恋愛サティスファクション

いちむら

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恋愛サティスファクション

ハローGW4

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「玲司君ってヤクザの構成員なの!?」

思わず叫んでしまってから、慌てて口を両手で塞ぐ。
もう遅い。言っちゃった。

「ちげぇぞ」
「そうだよ。玲司はただの一般人。……ふふっ」

鈴村さん、その笑い方は怖いですっ!

「前あいたな。車動かすから、佐倉受け取りヨロシク。支払いはダッシュボードのなかのプリカで」

ハンバーガーショップのプリペイドカードは無造作に輪ゴムで束ねて放り込んであった。
なんでこんなにたくさんあるの?
分厚い束も今はなんか怖い。

プリペイドカードで問題なく支払いを済ませて。
ハンバーガーの詰まった大きな袋を受け取った。
自分と玲司君の分を取り分けたら、残りは後ろに座る鈴村さんに渡す。

「食事だ。起きたまえ」
「ふぁい。おはよーござまー」

鈴村さんは眠っていた店長さんを起こして、小さな紙袋をひとつだけ渡す。

「って、ええー!? ポテトちっちゃ。しかもミルクだし。なんでトランプ?」
「お子様セットだからね」
「じゃあ、メインは? バーガーないじゃないですか」
「メインのナゲットは私のものだ」
「ジャイアンだ。顔だけキレイなジャイアンだ」
「誉めてもナゲットはやらぬぞ」
「誉めてないです」
「というのは冗談で、疲れて眠る君を思って選んだものがココにある。心して食せ」
「あざーっす。いただきまーすっ」

後ろで繰り広げられるコントを聞きながら、僕は玲司君のアレ食べたい、コレ取ってに応える。
まずは期間限定のチーズタコスバーガー。
ドリンクホルダーに1個目のコーラを出して。

「ナゲット」
「はい、あーん」
「タコスソースたれた」
「はいはい。いま拭くから」
「次のバーガー取って」
「早いね。ちゃんと噛んで食べなよ。ポテトは?」
「食べる」

そう言って口を開ける玲司君にポテトを数本食べさせて。
玲司君って僕より年上のはずなのに、大きな子供みたいだ。
お世話をしながら自分の分も食べる。
ピリ辛なタコスソースが美味しい。アップルパイも安定の美味しい。

「そのアップルパイ食べてるヤツ初めて見た」
「美味しいのに」
「ひとくちちょーだい」
「うん。いいよ」

食べかけでも良いなら。
半分ぐらい食べちゃったアップルパイを「あーん」ってしたら。
パクリとひとくちで残りの全部を食べられた。

「ちょっと! ひとくちが大きくない!?」
「意外と旨いじゃん。でも、ひとくちだけでイイか。佐倉が買うときに分けてもらうぐらいがちょうどイイ」
「今のひとくちだけで半分食べてたよ。それなら1個まるまるあってもふたくちで食べ終われるじゃん。自分の食べる分は自分で頼んで」
「分かってないな。ひとくちがイイんだ」
「次からはアップルパイを2個頼むことにする」

食べ終わったら、ゴミをまとめて。
車は郊外に向かう高速を走っているので外を見ても楽しくない。
店長さんはお昼ご飯を食べたらまた眠ってしまって。
玲司君も黙ったまま。
さっきの話、詳しく聞いても良いのかな。
なんとなくハンバーガーを食べる雰囲気で話が流れちゃったけど。
とっても大事な話をしていたよね。
って考えてたら鈴村さんの方から話しかけてくれた。

「さて、腹ごなしも済んだことだし、私と少しお話をしないかい?」
「お話ですか?」
「これから向かう場所について知りたいだろう」
「そうですね。僕、お肉を食べに行くとしか聞いてないんです」
「それはとても不親切な案内だ。今から行くのは花見会だよ」
「花見にしては遅くないですか?」

来週にはGW。桜はすでに散っている。

「今日愛でるのは山桜だから今がちょうど満開の時期だ」

へえ。山桜。
今から山に行くのか。
だから、玲司君は寒くなるかもしれないってネルシャツも出してくれたんだ。
腰に巻いていたシャツをそっと撫でる。
渡してくれたとき、お花見に行くって言ってくれたら良かったのに。

黙って運転を続ける玲司君の横顔をチラリと見る。
いつもなら運転中でも構わずセクハラしてくるのに、今日はちょっと雰囲気が違う。
緊張してる? それは、これから行く場所のせい?

「自由に見られるものではないからしっかりとご覧。とても美しい花だからね」
「自由に見られないものなんですか? 保護地区みたいな?」
「私有地に生えている桜だからね。勝手に見に行っては怒られてしまうよ」
「私有地って」

もしかして、ヤクザの所有地?

「個人所有なだけでヤクザの土地というわけではないよ。だからそんなに恐れることはない。取って食われたりなどしないから」

取って食われなくても、ヤクザさんと相席でお花見はハードルが高い。

「でも、そこにヤクザさん達もお花見に来てるんですよね?」
「近頃はヤクザに対する規制が厳しくて、花見も満足に出来ないのだよ。だから懇意にしている一般人の土地で花見を行うのさ」
「ヤクザが懇意にしている一般人って、それは一般人と言えるんですか?」
「良い質問だね。この場合、一般人には枕詞が付く。“法的には”というね。ヤクザの世界というものは、とかく法に縛られるものなのだよ」
「暴対法ですか?」
「ほう。知っていたか」
「職場の新人研修で暴力団の人に携帯の契約をしちゃいけないって教わって。軽く説明はされました。そのときは僕に関係ない話だと聞き流してたんですけど」
「思いっきり関係しちゃったね。あははっ」

笑い事ではないと思う。

「確かに法に触れることを恐れず、触れないギリギリを攻めるのも得意だけど。悪いことだけをしている団体でもないのだよ。たとえば私と玲司が勤めているグラスリーフは鞘間組の資金によって買収されなければ、とうの昔に倒産していただろう。家庭をもつ社員も多い会社だ。そうなっていれば皆、辛い思いをしただろうね」
「でも、その買収に使ったお金って……」
「すべての金が犯罪によって稼がれているわけではない。組の裏家業と直接は繋がっていない一般企業も多い。グラスリーフのようにね」

僕が買っていた服のお金が巡り巡ってヤクザの資金になっていたかもしれないのか。
話が大きすぎて想像できない。

「グラスリーフの社員の殆どはその事実を知らない。知っているのは私や玲司を含めてごく一部だ」
「僕は知ってしまって良かったんですか?」
「君は知る権利がある。君の事を愛しているといいながら信じきれず、何も話していない男達が不甲斐ないのだよ」

これが圭介さんの黙っていたこと?

「あの、圭介さんも……」

ヤクザなのかって聞きたいけど、言葉が途中で止まってしまう。

「圭君も“法的には”ヤクザと関わりのない一般市民だ。けれども、この車内の誰よりも深く繋がっている。それは本人から聞くべき事かな」

これが圭介さんの言っていた聞くのに覚悟がいる話。
なんの覚悟もなしに聞かされちゃったんですけど!
事前の前フリというかクッションは欲しかった。
でも、聞かないまま花見会に参加するのはもっと駄目だ。
心の準備って大事。
鈴村さんが説明してくれたのは優しさなんだろうけど。
ちょっと今の話を消化するのに時間がほしい。

頭の中がグルグルするのを止められなくて。
でも、何を話したら良いのかも分からなくて。
余計に渦巻く感情にほんろうされて。
ほとんど揺れない車なのに乗り物酔いしちゃったみたいに気持ち悪くなってきた頃。

僕のスマホの着信が鳴った。
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