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夜の闇は日々を侵す

あいにく俺は勝てぬ戦いはしない主義でな

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「やあ、久しぶりだな。ファル。前回の神獣会議以来か」

 一方その頃、ファル達の目の前に、とある男が何人かの部下を引き連れ、コウモリのような羽を広げて地面に降り立った。ファルは、咄嗟にクラウとスアロの前に出て彼らを守れる位置に立ち、その男に言葉を返す。

「そうだな。久しぶり、ラキュラ。今日はどんな要件で来たんだ? お前がスカイルへ出動命令を受けたとは聞いていないけどな」

 ――なんだ、何者だ、こいつ。

 スアロは、ファルの背中に隠れるようにし、彼と話している男を観察する。不気味な男だった。真っ白な肌に、真紅に輝く両目。口から長い牙が飛び出し、大きなクマの目立つ目で、無気力にこちらを見つめている。

 彼と共に降り立った2人の男もただならぬオーラを纏っていた。大きな体に二本のツノを携えた荒々しさを感じさせる男に、長髪をたなびかせ、虫のような羽を広げ、その身に静かな強さを感じさせる男。きっと彼らの誰と戦っても自分は勝てない。スアロは、そう直感で判断した。

「そりゃあそうだろうな。俺は決して神どもに言い渡されてここにきたわけじゃない。自らの野望を果たしにきたんだ」

「やっぱりな。珍しくペルセウスが五神獣の任命に口を出すからおかしいと思ったんだ。お前、やっぱり、最初から、この獣界を支配するつもりで、五神獣に加入したな」
「何か勘違いしているようだな。確かに俺は支配を求めて、五神獣に加入した。だがそれは、決してこのちっぽけな獣界を支配したかったわけじゃない。俺が、支配したかったのは……この世界全てだ」

 するとラキュラは、自身の腰に携えた剣を抜いた。美しい剣だった。コウモリの羽を催したような鍔に、真っ黒な刀身が着いている。そして奥の茶色の長髪の男もまた、まるで針のように細い刀身を持ったレイピアを抜刀する。

「……逃げろ。スアロ、クラウ。こいつらはお前達が勝てる相手じゃない」

 ファルは、腰につけた2本の刀を抜き、スアロとクラウにそう告げた。

「でも、ファル先生はどうなるの?」

「大丈夫だよ。クラウ。俺があんな奴らに負けるわけないだろ。だから早く2人は逃げろ」
「でも」
「いこう、クラウ」

 するとスアロは、クラウの腕を掴んで、一目散に逃げ出した。賢い子だ。ファルは思う。おそらく彼はわかっているのだろう。3体3で戦うよりも、庇うものが無い方が、ファルの本来の力を出せることに。

 全速力で逃げ出す2人を見て、ファルは安堵のため息を漏らす。しかし、そんな彼の耳に、ラキュラの言葉が入る。

「逃すわけないだろ。追え、ナヅマ」
「ああ、わかりました」
「行かせるわけないだろ!」

 ――ガン

 走り出すナヅマの前に立ち塞がろうとするファル。しかし、長髪の男ヒノクがそれを超える速さで、ファルに斬りかかった。

 慌てて自身の刀でそれを防ぐファル。その間に、ナヅマは、クラウとスアロに向かって真っ直ぐ走り去った。

 ファルはそんな彼に対し、内心で舌打ちをしながらも、目の前のヒノクに向かって、そう告げる。

「その羽根。妖精族だろ? 驚いたな。あの種族にオルク以外にもこれほど腕の立つ剣士がいるとは」
「かの伝説の剣士、ファルに言われたら恐縮だな。是非そのまま手合わせしてもらえるかい」

 ――カァァァン!

 ファルは、両の剣を持つ手に力を込めて、ヒノクのことを弾き飛ばす。ラキュラは、そんな様子を見ながら、ファルに対して言葉を発する。

「悪いな。ファル。あいにく俺は勝てぬ戦いはしない主義でな。こちらは2人で行かせてもらうが構わんな?」
「別にいいさ。それよりなんでわざわざスアロ達を追いかけたんだ? あのナヅマって男も結構な手練れだろ? だからこそ3人で戦った方が、もっと確実に俺をしとめられるはずじゃないか」
「ああ、それか」

 ラキュラは、無気力な目でナヅマが去っていた方向を見つめる。そして彼は、その目を再びファルに戻し、口を開く。

「あのツバメの方はどうでもいいんだがな。カラスの獣人は、何故だか知らんが、『ハデス』から生捕りにしろと命じられているんだ」
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