105 / 214
蹄鉄は今踏みしめられる
うわぁぁ、ほんとに美味しそうな熊ですね!
しおりを挟む――過去――
――ペガさんが死んだんだって。
ユニの師匠であり。ペガサスの獣人。ペガが死んだというニュースは、すぐにハビボル中に広まり、全員の知るところとなった。
なんでも、遠く彼方の地で、あるものを討伐する依頼を受けたところ、それにやられたということだった。
ペガの遺体は戻ってこなかった。だからペガの葬儀は、遺体を入れる棺なしで行われた。
ペガはたくさんの人に慕われていた。だからその葬儀では、多くの人が涙を流していたのを覚えている。ユニの兄であるユナも、拳を握りしめて泣いていたし、兄弟子であるラビも、普段涙を流さないのにも関わらず、ひたすらに嗚咽を漏らして泣いていた。
だがしかし、ユニの瞳からは、決して涙がこぼれることはなかったのだ。
彼はペガから大きな恩を受けていた。ペガは、暗い未来しか見えなかったあの場所から自分と兄を救い出してくれたし、たくさんのものを教えてくれた。ペガのことはユナにも負けぬくらい大好きな自信はあるし、今でも彼が居なくなった世界なんてユニには想像ができない。
だがそれでも、涙は出なかったのだ。
それよりもユニは、自身の心臓の激しい鼓動を抑えることができなかった。ペガが死んだという知らせを受けてからずっとこうだ。ユニはずっと何かに対しての胸騒ぎが止まらなかった。ペガの死を悼み、涙を流す人に囲まれながらも、ユニはずっと、何かに対してのワクワクを納めることができなかった。
――現在――
「なぁ、サン。ちょっと聞いていいか?」
ハビボルへの道中、森林の中を歩き、黒い立髪を靡かせながら、シェドは、サンに対してそう尋ねた。サンは、自らの顔をシェドに向け、言葉を返す。
「何だよ? シェド」
「いや、そういえば、何でハビボルにいくかしっかり聞いてないなと思ってな。サンは何であの国に向かってるんだ」
「ああ、言ってなかった。実はさ、ファル先生の紹介でさ、獣の力の使い方を教えてくれる人がいるんだ。だからその人に色々学ばせてもらおうと思って」
「ファル先生ってのは、ヴォルファと旅をしていた隼のファルだよな。とすると、あー、俺たちが誰のところに行くのか想像がつくな」
するとシェドは、顔を顰めてそう言った。ネクはそんなシェドを見て、僅かに微笑んで、言葉を発する。
「……ふふ、シェド、苦い顔してるね」
「2人は知ってるのか? ラビって人のこと?」
「……うん、知ってる。蹄鉄拳現当主、白兎の重拳『ラビ』。ヴォルファさんに鎖烈獣術を教わってる時に、何度か会ったことがあるの」
サンは、ネクの発言を聞き、ふと、シェドの苦い顔を見つめて、彼女に尋ねる。
「そうなのか。シェドが、こんな顔になる程、そのラビって人はヤバい人なのか?」
「……ううん、ラビって人はね、クセはあるけど別にシェドは何とも思ってないよ。ただね。そのラビって人の弟弟子が、シェドは少し苦手なの」
「へえ、そうなんだ。以外だな」
あのシェドにも苦手なものがあるなんてなぁ、と感心するサン。ちなみにこの時、彼の頭からはシェドに嫌いだと罵られたことは抜けている。サンの純粋すぎる脳は、人に向けられた悪意から順に記憶の奥底に仕舞われるようにできているのだ。
「グオォォアアァァ」
すると、3人の耳に、強烈な獣の吠える音が聞こえてきた。サンは、思わず耳を塞いで、体をびくりと振るわせる。
「え、何だよ。びっくりした」
シェドが眉を顰めながら、その獣の声に対し、反応する。
「多分これは、クマの鳴き声かなんかだろう。しかし、ずいぶん凶暴化しているな。なんかあったのか?」
「大変じゃないか! 行ってみよう! ネク、シェド」
「何でだよ。見たいのか? クマ?」
「違うよ! もし誰かが襲われてたら大変じゃないか!」
普通は、獣の吠え声が聞こえたからといっても、誰かが被害に遭っているところまでは考えない。ネクとシェドは、そんなサンの想像力に感心しながらも、サンと共に、声のした方へ向かうのだった。
「グオォォォォォ」
サンたちが着くと、そこには3メートルほどもある巨大な熊が立っていた。そしてその目の前には、一本のツノをその頭に携えた、おそらく馬の獣人と思われる男がいる。
――やっぱり誰かいたんだ。良かった。間に合って。
サンが心の中でそう呟く横で、シェドとネクは、まるでそんな男など見えていないかのように、のんびりとした口調で言葉を発する。
「おおぉ。随分とでかいクマだな。ありゃジビエ料理にするとベアリオが喜ぶだろうなぁ」
「……そうだね。あの人、熊肉料理好きだったから。あんなに酔ったらクマクマ言ってるのにね」
サンは、熊の目の前の男とシェドたちを交互に見て、2人に向かって慌てた様子で言葉を発する。
「何のんびりしてるんだよ、2人とも! 人がいるんだ! 早く助けないと!」
「助けるって誰をだよ?」
シェドはとぼけた様子でサンに尋ねる。サンは、熊がその男に襲い掛かりそうになる様子を察知し言葉を早める。
「そんなの決まってるだろ! あの角の男の人! このままじゃ熊に襲われる! 俺は行くよ!」
――ガシッ。
今すぐ駆け出しそうになるサンの右手をネクがしっかりと掴んだ。意外とある彼女の力に、サンは驚く。ネクは、微かに笑顔を浮かべながら、サンに向かって言葉を発した。
「…‥大丈夫だよ。サン。助けが必要な人なんてあそこにはいない。まあ見てて」
そう彼女に止められ、駆け出すことなく角の男の方を見つめるサン。するとサンは、その角の男が、熊に怯えることなく、強く拳を握りしめている様子に気づいた。男は、熊に対し、パァッとした顔を浮かべる。
「うわぁぁ、ほんとに美味しそうな熊ですね! これを持っていったらラビさんも喜んでくれるでしょう。すいません熊さん。お命頂戴いたしますね」
すると男は、瞳を閉じ、小さく深呼吸する。その時ようやくサンは、その男の溢れんばかりの闘気に気づいた。
――この人、強い。もしかしたらアリゲイトぐらいの実力はあるかも。
角の男は、地面を蹴り、熊の方に駆け出した。男の敵意に気付き、再び強く吠え声を上げる。しかし、男はそんな熊の叫びに足を止めることなく、瞬時に間合いを詰め、その鳩尾に拳を突き刺した。
「蹄鉄拳、黒鉄!」
そして彼の拳を受けたその熊は、一瞬にして目を白くし、仰向けになって倒れるのだった。
「中々運が良かったな。あれが、お前が探していたラビって人の弟弟子であり、ユニコーンの獣人ユニだよ」
幻獣図鑑6ページ。ユニコーン。一本の角を持った馬の幻獣。それが獣人になるとあんな風になるのか、サンは感心した目でユニという男を眺める。
そんなサンたちの様子にきづいたのか、ユニは、彼ら3人の方を向いた。そして、何か好物を見つけた子どものような無邪気な笑顔を浮かべ、シェドとネクを見て彼は言った。
「おお! シェド! ネク! 久しぶりですね! 元気してましたか!!」
3部スタート!!
でも4部の進行が少し遅れ気味なので、のんびり更新になると思いますが、それでもよろしくお願いします!!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
32
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる