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第5章 旅立ち
妻の杞憂
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「オト、寝てるの?」
近くで妻の声がして、慌てて目を開ける。
目の前には心配そうにのぞきこむ妻の顔があった。
いつ帰ってきたのだろう?
全く気づかなかった。
この頃は、呼びかけられていても気づかないことがある。
俺は、十七歳になった。
人間で言うと、八十四歳くらいだ。
耳が遠くなっても不思議ではない年齢である。
娘の明莉は、二十五歳になった。
大学四年生の時に内定をもらった会社に就職し、今は社会人三年目である。
「はあ、今日も明莉、仕事で遅くなるって。」
妻がスマホを見ながら呟く。
入社一年目は、新人ということで先輩についてアシスタントをしながら仕事内容を覚えていくのが主な明莉の業務だった。
二年目からは一人で仕事を任せられるようになり、会議の前や締切前などには残業をすることも増えてきた。
そして三年目の今年は先輩となり、自分の仕事だけではなく後輩のフォローもするようになったらしい。
夜遅くに家に帰ってきて、朝早くに家を出ていく日が続くこともあった。
「仕事熱心なのはいいけど、こんなんで明莉は結婚できると思う?」
「ニャッ、ニャッ⁉」
突然、妻に話しかけられて驚いた。
「仕事のことしか見えてないんじゃないかしら・・・まあ、今は仕事を覚えて早く一人前にならないといけない大事な時だとは思うけど・・・」
うん、それでいいんじゃないかな。
結婚は、社会人としての生活を確立してからでいいと思うぞ・・・まだ二十五歳だし・・・結婚は早いんじゃないかな・・・
妻は、その後も一人でぶつぶつ呟きながら夕食を食べていた。
妻も五十を超えて独り言が増えてきたような気がするな。
次の日、明莉は妻より早く帰ってきた。
「あら、今日は早いのね。」
キッチンで夕食を作っている明莉を見て、遅れて帰宅した妻が声をかける。
「うん。無事に企画が通ったからね。」
「打ち上げで飲みに行こうとかならないの?」
「私の企画が通っただけだもん。みんなは自分の仕事で忙しいの。」
「そうかもしれないけど・・・別の会社の人でもいいから、こういう解放された時に一緒に飲もうとかいう人はいないの?」
「平日だからね。明日も仕事があるし、私だって今日は寝たいよ。」
「そうか。」
妻は、まだ何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んで着替えのために部屋を出ていった。
「明莉ってモテないのかしら?」
明莉が寝た後、妻がリビングで雑誌をめくりながら呟いた。
「ニャッニャッ。(いきなり、どうしたんだ?)」
明莉が家にいる時間が短いためか、最近は俺が妻の話し相手になっている。
といっても、妻が一方的に話しかけ、俺の返事を都合のいいように解釈しているだけなのだが・・・
「仕事が早く終わっても、会いにいく彼氏もいないのかしらね。全然、デートの話も聞かないし・・・」
「ニャー。(いや、彼氏はいたと思うぞ。)」
明莉が友だちとの電話の中で男の名前を口にするのを聞いていた俺はうすうす気づいているのだが、妻は聞かされていないので知らないらしい。
そういえば、ダイキとかいう奴とは、どうなったんだ?
別に破局していても、俺はいいのだが・・・ダメになった話も聞かないな・・・
「顔もスタイルも悪いとは思わないんだけど・・・問題は性格かしらね?」
「ニャッニャッ。(そんなことはない!明莉はいい子だ!)」
「まあ、悪い子だとは思わないけど・・・男の人からしたら、かわいげがないのかもね。男の人にも負けないように、仕事を頑張っているみたいだし・・・結婚できるかしらね?」
「ニャー。(大丈夫だと思うぞ。)」
男性にも負けないようにと、対抗意識を燃やして仕事を頑張っていたのは妻も同じだ。
俺は壁にぶつかっても諦めずに頑張る姿に惹かれたし、本当は不安を感じていても強がっている姿に守りたいと思った。
きっと明莉のことを理解して守りたいと思ってくれる男はいると思うし、腹立たしいことに彼氏もいたっぽいので俺は心配していない。
しかし、俺はその後も何も知らない妻の不安を度々聞かされたのだった。
近くで妻の声がして、慌てて目を開ける。
目の前には心配そうにのぞきこむ妻の顔があった。
いつ帰ってきたのだろう?
全く気づかなかった。
この頃は、呼びかけられていても気づかないことがある。
俺は、十七歳になった。
人間で言うと、八十四歳くらいだ。
耳が遠くなっても不思議ではない年齢である。
娘の明莉は、二十五歳になった。
大学四年生の時に内定をもらった会社に就職し、今は社会人三年目である。
「はあ、今日も明莉、仕事で遅くなるって。」
妻がスマホを見ながら呟く。
入社一年目は、新人ということで先輩についてアシスタントをしながら仕事内容を覚えていくのが主な明莉の業務だった。
二年目からは一人で仕事を任せられるようになり、会議の前や締切前などには残業をすることも増えてきた。
そして三年目の今年は先輩となり、自分の仕事だけではなく後輩のフォローもするようになったらしい。
夜遅くに家に帰ってきて、朝早くに家を出ていく日が続くこともあった。
「仕事熱心なのはいいけど、こんなんで明莉は結婚できると思う?」
「ニャッ、ニャッ⁉」
突然、妻に話しかけられて驚いた。
「仕事のことしか見えてないんじゃないかしら・・・まあ、今は仕事を覚えて早く一人前にならないといけない大事な時だとは思うけど・・・」
うん、それでいいんじゃないかな。
結婚は、社会人としての生活を確立してからでいいと思うぞ・・・まだ二十五歳だし・・・結婚は早いんじゃないかな・・・
妻は、その後も一人でぶつぶつ呟きながら夕食を食べていた。
妻も五十を超えて独り言が増えてきたような気がするな。
次の日、明莉は妻より早く帰ってきた。
「あら、今日は早いのね。」
キッチンで夕食を作っている明莉を見て、遅れて帰宅した妻が声をかける。
「うん。無事に企画が通ったからね。」
「打ち上げで飲みに行こうとかならないの?」
「私の企画が通っただけだもん。みんなは自分の仕事で忙しいの。」
「そうかもしれないけど・・・別の会社の人でもいいから、こういう解放された時に一緒に飲もうとかいう人はいないの?」
「平日だからね。明日も仕事があるし、私だって今日は寝たいよ。」
「そうか。」
妻は、まだ何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んで着替えのために部屋を出ていった。
「明莉ってモテないのかしら?」
明莉が寝た後、妻がリビングで雑誌をめくりながら呟いた。
「ニャッニャッ。(いきなり、どうしたんだ?)」
明莉が家にいる時間が短いためか、最近は俺が妻の話し相手になっている。
といっても、妻が一方的に話しかけ、俺の返事を都合のいいように解釈しているだけなのだが・・・
「仕事が早く終わっても、会いにいく彼氏もいないのかしらね。全然、デートの話も聞かないし・・・」
「ニャー。(いや、彼氏はいたと思うぞ。)」
明莉が友だちとの電話の中で男の名前を口にするのを聞いていた俺はうすうす気づいているのだが、妻は聞かされていないので知らないらしい。
そういえば、ダイキとかいう奴とは、どうなったんだ?
別に破局していても、俺はいいのだが・・・ダメになった話も聞かないな・・・
「顔もスタイルも悪いとは思わないんだけど・・・問題は性格かしらね?」
「ニャッニャッ。(そんなことはない!明莉はいい子だ!)」
「まあ、悪い子だとは思わないけど・・・男の人からしたら、かわいげがないのかもね。男の人にも負けないように、仕事を頑張っているみたいだし・・・結婚できるかしらね?」
「ニャー。(大丈夫だと思うぞ。)」
男性にも負けないようにと、対抗意識を燃やして仕事を頑張っていたのは妻も同じだ。
俺は壁にぶつかっても諦めずに頑張る姿に惹かれたし、本当は不安を感じていても強がっている姿に守りたいと思った。
きっと明莉のことを理解して守りたいと思ってくれる男はいると思うし、腹立たしいことに彼氏もいたっぽいので俺は心配していない。
しかし、俺はその後も何も知らない妻の不安を度々聞かされたのだった。
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