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そして影は立ち伸びる

どんな理由があったとしても

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――現在――

 トゲが預けられているという施設は、ここスラム街にしては随分と綺麗な作りであった。もちろん決して広いわけではないが、その壁や屋根には決して穴など空いておらず、子どもが安全に住めるよう気を配っているんだなということは、分かった。

「あ、トゲ! 遅かったじゃない! 心配したのよ!」

 サンたちを見つけると、1人の女性が、彼らの元に駆け寄ってきた。

 トゲも彼女を見て満面の笑みを見せる。

「あ、先生! ただいま! 帰ってきたよ!!」

 トゲと先生と呼ばれる女性は、そういうと互いに強くハグをした。どうやら相当心配していたようである。この様子を見るだけで、彼女がどれほど、子どものことを大切にしているかわかる。

しばらくそうしていたあと、彼女はようやく、サンたちの存在に気付いた。彼女は、トゲをゆっくりと離し、サンたちに笑顔で、挨拶する。

「こんにちは。あなたたちが連れてきてくださったんですね。ありがとうございます。本当になんとお礼をしたら良いやら」
「いやいや、大したことはしてないです。じゃあ、俺たちは、急いでいますので」
「ちょっと待ってください!! そんな1人の子どもを無事に返していただいたのに、なんのお礼もしないことはできないです! 一度こちらでゆっくりしていってください」

――こんな環境で育ったとは思えないほど、恐ろしくいい人だな。

 サンとネクは、彼女に対して、そんな印象を抱いた。そして相手に強く押しかけられれば決してノーと言えない2人である。

 結局2人は、この先生と呼ばれる女性の熱に押され、この施設でゆっくりすることとなった。

 施設の縁側らしきところに腰掛け、サンと先生と呼ばれる女性が座っている。茶色か褐色の鱗を見るにカナヘビの獣人なのだろう。そういうわけでサンは、このカナヘビの獣人に茶をいただきながら、2人で談笑している。

 ちなみにネクは、この施設にいるトゲを含めた子ども3人と遊んでいる。トゲはサンと遊ぶことを所望したが他2人の子どもはネクを選んだ。サンはなんの獣でもないが、ネクのベースは爬虫類であるため、レプタリアの子どもには親しみやすいのだろう。

 とはいえあのネクの性格であるため、サンは、ネクに対し一応自分が遊ぼうかと提案した。しかし、ネクはそれを拒んだ。どうやら彼女は、この施設について何か思うところがあるらしく、すこし中を見て回りたいらしい。だから施設の長であるこの女性を自分に引きつけておいてほしいとのことだった。ちなみにこの女性の名前はカナハというようだ。

 もちろん調査においてあまり力になれないサンにとって話すだけで役に立てるならこんなにありがたいことはない。サンはゆっくりと茶をすすり、カナハとの会話を楽しむ。

「休む場所くれてありがとう。なんかこの辺りはぬかるみが多くて、足が取られて疲れていたんです」
「この辺は地盤が柔らかいですからね。初めて来た人は苦労するんです。まあこちらでゆっくり休んでいってください」

「ありがとう、いやぁ、それにしても驚いたな。こんなスラム街にカナハみたいな人がいるなんて。こんな治安の悪いところで身寄りのない子どもを預かる。その苦労なんて、俺は想像できないですよ」

「こんな治安だからこそですよ。こんな治安だからこそ、私はたくさんの子どもたちに絶望して欲しくない。生まれた境遇になんて負けない子になってほしいんです。子どもには、無限の未来が広がってるから」

 彼女は満面の笑みで、サンにそう告げた。サンは、彼女の笑顔に対して眩しそうに目を細める。ふと彼の頭に、フォレスの管理人の1人であるケイおばさんの顔がよぎった。全く、子どもを預かろうって人はどうしてこう眩い笑顔ばかり浮かべるのか。

「カナハいい人なんですね。きっと子どもたちもカナハさんみたいな人に育てられて喜んでいると思います」
「ありがとうございます。でも、私がやっていることは小さなことに過ぎないんですよ。この戦争が続く限りは、孤独に苦しむ子はいくらでも出てくる。私ができることはそのごく一部を救うことだけ。ほんとうに私は大それたことはしていないんです」

 うつむき物憂げな表情を浮かべるカナハ。本当に、全てを救いたいと思っているんだ。サンはそんな彼女の横顔に問いかける。

「やっぱり、そんなに大変なんですか。この戦争は」
「あ、そうか。サンさんは、旅の人だからよく知らないんですものね。酷いものですよ。この戦争は、このレプタリアが南の峠を占領してから数年。本当に血で血を争う闘争が続きました。でも、この前カニバル軍が、レプタリア軍を占領したんですね。だからもう少しで終わると思いますよ」

 レプタリアの獣人とは思えない彼女の発言に、サンは思わず問いかける。

「カナハさんは、どっちが勝ってもいいと思ってるんですか? カニバルがレプタリアに勝っても気にしないんですか?」

 カナハは静かに微笑み言葉を紡ぐ。

「……そうですねぇ。私は、きっとどっちでもいいと思ってるんでしょうね。きっとカニバルが勝ったら私たちの生活は苦しくなるかもしれないけど、それは逆の場合も言えることです。きっと貧しい子どもが増えるのは変わらない。それならただ早く終わってほしいなと思っちゃうんです。少しでも多くの獣人たちが、少しでも早く家族と普通に過ごせる日々をおくれたら、それでいいなと思ってしまうんです」

 そう言って、彼女は部屋に置いてある白黒の写真を見つめた。サンもつられてそちらの方を見る。そこには、1人の少女と3人の少年が映っていた。少年の1人に、サンはどこか見覚えがあるような気がしたが、とりあえずその疑問はよそに置き、カナハに尋ねる。
「それ、昔の写真ですか? 楽しそうですね」

 微かな笑みと少しの寂しさをその顔に浮かべカナハはサンに言葉を返す。

「はい、そうです。私もまだ幼かったからこの4人で自警団みたいな活動をしてまして。ハクダ団っていうんですけど、このハクダの平和を守るため頑張ってたんです。4人で傷つく人が少しでもいなくなるような世界を作ろうって思ってました。でも、今になってわかりましたよ。すごく難しいことなんですね。傷つく人がいない世界を作るのって。そんな希望を口にできていた昔が羨ましいです」

 サンは、そんなことを話す彼女の表情を見て、何故だかいたたまれないような気持ちになった。サンはつい気持ちが先行し、彼女に聞いてもどうしようもないことを尋ねる。

「……カナハさん。なんで、レプタリアは戦争を始めたんですか。カナハさんを見ると、レプタリアの人も戦争を望んではいない。それなのに、なんで……」

 カナハは、ゆっくりと写真を撫でた。そして、柔らかな笑みを浮かべ、サンはの方を見つめる。

「さあ、私には、難しいことはわからないんです。でも、サンさん。私はこう思います。どんな理由があったとしても、戦争のような誰かの家族を奪う行為は、決して許されていいことではないと」
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