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研がれし剣は継がれゆく

きっとシェドのせいですよ

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「……ここが、そのヤドって人が言っていた集落?」

 ネクは、目の前に広がる家々を見てそう呟く。どの家もどこかしらには破損の後が見られ、荒廃した様子を思わせていた。まるで、カニバルのスラム地、ハクダのような。

「ひどい様子だが、とりあえず辺りを見て回るしかないな。何でこんなことになってるかは、住民に聞くしかない」
「うわぁぁぁぁ! 化け物だぁぁぁぁ!」

 すると男が現れて、シェド達に対してそう叫んだ。シェドは、後方を確認した後、その言葉が自分達に向けられたものだと理解する。

「化け物、俺たちがか?」
「きっとシェドのせいですよ。シェドがいつもそんな怖い顔してるから間違えられるんです。僕ですら、たまに夢にシェドみたいな化け物出てきますもん」
「うるせぇなぁ、黙ってろ」

 そんなのんびりとした会話を2人がしている間に、男は、慌てふためいた様子で言葉をつづける。

「なんだよ! もうやめてくれよ! 俺たちが何したっていうんだよ! もうこれ以上、俺たちの日常を壊さないで――」
「うるっさいわい!」

 ――ガツン。

 するとその男の頭が杖のようなもので思い切り殴られた。シェド達は、その杖の持ち主に一斉に視線を向けた。そこには、長く伸びた白い顎髭と大きく真横に伸びる口髭があった。おそらくナマズの獣人だろう。

「よく見てみなさい。普通の若者達じゃないか」 

 ナマズの獣人は、一つ大きなため息をつくと、シェド達の方を向き直り、和やかな笑顔を向けた。

「すまないねぇ、旅の方。せっかくこのシーラに来ていただいたのに、失礼な真似をしてしまって」



 後から話を聞くと、このナマズの獣人、ナマズラは、この集落の長老的な存在ということだった。そしてシェドたちは。このシーラで何が起こっているのかを知るために、彼に話を聞くことになった。 

 ナマズラの家はこじんまりとした物だったが、やけに落ち着きがあり、その柔和な様子が、彼の雰囲気に合っている。ただ、そんな客室に、白い布で包まれた何かに大きな持ち手が付いたようなものが置いてあり、その置物だけが、どこか異様な雰囲気を放っていた。

「いやぁ、本当に申し訳ないわい。うちのものはみんな色々と臆病になってしまってのぅ。魚人以外の獣人を見ると、どうしても過剰に反応してしまうんじゃよ」

 そう話しながら、ナマズラの娘と思われる模様からしてクマノミの獣人が、シェド達の前にお茶とスルメを置いた。茶菓子としてスルメはどうなんだと思ったが、海の幸で恵まれているシーラならそういう文化もあるのかもしれない。

「まあ、これだけ被害が大きければ、そうなるのも無理はないのかもな」

 シェドは、港やこの集落の様子を振り返ってそう呟いた。そんな彼にネクが言葉を続ける。

「……うん、ほんとに酷かった。ねぇ、ナマズラさん。教えて。シーラに、何があったの?」
「ほう、興味があるかい。そうだのぅ。何から話そうか」

 するとナマズラは開け放たれた窓をじっと見つめた。そして、言葉をこぼす。

「君たちには、ここからあそこの黒い城が見えるかい?」
「黒い、城。ですか?」

 ユニはナマズラの言葉を繰り返しながら、じっと外に目を凝らす。すると確かに、霧の中にくっきりと大きな城が見えた。

「あ、ありました! 霧で気づかなかったですけど大きいのがありますね!」
「……私も見えた」
「あーあれか。それで、あの城がどうしたんだ?」
「あーそうじゃなぁ。あの城ができてから、シーラは随分変わってしまったんじゃよ」

 そしてナマズラは遠い目を浮かべながら、とつとつとシーラでの出来事を語り始めた。

「あれは1ヶ月前ほどか。我々が気づかぬ間に、あの巨大な城が出来上がっておった。しばらくやけに黒い霧が発生して変だと思ったんじゃがな。そして、それから一週間経ったころあの悲劇が起こった」

 ナマズラは何かを耐えるようにし、ゆっくりと瞬きをした。そして、茶を少し口にしながら、言葉を紡ぐ。

「思い出すのも忌々しいわい。ある時コウモリの羽を持った小僧がな。急にシーラに降りてきたんじゃ。そしてよくわからん生物を引き連れて、シーラの獣人を何人も何人も攫って行った。わし達は必死で抵抗した。けれど奴らには敵わなかった。そうして沢山の獣人が奴らに攫われてしまったんじゃ」

 ナマズラの話を聞きながら、ネクはシェドの耳に口を近づける。

「……スカイルの時と、全く一緒だね」
「そうだな。コウモリの羽もサンにあったやつと照らし合わせるに、ラキュラで間違い無いだろ」

 ひそひそと会話をする2人。ナマズラは、そんな2人に気づく様子もなく、拳を握りしめる。

「しかもなぁ。それだけでは飽き足らず、奴らは、太陽までも奪って行ったんじゃよ」
「太陽を、ですか?」

 発言の意味を汲み取れず、ユニはナマズラの言葉を繰り返す。ナマズラは、ユニの言葉に深く深く頷き、言葉を続ける。

「そうじゃ。ここは随分と暗くて驚いたじゃろ。けれどこれは決してシーラ特有の気候ではない。あの城からな。忌々しい黒い雲が発生してるんじゃ。なんでもあのコウモリの男は闇の中で力を蓄えなければ、日中活動ができないらしい。だからもうしばらくは、子どもたちも太陽の下を走れていないんじゃよ。外にはまだ化け物もおるしな」
「……そんなの、酷すぎますよ」

 ユニは拳を握りしめてそう言葉をこぼした。彼は幼い頃から体が弱かった。だから知っている。世界を走り回りたいのにそれができない苦しさを。ユニは、怒りで肩を震わせた。

「なるほどな。全部、そのコウモリ野郎のせいってわけか」

 シェドはそう呟いた。寝覚めの悪い話に彼は眉を顰めながらも、ナマズラに問う。

「でもそんなことされたらあんたたちだって黙っちゃ居られないはずだろ。ラキュラに一泡吹かせようとは考えなかったのか?」
「考えたさ。それで何度もあの城に攻め入ろうとした。だが、あそこに橋があるじゃろ」

 ナマズラにそう声をかけられ、シェドたちは窓を見つめた。すると確かに城に繋がる道として、長い長い橋ができていた。シェドは問う。

「ああ、あれか。あれがどうしたんだ?」
「あそこにな。それはそれは強い化け物がおるんじゃ。シーラを攻められた際もそいつは現れてな。コウモリの男どもはそやつを0号と呼んでおったよ。そいつが守っておるせいでな。誰も城に攻め入ることができん。何度もやつに返り討ちにされたんじゃよ」
「……0号、ですか」

 ユニはナマズラの言葉を呟く。確かにレンシたちも自分の兄やディーのことを番号で読んでいた。だからそれぞれの改造獣人に番号が振られているとは思っていたが、0号とはどういうことか。

「ああ、そうじゃ。けれどな。今まで何もできやしなかったが、ワシらはもうすぐ奴らの悪行を止めることができる!」

 強く拳を握りしめ、ナマヅラは決意を胸に秘めて言葉を放つ。

「明日の朝、ワシ達はシーラの他の集落からも強者共を集めてとうとうあの0号に少数精鋭で攻撃を仕掛ける! シーラの腕寄りのものが集まって奴を襲撃するんじゃ。だからな、旅の方。明日の朝までにはここを出発することをお勧めするよ」

 シェドたちに向かって優しい笑みを浮かべるなナマズラ。そして、その瞳の奥には確かな闘志が宿っていた。しかしシェドは、そんな瞳を目にしながらも、彼らがその0号とやらに打ち勝ち、あのラキュラたちに勝つイメージを、浮かべることができなかった。
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