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のろう

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「痛くない」

少年改め呪の神ラナティンの目覚めの一言はこれだった。
そして二言目は「僕は死ねたのかな」だった。

あの悪夢のような、いや実際、悪夢だった拷問は終わった。
寝かせられている寝台は使いなれたものだった。
自分が生きているのか、はたまた死後の夢を見ているのかラナティンはそのどちらなのだろうと見慣れた板張りの天井を見ながら考えていた。

──分からないならば聞けば良いだけです。聞けるかどうかは分からないですが。

ラナティンは寝ている姿勢から上半身を起こし、枕を背もたれに寝台に腰掛ける。
開け放たれた窓から心地よい風が吹いて、ラナティンの髪がふわりとなびいた。
乱れた髪をかき上げようと手を顔の前に持ってきて、ラナティンは声にならない悲鳴をあげた。

瞳に写るは大人の男の手。
子供特有の水気を含んだふくよかな指ではなく、余計な肉の付いていない節ばった指。
これが自分の指なのかと信じられなくても、握り締めれば手のひらから指先までの感覚が生々しく伝わる。

──これが僕の手ですか?

ラナティンは信じたくはなかった。
死を望んでいたのに目が覚めたら大人になっていただなんて。
誰が自分を生かしたのか。ラナティンは考えなくたって知っていた。それでも考える。

空に住まう神で人間の子供に関心を持つ者は少ない。
さらに死にかけていたのだ。通りすがりに見掛けても、わざわざ回復させる手間を取る神がどこにいる。

死にかけの子供を今生に引き留めたのは地上に落とすつもりで子供を育てた智慧の神しかいない。
ようやく育ってさあ地上に送ろうかとしたところで死にかけたものだから、持てる智慧を駆使して子供を無理に生へと繋ぎ止めたのだろう。

──僕は死に損なったのですか?

ラナティンは恐怖に身を震わせた。
死が怖かったのではない。
死ねないことが怖かったのだ。

このままでは空虚な魂を抱いて地上で生きていかねばならない。
目が覚めたのならば、大人になったのならば、地上に知識を届けなくてはならない。
それが神の智慧を与えられた子供の役目。空に召し上げられた子供の使命。

──嫌です。こんなの認められません。

ラナティンは無意識に神の力を行使した。
ラナティンは呪いの神。
神は何を呪うのか。

自分を空から追放しようとするマリファか。否、愛する者の幸せを願いこそすれ呪うなどラナティンは欠片も思わない。
ならばマリファに自分を託した母親か。それもまた否。母がいなければ自分はマリファに会えなかった。
地上で神の器を待つ人々か。ラナティンは有象無象の民に興味はなかった。

ラナティンが呪ったのは、ただ一つ。
与えられた役割を満足に務められない自分自身。

「僕はなんと不甲斐ないのでしょう」

ラナティンは一筋の涙を流し、静かに体を横たえた。

──死ねないのならば、いっそ永遠なる眠りを。


力ある神が力を行使したときに起こる空気の揺らぎで、愛し子が目覚めたと気付いたマリファは満面の笑みで寝室の扉を開ける。

「おはよう。私の愛しい子供よ。ああ。君はもう子供ではなかったね。私のラナティン。愛しき者よ。新たな神の目覚めを歓迎しよう」

喜び溢れるマリファの声は無常に響く。
ラナティンはマリファに言葉を返してくれなかった。
己の力に呪われたラナティンは深く眠りについていた。
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