恋愛サティスファクション

いちむら

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可視化ライブラリ

ウサギは檻に入れられて7

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しまった。ご飯に釣られて、のこのこと着いてきてしまった。
欲に弱すぎるだろう。僕。

道中、名前の話になって。
NPOの代表さんから自虐的に自己紹介をされた。

「朝日泰葉は苗字も名前みたいで紛らわしいでしょう」
「僕の名前も佐倉唯なんで同じです。苗字を名乗ってるのに名前と勘違いされるやつ。あるあるですよね。しかも僕は性別まで間違えられるから面倒です」

私服の時に佐倉と名乗ると数回に1回は名前が桜で女だと勘違いされる。
スーツを着ていれば性別を間違えられることはないけど。
大学に入学したての頃は本当に何度も間違えられて。
訂正するのに疲れて高校の制服をまた着たいと思うほど。
ブレザーを着ている時は見た目で性別が分かって、佐倉と名乗るのも苗字だとすぐに分かってもらえるから便利だった。
玲司君にボロっカスにけなされて着なくなったトラッドな服装が好きだったのも見た目で男だと分かりやすかったからだ。

「佐倉さんは綺麗なお顔をされているから」
「お祖母ちゃんに似た女顔ってだけですよ」

僕が生まれるより前に亡くなっていたから写真でしか見たことないけど。
若い頃のお祖母ちゃんの写真は僕が白黒写真を撮ったのかと見間違えるほどにそっくりだ。

「良かったら私のことは泰葉って呼んでください。実はうちのスタッフにアサヒちゃんがいて、朝日って呼ばれると2人で返事しちゃうんですよ」

泰葉さんが困っちゃうと笑う。
職場に同じ名前の人がいると大変だ。

「それもあるあるですね。佐倉って呼ばれると何人もの女の子が振り返ったりして。だから学生時代の友達はみんな僕のことを渾名で呼んでくれてました」

懐かしいなぁ。
最近は普通に名字で呼ばれてばかりだ。
もう僕のことを渾名で呼んでくれていた彼等には会えないんだろうか。
LINEも電話帳も無くなっちゃった。
連絡先、SNSで探したら見つからないかな。
ヤクザと繋がりを持ってしまった今の僕が連絡を取っていいのかも分からないけど。

そんな感じで話しているうちにたどり着いたのは大久保通りから路地に入ってすぐの雑居ビル。
その1階がNPOこころのやどり木さんの事務所でした。

ビルは古いけど綺麗に掃除されていて、道路に面した窓も大きく開放感があるから一見さんでも入りやすい雰囲気。
中に入ればきちんとした個室もあって秘密にしたい相談事もしやすい。
大事だよね。プライバシー。
監視カメラは入口にある防犯用のものだけっぽいし。
ついそれっぽいものがないか確認しちゃうのは許してください。
今の僕はレンズに敏感なんです。

そんな個室に通されて。カレーライスをご馳走になる僕。

「ごめんなさいね。夕ご飯に誘っておいてサトウのごはんとレトルトカレーで。こういう保存がきくものならフードバンクから寄付があってすぐに用意できるんです」

謝らないでください。
いきなり来てカレーライスをご馳走してくれる。それだけでマジ神なんで。
フードバンクさんもありがとうございます。
今度募金箱を見かけたら募金をするよ。

「水曜日の夜だと近所の洋食屋さんがボランティアでご飯を用意してくれるんですよ。良かったら水曜日にも来てくださいね」

素敵な洋食屋さんですね。
それは昼間にきちんと客として行きたいです。
あとでお店の名前を教えてください。

「それで帰るところがあるならカレーとか保存の聞く食品を色々お渡ししたり出来るんだけど」

そうですよね。僕さっきホームレスがって言っちゃいましたよね。
家はあるんです。本当に。信じてください。帰り道が分からないだけです。

食後のカフェオレまで頂いてしまった。
チョコチップクッキー付き。本当に至れり尽くせりだな。
辛いものの後に甘いもの。素晴らしい。
熱々のコーヒーの最後のひとくちを飲み干した。
そろそろお暇しないと。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです。デザートまでありがとうございます」

僕は行きます。
お腹いっぱいになって落ち着いて考えたら渋谷のクラブに行けば成瀬さんと連絡取れるって気づいたんです!
脳みそにエネルギーがいったんだね。
少し賢くなったよ。

それに新宿に戻ってママのお店に行けば玲司君を呼んでもらうことが出来るかも。
常連客だから連絡先を知っているかもしれない。
ダメ元で行くのもアリだよね。
それで無理だったら渋谷に移動。完璧な計画だ。

「そんなに急いで帰らなくても、もう少しお話していっても大丈夫ですよ?」

そんな不安そうに見ないでくださいよ。
安心してください。
僕はもう自立した立派な大人ですから。

「帰る家はあるんです。住所が分かんないだけで。だから、とりあえず知り合いが居そうな店に行ってみます」

都内をうろうろするだけの簡単な冒険です。

「住所分からないんです? 住んでいるのに」
「引っ越したばかりで色んな手続きは恋人がしてくれたから僕なんにも知らなくて」

お恥ずかしいです。あはは。

「恋人と暮らしていらっしゃる?」
「はい。最近同棲を始めて」

えへへ。恋人と同棲。いい響き。
あんまりリアルで人に惚気たりしたことないから照れちゃうな。

「24歳ってうかがいましたが、お仕事って」
「この間辞めちゃったから絶賛無職です。ヤバいですよね。新しい仕事を探したいんですけど。ちょっと恋人から止められてて」
「恋人さんは佐倉さんが就活するのを反対してるんですか? 佐倉さんは働きたいのに?」
「反対っていうか今は働かなくても良いんじゃないって感じですかね。生活費も全部向こう持ちな感じで」

簡単に言ってしまえばヒモです。

「恋人さんはお仕事をされていると」
「めっちゃ働いてます。今朝も僕が起きた時にはもう仕事に行ってて。できるだけ朝のお見送りはしたいんですけど起きれない日も増えてきて」

同じように寝て、僕だけ起きれないのはいけないよな。反省しなきゃ。
体力って玲司君みたいにお肉を食べたら付くのか?

「恋人さんがいない日中はどんなふうに過ごされてるんですか?」
「家にいます」
「ずっと家に?お出かけしたりとかは?」
「しないです」
「その買い物とかも」
「必要なものは仕事帰りに買ってきてくれるので僕が買いに行く必要がなくて。引きこもり的な? でもちゃんとデートは行きますよ。遊びに行ったりご飯を食べたり。この前は横浜のシーパラダイスにも行きました」

えへへ。また惚気けちゃった。恋バナ楽しいなあ。
でも泰葉さんはあんまり楽しくなさそう。

「あのですね、気分を悪くしないで聞いてくださいね。私は佐倉さんにお話を聞かせていただいて、貴方がしっかりした方だと思うから、はっきり言わせていただきます」

なんでしょう?
やっぱり人の惚気話はつまらないですか?

「佐倉さん、恋人に監禁とかされてませんでした?」

泰葉さんの指摘が藪から棒に、単刀直入に、僕のど真ん中を貫いていきました!
それは僕が思ってても言語化を避けてきた事実ってやつですよ。
NPOこわいな!

「僕、監禁とかされてないし。ちょっとケンカしちゃっただけで。帰って話し合おうって気持ちになってるし。だから」

ダメですよ。警察沙汰は本当にダメです。
この前ヤクザな皆さんと仲良くなったばっかり。
それは何としても阻止したい。
泰葉さんに僕は大丈夫だと伝えれば伝えるほど、彼女の表情が固くなっていく。

「お願いだから、警察だけは堪忍してください」

なんで新大久保まで来ちゃったんだろう。
あのまま新宿にいたら泰葉さんに会うこともカレーをご馳走になることも。
こんなふうにお話することもなかったのに。

「落ち着いてください。貴方が求めていないのに通報することはありません。そこは約束します」

本当に? 嘘ついたら針千本ですよ?

「佐倉さんが恋人の話をしてる時の顔はとても幸せそうでしたから。でも心配でもあるんです。だから佐倉さんの恋人の話をもう1人別のスタッフに聞かせてもらえませんか? 私より恋愛の相談事に詳しい人いるんです」

お話するだけで警察呼ばれないなら。
そっちがいいです。


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