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くらげ

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可視化ライブラリ

ウサギは檻に入れられて8

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夕陽に照らされる都庁をしばらく見ていた。ここ新宿だ。
歌舞伎町も近いし、少し歩けば渋谷もある。
高いビルに囲まれて失っていた土地勘が戻ってきた。

スーツの軍団はうまく巻けたみたいだ。
都庁前の広場にあるベンチに座って一息つく。
このへんジョギングしてる人ですよ感を出して休憩。

闇雲に走っても疲れるだけだし家出の目的地を決めよう。
どこがいいかな。どこでもいいけど。そうだな。新大久保。
ここからそんなに遠くないし、テレビで見たカフェにも行ってみたかったんだよね。
圭介さんが次の休みの日に連れて行ってくれると約束したけど。

小さく光るレンズを思い出して気分が悪くなる。
もうあの人と出かけることはないかもしれない。

というわけで新大久保に行ってみよう。
散歩気分で歩いても大丈夫だよね。
平日のオフィス街、帰宅を急ぐ人のなみ。ニートですけどなにかって開き直って歩いてやる。

日が暮れて街を歩く人の種類も増えてきた。
いいよね。お出かけ。みんな好きなとこに行くといいよ。

外に出て、太陽の光を浴びて、夏の風に触れて。
さっきまでの心のトゲトゲが落ち着いていく。
気ままに歩くのってこんなに気持ち良かったんだ。

部屋に籠り切りなのも、1人で外に出られないのも、出かける時は毎回女の子の格好なのも。
嫌じゃなかったし平気だった。
でもそれがずっと続くのは嫌だったし平気じゃなかったんだ。

それにあの監視カメラは安全のためじゃない。
あれは絶対に圭介さんの趣味だ。
圭介さんはちょっと変態なところがあるからきっとそうだ。
もし趣味でつけてたカメラだとしたらお風呂や寝室にも付けられてただろうから。
……。僕の恥ずかしいアレやコレが全部見られてたってこと!?

むり。むり。むり。
僕のプライバシーを返して。

新しい家に越してきてからの日々を思い出して僕は頭を抱えてしまう。
線路下のガードレールに腰を下ろしてしまえば立ち上がる気力もわかない。

ぼーっとしてたら、ぐぅと鳴る腹の音。お腹すいた。
サンドイッチを食べてから何時間経ったのかな。僕の腹時計は正確だ。

でも財布もスマホも持たずに出てきちゃったからコンビニでおにぎりも買えない。ひもじい。
カフェに行きたいとか僕は馬鹿か。
無銭飲食はダメ絶対。

財布を取りに家に帰ろうにも道が分からないし、そもそもの住所が分からないんだ。詰んでる。
それに帰りたいのかも分からない。あの家に。

これってヤバいかも。
今夜のご飯も寝る場所も何もない。
僕このままだとホームレス?
ホームレスの人って食事とかどうしてるんだろう。
テレビで見たニュースでは日比谷公園でボランティアの人がご飯を配っていたけど、それっていつやってるのかな。毎日?

「お困り事ですか? なにか手伝えることありませんか?」

俯く僕のつむじのあたり。急に女の人の声がした。
お腹がすきすぎてご飯のことしか考えてない時に、いきなりこんなふうに声をかけられたものだから。
誰に声かけられたのかもろくに確認せず僕はこう言ってしまった。

「ホームレスの人向けの炊き出しって僕が行っても大丈夫ですかね?」

言ってから気付いたよ。
親切な女の人はドン引きだよ。
もうやだ。逃げ癖がついて走り出そうとする僕の腕を意外と強い力で掴まれた。
この人、母さんぐらいの歳なのに思ったよりパワフル。

「ちょっと待って。私、怪しい者じゃありません。あっ、とても怪しく聞こえるかもしれないけど。ごめんね。少しだけ話を聞いてくれないかな」

話を聞くだけならいいよ。
強く掴まれた腕を振りほどく気力もないし。
逃げる気持ちがしぼむ。

「私はこういう活動をしているんだけど」

女の人が持っていたバッグからパンフレットを取り出す。
渡されたパンフレットには『居場所のない子供たちの宿り木に』の文字。
ページをめくると目の前の女性が写真付きで載っていた。
NPOこころのやどり木の代表、朝日泰葉さん。
まさかNPOの代表さんに声かけられるとは。
今の僕ってそんなに心配されるような見た目してた?

「NPOっていうとなんか難しい感じするけど全然そんなんじゃなくてね。誰かと話がしたいなってときに気軽に話が出来るようにLINEとかSNSでも活動してて」

人や物、情報に溢れている現代。
そのなかで孤独を覚える若者に人と繋がれる安心感を。
そういうことを目的に活動をしているみたい。
それは物理的なものだけじゃなくて、精神的な居場所の提供?

「それと、さっき食事のこと気にしてたよね? うちはそういう毎日の食事の相談にものれるから」

うわぁ。もしかして僕は保護されそうになっている?
そっか。僕は今そういうふうに見えるのか。
でも僕はもう大人だから。子供じゃないから。

「あの、僕よく間違えられるけど子供じゃないので。こう見えて24歳だし。だから貴方の支援の対象外っていうか」

年齢を聞いてびっくりしないで。童顔なのは知ってます。

「あらやだ。ごめんなさい。とても若く見えたので。フレンドリーに話しすぎちゃいましたね」

謝らなくてもいいですよ。
僕は今日からただのホームレスです

「24歳という年齢を気になされてましたけど安心してください。20代はちゃんと若年者として保護の対象ですから。それに私、困っている人をほっとけないんです。まずは一緒に夕ご飯を食べましょう」

すぐ近くに事務所があるからと半ば強引に連れていかれることになった。
まあ、嫌なら腕を振り解けばいい。
それをしなかった僕は彼女の言う支援に縋っているんだろう。
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