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初陣アプレンティス
はっぴー・ばーすでい・とぅーゆー2
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食堂ではお義父さん達が先に朝ご飯を食べ始めていた。
遅くなってごめんなさい。
着替えに時間がかかっちゃって。
「ウサギさんかー。今日もかわいいなー」
お義父さんはいつだって、どんな僕でも可愛いと褒めてくれるから好き。
「ウサ耳は妥協の産物です。本当は麦わら帽子が被りたかったんだけど良いのがなくて」
吉野さんの用意してくれたご飯を食べながら。
本当は帽子が欲しかったのだけど、ちょうど良いものがなかったのだと愚痴る。
「どんなが欲しかったんだー?」
「カンカン帽です。シンプルな麦わら帽子」
「それなら儂のを使え。なんかはあるだろ」
先に食べ終えたお義父さんが帽子を探しにいく。
そして僕の欲しかったイメージ通りの麦わら帽子を貸してくれたんだ。
これで正真正銘、真夏の珊瑚礁の乙女です。
カチューシャのリボンを押しつぶすように貸してもらった帽子をかぶる。
さあ庭に行こう。最高に可愛い僕を写真に残して。
真夏の桜の前で玲司君にカメラを向けられる。
それは春の花見会の時と似ているようで全然違う。
茜色した夕暮れではなく白い太陽の光の下。
知らない人達に囲まれているのではなく、見守ってくれるのはお義父さんだけ。
そしてなにより被写体の僕が戸惑っていない。楽しんでいる。
僕一人で写るだけじゃつまらない。
お義父さんと一緒に、玲司君と一緒に。そして最後に三脚を立てて三人一緒の写真を撮った。
素敵な誕生日の思い出が増えた。
日が本格的に高くなる前に屋敷に戻る。
お義父さんと玲司君は今撮ったばかりの写真をプリントアウトすると言う。
僕もついて行こうとしたら玲司君から止められた。
「先に顔直せよ。佐倉の顔に泣きぼくろなんて似合わねぇ」
玲司君からメイクのお直しを厳命されたので仕方なく自室に戻ることにした。
僕も撮られた写真のチェックをしたかったのにな。
寝室に戻って鏡の中の僕に心の中でただいまと言う。
その時に頭の上に乗ったままの帽子に気がついた。
お義父さんに借りてた麦わら帽子、返すの忘れてた。
うっかりしちゃった。
お昼ご飯の時に返すので良いかなって思ったけど、借りた物をそのままにするのは気分が良くない。
お義父さん達はデジタル一眼で撮った写真のプリントをすると言っていた。
それならパソコンやプリンターを使うのだろう。
玲司君の部屋でやるのかな。
僕でも部屋の場所は分かるし、直接帽子を返しに行こう。
帽子を被り直して廊下を歩く。
もうノートの地図はいらないよ。
必要な部屋は全て覚えた。迷子になんてならない。
知らない部屋は僕には関係の無い部屋だから、そもそも覚えなくて大丈夫。
迷いなく進んでいく途中。扉が開いたままの部屋があった。
そこは僕の知らない部屋。中には誰もいない。
閉め忘れかな? それとも換気中?
気になってつい部屋を覗き込んでしまった。
10帖ほどの洋間。タンスや棚があるから物置に使われているみたい。
好奇心に誘われて行儀が悪いとは分かっていても軽く見渡してしまう。
そして部屋の入口近くのオープンシェルフの下段に新聞を見つけた。
目の前に新聞があることにびっくりしている自分に驚いてしまう。
この屋敷で生活をする僕は外の情報から遮断されてたから。
スマホのネットワーク制限だけじゃない。
僕の行動範囲にテレビもパソコンもない。
来てすぐの頃は生活に慣れることに精一杯で違和感すら覚えず。
玲司君がリモートワークの仕事用にデスクトップパソコンを使っているのを見て。
僕のまわりはメディアが排除されていると気付いた。
その頃には僕は守られる覚悟が出来ていたから、知らないで良いと省かれている物に興味はなかった。
毎日やることが多くてテレビを見たいとも思わなかったし。
Twitterの友達は少し気になったけど、今は病んでいる子から届くDMを読む余裕が無い。
だから僕はメディアデトックスを受け入れていたんだ。
だけど今日の僕には時間がある。
菜園と果樹の世話は人に任せて、僕のやることといったら身綺麗にすることだけ。
メイク直しならそんなに時間はかからない。
Twitterで自ら発信するのは良くないけど。
新聞を読むのは許されるかな。
積まれた新聞の一番上。今日の日付の毎朝新聞を手に取る。
すでに誰かが読んだあとの残るそれを掴んで、静かに部屋から出る。
途端に、自分がとても大それたことをしてしまったのではないかと後ろを振り向いた。
誰も見ている人はいない。
自分の寝室へ早く帰らなきゃ。
途中で誰かに会わないか、不安で胸が跳ねる。
新聞を持っていることを見られたら絶対に取り上げられる。
僕は見なくていいと奪われる。
それは嫌だ。僕だって塀の外の世界を知っていたい。
自分の部屋に滑り込んで、スリッパを揃えて置いたら、廊下に置いていた名前札を拾い上げて、音を立てないようにそっと襖を閉める。
外から覗かれるような隙間が開いてないか、入口の襖も窓の障子もよくよく調べて。
廊下や窓の外に人の気配がないか、息をひそめて。
寝室にはセミの鳴き声だけが響く。
誰にも見つかってない。
安心から大きく息を吐いた。
遅くなってごめんなさい。
着替えに時間がかかっちゃって。
「ウサギさんかー。今日もかわいいなー」
お義父さんはいつだって、どんな僕でも可愛いと褒めてくれるから好き。
「ウサ耳は妥協の産物です。本当は麦わら帽子が被りたかったんだけど良いのがなくて」
吉野さんの用意してくれたご飯を食べながら。
本当は帽子が欲しかったのだけど、ちょうど良いものがなかったのだと愚痴る。
「どんなが欲しかったんだー?」
「カンカン帽です。シンプルな麦わら帽子」
「それなら儂のを使え。なんかはあるだろ」
先に食べ終えたお義父さんが帽子を探しにいく。
そして僕の欲しかったイメージ通りの麦わら帽子を貸してくれたんだ。
これで正真正銘、真夏の珊瑚礁の乙女です。
カチューシャのリボンを押しつぶすように貸してもらった帽子をかぶる。
さあ庭に行こう。最高に可愛い僕を写真に残して。
真夏の桜の前で玲司君にカメラを向けられる。
それは春の花見会の時と似ているようで全然違う。
茜色した夕暮れではなく白い太陽の光の下。
知らない人達に囲まれているのではなく、見守ってくれるのはお義父さんだけ。
そしてなにより被写体の僕が戸惑っていない。楽しんでいる。
僕一人で写るだけじゃつまらない。
お義父さんと一緒に、玲司君と一緒に。そして最後に三脚を立てて三人一緒の写真を撮った。
素敵な誕生日の思い出が増えた。
日が本格的に高くなる前に屋敷に戻る。
お義父さんと玲司君は今撮ったばかりの写真をプリントアウトすると言う。
僕もついて行こうとしたら玲司君から止められた。
「先に顔直せよ。佐倉の顔に泣きぼくろなんて似合わねぇ」
玲司君からメイクのお直しを厳命されたので仕方なく自室に戻ることにした。
僕も撮られた写真のチェックをしたかったのにな。
寝室に戻って鏡の中の僕に心の中でただいまと言う。
その時に頭の上に乗ったままの帽子に気がついた。
お義父さんに借りてた麦わら帽子、返すの忘れてた。
うっかりしちゃった。
お昼ご飯の時に返すので良いかなって思ったけど、借りた物をそのままにするのは気分が良くない。
お義父さん達はデジタル一眼で撮った写真のプリントをすると言っていた。
それならパソコンやプリンターを使うのだろう。
玲司君の部屋でやるのかな。
僕でも部屋の場所は分かるし、直接帽子を返しに行こう。
帽子を被り直して廊下を歩く。
もうノートの地図はいらないよ。
必要な部屋は全て覚えた。迷子になんてならない。
知らない部屋は僕には関係の無い部屋だから、そもそも覚えなくて大丈夫。
迷いなく進んでいく途中。扉が開いたままの部屋があった。
そこは僕の知らない部屋。中には誰もいない。
閉め忘れかな? それとも換気中?
気になってつい部屋を覗き込んでしまった。
10帖ほどの洋間。タンスや棚があるから物置に使われているみたい。
好奇心に誘われて行儀が悪いとは分かっていても軽く見渡してしまう。
そして部屋の入口近くのオープンシェルフの下段に新聞を見つけた。
目の前に新聞があることにびっくりしている自分に驚いてしまう。
この屋敷で生活をする僕は外の情報から遮断されてたから。
スマホのネットワーク制限だけじゃない。
僕の行動範囲にテレビもパソコンもない。
来てすぐの頃は生活に慣れることに精一杯で違和感すら覚えず。
玲司君がリモートワークの仕事用にデスクトップパソコンを使っているのを見て。
僕のまわりはメディアが排除されていると気付いた。
その頃には僕は守られる覚悟が出来ていたから、知らないで良いと省かれている物に興味はなかった。
毎日やることが多くてテレビを見たいとも思わなかったし。
Twitterの友達は少し気になったけど、今は病んでいる子から届くDMを読む余裕が無い。
だから僕はメディアデトックスを受け入れていたんだ。
だけど今日の僕には時間がある。
菜園と果樹の世話は人に任せて、僕のやることといったら身綺麗にすることだけ。
メイク直しならそんなに時間はかからない。
Twitterで自ら発信するのは良くないけど。
新聞を読むのは許されるかな。
積まれた新聞の一番上。今日の日付の毎朝新聞を手に取る。
すでに誰かが読んだあとの残るそれを掴んで、静かに部屋から出る。
途端に、自分がとても大それたことをしてしまったのではないかと後ろを振り向いた。
誰も見ている人はいない。
自分の寝室へ早く帰らなきゃ。
途中で誰かに会わないか、不安で胸が跳ねる。
新聞を持っていることを見られたら絶対に取り上げられる。
僕は見なくていいと奪われる。
それは嫌だ。僕だって塀の外の世界を知っていたい。
自分の部屋に滑り込んで、スリッパを揃えて置いたら、廊下に置いていた名前札を拾い上げて、音を立てないようにそっと襖を閉める。
外から覗かれるような隙間が開いてないか、入口の襖も窓の障子もよくよく調べて。
廊下や窓の外に人の気配がないか、息をひそめて。
寝室にはセミの鳴き声だけが響く。
誰にも見つかってない。
安心から大きく息を吐いた。
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