恋愛サティスファクション

いちむら

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そうだ名古屋に行こう8

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一緒にご飯を食べるだけだと思ってたのに、今度は買い物へ行くことになった。
またあのごつい車で移動。

着いたのは老舗デパート、名倉屋本店。
入り口のフロアガイドにはメンズフロアは5階だと書かれていたのに。
エレベーターで7階に上がって、さらに奥にある個室に通された。
それは噂に聞く外商サロンってやつでは。

強面警備隊は扉の前までってルールなのか?
部屋に通されたのは僕と鈴村さんとお義父さん。
壁やんは外で待ってるって。
ちゃんと待っててよ。勝手に博多に行ったら嫌だよ。

落ち着いた調度品の部屋に招かれて、ふかふかのソファを勧められる。
最近流行りのヒヨコの形のケーキと紅茶でおもてなし。
一息ついたら手際よく全身を採寸された。

何事かと思っていたら今度は布の山の登場。
もしかしてこれはスーツのオーダー?
それはさすがに。僕にも遠慮ってものがあるよ。
でも後学のために見るだけなら。興味はある。
いつかフルオーダーのスーツ欲しいなって夢を見るのは自由だよね。
夢を語って良いのなら。ネイビーのスリーピースを。

大学の入学式の時、父さんがお祝いだと用意してくれたスーツはピンストライプのチャコールグレーだった。
僕が希望した無地のネイビーは童顔な僕をより幼く見せるからと却下されて。
就活の時もダークグレーを勧められたな。
あれって父さんの好みもあったんじゃないか?
いまさら聞けないけど。

でも今ならネイビーも着こなせる気がする。
最近、世間の荒波にもまれているし顔に締まりが出てきたでしょ。
王道の無地ネイビーの生地を見せてください!

青にも色々あって。鮮やかで明るい色から黒に近い落ち着いた色まで。
直感で好きだと選んでも、鏡で合わせてみたら似合わないの悲しい。
似合わないから憧れるのか。

「サクちゃんにはこれが良いんじゃないかー?」

お義父さんが勧めてくれたのは渋い濃紺。
それはどうだろうって思いつつ、まあ合わせるだけならって鏡の前に立ってみたら。

「いいかも」
「だろー」

大人っぽいを通り過ぎてオジサンっぽい印象の濃紺がお子ちゃまな僕の顔に意外とあっている。
これをさらっと選べるのすごい。

そのあとも衿のデザインやステッチの有無など。
お義父さんのアドバイスが尽く僕の好みを直撃してくる。

「無理に肩パットを足すより、自然なラインのままで良いんじゃないかー」

そうなの? 僕、自分のなで肩はあんまり好きじゃないんだけど。
スーツがカッコ良く着られないなって。
あのスクエアなフォルムが男らしさって感じするし。
でもお義父さんがそう言うなら。
細かい技術的なとこは全部おまかせで。

「かなりのを選んだなー。裏は少しぐらい遊んでもいいぞー」

最後に。好きなのを選べと裏地のカタログを渡される。
なんの制約もない中で選ぶ遊び心って難しい。
ひとりで決めるのは自信ないので、スタッフさんと相談して。
表の布地より少し明るい藍色のペイズリー柄に決めた。
これでお願いします。

はっ! つい楽しくなってスーツをオーダーしてしまった!
お義父さんも楽しそうだからいい?
少し早い誕生日プレゼント?
それなら遠慮しすぎるのも失礼になるし、お義父さんのご厚意はありがたくいただきます。
仮縫い終わったあとのフィッティングも待ち遠しいし、いまさらキャンセルは出来ない。

僕たちがスーツの相談をしている間に。
鈴村さんは準備されていた宝石を並べて、その中からいくつか選んでた。
普段はゴテゴテ飾り立てたりしてないけど使うことあるのかな。意外。
でもそのブローチはあんまり鈴村さんっぽくない。おばちゃんっぽいよ。って思いながら見てたら。

「換金しやすいものを頂いているだけだよ。デザインは流行り廃りがあるから石のグレードが良いものを選ぶといい。判断が難しかったら金の延べ棒が欲しいなって頼みなさい」

露骨に金目のものを貢がせてる宣言をされました。
それでいいの? ってお義父さんを見ても、鈴ちゃんは相変わらずだなーって笑ってるし。
宝石の他にもハイブランドのバッグをいくつか選んで鈴村さんのお買い物は終了。

「それよりサクちゃんは何が欲しいんだー? 服は儂がもう選んじゃったぞー。サクちゃんも石いるか?」

大きなダイヤモンドの指輪を指さされて、慌てて首を振る。
スーツのあとも手ぶらで名古屋に来た僕のために着替えや鞄、靴などあれこれ選んでもらってるんだ。
これ以上はいらないよ。
普段着カジュアルから正装フォーマルまで。僕は何日名古屋にいる予定?
下着とパジャマは必要でも。ナイトキャップを僕は使わないんだけど。
可愛いから贈りたい? お義父さんがそう言うなら1つだけね。

「服は必要だから買うだけで欲しいものとは違うだろー。ほれ、何でもいいから」

なんでもいいなら。
思いついたお願いを口にする。

「スマホがほしいかも」

やっぱりスマホないと不便だよ。
でも契約するとこからだし。
身分証を持ってない僕は簡単に契約ができない。
それに月の支払いをどうするって話だ。

「それならもうあるぞ?」

お義父さんのハンドバッグから出てきた黒いiPhone14PRO。
板チョコみたいに軽い感じに渡してくれたけど。
これ100円のチョコじゃないよ。10万超えるやつ。
動作確認に触ってみたら、すでにSIM登録もされてる。
これ誰の名義で契約してるの?
お義父さんの家族回線?

「儂の番号はもう登録してあるからなー。いつでも電話しておくれー」

電話帳を確認したら登録は1件だけ。
『パパ』
これがお義父さんの番号?

「私の番号も登録しておけ。あと尾壁のも」

鈴村さんがポチポチと手打ちで番号を登録してくれた。
それは助かるけど。
僕もっと知りたい番号あるんだ。
声が聞きたくて、どうしようもない人がいるんだ。

そうだ! お義父さんなら圭介さんの連絡先知ってるよね。

「駄目だ」

まだ何も言ってないのに!

「家に連絡したいだけです。いま名古屋にいるよって伝えるくらいは良くないですか? 何も言わずに来ちゃったから、きっと心配してるし」
「家を出たのは自分の意思だろ。今さらとやかく言うな。だいたい9桁の数字くらい普段から覚えておけー」

それを言われちゃうと、なんにも言い返せなくなる。
制止を振り切って家を飛び出したのも。
闇雲に走って帰り道が分からなくなったのも。
たった9桁の数字を覚える手間を惜しんだのも。

全部僕だから。

僕の分だって鈴村さんが指輪やイヤリングを選んで。
お義父さんはそれじゃ少ないって更に何個か選んで。
僕はカラスじゃないのに。光るものに興味ない。
だけど受け取らないって強く言えない。
そんな僕はたくさんの紙袋と一緒に今夜の宿に届けられた。
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