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そして影は立ち伸びる

あなたみたいによく誰かのために武器を振る人だった

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――過去――

「何? あんたまた喧嘩してきたの!?」

 ユキヒョウの獣人、ユキは、シェドに対してそう声をかけた。身体中傷だらけで、顔に腫れをいくつも作る自分の息子をみて、彼女は、親としてそう声をかけざるを得なかった。

「大丈夫だよ。全員倒してきたし」
「大丈夫じゃないわよ! こんなに傷だらけになって、一体なんで喧嘩してきたの?」

「――だって」
「だって何?」

「あいつらが、母さんのことを馬鹿にしたんだ。お前の母さんは、みんなに優しくしていいやつぶってるけど、本当は、なんか後ろめたいことがあるんだろうって。だから、父親もどっかに行ったんだろうって。だから、ゆるせなかった」
「――え?」

 ユキはそんな息子の言葉を聞いて驚きを隠せなかった。確かに今自分はたくさんの人に支えられて生きてるが、そんな自分をよく思っていない獣人がいることも知っている。しかし、まさか、自分の息子がそんな自分の悪評を聞いてケンカをしてくるなど思いもしなかった。

「……そっか」

するとユキはそっとシェドのことを抱きしめた。そして、自分の息子にそっと囁くように言葉を伝える。

「ほんとに、ほんとうに。優しいんだね。シェドは」

 微かに目に涙を浮かべるユキ。そんな彼女にシェドはなんて声をかけていいか分からず、ただ静かに不器用に言葉を紡ぐ。

「母さん。痛いよ。顔、腫れてるんだ」
「あ、ごめん! シェド。そうだよね。痛いよね」

 慌てて彼のことを離すユキ。そして、彼女は、そのまま笑顔を崩さず、彼に言う。

「いやぁ、でもさ。ほんとうに優しいよ、シェドは。シェドは、本当に私にとっての太陽だ」
「太陽って。また、前言ってたアサヒって人の口癖? 俺はそんなに立派な存在じゃないよ。母さん」
「いやでも、本当にそっくりよ。アサヒもね。あなたみたいによく誰かのために武器を振る人だった。アサヒは本当に強かったんだから」
「はいはい、分かったよ。続きは、家戻ってから聞かせて」

 このように、ユキは昔からよくアサヒという獣人の話をしてくれた。だから、アサヒと彼女と旅をした何人かの獣人たちのこともシェドはよく知っていた。

 だからこそ、あの日まで、アサヒが目指していた全てを照らす『太陽』は、ユキにとってもシェドにとっても特別なものだった。しかし、あの日からは――。
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