恋愛サティスファクション

不動ベイシン

ひるどきオーディエンス1

スマホの電源を切ると、生活の質が上がる。ライフハックです。

なにか作業をしている時に、電話やメールで中断されていたのがなくなるとストレスがすっごく減る。
とくに圭介さんはいくつものスマホを使い分けて、いろんな人達から連絡が来ていた。
それを一律でカットしちゃうと本当にすっきりした。

もちろん弁護士の先生達とは連絡を取り合えるように。
Googleアカウントを新しく1つ用意して、そこにメールをしてもらうようにした。
そのアドレスだけは僕のノートパソコンを使って確認している。
他のアドレスに届いたメールは開きもしない。放置。

本当に急ぎの時は伊都さんから僕の方に電話をかけてもらうことにした。
とはいっても、まだ裁判はなにも始まってないし。
電話での対応が必要な緊急事態は起きていない。

テレビや新聞を見るのもやめた。
だって、圭介さんについて書かれた嘘のニュースを見たら何かをしたくなる。
でも、それこそ相手の思う壺じゃないか。

僕達を苦しめるためのニュースなんて見てあげない。
塀の外側で起きてることの責任を僕達は一切取る必要がないんだ。
勝手に騒いで、勝手に盛り上がって。

もういっそのこと。僕達はずっとこのまま白い塀の中で生活するのでも良い気がしてきた。
出掛けたい人は出掛けてもいいよ。
玲司君やお義父さん達の行動を制限はしない。
だけど、僕も圭介さんも今の生活に困っていないんだ。
煩わしいアレコレが何もない屋敷と庭と離れだけの世界。
安全な僕達の楽園。

それはよく晴れた日の昼下がり。
窓から差し込む真夏の日差しはレースのカーテンで遮って、僕達は涼しい室内で花札を遊んでいた。
そこに伊都さんから電話がかかってきた。

「伊都さんです。どうしたんでしょう？」
「本当だー。なにかあったのかなー」

緊急事態だと圭介さんが電話に出る。

「青木、今すぐにYouTubeをつけろ。乾太郎いぬい たろうのLIVEを見るんだ」

ただならない伊都さんの声。
乾太郎さん？ 参議院の乾議員のこと？
iPadのYouTubeアプリをタップして乾議員の名前を検索する。
出てきたLIVE配信を再生。

配信は議員会館の中にある乾議員（参議院1期目）の部屋から。
『伝説になる』と書かれた白Tシャツを着た乾議員の横に座るお兄さんは誰？
凄くやつれてて、今にも倒れそうだ。
スーツも胸元や腕がぶかぶかになっててサイズが合ってないよ。

「有守あまもさんだ」
『知り合いですか？』
「支援が必要な女性への支援に関する法律の会議の議事録作ってた人」

とっても知り合いだった！
ってか、圭介さんがバッシングされる原因になっている会議の議事録。
それの制作者さんなら圭介さんの敵？
でも悪い人には見えない。
どちらかと言うと被害者みたいな雰囲気。

「さっきゲリラ的に始めたLIVEなんだけど。女性支援法の会議について暴露してる。今日の午前にも会議があったらしいな」

電話で伊都さんがこれまでの内容を簡単に説明してくれる。

「この有守っていう官僚。今日の会議でお前が欠席してたことがトリガーになったみたいだ。乾議員のとこに駆け込んできたんだよ。これまでの会議の音声も、議事録の改ざんを指示する上司の声も、それに抗議したら、さらに上の人間に脅された声も全部バラしやがった」

先程から問題の持ち込まれた音声を小出しに再生している。
その中には圭介さんの会議での発言もあって。
今もLIVE配信では圭介さんの録音された声が流れている。

様々な理由で保護された女性が生活をするシェルターの運用について。
利用者の女性の安全をどうやって担保するのか。
いま話し合っている内容では不足があると指摘するもの。
けれども、こんな話は議事録に載っていなかった。