65 / 69
ロステマ帝国編
56.下準備
しおりを挟む
祭り当日、怜央の任務は儀式に参加することから始まった。
場所は市内のソルツィロ神殿。
その日は朝から、高貴な身分の者達で長蛇の列が出来ている。
怜央もそこに並ぶが、服装での違和感はない。
クレイユ王国で買った安物の服とは言え、現地のものと比べると圧倒的なクオリティ。
比較的な問題で品質が高く、どこの貴族かと注目を集めていたと言ってもよい。
事前予約制のため、受付では参列者の名前を確認・記帳し、幾許かの喜捨を納めていた。
実のところ、それが参加費のような実態であった。
しばらく並び、ようやく怜央の番が来ると、担当者の前へと立つ。
怜央は自分の身分を高くみせるため、偉そうな素振りを演じた。
「お名前をどうぞ」
「あー……そのだね、君。ちょっと良いかな」
怜央は担当者の肩に手を添え大衆を背にした。
ヒソヒソと喋る様は何か裏の事情があることを暗に示している。
「ここだけの話なのだが、私は遠方よりお忍びできているのだ。なので事前の申請などしてないし、公のものに名前を残すのも憚られる。――やんごとなき身分なのでね!」
「は、はぁ……。ですがそうなりますと、残念ながら祭事には参加できかねます……」
そう来るだろうと予測していた怜央はわざとらしい咳払いをして、本題へと入った。
「そこでものは相談だ。もし君が私の願いを聞いてくれるのならば、ほんの心ばかりのお礼をしようと思う。見てくれ」
怜央は懐から巾着を取り出すと、その紐を緩め中身を見せつけた。
中にあるのは黄金の輝きを放つ現地の金貨。
必要最低限の生活を送っているなら1枚で1年暮らすことができる。
それがじゃらつく程あるのだ。
心が揺れない訳がない。
「こ、これは……!」
「神殿に納める喜捨とは別に、これは君だけのものだ。ただ少し、私が参加できるよう融通を利かせてくれれば――ね?」
担当者は生唾を飲み、その様子を確認した怜央は落ちたことを確認したも同然。
余裕綽綽の態度を貫き通した。
担当者は持っていた名簿に、存在するはずのない架空の人物名を書き込むと、笑顔で言った。
「ソルツィロ神殿へようこそキルケット卿。会場はあちらになります」
怜央はニコリと微笑みお礼を述べて、巾着と一緒に喜捨用の貨幣を渡した。
かくして、会場への侵入は問題なく済んだのである。
◆◇◆
一方コバートは、ラフマの所有者と交渉を行なっていた。
「今回の大祭、お宅の奴隷が主役を飾るそうですね」
「ええ、まさか選ばれるとは思わず、私も鼻が高い」
コバートは感情のこもってない、無愛想な相槌を返した。
「そうでしょうね。しかしその名誉は、俺にとっても魅力的に思えて仕方がないんですよ。よければ金貨10枚で、彼女の所有権を譲ってくれやしませんかね?」
「金貨10枚!?」
普通の奴隷であれば高くても金貨3枚。
コバートの提示した条件は破格ともいえる。
だが、気前よく金銭を提示したコバートに、ラフマの所有者は欲をかく。
「金貨10枚は確かに魅力的ですな。しかし、大祭での主役を務められるのは年に1人だけ。それに加え、ロステマ帝国3000万人いるなかのたった1人に選ばれた彼女です。私はもう少し、価値があってもおかしくはないと思いますがね」
「……そこまで言うんだったら追加で5枚、増やすよ」
簡単に5枚も増やしたコバートの懐事情を察した所有者は、さらに吹っかける。
「金貨20枚……! それでしたら、所有権をお渡ししましょう!」
所有者の値上げ交渉に、コバートは内心、悪態をついた。
(強欲な……。本来ならこんなやつどうでもいいんだが、怜央の頼みだ。手続きだけはやっておかねーとな)
そんなことを考えていたために返事が遅くなり、所有者は焦った。
値をつりあげすぎて失敗したのかと。
「あ、あのっ、コバートさん?」
「……ん? ああ、いいよ20枚で。ちょっと急ぎだからさ、早めに権利書貰っていい?」
こんなやつがラフマの所有者なのか……と、反吐がでる想いのコバート。
自分でも気づいてないが、コバートは最初より態度が悪くなっていた。
「わかりました。すぐに持って来させましょう! ――おい、聞いてただろ! ラフマの権利書を急いでお持ちするんだ!」
所有者は他の奴隷に命令し、権利書を取りに行かせた。
奴隷に対する横柄な態度に、コバートはますますげんなりとする。
所有者は臨時収入を得て上機嫌となり、コバートに酒を勧めた。
「どうです、1杯。今朝仕入れたばかりの上物ですよ」
「んーや、結構。権利書を頂いたら直ぐにでも出るつもりだから」
「そ、そうですか……」
所有者も、コバートの機嫌が悪いのはなんとなく察した。
だが自分がその原因だと気づくことは、ついぞ無かった。
◆◇◆
他方、協力しない旨を表明したアリータ・テミスだったが、間接的なものなら良いとして、小物の入手を手伝っていた。
「ロープはゲットしたわ!」
「私もなんとか毒草を。しかしこんなの、なにに使うつもりなのかしら」
「コバートの考えることはわからないわよ」
「でも残念ね。神絡みでなければ私も参加したのに」
「……でしょうね。――まあ、本来の目的は果たしたし、さっさと帰って別の依頼でも受ければいいんじゃない? あいつらが行くっていうかは別としてね」
「うーん。そうねぇ……」
この時テミスには、ある懸念があった。
帰った後も、神罰――何らかの障りがあるのではないかと。
場所は市内のソルツィロ神殿。
その日は朝から、高貴な身分の者達で長蛇の列が出来ている。
怜央もそこに並ぶが、服装での違和感はない。
クレイユ王国で買った安物の服とは言え、現地のものと比べると圧倒的なクオリティ。
比較的な問題で品質が高く、どこの貴族かと注目を集めていたと言ってもよい。
事前予約制のため、受付では参列者の名前を確認・記帳し、幾許かの喜捨を納めていた。
実のところ、それが参加費のような実態であった。
しばらく並び、ようやく怜央の番が来ると、担当者の前へと立つ。
怜央は自分の身分を高くみせるため、偉そうな素振りを演じた。
「お名前をどうぞ」
「あー……そのだね、君。ちょっと良いかな」
怜央は担当者の肩に手を添え大衆を背にした。
ヒソヒソと喋る様は何か裏の事情があることを暗に示している。
「ここだけの話なのだが、私は遠方よりお忍びできているのだ。なので事前の申請などしてないし、公のものに名前を残すのも憚られる。――やんごとなき身分なのでね!」
「は、はぁ……。ですがそうなりますと、残念ながら祭事には参加できかねます……」
そう来るだろうと予測していた怜央はわざとらしい咳払いをして、本題へと入った。
「そこでものは相談だ。もし君が私の願いを聞いてくれるのならば、ほんの心ばかりのお礼をしようと思う。見てくれ」
怜央は懐から巾着を取り出すと、その紐を緩め中身を見せつけた。
中にあるのは黄金の輝きを放つ現地の金貨。
必要最低限の生活を送っているなら1枚で1年暮らすことができる。
それがじゃらつく程あるのだ。
心が揺れない訳がない。
「こ、これは……!」
「神殿に納める喜捨とは別に、これは君だけのものだ。ただ少し、私が参加できるよう融通を利かせてくれれば――ね?」
担当者は生唾を飲み、その様子を確認した怜央は落ちたことを確認したも同然。
余裕綽綽の態度を貫き通した。
担当者は持っていた名簿に、存在するはずのない架空の人物名を書き込むと、笑顔で言った。
「ソルツィロ神殿へようこそキルケット卿。会場はあちらになります」
怜央はニコリと微笑みお礼を述べて、巾着と一緒に喜捨用の貨幣を渡した。
かくして、会場への侵入は問題なく済んだのである。
◆◇◆
一方コバートは、ラフマの所有者と交渉を行なっていた。
「今回の大祭、お宅の奴隷が主役を飾るそうですね」
「ええ、まさか選ばれるとは思わず、私も鼻が高い」
コバートは感情のこもってない、無愛想な相槌を返した。
「そうでしょうね。しかしその名誉は、俺にとっても魅力的に思えて仕方がないんですよ。よければ金貨10枚で、彼女の所有権を譲ってくれやしませんかね?」
「金貨10枚!?」
普通の奴隷であれば高くても金貨3枚。
コバートの提示した条件は破格ともいえる。
だが、気前よく金銭を提示したコバートに、ラフマの所有者は欲をかく。
「金貨10枚は確かに魅力的ですな。しかし、大祭での主役を務められるのは年に1人だけ。それに加え、ロステマ帝国3000万人いるなかのたった1人に選ばれた彼女です。私はもう少し、価値があってもおかしくはないと思いますがね」
「……そこまで言うんだったら追加で5枚、増やすよ」
簡単に5枚も増やしたコバートの懐事情を察した所有者は、さらに吹っかける。
「金貨20枚……! それでしたら、所有権をお渡ししましょう!」
所有者の値上げ交渉に、コバートは内心、悪態をついた。
(強欲な……。本来ならこんなやつどうでもいいんだが、怜央の頼みだ。手続きだけはやっておかねーとな)
そんなことを考えていたために返事が遅くなり、所有者は焦った。
値をつりあげすぎて失敗したのかと。
「あ、あのっ、コバートさん?」
「……ん? ああ、いいよ20枚で。ちょっと急ぎだからさ、早めに権利書貰っていい?」
こんなやつがラフマの所有者なのか……と、反吐がでる想いのコバート。
自分でも気づいてないが、コバートは最初より態度が悪くなっていた。
「わかりました。すぐに持って来させましょう! ――おい、聞いてただろ! ラフマの権利書を急いでお持ちするんだ!」
所有者は他の奴隷に命令し、権利書を取りに行かせた。
奴隷に対する横柄な態度に、コバートはますますげんなりとする。
所有者は臨時収入を得て上機嫌となり、コバートに酒を勧めた。
「どうです、1杯。今朝仕入れたばかりの上物ですよ」
「んーや、結構。権利書を頂いたら直ぐにでも出るつもりだから」
「そ、そうですか……」
所有者も、コバートの機嫌が悪いのはなんとなく察した。
だが自分がその原因だと気づくことは、ついぞ無かった。
◆◇◆
他方、協力しない旨を表明したアリータ・テミスだったが、間接的なものなら良いとして、小物の入手を手伝っていた。
「ロープはゲットしたわ!」
「私もなんとか毒草を。しかしこんなの、なにに使うつもりなのかしら」
「コバートの考えることはわからないわよ」
「でも残念ね。神絡みでなければ私も参加したのに」
「……でしょうね。――まあ、本来の目的は果たしたし、さっさと帰って別の依頼でも受ければいいんじゃない? あいつらが行くっていうかは別としてね」
「うーん。そうねぇ……」
この時テミスには、ある懸念があった。
帰った後も、神罰――何らかの障りがあるのではないかと。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか
藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。
そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。
次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。
サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。
弱ければ、何も得ることはできないと。
生きるためリオルはやがて力を求め始める。
堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。
地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。


転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる