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恋愛サティスファクション
すれ違い三叉路5
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僕が僕だと言う証明ってどうすれば良いんだろう。
哲学の問題か。
それに僕があの日のウサギだと分かっても、そもそも招かれざる客であることには変わらないわけだし。
詰んだ。完全に終わった。
もう、迷惑かけちゃうからとか言っている場合ではない。
仕事の邪魔したくなかったけど圭介さんに電話して説明してもらおう。
圭介さんの言うことなら般若みたいに怒ってるこの人もきっと聞いてくれる。はず。
なので、まずは鞄を返してください。
その中にスマホが入ってるんです。
って言いたいのに、言えない。
その威圧感満載なオーラをなんとかしてください。
この前とは真逆のピリピリした空気にもう泣きそう。大人だから泣かないけど。
涙目なのは季節外れの花粉症だ。そういうことにして。
意を決して鞄を返してもらおうと震える手を握りしめる。
その時、なんの事前アクションもないところにいきなり部屋の扉が開いて。
ビックリして振り向いたら。
「やっぱりいた。バカウサギ。一人で来るなって言っただろうが」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは玲司君。
扉から真っ直ぐに僕の側に来てくれる。
堂々とした立ち振舞いがなんとも頼もしい。
完全アウェイなこの空間で玲司君に会えるとか。嬉しすぎる。
ようやく話の出来る相手が現れてホッとしたのか、限界を越えた僕の瞳からポロっと雫が零れた。
大人の男が泣くとか恥ずかしくて、咄嗟に玲司君の胸元におでこを擦り付ける。
こうすれば濡れた頬も赤くなった目許も見られない。
玲司君の着ているシャツの裾の方を心細くて握っちゃった。シワになっても許して。
「VIPにバカが紛れ込んでてテンチョーが対処中って聞いたから来てみれば。なに捕まってんだよ。バカだなぁ」
やめて。バカバカ言わないで。自分が馬鹿なことは僕が一番分かってるから。
「これに懲りたら、もう一人で遊びに来るなよ」
うん。もう二度とここには来ないって誓う。
「そんなに怖かったのか」
うん。怖かった。すごく怖かった。
話が通じない相手も、信じてくれない相手も、怖かった。
怖かった本人の前だから怖かったって言えないけど、怖かった。
「よしよし。オレが来たから、もう怖くないぞ」
うん。玲司君はマジでヒーロー。
「ちょっと、待ってください。まさか、本当にこの人があのウサギちゃんなんですか?」
「あ゛ぁん? 当たり前ぇだろ。てめぇ、どこに目ぇつけてんだ?」
「そんな!? うそ!? えぇ~!? 詐欺ですよ! こんなの!」
あっ。また詐欺扱いされた。
ちょっと傷付くんだけど。
普段の僕はそんなに地味か?
「それ、オレも言ったから。お前、二番煎じな。だせぇ」
「いやいや。ダサいとかではなく。ということは、本当に彼があの時のロリータウサギちゃんなんですね」
「そーだぞ。てめぇがプレミアカード渡した相手がこいつだ。まさか自分で渡しといて不審者扱いするとはな」
「大変失礼いたしましたっ」
ひいっ。土下座しそうな勢いで頭下げられても、逆にビビるから。
この人、怒ったり謝ったりがいろいろ極端なんだ。
もう少し、全体的にマイルドにして欲しい。
じゃないと僕は受け止めきれないよ。
「あ、あの。僕もちゃんと説明できなかったのがいけないんだし。頭をあげてください」
「全てはこちらの不手際が起こしたこと。お約束通り歓迎させていただけますか?」
その約束はもう流してしまおうよ。
歓迎とか不要なんで。
「まずは何を飲まれますか? たしか先程はトロピカルジュースを召し上がってましたけど、同じもので?」
今度は歓迎ムードでめちゃくちゃ丁寧な態度になったけど。
その変わり身の早さが余計に怖い。
「それとも、お酒のが良いですか? 飲みやすいカクテルでもいかがです?」
カクテルは危険だ。
飲みやすいものでも意外と強いお酒を使ってたりするから。
これまで何度失敗してきたか。
起きたら知らない天井なんてもう見たくない。
盛り上がっていたかと思うと突然コテンっと寝る僕を笑って許してくれる相手となら飲めるけど。
こんな状況じゃお酒は無理。
動かなくなった僕の頭を玲司君の大きな手が撫でてくれる。
この大きな手の安心感が癖になりそう。
緊張で強ばっていた身体もリラックスしてきた。
「佐倉、今ならどんなワガママも聞いてもらえそうだぞ」
結構です。
ひとつでもお願い事を頼んだら、何を請求されるか分からない恐怖があるもん。
「腹減ってないか? ここの飯の旨さはオレが保証するぞ」
うっ。お腹は空いてるけど。
美味しいのも前回食べたから知ってるけど。
「ほら、なんでも良いから言ってみろ」
「家に帰りたい」
なんでも良いと言われたから。
ずっと、ずーっと考えていた一番のお願い事が口から飛び出してしまった。
それを聞いてクラブのお兄さんは声にならない悲鳴をあげるものだから。
僕までつられて、肩がビクってしちゃった。
「あー。佐倉。帰りたい気持ちは分からんでもない」
うん。分かってくれて嬉しいよ。
「ただ、人助けだと思ってコイツに接待させてやってくれねぇか?」
うーん? 接待されるのが人助け?
「まともな佐倉には理解できないだろうバカみたいなルールがここには山ほどあって。すでにテンチョーは佐倉に数えきれないくらいのペナルティ稼いじまってんだ」
仕事上のペナルティ。この場合は接客のミスってことなんだろうか。
「んで、しがない雇われ店長の身としては、失礼ぶっこんだ上客をなんもせずに帰すわけにもいかねぇんだよ」
「僕は紛れ込んじゃった一般客で上客なんかじゃないよ」
「佐倉はそのつもりでも、テンチョーから見たらちげぇんだよ」
うーん? クラブのルールって難しい。
「分からんなら分からんままで良いから。せっかく会えたんだし、オレの飯に付き合うつもりで、お前も好きなもん食え」
うん。郷に入っては郷に従え。ってことなんだろう。
店長さんも本気で困ってるみたいだし、玲司君のご飯に付き合うのなら大丈夫。
「ってことだから。オレには適当になんか用意してくれ。佐倉は何が食いたい?」
「えっと。お茶漬け?」
精神的に疲れてるからヘビーなものは食べたくないな。
すっぱい梅干しを乗せて、熱々のほうじ茶をかけたやつが食べたい気分だ。
哲学の問題か。
それに僕があの日のウサギだと分かっても、そもそも招かれざる客であることには変わらないわけだし。
詰んだ。完全に終わった。
もう、迷惑かけちゃうからとか言っている場合ではない。
仕事の邪魔したくなかったけど圭介さんに電話して説明してもらおう。
圭介さんの言うことなら般若みたいに怒ってるこの人もきっと聞いてくれる。はず。
なので、まずは鞄を返してください。
その中にスマホが入ってるんです。
って言いたいのに、言えない。
その威圧感満載なオーラをなんとかしてください。
この前とは真逆のピリピリした空気にもう泣きそう。大人だから泣かないけど。
涙目なのは季節外れの花粉症だ。そういうことにして。
意を決して鞄を返してもらおうと震える手を握りしめる。
その時、なんの事前アクションもないところにいきなり部屋の扉が開いて。
ビックリして振り向いたら。
「やっぱりいた。バカウサギ。一人で来るなって言っただろうが」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは玲司君。
扉から真っ直ぐに僕の側に来てくれる。
堂々とした立ち振舞いがなんとも頼もしい。
完全アウェイなこの空間で玲司君に会えるとか。嬉しすぎる。
ようやく話の出来る相手が現れてホッとしたのか、限界を越えた僕の瞳からポロっと雫が零れた。
大人の男が泣くとか恥ずかしくて、咄嗟に玲司君の胸元におでこを擦り付ける。
こうすれば濡れた頬も赤くなった目許も見られない。
玲司君の着ているシャツの裾の方を心細くて握っちゃった。シワになっても許して。
「VIPにバカが紛れ込んでてテンチョーが対処中って聞いたから来てみれば。なに捕まってんだよ。バカだなぁ」
やめて。バカバカ言わないで。自分が馬鹿なことは僕が一番分かってるから。
「これに懲りたら、もう一人で遊びに来るなよ」
うん。もう二度とここには来ないって誓う。
「そんなに怖かったのか」
うん。怖かった。すごく怖かった。
話が通じない相手も、信じてくれない相手も、怖かった。
怖かった本人の前だから怖かったって言えないけど、怖かった。
「よしよし。オレが来たから、もう怖くないぞ」
うん。玲司君はマジでヒーロー。
「ちょっと、待ってください。まさか、本当にこの人があのウサギちゃんなんですか?」
「あ゛ぁん? 当たり前ぇだろ。てめぇ、どこに目ぇつけてんだ?」
「そんな!? うそ!? えぇ~!? 詐欺ですよ! こんなの!」
あっ。また詐欺扱いされた。
ちょっと傷付くんだけど。
普段の僕はそんなに地味か?
「それ、オレも言ったから。お前、二番煎じな。だせぇ」
「いやいや。ダサいとかではなく。ということは、本当に彼があの時のロリータウサギちゃんなんですね」
「そーだぞ。てめぇがプレミアカード渡した相手がこいつだ。まさか自分で渡しといて不審者扱いするとはな」
「大変失礼いたしましたっ」
ひいっ。土下座しそうな勢いで頭下げられても、逆にビビるから。
この人、怒ったり謝ったりがいろいろ極端なんだ。
もう少し、全体的にマイルドにして欲しい。
じゃないと僕は受け止めきれないよ。
「あ、あの。僕もちゃんと説明できなかったのがいけないんだし。頭をあげてください」
「全てはこちらの不手際が起こしたこと。お約束通り歓迎させていただけますか?」
その約束はもう流してしまおうよ。
歓迎とか不要なんで。
「まずは何を飲まれますか? たしか先程はトロピカルジュースを召し上がってましたけど、同じもので?」
今度は歓迎ムードでめちゃくちゃ丁寧な態度になったけど。
その変わり身の早さが余計に怖い。
「それとも、お酒のが良いですか? 飲みやすいカクテルでもいかがです?」
カクテルは危険だ。
飲みやすいものでも意外と強いお酒を使ってたりするから。
これまで何度失敗してきたか。
起きたら知らない天井なんてもう見たくない。
盛り上がっていたかと思うと突然コテンっと寝る僕を笑って許してくれる相手となら飲めるけど。
こんな状況じゃお酒は無理。
動かなくなった僕の頭を玲司君の大きな手が撫でてくれる。
この大きな手の安心感が癖になりそう。
緊張で強ばっていた身体もリラックスしてきた。
「佐倉、今ならどんなワガママも聞いてもらえそうだぞ」
結構です。
ひとつでもお願い事を頼んだら、何を請求されるか分からない恐怖があるもん。
「腹減ってないか? ここの飯の旨さはオレが保証するぞ」
うっ。お腹は空いてるけど。
美味しいのも前回食べたから知ってるけど。
「ほら、なんでも良いから言ってみろ」
「家に帰りたい」
なんでも良いと言われたから。
ずっと、ずーっと考えていた一番のお願い事が口から飛び出してしまった。
それを聞いてクラブのお兄さんは声にならない悲鳴をあげるものだから。
僕までつられて、肩がビクってしちゃった。
「あー。佐倉。帰りたい気持ちは分からんでもない」
うん。分かってくれて嬉しいよ。
「ただ、人助けだと思ってコイツに接待させてやってくれねぇか?」
うーん? 接待されるのが人助け?
「まともな佐倉には理解できないだろうバカみたいなルールがここには山ほどあって。すでにテンチョーは佐倉に数えきれないくらいのペナルティ稼いじまってんだ」
仕事上のペナルティ。この場合は接客のミスってことなんだろうか。
「んで、しがない雇われ店長の身としては、失礼ぶっこんだ上客をなんもせずに帰すわけにもいかねぇんだよ」
「僕は紛れ込んじゃった一般客で上客なんかじゃないよ」
「佐倉はそのつもりでも、テンチョーから見たらちげぇんだよ」
うーん? クラブのルールって難しい。
「分からんなら分からんままで良いから。せっかく会えたんだし、オレの飯に付き合うつもりで、お前も好きなもん食え」
うん。郷に入っては郷に従え。ってことなんだろう。
店長さんも本気で困ってるみたいだし、玲司君のご飯に付き合うのなら大丈夫。
「ってことだから。オレには適当になんか用意してくれ。佐倉は何が食いたい?」
「えっと。お茶漬け?」
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