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そして影は立ち伸びる

よかったらどこかでお茶しない?

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 こうしてスラム街、ハクダへと繰り出すことになったネクとサン。街には、髭を胸のあたりまで伸ばし道端で横たわっている老人や、娘のためにお金を恵んでくださいと書いた張り紙を段ボールに貼った女性が、物欲しそうな顔でサンたちを見上げる。

 サンは、その壺に自身の金を投げこみながら、ネクに言う。

「いや、でもすごいな、スラム街って。俺こんなとこ初めて来たよ。なんか周囲を見渡すだけで、すごく色々心配しちゃうな」
「……うん。レプタリアは発展度合いとしては、カニバルと並ぶけど、貧富の差は激しい国だから。ここくらいはっきりと治安の悪いスラムは他と比べても、珍しいと思う。……あと、サン。今壺の中にお金入れてた?」

「そうだけど、それがどうしたの? だって報酬としてベアリオにたくさんお金もらったけど俺そんな使わないし」
「……でもここを歩いてたら、あと10人ぐらいは似たような獣人がいるよ。この先の道を見るだけでも、少なくとも2人は、そばに壺を置いてるし」

「まじか。お金足りるかな」
「……サンはきっと、本当にしっかりした人と結婚した方がいいと思う」

 このようにのんびりと話をしながらハクダの街を歩いていると、建物と建物の間で、1人の小さな10歳くらいの少女が2人の男に絡まれているのを見かけた。

 少女は鱗のような肌が服の間からちらついているので、レプタリアルーツのなにかの獣人なのだろう。絡んでいる2人の男の方は、服で隠れて今一なんの獣人だか判別がつかない。どうやら、シェドが言っていた、レプタリアの獣人は厚着だと言うのも、あながち間違いではないようだ。サンとネクは物陰の様子に耳を澄ませる。

「おい、いいじゃねえか。補給が少なくて腹減ってんだよぉ。ちょっとその食料全部置いていくだけでいいんだ。なぁ、頼むよ」
「やだ! ダメだもん。これは先生に持っていくんだもん!」

 するともう1人のやたら背の高い獣人が声を荒げる。

「あ? なんだと! てめぇ、ボコってやんなきゃわかんねぇようだな。お前には断る権利なんてないんだよ!」

 どうやら食糧を、2人の男が少女に要求、いや、恐喝しているようだ。

 ネクは、ひそひそ声で、路地裏の方向を見ながらサンに声をかける。

「……サン、苦しいかもしれないけどここは耐えて。ここで助けたら変に目立って、レプタリア軍に見つかることになっちゃう。だから……ん?」

ネクは、振り向き、サンがいたはずの方向を見つめる。しかしそこには、風が静かに吹き荒むだけ。

 ……って、もういないし。

 ネクは、再び路地裏の方に顔を向け、ため息をつく。

 彼女の思った通り、既に少女を助けに行っていたサンは、大男と小男の2人組と少女の間に入り2人へ言葉を発する。

「おい、やめろよ。嫌がってるじゃんか」
「なんだよ! こっちは懲罰食らって減給で腹減ってんだ。邪魔すんじゃねぇよ。ぶち殺すぞ」

とサンを見下ろす大男。

「本当だぜ。こっちはイライラしてんだ! 俺たちを邪魔したらどうなるか教えてやるよ!!!」

――びしっ。ばしっ。

 もはや刀を抜くまでもなく、素手であっという間に2人のチンピラを吹き飛ばすサン。小男の方が、サンに向かって声を張り上げる。

「うわぁぁ。お前許さないからな! 覚えてろよ!」

そして逃げ出す小男。大男も、小男が逃げるのを見て慌てて立ち上がる。

「おい、ちょっと待てよ! いいか別にお前が怖くて逃げるわけじゃないからな! 勘違いするなよ!」

 ――絵に描いたような捨て台詞だな。

 そう思いながらサンは、少女の方に顔を向け、声をかける。

「大丈夫? 怪我はない?」

 少女は、じっとサンを見つめ、小さく言葉を呟く。

「すごい、カッコいい」

「へ?」
「すごいすごいすごい! ねぇねぇ、お兄さん、名前なんていうの??」
「え、サンだけど」
「きゃー、カッコいい名前! ねぇねぇ、よかったらどこかでお茶しない? あ、でもここにはグレイトレイクで汲んだ水しかないけど」

――ずいぶんませた子だな。どこで覚えたんだ、お茶しようなんて言葉。

 サンが眼前の少女に驚いていると、サンにネクが駆け寄ってくる。ネクはサンに対して言葉を発する。

「……動きが早いよ。サン。まあでもこの子が助かったならいいけど。あなた、大丈夫?」
「ちいっ、女連れか」

――舌打ちされた!?

 それは、子どもらしい、ちの音をはっきりと発音する可愛らしい舌打ちだったが、ネクの心をしゅんとさせるには充分だった。ネクは、サンの後ろに下り、少女から退く。

 サンは、そんな舌打ちは聞こえていなかったのか、もしくは、こんないたいけな少女が舌打ちをしないという純粋さが、彼の耳に蓋をしたのか、彼女のそんな行為などなかったかのように話を進める。

「ごめんな。お茶できる時間は俺にはないんだ。でも家までは送るよ。お家はどこ?」
「本当に? ありがと! よかったらそこでお茶してもいいんだよ?」
「……え? サン。その子のこと送るの?」

 サンの姿で、少女の敵意を持った視線を避けながら、サンに問うネク。そんな彼女にサンは言葉を返す。

「だって、さっきの奴らがまたこの子に絡んでくるかもしれないだろ? せっかく助けたんだから、最後まで安全にいてほしいじゃないか」
「……うん、わかったよ。でも私もいくからね。……ごめんね」

 サンの体越しに、少女の外敵を排除しようとする目が光る。危機から助けてもらってその人を好きになる気持ちはすごくわかる。あそこまでサンのことを気に入ったのならいっそ2人きりにしてあげたいが、正直サンの近くになんのストッパーも置かないのは、何をやらかすか分からなくて怖い。シェドもそのつもりで自分と彼を組ませたのだろう。だから、少女が怖くても、彼についていかなければ。

 少女はしばらくネクのことを見つめ、大きくため息をついた。おそらく自分のことを置いていくのは無理そうだと悟ったのだろう。彼女は満面の笑みをつくってサンの方に向き直り、言った。

「わかった! しょうがないけど、じゃあ2人とも来ていいよ! でも私、孤児だから家じゃなくて、パラスって施設にいるんだ。だからそこまでお願いします!」

 こうしてネクとサンは、ハクダの中にあるパラスという施設へ6歳の少女とともに向かった。ちなみに。この少女の名前は、トゲと言って、トカゲの獣人であるらしい。そしてトゲの話だと、そのパラスという施設は、戦争で孤児になった子どもを先生という人が拾って育てているという話だった。

 サンはその話を聞きファルやフォンのことを思い浮かべながら、そのパラスまでネクとトゲと一緒に歩いていくのだった。
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