恋愛サティスファクション

いちむら

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恋愛サティスファクション

ハローGW5

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電話は圭介さんから。
ちょっと遅めの昼休みって時間だから職場からかけているのだろう。
出るべきか迷っていたら、鈴村さんに「電話の相手を待たせてはいけないよ」って言われた。
待たせてるつもりはないけど。
ちょっと緊張するんだ。
きっと圭介さんは今から僕が行く場所のことを知った上で電話をくれたから。
深呼吸をひとつ。
緑色の着信アイコンを指ではじく。

「もしも……」
「唯、今どこにいる?」

くいぎみに圭介さんが聞いてきた。
すごく焦ってる。そして怒ってる。
そんなピリピリとした声が耳に刺さる。

「玲司君の車で」
「すぐ降りるんだ」
「無理です。だって高速だし」
「なら、一番近いサービスエリアで待ってて。迎えに行く 」
「迎えって。圭介さん仕事中ですよね」
「そんなものどうとでもなる。それよりも高速って、どの辺りを走っているんだ? 玲司に言って、すぐに最寄りのサービスエリアに入ってもらえ」
「えっ、えっと……」

今どこにいるかなんて急に聞かないで。
道は玲司君が知ってるみたいだから、僕は助手席に座っているけどナビなんてしてない。
さっき青看板はあったけど何て書いてあったっけ?

「唯、返事は?」
「はいっ。ごめんなさいっ」
「謝ってほしいんじゃない。なんで花見会なんかに行くの?」
「ごめっ……」

謝るんじゃなくて説明をするべきなのに言葉に詰まる。
スッと後ろから鈴村さんの手が伸びてきて、話し途中のスマホが取り上げられた。

「やあやあ勤労青年よ。お疲れ様。ご機嫌はいかがかな?」

飄々とした鈴村さんにスマホの向こうで圭介さんがすっごく怒ってる。
それを「うむ」と笑顔で相槌をうち聞き流す鈴村さん。
一通り、圭介さんの言い分を聞いて。

「行き先を花見会だと伝えずに車に乗せたのは玲司だ。肉を食べに行くとだけ伝えて誘ったそうだよ。君から玲司との遊びを推奨されていたサクラにその誘いを断れというのも酷ではないかね」

鈴村さんは僕の代わりに、どうしてこうなった? な状況を説明する。
落ち着いた鈴村さんの言葉を圭介さんも聞いてくれてるみたい。

「そして花見会が鞘間組の“お集まり”だと伝えたのは私だ。黙ったまま会場に放り出すのも可哀想じゃないか。初顔見せなのだから粗相のないようにフォローするのが先輩の役目かと思ったのだよ」

顔見せ。僕は今日、ヤクザの皆さんに紹介されるってことか。
実感わかないなあ。

「とにかくサクラに怒鳴り散らすのは筋違いだろう。君の不手際が起こした結果だ。反省もかねて午後もしっかり定時まで働きたまえ。仮病で早退などしたら“メッ”だからね」

何回聞いても怖くない“メッ”だなあ。

「それでは自分がするべきことは分かったかい?……違うだろう。働くことも大事だがね。一方的に怒りをぶつけたことに正当性はないのだ。サクラに謝るべきだろう。ごめんなさいって言えるね?……うんうん。私は頑張る君を応援しているから。ではサクラに電話を返すよ。」

ここで僕ですか!?
僕は気にしなくて良いです。
このタイミングでスマホ返さないで。
いや、受け取りますけど。
僕の動揺した息遣い、スマホの向こうに伝わらないでっ。

「あの、もしもし。圭介さん?」
「唯」
「はい。唯です」
「ごめん。俺まだ状況把握出来てなくて。それで唯にキツく当たっちゃって」
「大丈夫です。それは僕も同じです。今どこにいるかとか、さっぱり分かってません」
「今から引き返すとか無理?」
「どうやら僕のことを歓迎する準備をしてくださっているそうなので。今さら帰るとか逆に駄目じゃないですか?」

だって、ヤクザってメンツを大事にするんでしょ?
任侠映画のイメージだけど。

「駄目じゃないけど。駄目かも。いや、でも帰れるなら帰った方が……。そしたら家まで迎えが来るだけか? それは最悪だ」

ほら。行かないなんて選択肢はすでにないんだ。

「だから僕は行きますね。山桜が綺麗で、美味しいお肉も食べられるらしいから」
「あれはそんな良いものじゃないっ」
「圭介さんは何で行って欲しくないんですか? ちゃんと説明してくれて、それに納得できたら帰ります」

理由は大事だよね。
すっごい筋が通った理由があれば、ヤクザさん達も分かってくれるでしょ。
でも、裏を返せば筋が通らない我が儘は絶対にしちゃいけない。

「聞いても引かない?」
「はい」
「嫌いにならない?」
「今のウジウジしてる圭介さんのままじゃ嫌いになるかもです」
「それは困るなー」
「僕も嫌いになりたくないから困っちゃいます」

だから、僕の好きな圭介さんらしく、話しちゃいなよ。
僕は聞くよ。

「あー。マジでー。電話で言うのはないじゃんねー」
「聞くのを怖がって先延ばしにした僕も悪かったです。ごめんなさい。だから何言われても逃げたりしないんで。安心して話してください」
「唯が男前過ぎてマジ惚れる」
「えへへ」

褒められちゃった。

「俺だけビビってて格好悪いじゃん。ごめん。一人でみっともなくて」
「人間、完璧じゃつまんないですよ。ちょっとぐらいの疵瑕があるほうが魅力的だって」

映画の受け売りだけどね。
圭介さんが息を飲んだのが聞こえる。
音じゃなくて。空気が。電波にのって伝わる。
大丈夫。怖いのは圭介さんだけじゃないよ。
僕だって怖いよ。でも逃げないから。受け止めるから。

「花見会の会場に俺の父親がいる」

圭介さんのお父様がいる?
今から会っちゃうの?

「玲司君、今すぐ僕の家に戻って!」
「唯帰ってくれるんだー」
「当たり前です。圭介さんのお父さんに会うのに、僕めっちゃカジュアル。ご挨拶をする服装じゃない! スーツに着替えなきゃ!」

挨拶するならカーゴパンツにゴアテックスのショートブーツじゃ失礼だ。
きちんとしたスーツで、手土産もいるじゃん。
手ぶらとかない。お饅頭買わなきゃ。

「ちょっと、玲司君。笑ってないでUターンして。鈴村さんも笑い事じゃないです。僕の一大事!」

玲司君はハンドルを握ったまま大爆笑。
鈴村さんもお腹かかえて笑いすぎ。

「唯、落ち着いて。今日の集まりはそんなに固いものではないし、カジュアルな格好でも大丈夫だから」
「でも、でも。圭介さんのお父さんにご挨拶するんですよ。人は見た目が9割ですよ」
「その服は玲司が選んだものだろー?」
「そうですけど」
「じゃあ、大丈夫。玲司はドレスコードを無視する奴じゃないし。唯に似合ってる服を選んでくれているはずだ」
「似合っててもアウトドアブランドの服なんです。キャンプとか山登りするような服なんです」

伝わって。この僕の焦り、伝わって。

「花見会は山でやるし、肉も焼くからキャンプみたいなものだよ」

圭介さんも笑いをこらえてる声がする。
全然、僕の焦りが伝わってない。
それとも伝わってて笑われてるの?
それならひどくない?

「唯、ありがとう」

ん? どういたしまして?

「本当にありがとう。唯は俺の父親が何やってるかじゃなくて、挨拶することを一番に考えてくれたんだねー」
「当たり前ですよ。だって、僕は圭介さんのお父さんと仲良くなりたいですし。嫌われたら悲しいです」
「俺の父親、絡み酒でちょっと面倒な人だけど。玲司を生け贄に捧げていいから何とか時間稼いで。仕事終わったら俺もすぐに行く」
「はい。皆でお肉を食べて桜を見て待ってます」
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