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恋愛サティスファクション
すれ違い三叉路6
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僕がお願いしたのは普通のお茶漬けなのに。
事務室にある応接セット(全体的に黒くて四角い印象のソファーとローテーブル)に招かれた僕の前に並ぶのは。
名古屋グルメのひつまぶし。
お櫃に入った熱々の鰻飯に漆塗りの薬味いれ。
見るからに高級そうな出で立ちにビビる。
「めっちゃ旨そう。オレの分もある?」
「そう仰ると思って2人前頼んでおきました」
「分かってんじゃん」
玲司君は食べ慣れてる様子で細々とした器の蓋を取り外していく。
そして大きな両手をパンっと打ち鳴らしてから、鰻飯をお茶碗によそった。
「佐倉も食えよ。冷めちまうぞ」
「うん。いただきます」
玲司君に肘でつつかれて食べるように促されるけど。
テレビのグルメ番組で見た記憶がある程度で、ひつまぶしの詳しい食べ方は知らない。
たしか、そのまま食べたりお茶漬けにしたりするんだったはず?
食べる順番は最初はそのままだったっけ?
「鰻は苦手でしたか?」
「違います。そうじゃなくて」
僕の手が止まってしまったことで店長さん(フロアスタッフの一人だと思っていたお兄さんは実はクラブの店長さんでした)に余計な心配をかけてしまった。
店長さんが僕のことを特別な客として全力で持て成そうとしてくれているのだけど。
度が越えた歓待は持て成される側の負担になるのだと、されてみて初めて知る。
けど店長さんがミスを取り戻そうと頑張っているのも分かるから。
僕も頑張ってお客さんになっている。
「梅干しの茶漬けでも想像してたとこに、ひつまぶしなんて出されたからビビったんだろ」
なんで僕の考えてること分かるの?
エスパー? サイコメトリー?
ビックリして隣に座る玲司君の顔をじっと見る。
「佐倉は考えてること顔に出すぎ」
「えっ? そうかな」
「そうそう。ムダに悩んでるのも駄々もれ。どーせ、ひつまぶしの正しい食べ方~とか考えてたんだろ」
「なんで。それを」
「こんなもんに食べ方とかあるかよ。好きに食えば良いんだぜ」
「そうなのかな?」
「そーだ。大事なのは旨いって残さず食うこと」
なるほど。美味しく残さず食べるとはシンプルだけど真理だ。
真夜中にひつまぶしが出てくる、なんとも不可思議な現状には一旦目を瞑って。
今は食事を楽しもう。
って、僕が意気込んでいる間に、玲司君が僕のひつまぶしを茶碗に取り分けてお茶漬けを用意してくれた。
お出汁をかけるタイプのものもあるらしいけど、今夜用意して貰ったのは煎茶のタイプ。
芳ばしい鰻とほのかに甘味のある煎茶の食欲を誘う香り。
「茶漬け食いたかったんだろ?」
「うん。ありがとう」
玲司君の手の中にあるときは湯飲みみたいに小さく見えたお茶碗も、僕が持つと普通サイズ。
そんなことも楽しく思いながら、ひつまぶしのお茶漬けを匙ですくって食べた。
「美味しい」
「そっか。しっかり食えよ」
「うん」
美味しいと無言になるって本当だ。
あっという間に1杯目のお茶漬けを食べてしまうと、次はそのまま、その次は薬味をかけて。
最後の〆にもう一度お茶漬けにして完食。
「ごちそうさまでした」
「足りたか?」
「足りた。足りた。美味しすぎて幸せ」
ちょっと食べすぎちゃったかなってお腹をさすってたら、玲司君の手もお腹に伸びてきて。
「おー。しっかりふくれたな。よしっ」
「ちょっと、食べすぎちゃったとこだから撫でないで」
「ぽっこりしてんのがイイのに」
「僕は気にするからダメ」
イタズラな玲司君の手を引き剥がして。
今日は簡単に離れてくれた。
玲司君は離れないときは本当に離れてくれないのに。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「十分すぎるほど満足です」
「それは良かったです。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
店長さんが手ずから淹れてくれた食後のお茶で一息。
ほうじ茶も美味しい。ほっとするなあ。
ひつまぶしだけでは足りなかった玲司君は追加でパエリアを食べている。
お米が美味しいのは分かるけど、食べ過ぎじゃない?
「玲司君、野菜も食べた方が良くない?」
「ビタミンサプリ飲んでるから平気」
「えー。玲司君はそれで平気かもだけど、Roi君の頬っぺたにニキビが出来たら僕泣くよ」
冗談ではなく。Roi君にニキビだなんて、ショックで泣く自信がある。
「佐倉さんを泣かせるわけにはいかないですよね」
僕の言葉に店長さんも乗っかる。
普段から玲司君は野菜を食べてないんだ。
「サプリメントだけじゃ身体に良くないよ。野菜も食べた方が良いって」
モデルは身体が資本なんだから。
「なんか野菜持ってこい」
「はい。よろこんで」
苦虫を噛んだみたいな渋い顔の玲司君と満開スマイルな店長さん。
店長さんが内線で頼んでくれたのは野菜たっぷりのスパニッシュオムレツとポタージュスープ。
「はい」ってめっちゃ笑顔の店長さんからケチャップを渡されたから受け取ったけど。
これはオムレツにケチャップをかけろってことだよね。
うんっ。任されたっ。
「おいしくなーれ」
おまじないをしてからケチャップでオムレツに『がおー』って書いた。
玲司君はライオンっぽいなって前から思ってたから。
「オレのイメージ『がおー』なのかよ」
「それよりも、おいしくなーれって。どこのメイド喫茶ですか」
えっ? ダメだった?
二人揃って額に手を当てて悩まないで。
「ちなみに、それ圭にもやってんのか?」
「圭介さんだけじゃなくて結構どこでもやってるよ。飲み会のテッパンネタみたいな感じで。昔から」
「それ、他のヤツにやるのやめとけ。いろいろヤバイ」
「そうだよね。高校の頃からのネタだけど、そろそろ卒業かなって自分でも思うんだ。でも頼まれることも多くて」
「頼まれても断れ。んなもん頼むの下心だろ」
「下心って。そんなのあるわけないじゃん。ただのネタだよ」
「じゃあ、オレが頼んでもやるんだろうな?」
「玲司君には下心あるの?」
「下心しかないって言ったら?」
そういえば、玲司君は前に僕のことを落とすって言ってたっけ?
話しやすいせいか、ついつい忘れちゃうけど。
そうだ。次に会えたときには聞きたいことあったんだった。
「玲司君は僕のことをどう思ってる?」
友達? それとも?
「今すぐ押し倒したいぐらいに好きだぜ」
すごいなあ。下半身だけで考えてる下心の塊みたいな答えなのに、いやらしくない。
湿りけのない色気で健康的なエロスだからかな。
「そんで、佐倉はオレのことどう思ってる?」
事務室にある応接セット(全体的に黒くて四角い印象のソファーとローテーブル)に招かれた僕の前に並ぶのは。
名古屋グルメのひつまぶし。
お櫃に入った熱々の鰻飯に漆塗りの薬味いれ。
見るからに高級そうな出で立ちにビビる。
「めっちゃ旨そう。オレの分もある?」
「そう仰ると思って2人前頼んでおきました」
「分かってんじゃん」
玲司君は食べ慣れてる様子で細々とした器の蓋を取り外していく。
そして大きな両手をパンっと打ち鳴らしてから、鰻飯をお茶碗によそった。
「佐倉も食えよ。冷めちまうぞ」
「うん。いただきます」
玲司君に肘でつつかれて食べるように促されるけど。
テレビのグルメ番組で見た記憶がある程度で、ひつまぶしの詳しい食べ方は知らない。
たしか、そのまま食べたりお茶漬けにしたりするんだったはず?
食べる順番は最初はそのままだったっけ?
「鰻は苦手でしたか?」
「違います。そうじゃなくて」
僕の手が止まってしまったことで店長さん(フロアスタッフの一人だと思っていたお兄さんは実はクラブの店長さんでした)に余計な心配をかけてしまった。
店長さんが僕のことを特別な客として全力で持て成そうとしてくれているのだけど。
度が越えた歓待は持て成される側の負担になるのだと、されてみて初めて知る。
けど店長さんがミスを取り戻そうと頑張っているのも分かるから。
僕も頑張ってお客さんになっている。
「梅干しの茶漬けでも想像してたとこに、ひつまぶしなんて出されたからビビったんだろ」
なんで僕の考えてること分かるの?
エスパー? サイコメトリー?
ビックリして隣に座る玲司君の顔をじっと見る。
「佐倉は考えてること顔に出すぎ」
「えっ? そうかな」
「そうそう。ムダに悩んでるのも駄々もれ。どーせ、ひつまぶしの正しい食べ方~とか考えてたんだろ」
「なんで。それを」
「こんなもんに食べ方とかあるかよ。好きに食えば良いんだぜ」
「そうなのかな?」
「そーだ。大事なのは旨いって残さず食うこと」
なるほど。美味しく残さず食べるとはシンプルだけど真理だ。
真夜中にひつまぶしが出てくる、なんとも不可思議な現状には一旦目を瞑って。
今は食事を楽しもう。
って、僕が意気込んでいる間に、玲司君が僕のひつまぶしを茶碗に取り分けてお茶漬けを用意してくれた。
お出汁をかけるタイプのものもあるらしいけど、今夜用意して貰ったのは煎茶のタイプ。
芳ばしい鰻とほのかに甘味のある煎茶の食欲を誘う香り。
「茶漬け食いたかったんだろ?」
「うん。ありがとう」
玲司君の手の中にあるときは湯飲みみたいに小さく見えたお茶碗も、僕が持つと普通サイズ。
そんなことも楽しく思いながら、ひつまぶしのお茶漬けを匙ですくって食べた。
「美味しい」
「そっか。しっかり食えよ」
「うん」
美味しいと無言になるって本当だ。
あっという間に1杯目のお茶漬けを食べてしまうと、次はそのまま、その次は薬味をかけて。
最後の〆にもう一度お茶漬けにして完食。
「ごちそうさまでした」
「足りたか?」
「足りた。足りた。美味しすぎて幸せ」
ちょっと食べすぎちゃったかなってお腹をさすってたら、玲司君の手もお腹に伸びてきて。
「おー。しっかりふくれたな。よしっ」
「ちょっと、食べすぎちゃったとこだから撫でないで」
「ぽっこりしてんのがイイのに」
「僕は気にするからダメ」
イタズラな玲司君の手を引き剥がして。
今日は簡単に離れてくれた。
玲司君は離れないときは本当に離れてくれないのに。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「十分すぎるほど満足です」
「それは良かったです。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
店長さんが手ずから淹れてくれた食後のお茶で一息。
ほうじ茶も美味しい。ほっとするなあ。
ひつまぶしだけでは足りなかった玲司君は追加でパエリアを食べている。
お米が美味しいのは分かるけど、食べ過ぎじゃない?
「玲司君、野菜も食べた方が良くない?」
「ビタミンサプリ飲んでるから平気」
「えー。玲司君はそれで平気かもだけど、Roi君の頬っぺたにニキビが出来たら僕泣くよ」
冗談ではなく。Roi君にニキビだなんて、ショックで泣く自信がある。
「佐倉さんを泣かせるわけにはいかないですよね」
僕の言葉に店長さんも乗っかる。
普段から玲司君は野菜を食べてないんだ。
「サプリメントだけじゃ身体に良くないよ。野菜も食べた方が良いって」
モデルは身体が資本なんだから。
「なんか野菜持ってこい」
「はい。よろこんで」
苦虫を噛んだみたいな渋い顔の玲司君と満開スマイルな店長さん。
店長さんが内線で頼んでくれたのは野菜たっぷりのスパニッシュオムレツとポタージュスープ。
「はい」ってめっちゃ笑顔の店長さんからケチャップを渡されたから受け取ったけど。
これはオムレツにケチャップをかけろってことだよね。
うんっ。任されたっ。
「おいしくなーれ」
おまじないをしてからケチャップでオムレツに『がおー』って書いた。
玲司君はライオンっぽいなって前から思ってたから。
「オレのイメージ『がおー』なのかよ」
「それよりも、おいしくなーれって。どこのメイド喫茶ですか」
えっ? ダメだった?
二人揃って額に手を当てて悩まないで。
「ちなみに、それ圭にもやってんのか?」
「圭介さんだけじゃなくて結構どこでもやってるよ。飲み会のテッパンネタみたいな感じで。昔から」
「それ、他のヤツにやるのやめとけ。いろいろヤバイ」
「そうだよね。高校の頃からのネタだけど、そろそろ卒業かなって自分でも思うんだ。でも頼まれることも多くて」
「頼まれても断れ。んなもん頼むの下心だろ」
「下心って。そんなのあるわけないじゃん。ただのネタだよ」
「じゃあ、オレが頼んでもやるんだろうな?」
「玲司君には下心あるの?」
「下心しかないって言ったら?」
そういえば、玲司君は前に僕のことを落とすって言ってたっけ?
話しやすいせいか、ついつい忘れちゃうけど。
そうだ。次に会えたときには聞きたいことあったんだった。
「玲司君は僕のことをどう思ってる?」
友達? それとも?
「今すぐ押し倒したいぐらいに好きだぜ」
すごいなあ。下半身だけで考えてる下心の塊みたいな答えなのに、いやらしくない。
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