恋愛サティスファクション

いちむら

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サイレントこんぷれっくす2

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初めてのラブホテルはもっと楽しい気持ちで来たかった。

もともと圭介さんはラブホテルが好きじゃないらしくて。
SEXをするのはいつも彼のマンションで。
それも悪くはないのだけど。
いつかは気分を変えてアミューズメント感覚でラブホテルも利用したいと考えていた。

大きなお風呂や如何わしい内装。
そういったものを一緒にはしゃぎたかったんだ。
圭介さんと笑っていたかったんだ。

圭介さんは部屋に入るなり、僕から手を離し一人でさっさとソファーに座った。
僕はその隣に座る勇気もなく、いつまでもドアの前に立っているわけにもいかず。
圭介さんと向かい合わなくてすむベッドのふちに、パニエがつぶれないよう浅く腰かけた。

ふたりの間に気まずい無言の空気が流れる。
その静寂を壊したのは圭介さんの吐き捨てるようなため息だった。

「俺さー、唯は分かってくれてたと思ってたんだけど」

僕を非難する棘のある声に返す言葉はない。

「自分でも面倒な趣味だって思ってる。好きな男にロリータの格好させておいて、女装は嫌いだとか。それでも、唯はそんな俺を受け入れてくれたんだと、思ってたのに」

圭介さんの声がわずかに震えた。
ああ。僕は圭介さんの心を踏みにじってしまったんだ。
圭介さんは僕に裏切られたと感じて傷付いているんだ。
今すぐ駆け寄って震える肩に触れたいけれど、それは僕に許される行為なのか?

このファーミトンを外したら余計に悲しませてしまいそうだ。
だって完璧を尽くそうとした馬鹿な僕は、自分の爪に女の子みたいな色を塗ってしまったのだから。

次から次に涙が溢れる。
だからって聞き苦しい嗚咽なんて溢さないよ。
そんな権利、僕にはないからね。
この痛みはつまらない願いを抱いた僕が愛する人を傷付けたことへの罰だから。
普段とは違う曲線を描く項垂れた圭介さんの首筋を見つめながら。
僕は無音で泣いた。

それはどれだけの時間だったのか。
僕は圭介さんを見ているのに、圭介さんは僕を見てくれない。
涙でぼやけた世界は水に溶けた絵の具みたいで。
涙を溢せば溢すほど、現実感が薄れていった。

子供の頃にいつもやっていた。水の中を漂うおまじない。
お兄ちゃんだから。男だから。泣いてはいけないと言われるたびに。
こっそり泣いていた頃の癖を思い出していた。

だからかな。
圭介さんが急に立ち上がり駆け寄ってきても、夢を見ているような。
抱き締められても、ぼんやりとした影が触れているような感じで。

「唯っ」

どうして、そんなに慌てているの?

「どうしたんだ!?」

僕はどうもしていないよ。

「俺が悪かった。きつく言い過ぎた」

言われるようなことをしたのは僕だから。

まさか、抱けないと言われてここまでショックを受けるとは自分でも驚きだよ。
少し前の僕だったら、うん分かったと頷けただろうね。
でも、僕は知ってしまったから。
肌を重ねる喜びを、熱を交換する悦びを。愛され与えられるそれらを失う怖さを。

「せめて声を聞かせて」

声? そういえば声の出し方が分からないや。なんでだろう。

「唯、怒れ」

僕が怒るだなんて。怒られる側だよ。

「唯の気持ちを考えずに一人勝手に怒った俺を怒ってくれ」

確かに僕がロリータを選んだ理由も聞かず説明もさせてくれなかった。

怒れと言われても案外難しいな。
体がエネルギー切れを起こしたみたいに冷えているから、そんなにパワーのいる行為は出来ないよ。
なにもかもが面倒だ。
説明をするのも、言い訳を考えるのも。

「唯」

圭介さんが僕の名前を呼んで、優しく唇を啄む。
全身が氷のように冷えきった僕の体が圭介さんの唇に触れられたところから熱を生みはじめる。
まるで人工呼吸をするように唾液を送られて。
僕は甘い蜜のような唾液を飲み干した。

「……圭介さん」
「唯っ」

やっと名前を呼べた。
体を蝕む毒の麻痺から救い出された僕だけど。
胸の痛みはより鮮明となり、子供のように声をあげて泣いてしまった。

声が枯れてしまいそうなほど泣いた僕を圭介さんはずっと抱き締めていた。
圭介さんは嗚咽をもらすことすらしないで泣いたことをとても心配してくれた。
そこまでって思うくらいに。

あれは子供の頃からの癖みたいなものだから。
なんか僕がめちゃくちゃ傷付いてるみたいに勘違いされちゃったけど。
悲しかったのは本当だけど。
でも今は圭介さんが僕のことギュッとしてくれるから、もう平気。
だから圭介さんもいつもみたいに笑って。
泣き腫れた瞼を見られないように胸に顔をくっつけたままでごめんだけど、お話ししよう。

「圭介さん」
「うん」
「勝手に服を借りてごめんなさい。しかも、こんな形で」
「その件はもう良いよ。でも理由は聞かせて。それでおしまいー」

圭介さんの声がいつも通りに戻ってる。
それだけで僕は嬉しくて、また泣きそうになったけど、今は我慢。
ちゃんと伝えなきゃ。それで仲直りしたい。

「イルミネーションが見たかったんです」
「それはロリータ着なくても見れるけど。今日だって、行きたいって言ってくれたら普通に連れてったよ」
「でも僕、圭介さんと手を繋いでイルミネーションが見たかったんです」

そうなんだ。僕達は恋人同士だけど男同士でもあって。
だから外で会うときは友人として振る舞っていた。
映画でも食事でも外で会うときは肌が触れない距離を保って。
例外は僕達が出逢ったママのお店ぐらい。それだって過度な接触は避けてた。

圭介さんは他人の目なんて気にしないと言っていたけれど。
実際に気にするのは僕だけだったけど。
僕はゲイを忌諱する世間の視線に耐えられない。
そんなに僕達のことを人様は見ない、気にしないって分かってても怖くて。
お出掛けのときは友達モード。それすら気疲れするから、お家デートで済ますことも多かった。

「見た目だけでも完璧な女の子になれたら圭介さんと手繋ぎデートが出来るかなって。普通のデートが出来るかなって。そう考えたんです」
「ゲイも目立つかもだけど、ロリータも悪目立ちすることには変わらないと思うよ」
「それでもロリータなら“イタイ子”で済むから。生理的嫌悪の目に比べたら全然平気です」

今日、ちょっとだけだけどロリータで街を歩いてみて思ったのは。
全力で作り込まれたロリータは意外と皆スルーしてくれるってこと。
チラチラ見てくる人はいても、悪く言ってくる人はいなかった。
ナンパ男にさえ気を付ければ大丈夫そうだった。

「俺が言える筋合いじゃないかもだけど。唯もかなりの拗らせだよねー」

やっぱり僕って拗らせてるのかな。
親やきょうだい、学生時代の友人から同性愛はキモいって言われたのを引きずってないとは言えないし。
自分のことを言われた訳じゃないけど、あれは聞いてるだけでも辛かった。

「ごめんなさい」
「んー、謝らないで。俺も今から行こうって言えない器量なしだけど、今度のクリスマスはイルミネーション見に行こう。手だけじゃなくて、腕組んで、堂々と」
「それって」
「うん。唯のロリータは完璧だった。モデルとして見たら、問題なく可愛かった。理由も分かった今なら、ロリータな唯とデートできそう」

我慢していた涙がまた溢れてきた。
今度は嬉し涙で、声を我慢しなくて良い涙。
抱きついてる圭介さんの白いワイシャツの胸に染みつけちゃった。
たぶん鼻水もついてる。あとでこれも謝っとこう。
今はそういう話をするタイミングと違うから。
楽しみなことだけ考えよう。

「次も可愛いロリータになるから楽しみにしててくださいね」
「うん。コーデ決めるのは一緒にしよう」
「はいっ」
「クリスマスのイルミネーションに負けない可愛い唯をコーディネートしてあげる」
「嬉しいですっ」

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