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夜の闇は日々を侵す

別に名乗るほどのものでもないけどな

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 サンは、目の前の惨状を見て激しく肩を震わせた。遅かった。それを察知するのは簡単だった。どれほど駆け足で急いだとしても自分は間に合わなかったのだ。頭の中に、ジャカルが槍で貫かれた姿が浮かぶ。何で、自分はいつもいつも、間に合わないんだ。

「クッソォォォォォォォ!」

  サンは足に力を込めて、思い切り地面を踏み出す。その圧倒的な速度をヒノクとナヅマは目で追うことができなかった。サンは刀を顕現させて、ラキュラに斬りかかる。

――ガキィィィン。

 ラキュラは、フラフラとした足取りで、サンの攻撃を受け止めた。

「早いな。貴様がハデスの言っていた、ターゲットAか」
「またハデスかよ! 一体誰なんだよ! そいつは! それと、お前は一体何なんだ!」

 そのまま自身の刀で連撃を重ねるサン。ラキュラは、そんな彼の攻撃を大した動きもなく軽々と受け止める。

「名乗るタイミングを与えなかったのは貴様だろう。俺はラキュラ、貴様が倒したレンシの組織の長だ」
「お前が! ふざけるなよ! こんなにたくさんの人を傷つけて、一体何がしたいんだ! お前はここで、俺が止めてやる!!」
「ふっ、止めるだと? この程度の力でか?」

 ――カァァァン!

 ラキュラは、自身の剣に力を込めて思い切り真横に薙ぎ払う。サンは後方へ大きく突き飛ばされ、その力に驚く。目の前の男は、グランディアの獣人というわけではない。身に宿る腕力にそれほど力はないはずだ。とするならこれは体を覆う獣力の差ということ。いや、彼の場合、獣力ではないのかもしれないが。

「レンシを倒しただけで随分といい気になっているようだな。こい。もはや動く力もないが、貴様程度、ここから動かずとも勝利することは容易い」
「ふざけるなよ! 陽天流一照型、木洩れ日!!」

 サンはありったけの獣力を体にこめて、その突きを放つ。

 ――キィィィン!

 しかし、ラキュラはいとも平然とその突きを真上に弾いた。

「クソ! 陽天流……。ん?」

 サンが瞬時に次の照型を構えた時、彼は、黒い水滴が自分の周りに漂っているのに気づいた。これは、ディーやレンシが流していた、黒い血だ。

「ファルの弟子といえど、奴ほどの視野は持ち合わせていないようだな。すでに貴様は、檻の中だぞ」

 ――パチン。

 ラキュラは左の手をサンに向け、指を鳴らした。するとその黒い水滴から黒い針がサンに向かって伸びていく。

「ブラッドジェイル」

 そして四方八方から伸びていく血の槍は、サンを貫いた。

「…………!?」

 しかし、サンの体からは少しの血が流れることもなかった。なぜならサンの体は、目の前でふわりと姿を消したからだ。その時ラキュラは、周囲に広がる炎と、背後に回ったサンの気配を察知する。

 サンは思い切り体を回転させ、目の前の敵に対し、あの照型を放つ。

「視野が狭いのはどっちだよ。陽天流三照型、日輪!」

 ――ズドン!

 だが、サンの刀もまた、ラキュラの元に届くことはなかったのだった。サンは、自身の腹に抱えた違和感に対し、視線を向ける。すると、ラキュラの足元に滴っていた血液から、太い槍が自身の腹に向かって飛び出していた。

「なるほど、センスはあるようだな。まさか、この実力差で俺の背後を取るとは」

 血の槍が液体へと姿を変えると、サンはラキュラの後ろに倒れた。ラキュラはそんな彼が倒れたことを理解し、小さく呟く。

「だがまだ、俺には届かない」

 そしてファルにやられた傷によりぐらりと頭を揺らし、倒れるラキュラ。そんな彼をヒノクが慌てて受け止めた。ヒノクは、真っ黒な血にその身を包まれた彼を見て大きくため息をつく。

「随分血を流しましたね。ラキュラさん。おいナヅマ聞こえるか?」
「聞いてるさ、何だよ?」
「今から俺は、ラキュラとそのカラスとツバメを連れて飛行船に戻る。だから、お前はターゲットAとファルの止めを刺しておけ」

「しょうがねぇな。ちゃんと連れてけよ。でも何で、この炎野郎とファルは連れていかねぇんだ?」
「何でって、こいつは再生能力持ちだろ? それにファルだって木属性の使い手だからある程度治癒魔法も使えるはずだ。捉えておく方が面倒なやつは殺した方がいい。まあ俺もこいつらの体を使えなくて残念でならないけどな」
「なるほどな、わかった。ほらよ」

 ナヅマから放り投げられるスアロとクラウ。ヒノクはそれを、体から枝のようなものを生やしてキャッチした。そして左の脇にスアロとクラウを抱え、ラキュラのことを右肩に担ぐ。そして、彼は粗雑な渡し方に対し、ナヅマを睨んで目で抗議しながらも、上空の飛行船に戻るため羽を広げた。

「ん??」

 その時ヒノクは自身の足が抱える違和感に気づく。足元を見ると、血だらけのサンが、彼の足首を力無く掴んでいた。

「……返せよ。……連れていくなよ。……俺の、大事な、家族なんだ」
「はっ」

 ヒノクは彼の言葉を鼻で笑うと、足を振るってサンの手を踏みつける、

「いっづぅぅ」
「バカ言うなよにいちゃん。大事だから? 家族だから? そんなんで助けて
もらえるはずがあるか。そんな綺麗な世界ならな、俺たちみたいなやつは誰1人生まれちゃいないんだよ」

 するとヒノクは羽を羽ばたかせ空へと飛び立った。ナヅマはそんな彼を見送りながら続ける。

「まあ、あんまりあいつに賛同したくないが、ヒノクの言う通りだな。弱いやつは奪われる。それが真理だ。さて、それじゃあ貴様らの命も奪わせてもらおうか」

 ナヅマは、その手に持つ金棒をサンに対して振り上げた。彼の頭を一撃で叩き割ろうとしているのだろう。サンは逃げようするが、その体はまだ再生途中で動かない。

 サンの頭によぎる死の気配。サンは思わず目を閉じ、自身の運命の顛末をじっと待った。

 ――ズガァァァァン!

 敵の金棒が響かせたのは、サンの頭を叩き潰した音などではなく、何かと衝突する音だった。

 何が起こったのか、サンは自身の目を開く。するとそこには彼がいた。

「何だ? お前、何者だよ」

彼はそのマチェットを力強く握りしめて、答える。

「別に名乗るほどの者でもないけどな。ただの死体に群がるしがないハイエナだよ」
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