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第一章

覚醒

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 黒幻、黒い障壁に守られし異形のモノ。倒せば幻の様に消え去るが、時とともに再び現れるモノ。

 人類は終わりの見えない戦いを強いられている。滅びる事を受け入れず、抗い、そして戦い続ける。

 その手に戦う為の力がある限り。




 「いつもより少し多いか?面倒だなぁ・・・」
 「はい、ですが問題なく対処できる数です」

 皇都から北に十キロほどの地点で、千の軍勢が迫りくる数千の黒幻を待ち受けていた。数の差は見た目にも明らかであるが、皇都の北部地域を守護する皇都北部魔導師団を率いる師団長結城梓ゆうきあずさ少将の口から発せられた言葉には、緊張感の欠片もなく、気怠さを隠さないものであった。そして、それに答えた師団長補佐である片倉弥生かたくらやよいにも特に緊張した様子はない。

 「手早く済ませて、帰ろう・・・」
 「そうですね。書類が少し溜まって来ていますし、そちらも手早くお願いしますね?」

 梓は弥生の言葉に嫌そうな顔を見せるが、間もなく敵が射程内に入るので意識を切り替えた。

 「総員、戦闘開始!」

 梓の号令で攻撃が開始された。
 千の軍勢から放たれる魔弾バレットの雨。被弾して倒れ消えていく黒幻。一定の距離からこちら側に来る事すら出来ずに黒幻は駆逐されていった。

 「なぁ?私の出番は?」
 「良いタイミングの見事な号令でしたよ?」

 戦闘開始の号令を出し、梓自身も戦闘に参加するために移動をしようした所で、弥生に「不利な場所の援護の為に少し待機して下さい」と言われて、待機している間に戦闘は終わってしまったのだ。梓の様子を見た弥生は号令をかける。

 「中央部隊、射線を開け」

 弥生の号令に従って、梓の正面、中央に展開していた部隊が左右に移動する。そして何もいない正面方向にに掌を向けて一言。

 「どうぞ」

 梓は「そういう事じゃないんだよぉぉ」と叫びながらも魔弾バレットを撃ち込んだ。
 梓の周囲やや上方に展開されて浮かんだ四百を超える魔弾バレットの一斉射撃。全弾発射フルバーストと呼ばれるそれは、保有魔力量の十パーセントが限界と言われている。つまり梓の保有魔力量は四千を超えていて、四千発以上の魔弾バレットを撃つ事が出来るという事だ。保有魔力量は、黒幻を倒す事でほんの少しずつではあるが上昇するものだが、梓が二十五歳という若さで北部魔導師団を率い、少将の地位にあるのは、覚醒時点で保有魔力量が三千を超えていたからであった。少々さぼり癖はあるが、人格にも問題が無いという所も当然考慮されている。

 「戻りましょうか」

 全弾発射フルバーストで多少は気が済んだのか、気の抜けた様子を見せる梓に弥生が声をかける。梓は頷くと撤収の号令を掛け、部隊は順次皇都へと戻って行った。





 目覚まし時計のアラームでいつもの時間に目が覚めた。アラームを止めようと伸ばした腕がぼんやりと光を放っている事に気が付いた。そして今日が何の日であったかを思いだす。今日は柾斗まさとの十八歳の誕生日なのだ。
 アラームを止めようとしていた事も忘れて布団から抜け出して体を確認すると、全身が淡く光を纏っていた。

 十八歳の一年間は特別で、俗に言う覚醒が可能な一年間なのだ。誕生日に覚醒する者もいれば、十八歳の最後の月に覚醒する者もいる。十八歳の間の一年以外に覚醒した者はいない。
 これが覚醒光かくせいこうと言うやつかと思いながら、淡く光る全身を眺めていた。


 覚醒とは魔法が使えるようになる事で、魔法は三種類に分類されている。

 魔弾師まだんし魔弾バレットを用いて黒幻を討つ者。
 魔陣師まじんし、結界陣を用いて都市を護る者。
 飛翔乙女ひしょうおとめ、空を翔る者。

 それ以外には共通事項として、保有魔力量に応じて身体能力が強化される事が分かっている。

 覚醒する者の割合は、魔弾師が五千人に一人、魔陣師が五万人に一人、そして飛翔乙女が一万人に一人程度である。
 大和皇国やまとこうこくは首都以下、十の大都市、二十の中都市、そして約百の小都市で構成されている。毎年覚醒する者の数は、首都である皇都でも魔弾師と飛翔乙女で十人前後、魔陣師は一人、多くても二人である。大都市では魔弾師と飛翔乙女で五人から八人前後で、魔陣師は一人いるかいないかである。
 大和皇国やまとこうこくでは魔弾師は軍属に、魔陣師は軍属ではないが、要人として扱われる事になっている。飛翔乙女に関しては、ので徴用される事は無い。一割程の者が志願して軍属に付いているが、大半は一般人として生活をしているか、競翔けいしょうの選手をしているかのどちらかである。制空権を空を飛ぶタイプの黒幻に握られており、任務として空に上がる時はいつも命懸けとなるからだ。



 しばらくすると、光はまるで体内に取り込まれていく様に徐々に治まっていく。光が治まり終わる前にドアを開く音に気が付き視線を向けると、妹の穂香ほのかが開いたドアの隙間から柾斗を見て驚きの表情を浮かべていた。
 妹とは言っても、柾斗と穂香の間に血のつながりは無い。柾斗が四歳の時に、軍属であった穂香の両親は黒幻との戦闘で帰らぬ人となってしまった。親族が皇都には居らず、当時三歳の穂香には都市間の移動は難しかった。そこで、穂香の両親の友人で、穂香とも面識もある柾斗の両親が養女として引き取る事になったのだ。三歳で突然一人になってしまった穂香は、引き取られた当初は泣いてばかりであったが、かいがいしく世話を焼く両親と柾斗に徐々に心を開いてくれて、笑顔を取り戻していった。

 「おはよう、穂香」
 「おはようございます、柾斗さん・・・」

 光が治まったのを確認して穂香に声をかけると、何処かぎこちない返事が返ってきた。何かあったのかと尋ねると、柾斗が覚醒した事に思う所があったようだ。

 「どっちなんですか?」
 「魔弾師だね」

 そう言うと穂香は走り去ってしまった。ドアを閉める音が聞こえたので、部屋に戻ったようだ。穂香の事も気にはなるが、とりあえず父が出勤する前に両親に報告をしなくてはと部屋を出てリビングへと向かった。

 リビングから見えるキッチンでは母がいつも通りに朝食の準備をしていた。話があると母にも声を掛けて、テーブルの定位置にある椅子に腰を掛けて、母が来るのを待つ事にした。

 両親に覚醒した事を伝えると、一瞬目を見開いて驚き悲しそうな顔を見せたが、父はすぐに「そうか、がんばれ、だが無理はするな」と言ってくれた。母はまだ気持ちの整理がついていない様だが、絞り出すように「死なないでね」と一言だけ言うと、キッチンへ戻りしゃがみ込んでしまった。
 草薙家の両親は非覚醒の一般人だ。都市が覚醒者によって守られている事は当然知っているし、そのおかげで安全に暮らせているという事も理解をしている。だが軍属者の殉職のニュースは時々流れているので安全ではない事は分かっている。故にやりきれない気持ちがあるのだろう。
 穂香の様子を父に伝えると「穂香の両親は殉職しているので、また身近な人を亡くすのが怖いんだろう・・・気に掛けてやりなさい」と言われた。

 朝食を取ってから今日の予定を確認する。覚醒したら速やかに所属する組織に連絡をして、その組織から管轄の軍へ連絡を入れる事になっている。すでに父が学校に連絡をしてくれたので、柾斗が魔弾師として覚醒した事は伝えられている。学校からの連絡を受けて、地域を管轄する皇都北部魔導師団から担当者が学校に派遣されてくるだろう。そこで今後の予定などを聞かされる事になる。

 まずは、学校に行く前に穂香と話をしなければと、穂香の部屋へと向かった。
 ノックをして入室の許可をもらい部屋へと入る。少し涙目の穂香を前に何を言って良いか分からず、「無理はしないから」や「大丈夫」といろんな言葉を取り繕っては見たが、納得してもらう事は出来ず、逆に穂香が無理をしたと判断する様な事をしたり、怪我をしたら言う事を聞いてもらう等と約束させられてしまった。会話をして、柾斗が了承した所で、ある程度落ち着きを取り戻したようで、はにかんだような笑顔を見せてくれた。とりあえず機嫌が直った様なので、安堵して部屋を出ようとした所で穂香が口を開く。

 「絶対に死なないで下さいね」

 その言葉に微笑みながら頷いて穂香の部屋を出る。「簡単には死ねないな」と言う思いを胸に部屋へ戻った。
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