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蹄鉄は今踏みしめられる

すごい人だ、強い人だ!

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 獣力を纏った刀でユニを吹き飛ばしたサン。彼は慣れない力を扱ったために、少し体に疲れを感じていた。

 ――とはいえ、この分だとまだユニには勝てないな。一旦降参してまた挑んでみよう。

 そうしてサンは、ユニの元へ行き、立ち上がる手助けをしようとした。

 しかし、そこでサンは、ユニの纏う雰囲気がガラリと変わっていることに気づいた。

 ゆっくりと地面に手を突き立ち上がるユニ。彼は、これでもかというくらい口角の上がった満面の笑みを浮かべ、ギラギラと光る目を開く。

 先ほどの爽やかな雰囲気とは全く違う飢えた獣のようなオーラ。彼は、そんな空気を纏いながら、サンに対して言葉を発する。

「え? すごいすごいすごい! はじめてなんですよね? 獣力使うの? それなのにこんなに威力のある攻撃ができるんなんて、すごい人だ、強い人だ!」

 全く感じの変わったユニに、サンは思わず後退りする。ユニは、そんなサンヘ言葉を捲し立てる。

「ということは追い詰められたから強くなったってことですよね? サンはそういうタイプなんですよね? なら、やりましょう! 僕も全力を出すので、もっともっと戦いましょう」

 そしてユニは、自身の拳を引いて、グッとそこに力を込めるようにした。サンはそこに先ほどの大熊に向けて放った技と同じオーラを感じ取る。

「おいおい、流派の攻撃は禁止じゃなかったのかよ!?」

 そんなサンの言葉など耳には入らない。ユニはサンに向けて、サンに対して自身の全力を放とうとする。

「蹄鉄拳、黒鉄!」

 今の自分に彼のその技を受け切る力は残っていない。サンは、彼の打撃を腕でガードしようと顔の前でクロスした。

 しかしその時、一つの影が、凄まじいスピードで、サンとユニの間に現れる。

「そこまで!! 流派の使用は禁止にしたはずだぞ、ユニ」

 サンが顔を上げると、ラビが自身の右手でユニの拳を受け止めていた。ユニは、ラビの言葉に対して、興奮から肩で息をしながら、ラビに言葉を返す。

「いいじゃないですか! だってこの人強いんですよ! だからもっともっと僕は戦いたい」

 どうも先ほど蹄鉄拳を止めると口にした者と同一人物だとは思えない戦闘への執着だ。そんなユニに対し、ラビは、彼に諭すようにそう告げる。

「ユニ。今の感情のまま拳を振っても後悔するのはお前だ。そんなことは、お前が一番分かってるはずだろ」
「――あ」

 ラビの言葉が終わると、シュルシュルと鬼が抜けていくように、ユニに先ほどの爽やかな雰囲気が戻ってきた。

 ユニは、自身の拳を見て、すっかり我にかえり、慌てふためきながら言葉をこぼす。

「あ、すいません! ごめんなさい! サン! また、僕は、なんてことを」

 まさにオノマトペのようにペコペコと小さくサンに向かってお辞儀を繰り返すユニ。サンはそんな彼に対して、何度も気にしなくていいと、声をかけた。

 しかし、仕切りにお辞儀をした後にユニが小さく呟いた言葉を、サンは耳にとらえるのだった。

「ああ、もう、こんなんだから、僕は、蹄鉄拳をやる資格がないんだ」

 ユニの顔はひどくひどく、醜い自分を罵るようで、サンは何故か、そんな彼の顔を見て、ひどく心が締め付けられるのだ。

 
 ユニとサンが手合わせをした後、ネクの食事の準備ができたので、サンたちは、一度家に戻り、食事を摂ることにした。この『獣力』とやらをコントロールする修行は、また別日に行うということだ。

 ネクが作ってくれたのは熊肉をふんだんに使用した熊鍋だった。色とりどりの野菜が浮かべられた汁からは、熊肉特有の野生の香りが鼻の中まで広がってくる。

「うまそおー。もう食べていいの? ネク」

 サンが目を輝かせながら、子どものように言葉を発する。スカイルに出回ってくるのは、主に、鳥や豚や牛の肉ばかり。熊、鹿、鴨のようないわゆるジビエと呼ばれる食べ物は口にしたことはなかった。だから、彼は熊肉がどんな味がするのか胸を踊らせていた。

「……いいよ、サン。たくさん食べて」
「ネクの料理はいつも美味しいですからね! 僕も楽しみです」
「一回だけ、皮鎧が上手くいかなくて、全員血清沙汰になったことあるけどな」
「ラビさん! そういうことは言っちゃいけないですよ! せっかく作ってくれたんですから!!」
「……そういう人は、生の人参でも一生かじってればいい」
「悪かったよ、ネク。しっかしネクも随分と獣力のコントロールが上手くなったもんだ」

 各々好きに鍋を自身の皿に取り分けながら、談笑を始める一同。サンは、この鍋の中で器用に野菜だけを取り分け自分の皿に乗せるラビに尋ねる。

「ところでさ、ラビさん。まだ教えられてないんだけど、結局獣力ってのはなんなの?」
「あー、まあ教えてやるか。獣力ってのはな。俺たち獣人の体に眠り獣の特徴を発現させる力のことだ。ちなみにこの力には二種類の使い方があってな」
「獣発と獣出だな」

 大量の熊肉と、少しの野菜をその皿に詰めたシェドが、呟く。そんな彼を面白くもなさそうな目で見つめながら、ラビは続ける。

「人が気持ちよさそうに話してるのに割って入ってくるなよ。まああいつの言った通り、獣発と獣出がある。まあこの二つを簡単に説明すれば、獣発は力を使って獣の特徴を発現させる方法。獣出は、力を獣の特徴の発現として使わず、膨大なエネルギーとして出力し使用する方法だ。前者の方がメジャーでファルさんの視力強化や、お前の炎は獣発に当たる」

 なるほど、となるとアリゲイトの体の堅固さやゲッコウの再生能力も獣発に当たるのか。途中から熊肉の味に飽き、別の好物を見つけながら、サンは心の中で納得する。そして相も変わらずその食材だけをひたすら自分に取り分けながらサンは問う。

「じゃあ、獣出ではどんなことができるんだ?」
「その前にそんな白滝ばかり取るなよ。腹立つ。本来獣の特徴を発現するのには膨大なエネルギーが使われている。つまり無駄が多いんだな。だからそれを体に纏わせて身体能力の補助や防御に力の使い道を集中させるんだ。ちなみに密度を固めれば、その獣力で物を斬ったりできる」

「ラビさんだって野菜ばっかり摂ってるじゃないか。しかしなるほど、シェドの手で物が斬れるのはそういう理屈だったのか。シェドに鎖烈のこと聞いても、あいつ教え方下手でわからないんだ」
「だってぐぁぁってやったらざしゅってなるし、ぐぉぉってやったらズカンってなるだろうが。なんでそれでわからないんだ」

 シェドが不服そうな目でサンたちを見る。グランディアでジャカルも触れていたが、シェドは、人に何かを教えることに関しては、恐ろしく語彙が稚拙になる傾向があった。

 なおも構わず白滝を皿に詰めながら、サンは言葉を発する。

「普通の人はそれじゃわからないよ。それよりもラビさん。力の使い方はわかったけど、その獣力ってのはどうやって体から作り出すの?」
「ああ、それはな」
「……サンなら教えられなくてもわかると思うよ」

 ラビたちの冷蔵庫から、勝手に酒瓶を取り出し、それを自身のコップスレスレに注ぎながら、ネクがラビの言葉を遮る。

 不服そうなラビを尻目にサンも自分の頭で考えてみると、グランディアでのアリゲイトとの戦闘が思い浮かぶ。

「…………まさか、信念?」
「まあそうだな。正しくは、重いの力ならぬ思いの力だ。強い思いが、体に作用し、獣力が作られる。普通の格闘技の世界ならどれほど強い思いがあっても、身体能力で圧倒的に劣ってたら勝てない。だが、獣力の世界では、どれほど身体能力が勝っていても、思いで負けていれば勝てないこともある。これは、そういう力なんだ」

 なるほど、だから1回目はあんなにボロボロだったのにもかかわらず、2回目の戦いではアリゲイトに自分は勝てたわけか。サンは、ラビの言葉に深く納得する。そんな彼らの会話に再びネクが口を挟む。

「……思いの力といえばさ。ユナもそういう感情を力に変えるのが上手かったよね。シェド」
「そうだなぁ。あいつもクールだったけど、そういう技術は俺よりもあった気がするな。そういえば、ユナはどうしたんだ?」

 ユナ、聞いたことないな。サンは心の中で首を傾げたが、すぐ話に戻り、彼らの話に今度は耳を傾ける。

「あーえっと、それはだな」

 ラビが、チラリとユニを見ながら言葉を選ぶようなそぶりを見せる。そんなラビを見て、ユニは一度箸を止め、また寂しそうな笑みを浮かべながら、言葉を返す。

「兄さんは、だいぶ前から行方不明になってしまったんです。今日みたいな月の綺麗に見える夜に、行方不明になった子どもを探しに行ったきり、帰らなくなってしまいました」
「そ、そうなのか。ユナが」
「……そっか。見つかるといいね」

 ネクとシェドが、ユニの言葉を聞き深く動揺するような顔をする。2人の様子を見るに、ユニの兄であるユナという人物は、きっと周りから慕われるような性格の持ち主だったのだろう。

 少しだけ、場の空気が落ち込む。

 ――ユニには兄さんがいたのか。それは辛いだろうな。

 サンもまた、ユニが帰ってこない兄のことを心配する様子を思い浮かべて、箸にとった白滝をそっと自身の器によそる。ラビは、そんな憂鬱な雰囲気を感じ取り、ため息をつきながら言う。

「おいおい、久しぶりの客人だってのに、こんな空気になるんじゃねえよ。飯が不味くなる。おいユニ。冷蔵庫の野菜が切れてたから何人か連れて街に降りて買ってこい」
「また切れたんですか。絶対ラビさん野菜食べ過ぎですって、そのうち体も野菜になって光合成しだしますよ」
「うるせぇなあ。毎日700gはとらなきゃ気がすまねぇんだよ。早く行ってこいよ」
「普通は350g程度でいいんですけどね。わかりましたよ。みんなも行きますか?」

 そっか。ハビボルにも街はあるのか。妙な森にラビの家があったものだから、ハビボルを観光するということを忘れていた。サンは、ユニの質問に対して気前よく返事をする。

「いく! 連れて行ってほしい!」
「……私も行こうかな」

  そんなことをいう彼女の持つ酒瓶はすっかり空になっている。サンがそれを見て心の中で少しだけ引いていると、シェドが、ネクの言葉に続く。

「あー俺はもう少しここに残るよ。少し、ラビと話したいことがあったんだ」
「わかりました! じゃあ行きましょう! ネク! サン! ハビボルはすごく楽しいんですよ」

 こうして、ネクとサンとユニの3人は、ハビボルの街へと繰り出すのだった。

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