158 / 442
可視化ライブラリ
こうどうマーチ4
しおりを挟む
「僕、中高の6年間野球部だったんだ。中学入学したての春。隣の席の子に体験入部に行こうって誘われて。野球のルールすら知らなかったけど、せっかく誘ってくれたし仲良くなるキッカケになるかと軽い気持ちで参加したのがはじまり」
見学だけして入部するつもりはなかった。
僕が入学した総開大附は野球の名門で有名だったし。
未経験者の僕が入るなんて無茶な話だ。
「中学受験でそれまで仲良かった地元の子達と別の中学に進学することになって。僕だけ本命校に落ちちゃったから仕方ないんだけど。初対面の子しかいない教室が心細かった。だから誘われるままについていった」
僕は昔から流されてばっかりだ。
自分で一歩を踏み出せない。
誰かの後ろをついていってる。
「でも、そこで野球部のことを説明してくれた鶴見先輩がね。カッコ良かったんだ」
一目惚れだった。それが僕の初恋。
鶴見先輩と仲良くなりたい。
そんな不純な動機で始めた野球。
「入部の挨拶で未経験だけど鶴見先輩と同じキャッチャーをやりたいですって宣言して。キャッチャー志望の他の子達はみんな小学校の頃から部活やリトルリーグで野球をしていたから僕は完全に浮いてた」
無謀すぎる。何も知らないから飛び込めたって今なら思う。
「僕らの代はマネージャーがいなかったから最初はマネージャーの代わりをしてたんだ。女マネの先輩から仕事と一緒に野球のルールも教えてもらったりしたよ」
雑用を任されて、合間の時間に野球のルールを学んだ。
一番大事なのは野球部の体育会系な空気に慣れること。
挨拶は大事。先輩や先生、父兄さん達の言うことは絶対。
当時の僕は女マネの先輩より立場が下のヒエラルキー最下位だった。
「あとは昼休みとかの休み時間に僕を野球部に誘ってくれた中原君がキャッチボールの相手をしてくれて。誘ったからには僕が選手になれるように育てるって変な使命感持ってる子だった。試合に出るのは全然違うんだって力説されたな。僕は鶴見先輩と話せれば雑用係でも満足だったのに」
中原君はのちに僕達の代のキャプテンを任されるぐらい真面目な子だった。
野球部に入部したからには試合に出てこそだと言って、そのために必要な基礎をひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
僕は野球のルールで分からないことがあるといつも中原君に聞いていた。
「キャッチボールがおぼつかなくなった頃。捕手の練習にも混ぜてもらえるようになったんだ。それまでの雑用から一気にやれることが増えた。最初はひとりでレガースを付けることも出来なかった僕に鶴見先輩はすっごい親切で丁寧に教えてくれたよ。雑用の頃よりたくさん話せるようになって嬉しかったな」
鶴見先輩は教えるのも勉強になるからと自分の練習時間を割いて僕に使ってくれた。
基本の姿勢。ミットの構え方。キャッチャーの心得。
捕球の基礎は全部鶴見先輩から学んだ。
「まあ鶴見先輩、高等部行ったら成長期と筋トレが悪魔合体してゴリラみたいになっちゃって。ゴリラは違うかなってスンって冷めちゃったんだけど。初恋なんてそんなもんなんだ。始まるのも終わるのもあっという間。それからは野球に集中出来て、それはそれで良かったし」
初恋は儚いけど。これはそんなに嫌じゃない思い出。
「中学3年の夏くらいには純粋に野球が楽しくなってきて。二軍の練習試合に出してもらえるようになったからかな。やっぱり見てるより自分でマスクを被ってグラウンドに立つのは面白さが半端なくて。中原君には本当に感謝してる。彼が僕のキャッチボールに根気強く付き合ってくれたから、僕は試合に出られた」
中原君は中学3年間、毎日昼休みにキャッチボールの相手をしてくれたんだ。
雨でも体育館の軒の下を使って、本当に毎日付き合ってくれた。
彼が僕に試合に出る楽しさを教えることを諦めなかったから、僕はその楽しさを知れたんだ。
「中3の時には全国大会のベンチにも記録員として座らせてもらえた。僕は記録員だったからグラウンドに立つことは出来なかったけど皆と一緒に戦ってる一体感。あれは凄い」
声が枯れるまでベンチから声援をおくったっけ。
「優勝した時のことは今でもはっきり覚えてるよ。興奮した選手にもみくちゃにされた時、僕も仲間として認めてもらえたんだってすごく嬉しかった。帰りのバスの中、みんなで校歌とか歌って」
あの時のテンションはやばかった。
興奮冷めやらぬみんなが俺達は日本一だ!
って騒いで先生に叱られてた。
怒られたって静かになるわけもなく、先生達も諦めてたけど。
誰も大人しくシートに座ってなくて。大会の間のいろんなプレーについて1球1球振り返ってた。
自画自賛が強い子もいたけど、それだけ自分に自信があるからレギュラーにもなれるんだろう。
自信を裏付けるだけの才能が彼にはあったし。
そんな感じで大騒ぎのバスの中。みんなすっごく嬉しそうに笑ってた。
当たり前だ。日本一だもん。
あの夏、彼らは本当に日本で一番の中学生だったんだ。
そして僕もその一員として、裏方としてだけどチームに貢献できたのが嬉しくて、帰りのバスでは泣いちゃった。
卒業式でもないのに泣きながら校歌を歌うことなんて。それも喜びの涙で。
「それで満足しちゃったんだよね。燃え尽きた感じ。みんなは次の目標は甲子園だって高い意識を持って練習してたけど。僕は高等部でも野球部に入るか迷っていたんだ」
高等部の練習は中等部と比べ物にならないくらいにハードなのは見て知っていた。
あれに僕がついていけるのかって考えたらしり込みしたんだ。
「そんな秋のある日。スポーツ推薦で高等部から一緒になる子が何人か練習に来た。その中のひとりがピッチャー志望の平間君」
彼との出会いは忘れたくても忘れられない。
見学だけして入部するつもりはなかった。
僕が入学した総開大附は野球の名門で有名だったし。
未経験者の僕が入るなんて無茶な話だ。
「中学受験でそれまで仲良かった地元の子達と別の中学に進学することになって。僕だけ本命校に落ちちゃったから仕方ないんだけど。初対面の子しかいない教室が心細かった。だから誘われるままについていった」
僕は昔から流されてばっかりだ。
自分で一歩を踏み出せない。
誰かの後ろをついていってる。
「でも、そこで野球部のことを説明してくれた鶴見先輩がね。カッコ良かったんだ」
一目惚れだった。それが僕の初恋。
鶴見先輩と仲良くなりたい。
そんな不純な動機で始めた野球。
「入部の挨拶で未経験だけど鶴見先輩と同じキャッチャーをやりたいですって宣言して。キャッチャー志望の他の子達はみんな小学校の頃から部活やリトルリーグで野球をしていたから僕は完全に浮いてた」
無謀すぎる。何も知らないから飛び込めたって今なら思う。
「僕らの代はマネージャーがいなかったから最初はマネージャーの代わりをしてたんだ。女マネの先輩から仕事と一緒に野球のルールも教えてもらったりしたよ」
雑用を任されて、合間の時間に野球のルールを学んだ。
一番大事なのは野球部の体育会系な空気に慣れること。
挨拶は大事。先輩や先生、父兄さん達の言うことは絶対。
当時の僕は女マネの先輩より立場が下のヒエラルキー最下位だった。
「あとは昼休みとかの休み時間に僕を野球部に誘ってくれた中原君がキャッチボールの相手をしてくれて。誘ったからには僕が選手になれるように育てるって変な使命感持ってる子だった。試合に出るのは全然違うんだって力説されたな。僕は鶴見先輩と話せれば雑用係でも満足だったのに」
中原君はのちに僕達の代のキャプテンを任されるぐらい真面目な子だった。
野球部に入部したからには試合に出てこそだと言って、そのために必要な基礎をひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
僕は野球のルールで分からないことがあるといつも中原君に聞いていた。
「キャッチボールがおぼつかなくなった頃。捕手の練習にも混ぜてもらえるようになったんだ。それまでの雑用から一気にやれることが増えた。最初はひとりでレガースを付けることも出来なかった僕に鶴見先輩はすっごい親切で丁寧に教えてくれたよ。雑用の頃よりたくさん話せるようになって嬉しかったな」
鶴見先輩は教えるのも勉強になるからと自分の練習時間を割いて僕に使ってくれた。
基本の姿勢。ミットの構え方。キャッチャーの心得。
捕球の基礎は全部鶴見先輩から学んだ。
「まあ鶴見先輩、高等部行ったら成長期と筋トレが悪魔合体してゴリラみたいになっちゃって。ゴリラは違うかなってスンって冷めちゃったんだけど。初恋なんてそんなもんなんだ。始まるのも終わるのもあっという間。それからは野球に集中出来て、それはそれで良かったし」
初恋は儚いけど。これはそんなに嫌じゃない思い出。
「中学3年の夏くらいには純粋に野球が楽しくなってきて。二軍の練習試合に出してもらえるようになったからかな。やっぱり見てるより自分でマスクを被ってグラウンドに立つのは面白さが半端なくて。中原君には本当に感謝してる。彼が僕のキャッチボールに根気強く付き合ってくれたから、僕は試合に出られた」
中原君は中学3年間、毎日昼休みにキャッチボールの相手をしてくれたんだ。
雨でも体育館の軒の下を使って、本当に毎日付き合ってくれた。
彼が僕に試合に出る楽しさを教えることを諦めなかったから、僕はその楽しさを知れたんだ。
「中3の時には全国大会のベンチにも記録員として座らせてもらえた。僕は記録員だったからグラウンドに立つことは出来なかったけど皆と一緒に戦ってる一体感。あれは凄い」
声が枯れるまでベンチから声援をおくったっけ。
「優勝した時のことは今でもはっきり覚えてるよ。興奮した選手にもみくちゃにされた時、僕も仲間として認めてもらえたんだってすごく嬉しかった。帰りのバスの中、みんなで校歌とか歌って」
あの時のテンションはやばかった。
興奮冷めやらぬみんなが俺達は日本一だ!
って騒いで先生に叱られてた。
怒られたって静かになるわけもなく、先生達も諦めてたけど。
誰も大人しくシートに座ってなくて。大会の間のいろんなプレーについて1球1球振り返ってた。
自画自賛が強い子もいたけど、それだけ自分に自信があるからレギュラーにもなれるんだろう。
自信を裏付けるだけの才能が彼にはあったし。
そんな感じで大騒ぎのバスの中。みんなすっごく嬉しそうに笑ってた。
当たり前だ。日本一だもん。
あの夏、彼らは本当に日本で一番の中学生だったんだ。
そして僕もその一員として、裏方としてだけどチームに貢献できたのが嬉しくて、帰りのバスでは泣いちゃった。
卒業式でもないのに泣きながら校歌を歌うことなんて。それも喜びの涙で。
「それで満足しちゃったんだよね。燃え尽きた感じ。みんなは次の目標は甲子園だって高い意識を持って練習してたけど。僕は高等部でも野球部に入るか迷っていたんだ」
高等部の練習は中等部と比べ物にならないくらいにハードなのは見て知っていた。
あれに僕がついていけるのかって考えたらしり込みしたんだ。
「そんな秋のある日。スポーツ推薦で高等部から一緒になる子が何人か練習に来た。その中のひとりがピッチャー志望の平間君」
彼との出会いは忘れたくても忘れられない。
4
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
クラスの仲良かったオタクに調教と豊胸をされて好みの嫁にされたオタクに優しいギャル男
湊戸アサギリ
BL
※メス化、男の娘化、シーメール化要素があります。オタクくんと付き合ったギャル男がメスにされています。手術で豊胸した描写があります。これをBLって呼んでいいのかわからないです
いわゆるオタクに優しいギャル男の話になります。色々ご想像にお任せします。本番はありませんが下ネタ言ってますのでR15です
閲覧ありがとうございます。他の作品もよろしくお願いします
俺、メイド始めました
雨宮照
恋愛
ある日、とある理由でメイド喫茶に行った主人公・栄田瑛介は学校でバイトが禁止されているにもかかわらず、同級生の倉橋芽依がメイドとして働いていることを知ってしまう。
秘密を知られた倉橋は、瑛介をバックヤードに連れて行き……男の瑛介をメイドにしようとしてきた!?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる