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蹄鉄は今踏みしめられる

努力の軌跡が今のこいつを形作っているわけか

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 それから数分ほどサンとユニの手合わせは続いた。しかし、結局サンはユニを傷つけることは出来ず、ただユニのパワーに振り回されるだけだった。

「そろそろ分かったか?」

 ラビは、ボロボロになったサン対してそう言葉を投げかける。しかし、その呼びかけに中々応じることができず、息を切らし、肩で呼吸をするサン。そろそろ潮時か、とラビはサンに対して言葉を続けた。

「まあ、難しいだろうな。俺たちの身に備わっている力、それを自覚するってだけでも普通なら何ヶ月かかかる。いいか、ユニの身体能力の正体はな――」
「その『獣力』ってやつがさ、ユニの身体を覆って強化してるんだろ?」
「!?」

 ラビは、サンの発言に驚く。サンの予想は当たっていた。今ユニには獣の力のエネルギーが薄く纏われて、彼の身体能力はそれによって強化されている。

 しかし、獣力は決して視認することは出来ない。だからこそ、操作ができるようになるには、長い鍛錬が必要なのだ。だが、このサンという男は、今この瞬間、獣力という言葉を得ただけで、その獣力の存在を知覚した。

 驚くラビをよそに、サンはぶつぶつ何かを呟き始める。

「確かにアリゲイトは固かった。でもあれはワニの能力だよな? いや、元々獣人は、獣というだけで、普通よりも身体能力は上がってるはず。ということはユニのやっていることは、その身体能力の向上をさらに強化したもの。とすると、俺が今持っている獣の力を、外に出すんじゃなくて、体内に留めておくイメージだ。――じゃあ、こんな感じか?」

 サンは、ゆっくりと目を瞑り、静かに刀を両手に持って構えた。そしてその瞬間、サンの体を取り巻く炎が消える。

「炎を消した? 一体何をしているんですか?」

 サンの行動に対し、不審に思うユニ。そんな彼に対し、ラビは静かに言葉を告げる。

「ユニ。しっかり体守っとけよ。こいつ、多分掴んだぞ」
「え?」

 そんな言葉など、集中を高めているサンの耳には入ってこない。そして彼は、自身の余分な力を排除して、獣の力を体に纏わせる方法をぶつぶつと模索する。

「ファル先生は照型を打つ時、それぞれの様子を頭で思い浮かべることが大事だって言っていた。木洩れ日だったらしっかり木々に差し込む日の光をイメージしろと。小さい頃はなんでかわからなかったけど、あれにも意味があったんだ。つまり、その獣力という力をコントロールするのに大事なのは、きっと、イメージ」

 そしてサンは、炎ではなく、エネルギーの波が自身の体をそっと包んでいく様子を想像し、自身の体にみるみると力が湧いてくる様子を感じた。きっと今の自分は、今までの自分より早く動ける。そんな自信が心の奥から迫り上がってくる。

 サンは、自身の目を開いた。そしてユニを真っ直ぐに見据え、刀を、動かす。

「はああァァァァ!」

 地面を強く蹴り、一気にユニとの間合いを詰め、刀を横に薙ぎ払うサン。ユニは、そんなサンの攻撃を察知し、腕を十字に構え、サンの攻撃を防ごうとした。

 ――ガキィィィン。

 しかし、ユニはサンの攻撃を防ぎ切ることができず大きく後ろに吹き飛ばされた。倒れることはなかったものの、ユニの腕は真っ赤に腫れ、防御に体力を使ったからか、かなり激しく息を切らしている。

「よっしゃ、うまく使えたかわかんないけど、傷一つぐらいの力は出たんじゃないか」

サンもまた大きく肩で息をしながら、そう言葉を発した。こうして、サンは、獣の力、獣力のコントロールの初歩を会得したのだった。


――驚いたな。

 目の前で刀を構えるサンを見て、ラビは心の中でつぶやいた。

 彼はファルから、ここに修行に来るサンがどういう人物かは、なんとなく聞いている。アサヒの封印によって最初は獣力を持っていなかったこと。そしてそんな絶望的な状況の中で、このサンが陽天流の修行を十年以上行っていたこと。

 アサヒの封印は、サンの獣力をゼロにするものではなく、彼の力の暴走を防ぐために限りなくゼロに近づけるものだったはず。だからファルもサンのそのわずかな獣力の残滓をうまく使えるようにするため陽天流を教えていたのだろう。

 だがそれは限りなく不可能に近い行為だ。陽天流の剣技は、その獣力を刀に纏わせて放つもの。肝心のその力の総量が少なければ、照型の発動は困難である。しかし、ファルさんの話によれば、このサンは、そんな状況の中でも一照型木洩れ日を完成一歩手前まで届かせたと聞く。

 ――なるほどな。努力の軌跡が今のこいつを形作っているわけか。

 ラビはそう思う。

 このサンという男、自分の中で仮説を立ててからの、行動の変容と実践が恐ろしく早かった。きっとそれは、彼が、今まで血の滲むほどのトライアンドエラーを繰り返してきた証拠だろう。獣力がほぼない状態から陽天流を使いこなす。その無謀な経験が、彼の今の努力の才能を開花させたのだ。

「おいおい、ファルさんよぉ。あんたさ、とんでもない才能を送ってきやがったな」

 サンのことをじっと眺めながら、セロリをまたひとかじりするラビ。そんな彼に対してシェドが言葉を発する。

「また随分感心した顔してんじゃねえか。ラビ。しかし、サンのやつあんなにコツを早く掴むとは思わなかった」
「全くだ。もしかしたらシェド。お前に追いつく日もそう遠くないかもしれないぞ」
「そうかもな。でもいいのか?」

 ふと、シェドがラビではなく、どこか別の場所を呆然と眺めながら、そう彼に尋ねた。ラビは何をシェドが言いたいのか察知できず、彼に問う。

「いいのかって、どういう意味だ。それ?」
「いや、こんな戦いしてたら流石に入るんじゃないかって思ってな。あいつのスイッチ。だからそろそろとめた方がいいんじゃないか?」

 そしてシェドは顎でぐいっとある方向を示した。

「ああ~、そうだったな」

 そこでラビは彼が何を言おうとしていたのかを理解した。そして慌てて地面を蹴る。

 そのラビの向かった方向には、目を輝かせ、拳を握りしめ、そして、周囲の空気が引き締まるほどの闘気を放つ、ユニの姿があった。

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