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研がれし剣は継がれゆく

分かんなかったたけど、なんとなく分かった

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ーー過去ーー

「あ、父さん!!」

 ブナが家に戻ると、一人の子供が彼に手を振り笑顔で出迎えた。ブナは、そんな彼に言葉を返す。

「よお、ヒノク。相も変わらず元気だねぇお前は。どうだ? 俺が離れている間に、少しは剣の腕は上がったか?」

 ヒノクはまるで自分の描いた絵を見せたがる子どものように、満面の笑みを浮かべて、ブナに言葉を放った。

「うん! 今から見せるよ! きて、父さん!」
「おいおい、帰ってきたばかりなのにもう外に出すのか? まあ良いけどよ」

 腕を左右に揺らしながらも、ブナの手を引くヒノク。ブナは、それに付き添いながらも、我が子を独り置いてきていた家の中を見た。縫い針などの裁縫道具に、何かの汁に漬けられた動物の死骸。まあ子どもの趣味に口を出すつもりはないが、やはり友達と楽しくやっているというわけではなさそうだ。

 ヒノクに連れられ、庭にやってきたブナ。目の前には自分が息子のために作った短い木製の柱に藁を巻いた打ち込み台がいくつかある。ヒノクは家から一本の木剣を持ってきた。そして、それを手に持ちながら、ブナに対して言葉を放つ。

「見ていてね! 父さん! とりゃぁぁぁ!」

 ――バシィン!

 ヒノクの木剣が打ち込み台にぶつかり、大きな音を立てる。随分と良い攻撃を放つようになったものだ。昔教えた時よりも格段に良くなっている。おそらく自分がいない間も毎日稽古に取り組んだのだろう。

「随分良くなったなぁ。ヒノク。もうその辺のやつにバカにされても負けないだろう」
「うん! 後他にも出来ること増えたんだ! 見て行ってよ! 父さん!」
「おいおい若いなぁ。おじさんはもう疲れちまったぜ。まあ、良いけどよ」

 そうしてヒノクは、ブナに練習で身についた剣技を全て見せた。ブナは、基本的に自身のギルドの活動によって家には帰ってこない。だからこそ、この剣の鍛錬は、離れている二人を繋ぐ親子の絆に他ならなかった。

 それからしばらく時間が経ち、ブナとヒノクは、ベランダのような所で休んでいた。適当に外で買ってきた飯を食べながら、久方ぶりの親子の会話に花を咲かせる2人。そんな中ヒノクがどこか気まずそうな表情を浮かべながら、唐突にブナに尋ねた。

「ねえ、父さん。一つさ、聞きたいことがあるんだ?」
「この妖精族の国デンドロンではさ。みんな木属性魔法を使うじゃん。そしてさ、この国の軍にいる強くて有名な人はさ、ショウユマホウ?とか使ったり木とかいっぱい出して戦うでしょ。でも父さんは基本的に剣しか使わないじゃん。それはなんでだろうって思って」
「あーなるほどなぁ。んー、なんて説明したもんかなぁ」

 ブナはヒノクの質問に頭を掻いた。自分も碌でなしとはいえ、親といえば親だ。だからこそ、なるべく息子には情けない姿を晒したくはない。けれども、ブナは頭のどこかでわかっていた。今やっていることを思えば、自分はいつ死んでもおかしくない。それを思えば、なるべく息子には、自分のありのままの背中を見せていくべきだとも思えた。

「よし分かった。教えてやるか。いいかぁ、ヒノク。お前の父さんはな。まあこの国で他に類を見ないほど魔法の才能がなかったんだ」

 するとブナは、立ちあがり自身の剣を抜いた。当時のブナは、まだ『神剣』を有していない。今の剣はギルドの活動にてどこかのゴロツキから奪ったものだ。ブナは、自身の体と剣に緑色のオーラのようなものを纏った。

 ――ゾクゾクゾク。

 父が放っていた静かで強かな闘気を、ヒノクは感じ取る。そんなヒノクに対し、ブナは息子を安心させるために和やかな笑みを浮かべながら。剣を構えた。

「ただなぁ。そんな俺でも必死で戦う方法を探した。そして、見つけたんだ。こんな俺でも魔力の総量だけは常人の数倍あってな。あとは独学で、魔力そのものを扱う方法を探した。そういう文化が獣界にもあったから、行って勉強しに行ったりしてな。そして、ヒノク、父さんはこんな力を手に入れたんだよ」

 ――ザバァァァン!!

 ブナは力一杯剣を振り、打ち込み台の一つを上下に真っ二つに両断した。

「あ」

 するとブナは、その打ち込み台を眺めて、小さく声を漏らす。しまった。息子の前でカッコつけるために、一個壊しちまった。作るのだって楽じゃないのに。あーあ、出発の前にまた一つ作ってやらないとな。そんなことを心の中で呟くブナに、ヒノクは、キラキラと目を輝かせながら、言葉を放つ。

「え! すごいすごい! すごいよ! 父さん! そっか! そうなんだ! 力を纏うだけでこのまでの威力が出るんだね!」

 まるで捲し立てるように早口になりながらも、父親に感動を伝え続けるヒノク。まあ、こいつがこれほど喜ぶ顔を見れたら、打ち込み台の一つぐらい安いもんか。そう思い、ブナはヒノクの頭にポンと手を乗せる。

「まあ俺から見た感じお前には魔法の才能がありそうだから、必要ないとは思うけどな。一つの戦い方として覚えとけ。この戦い方を始めてからは、一応負けたことないしな。俺は」

 そうして自身の剣を鞘に収めるブナ。ヒノクはそんな父の話を聞きながらも、じっと斬られた打ち込み台を眺めていた。するとヒノクの頭にある疑問がよぎるのだった。ヒノクはそれを父に尋ねる。

「あれ? でも父さん。一つ聞いていい?」
「ん? なんだ、ヒノク」
「どうしてさ、父さんは、そうまでして戦うことを諦めなかったの? だって、みんなと違うまま強くなるって大変なことでしょ。それなのに、なんで」
「あー、そっか、なるほどな。うん、そうかそうか」

 あまり子どもらしくないことを聞いてくるなと思った束の間、ブナは、何故彼からこんな質問が飛び出したのか理解した。きっと自分の息子もまた、他者との違いを抱えていることで苦労しているのだろう。彼は普通とは違う趣向を持ち、また、普通とは違う親を持っている。そんな彼に、いつもそばにいてやれない親として、自分が残せることは何か。

「いいか、ヒノク」

 ブナはベランダに座り直し、じっと我が子を見た。そして、彼は続ける。

「男にはな。どうしても戦わなきゃいけない時が来るんだ。そん時にな。やれ才能がないだの実力がないだの言って、逃げ出すことは難しいことじゃない。でもな、そん時には間違えなく試されてるんだよ。自分自身が」
「試されてる?」

「ああ、だからこそ、備えておくんだ。自分の人生で筋の通った一本の槍を磨いておく。そして戦う時、その立派な槍を胸張って相手に突きつけんのよ。これが俺だって、相手にぶつけてやるんだ。そうするとな……そうすると……どうなるんだ? 自分で言っててわかんなくなってきた」

 どこか、良い言葉を残そうとして、ブナは最終的に自分が何を言いたかったのかわからなくなってくる。いつも出撃の前の挨拶とかを面倒がって部下に任せるからこうなるのか、ブナは今更になって、今までの自分を後悔した。

「はははははっ」

 そんな父親を見て、ヒノクは笑顔を浮かべた。なんで笑ってるんだ。そんな疑問を浮かべながら息子の方を見るブナ。するとヒノクは自身の父親に向かって、その笑顔を向けながら、こう返した。

「なんとなく分かったよ。父さん。分かんなかったけど、なんとなく分かった」

 それは離れて暮らしていたとは思えないほど、どこか頼もしく、爽やかな笑顔だった。きっと、道さえ間違えなければこいつもまた、この理不尽な世界を変えられるような人間になれるだろうと思った。

「そうか、それならよかったよ、ヒノク」
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