時計台で会いましょう

いちむら

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1·俺の日常

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目が覚める。
分厚い遮光カーテンの隙間から陽の光が差し込む。
これじゃ遮光の意味がない。

ダサい花柄の壁紙に白く描かれた光の線を睨みつけて。
俺はのっそりと起きた。

部屋から出て階段を降りる。
今の時間は誰もいないから、適当に冷蔵庫をあさり、レンチンした米の上にタッパーの中身を乗せていく。
まるで豚の餌だ。

食べ終わった皿は流しに置いて。
冷蔵庫の中の冷えたコーラのペットボトルとコップを持って部屋に戻る。

自分の部屋にも冷蔵庫が欲しい。
そしたらコーラだけで生きていけるのに。

夕陽が部屋を赤くする頃。
ようやく頭が起きてくる。
開きっぱなしのパソコンから、人の声も聞こえてきて。
インカム付きのヘッドホンを装着した。
これを付ければ俺は無敵の◯☓オックスだ。

「おつおつー。今日もよろしくー。イカ刈りいこーぜ」
『おつー。今日も元気だなぁ』
「俺はイカを狩るために生まれてきたからな」
『カッコイー』

馬鹿話をしながら適当なダンジョンで時間つぶして人が集まるのを待つ。
俺の今の敵はひとりじゃ倒せない。
皆がいるから挑める強敵だ。

でも、それがいい。
画面の向こうには目的を同じくした人がいる。
今だけは俺は独りじゃないと実感できる時間。

気分良く仲間とイカを殴っていたら。
ガンガンと音を立ててドアが殴られた。
別に殴られても開けないけどな。
ドアノブの下には読まなくなった教科書が積んであって。
物理的に開けられなくしてある。

「うるさいわよ! 寝れないじゃない!」

ドアの向こうから叫ぶ声。

「うっせーのはてめえだろ。黙ってろブス!」

俺が煩かったら、お前のがもっと煩いじゃねえか。
生理前か? 大変だねー。

『なんだよ。母ちゃんか?』
「違ぇ。アネキ。口うるさくてマジ小姑」
『お姉様!』
「そんないいもんじゃないし」

なぜかギルメンは俺の姉を美人だと思い込んでいる。
少し前に姉がお嬢様大学で有名な白百合女子大に通っていると言ってしまったからだろうか。
別に校内では「ごきげんよう」とスカートの裾を持ち上げていたって。
家では下着姿でうろついたり、暴言吐いたり。
なんにもお嬢様じゃないのに。

『白百合のブラ見放題!』
「男みたいな乳してるからブラは使ってないんじゃないかな?」

我が家の洗濯物。
母さんのブラしか見たことがない。
悲しい女子力の娘で可哀想だ。

「誰と話してんの? 変なこと言ってたらぶっ倒すわよ! スバル!」
「やってみろよ。口だけデブ。お前の加工しすぎて空間歪んだインスタに捨て垢ですっぴん画像メンションすんぞ!」

姉の悲鳴が聞こえた。
俺の世界ネトゲを邪魔するなら。
てめえの虚構世界もぶっ壊すぞ。
ジジイの金で食うアフタヌーンティーは旨いか?

ヘッドホンの向こう側で仲間がギャーギャーと囃し立ててくる。

『スバルちゃん、鬼畜ー』
『インスタは女の子の砦なんだから、そこは手出しちゃ駄目駄目よー』

女に対するインスタ攻撃の必中をこいつらもよく分かってる。
言葉では止めてくるけど、それはもっとやれって意味だろう?
俺はこういうときだけ気が大きくなる。
普段は言い返せないけど、仲間がいれば怖くない。

いかに写真の加工がヘタクソか語ってやったら。
部屋のドアを強く蹴り上げて捨て台詞を吐いてきた。

「死ね!」
「もう死んでるよ。ばーか」

パソコンのディスプレイの中。
俺はとっくの昔にデッドしてる。
盾役の俺が最初に死んでしまったから。
戦線は崩れて、今日はもう終わりだ。
誰もが戦うことをやめて、俺達の兄弟喧嘩を聞いている。

実の兄弟に死ね死ねと連呼するお嬢様が部屋に帰っていって。
ようやく静かになった。

「悪かったな。邪魔が入って」
『んー。ぜんぜん。お姉様の“死ね”が頂けて、拙者は大満足』
「何がいいんだよ。耳が腐るだろ」

死んでも分かりたくない萌えだな。

◯☓オックス、お姉さんにあんまり酷いこと言わないほうがいいよ』

以下に女子校が腐っているか、面白おかしく語っていたら。
本物のから苦言を呈された。

「俺もエリスが姉貴ならあんなふうにはならねえよ」

エリスはいつだって優しい。
そして、空気が読める。
こうしてタイミングを見計らって、俺が反発しないように叱ってくれる。
だから俺はエリスの言うことは絶対聞くって決めてんだ。

『夜はお静かにね。◯☓オックスだけじゃなくてみんなも。真夜中は台パンしない紳士でいこう』

たしかに時計は真夜中の2時をまわった。
あんまり騒ぎ過ぎても近所迷惑になる。

『エリスがそう言うなら。ジェントルマンな俺を見せてやるよ』

なぜか、皆が大爆笑する。
失礼な奴らだ。
俺はいつだって紳士的だっていうのに。
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