恋愛サティスファクション

いちむら

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恋愛サティスファクション

運命は一目惚れ2

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「今日はひとり? 隣良い?」

ほっといて欲しい僕はカウンターの一番端に座っていたのに。
まだ他にも席は開いてるのに。
分かりやすすぎるアピールは嬉しくない。
しかも返事をする前に勝手に隣に座るとか。
押しが強いちょっと苦手なタイプの人だ。

どう対処するか迷ってビアグラスを指でなぞる。
それでも無視をするわけにもいかない。
手元のビアグラスから目線をあげて、声を掛けられた方を見ると、そこには微笑むイケメンがいた。

まっすぐに見つめてくる涼しげな瞳。優しげに微笑む唇。ドイツビールの黒い瓶を持つ長い指。
派手さはないけど仕立ての良いネイビーのスーツは大人の色気みたいなのがあって。
少し緩ませたネクタイに手を伸ばしてしまいたくなる衝動にかられる。

ヤバい。目がはなせない。

僕がフリーズして見つめあっていたのは、ほんの数秒。

「今日の唯ちゃんはナンパ禁止よ。狼どもがガツガツしすぎてお店に来てくれなくなっちゃったらどうしてくれるの。ほら離れて」

ママがカウンターの内側から助け船を出してくれた。
今日お店に来てすぐ、仕事で疲れちゃったから一人で飲みたい気分なのだと伝えておいたからかな。
こういう気遣いをしてくれるから、このお店は好きなんだ。
でも客に向かってしっしって手で追い払う仕草はどうなのだろう。

「ちょっとママ、俺まだナンパしてないって。隣座っただけ」
「でもこれからするんでしょ? 唯ちゃん可愛いもの」
「君、唯ちゃんっていうんだ。はじめましてー」
「はい。はじめまして」

ママとイケメンのリズミカルな言葉のキャッチボールにつられて、僕も挨拶をしてみたけれど。
僕をおいてけぼりにして2人は会話を続ける。

「ほらやっぱりナンパ狼ね。最低」
「ママ黙ってー。俺の第一印象が悪くなるじゃん」
「あら? この程度でマイナスになるような印象なら、いっそ無い方が清々しいんじゃない?」
「今日のママは、一段と手厳しいなあ」
「いつも通りよ。アタシは可愛い子の味方なの」

そう言って僕にウインクを投げてくるママ。
すごいなあ。あんなに綺麗なウインク、アイドルにだって出来ないんじゃないかな。

「ねえねえ、唯ちゃん。ママはああ言ってるけど、君はどう思う?」
「ママは表情筋の動きが滑らかですよね。顔の筋肉って鍛えられるのでしょうか?」

あまりに2人の会話がスムーズすぎて、僕の意識は少しずれたところにあったものだから。
いきなり聞かれても会話の流れとは違うこと言っちゃって。
意識がすぐどこかに飛んでしまうのは僕の悪い癖だ。

おかしな奴だと思われた!

恥ずかしさで顔から火が出そうだよ。
絶対いまの僕の耳は真っ赤だ。確認したくないけど。

「やっだぁ。唯ちゃんったらママのこと若くて綺麗だなんてっ。これサービスしちゃう」

ママはキャアキャアと嬉しそうにチーズの盛り合わせを出してくれる。
チーズは好きだからカウンター越しに有り難く受け取るけど。
これで良かったのかな? ママなにか勘違いしてない?
僕は肌の張りではなく筋肉の話をしたんだよ?

他のお客さんのところにウキウキと分かりやすい足取りで向かうママの後ろ姿を引き留めることは出来なくて。
僕はぼんやりとママの後ろ姿を見送りながらチーズをかじった。

そこに「唯ちゃんはママのあしらいが上手だね」なんて耳元で囁くように甘いテノールが響くものだから。
僕の背中はぴょこんと跳ねて、熱が引きかけていた僕の耳はまた赤く染まってしまう。

「ママが言うように、唯ちゃんは可愛いね。でも俺は良い狼さんで、ナンパはしないから安心して。それで、なんか仕事で辛いことあったみたいな顔してるけど。狼さんで良かったら、話聞かせてよ」

そう言ってくしゃっと笑う、その笑顔に僕は一目惚れをしてしまったんだ。

良い狼さんこと青木圭介さんは、めちゃくちゃ紳士だった。
本当に仕事の話を聞いてくれて。

「まだ大卒1年目だろ。俺がそれくらいの頃ってもっとグダグダだったし」

なんて励ましてもくれて。
紳士な圭介さんは仕事も区役所勤務なんていう安定職で。
携帯ショップの販売員な僕とは大違いなのに。

「役所も何だかんだで接客業だよー。俺達、どっちもサービス職だね」

そう笑いながら困った客のあしらい方を教えてくれた。
実地経験が活かされ過ぎてるアドバイスはちょっと怖かったけど明日からすぐに役立つものだった。

その夜、僕は圭介さんの連絡先を聞けずに別れた。
だって、圭介さんは最後まで良い狼さんだったから。
僕からその優しさを踏みにじるなんて出来なかった。
圭介さんに良い子だと思われたかったのだ。

翌日の朝には、良い子の振りをしたことをとても後悔したのだけど。


***

圭介さんに会った翌週の金曜日。
もしかしたら会えるかもっていう期待を胸に抱いてお店に向かった。
街中が年の瀬のクリスマスムードで華やかな夜だし圭介さんも来てるかなって。

いるわけないって心の半分は冷静に突っ込んでるのに、もう半分の僕がいて欲しいって声高に叫んでいて。
お店のドアを開けて目に入るすぐのカウンターに圭介さんの後ろ姿を見つけた瞬間、僕の心は跳ね上がった。

「唯ちゃん、こっち」

なんて手のひらで呼び寄せられたら、ふらふらと隣に座ってしまうくらいに、僕は圭介さんに夢中だった。

「また会えて嬉しいよ」
「僕もです。圭介さんが居たら良いなって思いながら今日は来ました」
「そんなこと言われたら、俺、良い狼さんやめたくなっちゃう」

良い狼さんをやめたら、悪い狼さんになるのだろうか?
圭介さんが悪い狼? 何をするの?
まさか僕は食べられてしまうの?
性的に食べられるところを想像してしまい自分の品のなさが恥ずかしくなる。
人前でそんな破廉恥なことを考えるなんて。

「唯ちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫? ミントフレーバーのビールだけど飲む? すっきりするよ」

圭介さんはママからビアグラスを受け取って、僕の分を注いでくれる。
スッとするミントのフレーバーが、茹でダコみたいになった頭の中を冷やしてくれる。

「すいません。挙動不審で」
「謝ること無いよ。可愛いなーって愛でてるから」
「かっ可愛いだなんて……」

僕はこの夜のことをあまり覚えていない。
ただ、僕は圭介さんに一目惚れをしましたと告白したことだけは覚えている。
それに対して俺たちまだ出会ったばっかだからお友達からねって圭介さんは言ってくれて。

僕はそれが嬉しかった。
これまでお店で出会えたのはエッチな事考えてる人ばっかりだったから。
圭介さんはそういう人とは違う。
ちゃんと段階を踏んで仲良くなりましょうってお返事だったから。
僕達は携帯の番号やメッセージアプリのIDを交換した。

23歳の冬。僕には隠し事をしなくても良い友達ができた。
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