恋愛サティスファクション

いちむら

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恋愛サティスファクション

誕生日はフルコース4

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ソファに座る圭介さんの膝に跨がるように抱きついて。僕は無心でキスをねだった。
首の後ろに両腕をまわして、強く抱きしめる。
今日の僕はどこかおかしい。酔っているみたいだ。
ビールは乾杯の1本だけで、そんなに飲んでいないのに。

ああ。タガが外れちゃったんだ。
僕だって健全な成人男性だから。
恥ずかしいから隠してたけど、こうやって圭介さんを抱きたい思ってた。
ずっと、圭介さんとイケナイことをしたいと考えていた。
僕のことを考えて段階を踏んだお付き合いをしてくれている圭介さんには悪いけど、焦れったいときもあった。

でも、もう我慢しなくて良いんだ。

唇を離して、首筋を舐めて、耳たぶを食んで。
圭介さんの体はどこも甘い。麻薬みたい。

「圭介さん、キスだけじゃ物足りないです」

僕には経験なんて欠片もないから、リードしようなんて考えもなくて。
出来ることは恥をかなぐり捨てて欲望のままに圭介さんを欲するぐらい。

「うん。それは俺も」
「じゃあ」
「そういえば、唯はスーツのポケットに、こんなもの忍ばせちゃうくらい。今日はやる気満々だったもんね」

そう言って圭介さんがデニムのポケットから取り出したのは小さな白いコンドームのパッケージ。
それを目の前に突き付けられたものだから、僕は驚き、擦り寄せていた体を離す。
膝に跨がったままなのは、左足太ももを圭介さんに片手で押さえられているから。
それがなければ僕はバネ人形のように立ち上がっていただろう。

なんで!? それはジャケットの内ポケットにしまっておいたのに。

仕事上がりに直接来て、着替えたあとのスーツは寝室のクローゼットに仕舞わせてもらってたけど。
同じクローゼットに圭介さんもスーツを掛けてるけど。
まさか、着替えの時にポケットを見られるなんて。

「これ唯が用意したの?」
「違っ」
「じゃあ何で?」

圭介さんがちょっと不愉快そう。
僕がコンドームを持っているのがそんなに嫌だったの?
怒る理由が分からない。
けど、これは隠しだてせずに伝えた方が角が立たないやつだ。
子供の頃に悪かったテストの点数を誤魔化そうとして、母さんから余計に叱られた記憶が僕を素直にさせる。

「それ、貰ったんです。職場の人から」
「女の子?」
「女の子と言うか、パートで来てる主婦の人です」
「唯の職場は性に対してオープンなんだね」

僕はしどろもどろに受け答えるのに、圭介さんは淡々と返してくる。
別に僕は働いてる携帯ショップでオープンにエッチな話とかしてないから。
そこは分かって欲しい。

「そんなんじゃなくて。僕、明日の休みとかシフトの都合つけるときに恋人の誕生日だからって説明してて。そうしたら今日、帰るときに男の身嗜みだって渡されて」
「男の身嗜みねー」
「きっと恋人のことを女の子だって思われてて、だから避妊用にって。僕達は男同士だからそういうのは関係ないのに、うまく言えなくて。だから断れずに受けとることに」
「ふーん」

さっきまでのエッチな気分は空気の抜けた風船みたいに萎んじゃって。
僕は力なく圭介さんの首筋に顔を埋めた格好で、しょぼんとしていた。
僕の頭の後ろでカサカサと音がするのは、圭介さんがコンドームのパッケージを指先で弄んでるからだろう。
このいたたまれなさ。まるでエロ本が母親に見つかったみたいだ。
僕はそんなの見つかったことないけどね!

「唯はゴムのこと避妊具だと思ってる?」
「えっ? そうでしょ? 子供ができないように付けるって保健体育の授業でも習ったよ」
「保健体育って……。まあ、それは今はいいや。ゴムは子供ができないようにっていうのだけじゃなくて、病気予防っていう意味もあるんだよ」

そうだったんだ。
性病ってSEXしたら移る病気も世の中にはあるし、言われてみればって感じ。

「だから男同士でもゴム付けるのが衛生上理想なんだけど」
「うん」

おちんちんの病気とか怖いもんね。

「俺はナマが好きなんだよねー」
「うん」

好きなのはしようがないね。
だからさっき不機嫌になったんだね。

「だから、唯、ちょっと頑張ってくれる?」
「うん」

何を?

圭介さんから「唯の体をキレイにしようね」って言われて。
お風呂にでも入るのかなって思ったら、キレイにするのは僕の体の中のことで。
男同士でSEXするのがこんなに大変だなんて僕は知らなかった。

「唯、機嫌直してー」
「機嫌悪くなんてないです」
「ほら悪い」

そんなんじゃないって身じろぐとお湯がチャプンっと跳ねた。
僕は湯船のなか、後ろから抱き締められるように圭介さんの足の間に座っているから、自由に動けない。
圭介さんに包まれるように、僕は膝を抱えて丸くなって座る。

僕の濡れた髪を、お湯から顔を出す膝小僧を、ちょっと意固地になってほどかない腕を、圭介さんの手のひらは優しく撫でる。
こうやって背中を預けて触れ合えるのは嫌じゃないんだけど。

さきほどまでの記憶は今すぐ地平線の彼方に投げ捨てたい。

僕の内側をきれいにしたあと。
今度は体の外側をキレイにしようってお風呂に入ることになって。
圭介さんが僕を丁寧に洗ってくれるから、お礼に僕も圭介さんの体を洗って。
最後はお互いが泡をどれだけ相手に塗りつけるかの遊びみたいになってた。

そこまでは良かったんだ。楽しかったし。
だけど、ゆっくりお湯に浸かってるうちに、さっきの忘れたくて堪らないのに忘れられない記憶が疼いてきて。

やっぱりさ、僕はSEXにも夢を見ていたんだよ。
キスしてイチャイチャして、そういう雰囲気になったら体を重ねて。
そういうムードが大事なんじゃないの? 
それなのに、ふたを開けたら結構生々しい感じで。
僕は理想と現実のギャップに打ちひしがれていた。

こんな思いをするなら事前にネットで調べておけば良かった。
圭介さんはネットの情報は嘘も多くて信頼できないって言うから見ないでいたけど。
必要なことは俺が教えるって、本当に教えてくれたけど。
心の準備をする時間は必要だよね!

「唯、今夜はもう、やめておく?」

圭介さんの腕が僕の腕に絡むように抱き締めてくる。
後ろから耳元で囁くのはズルいと思う。
何がズルいかはうまく言えないけど。
なんか僕の思考力が弱くなる感じする。

それにやめるってエッチしないってこと? それはどうなの?
確かに今の僕は子供みたいに拗ねてるけど。
ここでやめてしまったら、さっきの僕の頑張りは無駄になるってことだよね?
そんなのは嫌だ。あんなに頑張ったんだから、ちゃんと最後までやりたい。

「今さらやめるとか言わないでください」

僕の失った誇り分くらいは気持ちよくなりたい。
そこは譲れない。僕だって男だ。
圭介さんとのデートでランチを食べていたら、僕だけレディースサービスのデザートを付けられたりする女顔だけど。
ちゃんと付いてるものは付いてる。

「続けるなら、唯にはもっと頑張ってもらうことになるよ」
「それでも」
「俺は唯のこと好きだから、ツライことしたくない」
「僕だって圭介さんのことが大好きだから。続けたいです」

ここまできたら僕だって腹をくくる。
なにされて大丈夫。のはず。
圭介さんも僕に気を使いすぎないで。
初めてなんて戸惑って当然、ぐらいの勢いでガツンってやっちゃってよ。

「全部、圭介さんにお任せしちゃうけど。僕は圭介さんと最後までやりたい」

僕の決意表明を圭介さんは黙って聞いていた。
俯く僕の顎を圭介さんはくいっと後ろを振り向くように掴んで。
ゆったりとした、微睡むようなキス。
激しいキスも好きだけど、この穏やかなキスも癖になりそう。

このキスが圭介さんの答えなんだよね。
言葉がなくても伝わってくる。
僕達もうひとつになってる。
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