訴えかける。すると、それが伝わったのか、0号は、剣をぶつけ合いながら、リサメへ言葉を続けた。

「俺とにいちゃんが戦った回数だよ。10を超えてからめんどくなってかぞえんのやめちまった。ただ、日を空けて来てたから3日連続ってのははじめてだよな。俺はなぁ。にいちゃん。あんたと戦うとな。なんだか懐かしい気持ちがしたんだよ。だからまた戦いたくていつも殺すまで追い詰めるようなことはしなかった。けれど、その理由がさっきわかったぜ」

 ――ガキィィィン! 

 0号の剣とリサメの左手の甲の剣が激しくぶつかり合う。リサメはヘスティアの能力によって、そこから0号の獣力らしきものを吸い上げていった。しかし、0号はそんなリサメの行動を歯牙にもかけることなく彼の右手首を見つめる。

「その腕輪の原因だったんだな。どういうやつだったかちゃんと覚えてねぇが、俺が唯一負けた戦いの相手が、そんな力を持つ剣を使ってた。そして、にいちゃんの力も、その剣によるものってわけだ」

「…………」

 リサメは、0号から十分力を吸い出し、再び間合いをとった。そして目の前の敵のことを睨みつける。彼とは何度もこの橋で戦闘を重ねてきた。だからこそ分かる。この0号は、いつもと比べてはるかに饒舌だ。まるで、何かを伝えようとしているかのように。

「別に警戒するなよ、にいちゃん。ただここまでおっさんの遊びに付き合ってくれた若者に、俺は助言したいだけだ。別に俺は誰彼構わず殺したいわけじゃない。にいちゃん。俺も似たような剣を使ってた記憶があるから分かる。その力は、適性がないやつには劇薬だ。だから」

 ――ガキィィィン!

 リサメが一度間合いを取ったのにも関わらず、0号はそれを一瞬で詰めて、リサメに斬りかかった。それを体勢を崩しながらもどうにか防ぐリサメ。0号はそんな中、武器越しにリサメに言葉を放つ。

「早くそれを手放しな。じゃないと、にいちゃん、その力に殺されるぜ」

「…………」

 リサメは、その言葉をゆっくりと脳内に噛み締めた。彼が言ったことはヘスティアと全く同じだ。だからこそ、ヘスティアが言ったことは、決して自分に無理をさせないための嘘ではないということがわかる。自分が進む道の先には、確実に死が待ち受けている。

 リサメの目に二筋の涙が流れた。0号はそれに気づきつつもそれを決して揶揄することなどしない。

 ――ッガァァァァン!!

 0号の剣を、自身の刃に力を込めて弾くリサメ。そして、彼は腕輪に触れながら静かに言葉を発する。

「――恩を返したい、人がいるんだ」

 するとその腕輪からさらに青い光が発せられ、それはリサメを覆っていった。そして次々と体の外側を突き破って剣が生えてくる。ノコギリザメの獣人、リサメ。その力の暴走の代償は、体を突き破るほどの、ノコギリ型の剣の顕現。

『そうかい、それがにいちゃんの意志かい。それなら、覚悟を決めた男に、口を挟むのは野暮だわな』

 0号は心でそう呟きながらも、剣を下げ、じっとリサメの様子を観察した。そんな0号に対して、リサメは掠れた声で続ける。

「……その人は、いつもいつも、自分のことを後回しにして、僕たちのことばかり考えてくれたっ!」

 ちなみにこの掠れきった色のない声は、離れているヤドたちには届いていない。ただそれでもリサメは、言葉を続ける。まるで自分の命を、絞り出すかのように。

「……その人は、身寄りのない僕たちを引き取って、かけがえのない日々を与えてくれたっ!」

 背中からいくつもの剣が彼の肉を突き破って現れてくる。勢いよく剣とともに噴き出す血。リサメは、どこか遠くなる意識のなか自身の右手を掲げた。このぐちゃぐちゃになった右腕に伸びた剣で、いつでも、敵を攻撃できるように。そして彼は、叫ぶ。

「……だからっ、僕はっ! 先生が笑って生きられる明日を! 取り戻さなきゃいけないんだ! みんなの代わりにィ! この命にかえてもォ!!」

「……若いな。そんなこと望んでねぇぜ。育てたやつは」

 0号は、そう静かにつぶやいて、剣を構えた。いつでもリサメの攻撃に対応できるように。

 リサメを覆う青い光が、次第に輝きを増していく。もうすぐ、神剣の全ての力がリサメに注がれる。そしてその力全てをリサメを出し尽くした後に、彼はおそらく死を迎えてしまう。

 ――ガシィィ!!

「……え?」

 しかしその時、とある男が、リサメの手首をその腕輪ごと掴んだ。そして男は、どこか優しい顔を浮かべながら、穏やかに言葉を紡ぐ。

「――もう、いいよ。もう頑張らなくていい。もう傷つかなくていい。もう誰一人として、命を落とさなくていい」

 その手首からじんわりとした炎が放たれ、リサメの手首に伝播した。その炎は、暖かくて、頼もしくて、リサメは不思議と心が穏やかになり、なんだか、意識が遠くなっていく。そしてそのまま、男の方へと倒れ込んだ。

 その男は、もたれかかってきたリサメをそっと寝かせると、大きな赤い翼を広げて、その剣に炎を灯した。そして、その男、サンは、真っ直ぐに0号を見据え、静かに呟く。

「ゆっくり休んで。こいつはさ、俺が絶対、やっつけるから」
 
ーーーーーーーー

 ――カランカラン。

 場所は戻りユニとネクが待つ宿屋の食堂。ユは、米一粒たりとて残さぬよう器をかきこんでいる最中シェドが外から戻ってきたことに気づく。

「もが、あ、ふぇどー!」

「……ユニ、飲み込んでからしゃべって。喉詰まらせるよ」

「ふぁあ、ふひません、ほみこみまふ」

 そうしてゆっくりとものを噛むユニの目線をたどり、ネクはシェドの方を見る。サンを呼んでくると彼は言っていた。それにもかかわらず、シェドは、一人で戻ってきていた。そんな彼を見て、ネクは、全てを察知する。

 シェドは、スタスタとネクとユニのところへ歩いてくると、両手を机につけた。そして一つ大きなため息をつき、2人に言葉を放つ。

「2人とも出る準備しろ。今から橋に向かうぞ」

「――モグモグゴクン。へ? サンを呼んで作戦立ててから行くんじゃなかったんですか?」

「予定変更だ。ん? なんか食膳と食器増えてないか?」

「宿屋の方が食べっぷりを褒めてくれて、もう一食サービスしてくれました」

「……お、おう。良かったな」

 こいつ今日戦い行くってこと忘れてんのか。呆れたような目でその食膳とユニを眺めるシェドに対し、ネクは優しく声をかける。

「……シェド。サンはもう、先に行っちゃったの?」 

「ああ、あいつにはもう全部話したよ」

「……そっか」 

 思う通りにならない苛立ち、自分が誰かを犠牲にすることを選んだことへの罪悪感、そしてもう誰も騙さなくていいということの安堵感。色々なことがないまぜになった彼の表情を理解できるのは、きっと自分しかいないだろう。ネクはそんなことを思った。

 シェドは、自分のことを静かに見つめるネクに対して、自分の心が全て見透かされているような気がして、つい目を逸らす。そんなシェドに対して、ネクとシェドの心中などに想像もついていないユニは言う。

「え! シェド、サンに言っちゃったんですか。ちょっとー、秘密にしようって言ってたじゃないですか」 
「……………悪かったな」 

 こいつ、絶対さっきまで忘れてたくせに。シェドは、冷めたような目でユニを見ながらも、怒っては負けな気がして必死で感情を抑える。そしてそのまま彼は2人に言った。 

「まあとにかくサンはもう向かってるんだ。俺たちも早くあいつに追いついて戦闘に加わろう。まあ助太刀がいるかどうかは、行ってみないとわからないけどな」

「わかりました! じゃあ上に行って荷物取って来ます!」

 いそいそと席を立ち上がり、自分の部屋へと戻るユニ。別に、後で戻ってくるから、全ての荷物をとりだす必要はないのだが。シェドはそう思いながら、ユニの後ろ姿を眺めていた。

「……シェド」

 そんな彼にネクはそっと声をかける。シェドはそれを聞いて視線をユニからネクに移した。そしてネクは、どこか不安そうな顔をして尋ねる。 

「……えっと、その……大丈夫?」

 『大丈夫』彼女が放ったのはこの3文字だけだった。しかし、ネクがシェドの表情を見て何があったのかわかるように、シェドもまた、そんな3文字だけで、彼女が自分の何を心配しているのか分かるのだ。彼はなんと答えたものか考えながらも、ネクに対して言葉を発する。

「まあ、そうだな。確かに筋書き通りにはいかなかったよ。でも、それほど悪い気分じゃない」

「……そう。それなら、よかった」

 ネクは、シェドの顔を見て、優しく、穏やかな笑みを浮かべて、そう答えた。 
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