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初陣アプレンティス

真夏の決断3

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「こうなった佐倉を説得するなんて、それこそムダだぜ。やるって決めたらやるヤツなんだよ」

今度は玲司君がやって来た。

「昼飯持ってきたのに下に誰もいねぇの。そんでお前らはまたケンカして。こりねぇな。吉野が弁当作ってくれたから食うぞ。話はそれからだ」

部屋の真ん中にしゃがみこんで空気に徹していた成瀬さんがお茶をいれますと部屋から出て行った。
二上さんは相変わらず廊下から僕達の観察中。
僕と圭介さんが睨み合う間に割り込むように玲司君が部屋の中に足を踏み入れる。
足元の紙を遠慮なく踏みつけて、僕に向き合った。

「やるなら途中で放り出すなよ。最低でも産まれてきたガキが成人するまでは責任もって世話するって覚悟あんのか?」

MOZUちゃんのことに首を突っ込むなら、相応の覚悟が必要なのだと玲司君は言う。
可哀想だからと安易に手を貸すのが正しいわけではない。
今を助けて終わりじゃない。これから先の未来の責任を取る覚悟。
それを改めて問われた。

お腹の子が成人する18年後。
僕が40過ぎのおじさんになる頃。
どうなっているのかは分からない。

魔女見習いは魔女になれているのか。
魔女になれずに別の仕事をしているのか。
圭介さんや玲司君とその時も一緒にいられるのか。

未来を最も良い状態だと仮定して、その上で責任を取るとは言えない。
それは無責任な決意。
最悪の事態を考慮して、それでも大丈夫だと言えるのか。
僕自身が直接フォローをすることが出来るかは分からない。
けれども人を頼って見守れる体制を作ることは可能だろう。
それこそ魔女見習いとして鈴村さんの権威を傘に着れば出来る。

『絶対は約束できない。でも、できる限りMOZUちゃんのフォローをするつもりだ。今はそれしか言えないけど。ここまで知っちゃった彼女を今さら見なかったことには出来ないよ』
「ワリィけど、何言ってんの伝わんねえよ。普通にしゃべってくんね?」

玲司君に言われて、僕はずっと手話で話していたことに気がついた。
いつからだ? リモート会議に鈴村さんの娘として出た時は手話だった。
その前後。僕は無意識に声を出していなかった。

軽く咳払いをして、喉をひらく。
意識して声を出すって緊張するな。

「責任の取り方を僕は知らないけど、ベストは尽くすつもり」
「知らねぇならこれから覚えたらいいんだよ」

魔女見習いは覚えることがいっぱいだ。

「あとはバカをどーするかだな」

くるりと振り返った玲司君が言うバカって圭介さんのこと?

「なんで頑なに佐倉のやることを否定すんだよ。いつもならどんなムチャぶりでも大歓迎って叶えてやんのに」

僕、無茶ぶりなんてしたことないけど。

「だって唯ががっかりする姿を見るのは嫌だ。清水萌紗は助けたところで恩を仇で返すようなタイプに見えた」
「そこはなあ。そもそも妊娠自体ウラが取れた話じゃねぇんだろ」

ふたりもMOZUちゃんのこと嘘つきだと思ってるの?
本当かは分からないけど嘘だと確定してるわけでもないのに。

「配信でも自分に都合のいい質問だけ答えてるだろ。ああいう小賢しいことする奴は信用ならないんだよ。関わるだけ無駄。すっごい運が良かったら上手くいくかもだけど、唯が後悔する確率のがずっと高い」

圭介さんがずっと頑ななのは僕のため?
でもそれって本当に僕のためになるの?
確率の計算で決めていいこと?

「10年後、20年後に圭介さんの言ってことを僕は理解するかもしれないです。でも、配信に固執するMOZUちゃんをネットから離して、落ち着いた環境で休ませてあげたいっていう、今の僕の思いはどうなるんですか?」

これからをどうするか考えるにしても。
一旦はYouTubeから離れて、ゆっくり考える時間を作った方が良いと思うんだ。

「僕は今を諦めたら絶対に後悔します。MOZUちゃんがどうなったとしても、自分が何もしなかった事を責めるし、悔やむし、反省します。それは何年経っても忘れなくて時々思い出して、あの時ああしていたら良かったんじゃないかって考えます」

僕はすでに後悔してる。
何日も問題を先送りにしたことを。
屋敷に着いてすぐの、圭介さんと最初に話した、あのとき逃げ出した自分の弱さが悔しい。

「僕は圭介さんとは違うんです。簡単に忘れることは出来ないです」
「俺だって記憶力は良い方だし忘れないよー」
「だけど切り替えて考えなくすることは得意ですよね?」

圭介さんは終わったことだと思ったらすっぱりとなかったことにしてしまう。
まるでスイッチを切り替えるように。
僕の中では繋がっている問題なのに、圭介さんの中ではもう終わっている事柄がいくつもある。

「僕はそんなに器用に考えられないんです。女々しいかもしれないけど、うじうじ引きずっちゃう。確率の問題だというなら、そういう僕の性格を変数に組み込んでこれからの20年間を計算してください」

僕の心の係数をきちんと数式に組み込んで。

圭介さんがなにやら考え始めた。
顎に手を当てて動かないのは深く考えているから?
微動だにせず、瞬きひとつしないのがちょっと怖い。

「唯の懸念は理解した。今すぐ清水萌紗を泰葉さんに託そう。プロに任せれば唯も納得できるよね? それでさっさと終わらせて忘れよう」

プロに任せました。はい。おしまい。
って忘れることはしないけど。
圭介さんがMOZUちゃんのことに対して前向きに検討してくれることになったから。よし。
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