恋愛サティスファクション

いちむら

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すれ違い三叉路1

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役所と役所をつなぐネットワークシステムが不具合を起こした。
そのニュースは連日、テレビを賑わせている。
これまでパソコン上で行われていた業務も人の手によってアナログなやり取りの確認が必要となったため、窓口がとても混んでいるとアナウンサーは中継先から伝えていた。
圭介さんの言ってたトラブルってこれのこと。

システムがおかしくなったのが金曜日の終業後。
関連各所と連携して事態を把握できたのが、僕がシャワーを浴びていた深夜2時。
ようやくできたわずかな時間で僕に電話をくれた。
その気持ちが嬉しい。だからこそ出られなかったタイミングの悪い自分が嫌になる。

これまでマイナンバーカードを使ってインターネットで出来ていた各種申請が窓口でないと出来なくなってしまった。
始まったばかりの確定申告も本来ならe-Taxでやれるはずたったのが、昔ながらの窓口受付のみに変更。
僕はサラリーマンだから関係ないけど、経営者や自営業の人達は大変そう。
政府は緊急処置として、確定申告の申請期間を延長して対応することとなった。

仕事の昼休憩。ご飯を食べながらスマホで関連ニュースを読んでいく。
役所の窓口の混雑により更なる混乱が起こるのではないかと不安を煽るニュースサイト。
ネットワークトラブルという言葉が一人歩きして、ショップにも携帯は大丈夫なのかって問い合わせは増えてるけど。
定型回答がある問い合わせならいくらでもどうぞ。
それよりも僕は圭介さんが疲労で倒れないか心配だ。

圭介さんは区役所にある仮眠室に寝泊まりしているらしい。
外部の会社からシステムエンジニアさんは派遣されてきているけど、役所の担当管理者として立ち会いが必要。
圭介さんは夜間の立ち会い担当を割り振られたために、毎日夕方に出勤して明け方に帰る生活だ。
生活リズムがおかしくなりそうだと圭介さんは愚痴っていた。
立ち会いをしながら単調なデータの打ち込みもやっていて、それが地味にツラいとも。

僕は明け方に帰る圭介さんの話を電話越しに聞くしか出来なくて。
せめて少しでも手伝えることはないかなって考えた。
僕の仕事終わりに圭介さんの家に寄って洗濯や掃除をやることにしたんだ。
ついでに簡単なお総菜を作って冷蔵庫にストックした。
バレンタインのチョコレートはいつの間にかなくなっていたから、食べてくれたみたい。

圭介さんが仕事に行っている間に掃除洗濯、料理とゴミ捨てまでやっておく。
ゴミの種類がお弁当のプラゴミとかペットボトルばっかりなのは少し心配だ。
日持ちのするおかずを作って冷蔵庫に置いているけどそれだけじゃ足りなくて、でも自分で作る余裕もないんだと思う。
だけど、たくさんお総菜作っておいても食べられるか分からないから今ぐらいの量でって言われてる。

やきもきしながら料理をして。使った調理器具を洗って。最後に分別したゴミを捨てにいく。
圭介さんのマンションにはゴミステーションがあるから夜遅くても捨てられるのは便利だ。
僕の住んでる単身者向けマンションとは違う。
圭介さんと僕では金銭的な部分で大きな違いがあるんだなってしみじみ感じる。
これは年齢とか職業だけの問題じゃない気がする。

この間のクラブのチケットも後からネットで調べたらランクがいろいろあって。
僕がお邪魔したのはどのランクなのか分からない。
それでも一番低いランクのチケットすら僕にとっては安くない金額だった。
あの夜、僕は食事のお金を払っていない。
玲司君も会計した様子はなかったけど、どうなってるんだろう。
ツケ? それとも食事込みのチケットだった?

タクシーも玲司君が払ってくれて。
玲司君が「圭のツレからは受け取れない」って言うから。
ああいった時は奢られるのも圭介さんの顔をたてることになるらしい。
クラブのルールってよく分かんない。

分からないと言えば、圭介さん。
いくら安定職とはいえ、公務員の給料とは釣り合わないコレクションやマンションのこと。
パリピなクラブのスタッフさんにも名前を覚えられている交遊関係。
僕がファンだと知っていて、Roi君と友達だったことを黙っていた。

僕の知らない圭介さんがいる。
結局、クラブに1回行ったところで圭介さんのことは分からないまま。
当たり前だ。僕達はまだ出会って1年とちょっと。
圭介さんが知らない僕がいるように、僕が知らない圭介さんがいるのが普通。

仕事が大変な圭介さんに込み入った話を聞くのはやめておいた方が良い。
それは分かってる。分かってるけど。
不安な気持ちが沸き上がる。
焦る気持ちが抑えられない。

圭介さんに頼まれていたことを全て終えて。
時間を見れば、まだ終電には余裕がある。
明日は仕事も休みな火曜日の夜。
僕の家と逆方向の電車に乗って。降りるのはまだ宵の口な繁華街。
あのバレンタインイベントをやっていたクラブがある街。

クラブに行ってどうするんだ。
もらったカードがあっても、あのときに対応してくれたスタッフのお兄さんに会えるとは限らない。
今夜も玲司君がいるとも限らない。
ってか、このカードをもらったときに玲司君から一人で行っちゃ駄目って言われてたんだった。

やっぱり帰ろう。そうしよう。
なんてクラブの前で紫のカードを手にして思い直していたら。

「おにーさん、いいもん持ってんじゃん」
「えっ?」

いきなり声をかけられたかと思うと。
いかにも遊びなれてますって男の人に馴れ馴れしく肩を抱かれた。
女の子のウケしそうな服装と軽薄そうな笑顔。
ヤバイって思ったときには数人の男の人に囲まれてた。

「それ、フリーパスっすよね? 俺らも一緒にいれてくれません?」

僕の肩を抱く男の人が指差してるのは手の中のカード。
えっ? このカード、ただのカードじゃないの?
入場チケットぽいものなんだとは思ってたけど。
フリーパスって何? すごいの?

「俺ら入りたくても入り口すっげー並んでて、待ってらんないんすよ」
「僕は帰るつもりなんで」
「またまた~。そんなわけないっしょ」
「いや本当だし。中に入りたいならこのカードはあげるよ。僕も貰ったものだけど使わないし」
「えぇ~。おにーさん太っ腹。ありがと~」

そんなお礼とかどうでも良いから、僕を帰してください。
カードは渡したのに囲まれたまま。
むしろ、さっきよりもガードが固くなってる気がする。

「おにーさんが誰から貰ったのか知らないけど。フリーパスは譲渡禁止なんすよ」

そんなのもらったときに聞いてないっ。
禁止なら返して。そして僕を帰してっ!

「だからさ~。おにーさん付き合ってくださいね」
「そんなの知らない。僕には関係ないし。帰るから。君達は好きにして」

嫌だって言ってるのに何人もの腕が僕を捕まえる。
知らない人が見れば親しげな様子に見えるように抱え込まれて。
嫌だという声を騒ぎ声で誤魔化されて。

僕はまたしても自分の意思とは関係なく、クラブの中に足を踏み入れた。
この前よりも人数が多いせいか、広いソファーに案内されて。
僕だけ先に帰らせてって頼んでるのに、L字型のソファーの角に座らされて、両隣をがっちり挟まれてしまった。

どうしてこうなった!? 僕は帰りたいだけなのに。
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