もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉

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番外編

39〜49話(テストとイベントが毎回重なるの…どうして?血涙())

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「全然気づかなかったんだけど……」と心臓の辺りを抑えるヴェルカにルーガイルが「きっと気配を殺すのが上手いんだろうね」と言いながら声をかけている。

リエルは二人を横目で見ながら話を進めた。

「そう。デザインが苦手な人が書いた場合残念だけど、相手に上手く伝わらない場合があると思うの。」

そう話したリエルにケインは頷きながら自分の描いた物がリールに伝わらなかった事があると顔を少し歪めながら言った。

ケインの言葉を聞いたリエルが
「そう、そういう人は一定数いると思うし、皆が皆デザイナーに頼むことはできないと思うの。だから制服をシルヴェルで作ったらどうかな…って思ったのだけど…」と続ける。 

「うん、良いと思う。制服は基本的に個人の自由だから…」ルーガイルのその言葉を受け、リエルは早速デザインを書き始めた。

1つ目に書き上げたのはセットアップの黒色のドレスとスーツ。

女性用は黒色のレースと白を基調としたブラウスに同じく黒色のスカートを付けたもの。

男性用は同じく白色のシャツに黒色のスーツと黒色のパンツのセットだ。両方とも上着の袖部分に学園の紋が入っている。

1つ目に書き上げたものにしては良いと思うが、全体的に暗すぎることとヴェルカの「良いと思うけど、夏冬兼用ではないよね~…」という言葉により却下。

2つ目に書き出したのは先程のものと正反対の真っ白なジャケット。女性用はパウダーピンクのハイネックシャツにジャケットと同系色のマーメイドスカート。 

男性用はブラックカラーのシャツに金色のボタンが着いて居るものと白色のパンツ。ジャケットはリバーシブルで裏返すとグリーンフロスカラーの物になる。

2つ目に書いたのは、1つ目の反省点を生かしたデザインで…確かに明るくは成ったが男女の服に統一感がない。あとグリーンフロスカラーの布の通気性が良すぎることが判明してしまった為却下。

リエルが3つ目に取り掛かろうとしたその時。
扉がノックされた。

扉に一番近かったリールがドアを開けると、そこには分厚い冊子を持ったアイルが立っていた。

アイルはリールに一度頭を下げたあとリエルの側に立ち、自身が持ってきた本を見せ、
「お嬢様、此方でお間違いないでしょうか?」と問うた。

それに対してリエルは「えぇ、有り難う」と本を受け取ったあと、其れをテーブルの上においた。

幾つかのページをパラパラとめくる。

少しずつでは有るけど、イメージが湧き上がってきた。夏冬兼用で、過ごしやすく、それでいて学園にふさわしいようなデザインで。

頭の中のイメージ図を目の前の紙の上に書き上げていく。

リエルが3つ目に書いたのはピンクベージュカラーとブラウンカラーのリバーシブルなチェック入りジャケット。

ジャケットは所詮テーラードジャケットと呼ばれるマイナーなもので私服として着用できるジャケットだ。

女性用はこのジャケットに金色の刺繍を入れたものに加えて白色のシャツにこれまたジャケットと同じカラーのガウチョパンツ。

男性用はジャケットの袖に部分にボタンがついているもので、下に合わせるのはブラックカラーのカットソーで首元には刺繍が入っているものだ。 

パンツはツープリーツの物で、ツープリーツはボリュームが出てエレガントな印象になるのが印象的なパンツだ。

前の2つを参考に書いた其れはリエルにとっても満足の行く物になった。

早速書いたデザイン用紙を五人に見せる。

アイルはデザインを見るなり笑みを浮かべてデザインに書いた色の生地をスーツケースから取り出していて、ルーガイルは一瞬目を見開いたあとふっと笑みをこぼしていた。

ケインとリールは二人で見たあとに頷きあって興奮気味に話し合っていて、ヴェルカはアイルが持ってきた生地見本帳を見ながら満足げに頷いていた。

其々反応はバラバラだが、3つ目は皆気に入ったらしい。

早速デザインを元に型紙を作ろうとしたその時、リエルはある重大な問題に気づいてしまった。

そう、サイズが分からないのである。

シルヴェルの服はリエルがデザインしたものをアリスや其々シルヴェルの支店の店長がお店でお客様のサイズピッタリに成るように調整することで、年齢性別を問わず着てもらえるようになっている。

けれど今回作ろうとしているのは制服。ルナスーヴェルク学園に入学する人数分の制服を全て店舗で調整するのには少し無理がある。

その為必然的に同じサイズの服を量産しておいたほうが効率的にも良いのだが……如何せんリエルはこの世界の基本サイズを知らないのだ。

リエルが困っているとヴェルカから声がかけられた。「何悩んでるの?……サイズねぇ…ん?悩む必要なくない?」と。かけられたその言葉に首を傾げていると丁度布の準備が終わったらしいアイルもこちらに戻ってきた。

アイルはヴェルカと数回言葉をかわしたあと、リエルに「お嬢様、彼の言うとおりですよ。悩む必要などないのです。」と声を掛けた。

え?え?とリエルが困惑しているとヴェルカが自分とまだデザインを見ている三人を指さして「だって此処に丁度いいモデル居るじゃん」と言葉を放った。

思わずポカーンとしているリエルを置いて話は進んでいく。

「ルーガイル様は180cmほどですか…高いですねぇ、」突然声をかけられたルーガイルは一瞬肩を震わせた後悲しそうな表情を浮かべて顔を下に向けた。

それを見たリエルは一瞬(高いのが嫌…?)等と思ってしまったが直ぐ様この世界の価値観と自分の価値観が間逆なことを思い出し直ぐ様ルーガイルの側に駆け寄りフォローに回っていた。

アイルはそれを見て申し訳無さそう謝ったあと、何もなかったかのようにリールとケインに目を向けた。

アイルの目を向けられ、驚いた表情を浮かべる二人。

アイルが「お二方は…ヴェルカ様より低いですよね……145cmくらいでしょうか」と言い放ったその言葉にヴェルカは「そうだね~僕が153あるからそんなものじゃ無い…?ま、此れで平均は出せるよね」

と返事をして二人は一度話し合った後何処からともなくメジャーを出して
「じゃ、絶対に動かないでよね」
「リエル様も、ルーガイル様を動かされないように」
と声を掛けるなり採寸を始めた。

部屋の中には大量の布とデザイン画。

逃げ回る双子と其れをメジャーを持って追いかけるアイルとヴェルカ。

巻き込まれないようにリエルによってゆっくりと宥められながら採寸されているルーガイル。

一言で行ってカオスであった。

デザインを決めてから数時間。

ようやくルーガイルとリール、ケインの採寸が終わり、アイルの手によって多くの布が裁断されていた。

リエルとヴェルカは一人黙々と布を切るアイルから布を受け取り、マネキンを使いながら布を其々縫い合わせ、服の形にしていった。

と、言ってもリエルはこの場にいる全員から刃物を持つことを許されなかった為、ヴェルカに指示を出しながら手元のデザイン用紙に書いてあるデザインに線を引き、布の種類を書き出していた。

すると、(此れは確かこの布で……色は……)段々と無意識のうちに深く沈潜していたリエルに声がかけられた。

「リル~?ちょっといい?」その言葉にハッとしたリエルが紙を置いてヴェルカの元に近寄ると、ヴェルカが「ごめん、これなんだけど……」と布を針で止めていた部分を指差した。

ヴェルカが指差した部分を覗き込むと、其処には一部だけ布が盛り上がってしまった部分があった。ジャケットの袖部分である。

男女のデザインの中で一緒のテーラードジャケット。

女性用のデザインは白色のハイネックシャツで、袖口にあるのは刺繍。一方男性用のデザインは黒色のカットソー、首周りは広めで袖口にボタンがついているもの。

そう、カットソーのボタンとジャケットのボタンがぶつかり合ってしまうのだ。色やサイズの問題をクリアしたと思った所にこれである。

一瞬ボタンを外せば…と思ったけれど校章が着いたボタンは必ず着けなければいけない決まりだ。

それにここ迄持ってきたのにデザインをまた変えるのはリエルにとって許しがたいことだった。

再度頭を抱えたリエルに、突然ルーガイルから「リー、今のデザインを残せば良いんだよね?」と声がかかった。

突然かけられたその声に一瞬固まったリエルが戸惑うように頷くと、ルーガイルは先程までリエルが使っていたペンを手に取り、近くの紙に絵を描き始めた。

ルーガイルが描いたもの、其れは色の異なる4色のベストだった。それを見たリエルが「ベスト…?何で4色も……、」と疑問を口にすると、ルーガイルは「着せればわかるよ、」とだけ告げた。

疑問は尽きないままリエルは部屋の中にあった淡い水色のベストをカットソーの上から着せた。

ベストを着せた後少し離れたところから服を見てリエルは思わず「あっ」と声を漏らした。

自分でも驚くほど完璧だったのだ。

いや、以前の物が不完全だったわけではない。只それを見た瞬間元からこうなる為に作られたのだと、〈これだ〉と思わせられる何かが其れには有ったのだ。

其れが出来てからは早かった。ヴェルカが4色のベストを用意し、リエルがボタンを付け替え、ルーガイルが校則を元に駄目なところがないかチェックをし、

リールが男性用、リエルが女性用の服を着て写真を取り、写真は直ぐ様学園の方に未記入の許可書と共に送られた。

許可書を贈り終えたあと、服を着替え終わったリエルとリールが再び部屋に戻ると数分前には無かったはずの大量の紙と筆記用具が置いてあった。

入り口で固まった二人にルーガイルから「シトとシエルからの入学祝いだよ、」と声が掛かった。  

「「入学祝い…?」」と口を揃えていった二人に、ルーガイルは頷いて「生徒会が忙しくて行けない代わりに…だそうだよ、」と続けた。

よく近づいてみてみると全て違うもので、其々の名前が書いてあった。

リエルの名前が書かれたものは桃色の羽に花の飾りがつけられた羽ペンと、花模様に装飾されたガラスに入った黒インク。無地と横線が引いてある紙に、ペン入れ。

「可愛い!ルー様有り難うございます!!今度二人にも手紙でお礼を…」

リールの名前のものにはブラウンに様々な種類の葉が付いている羽ペンと動物の形をしたケースに入ったインク。横線が入ったものと、縦と横に線が入った紙とバインダー。

「…!綺麗……ありがと…ございます」

ケインの名前が書かれている物はリールの物と色違いで、緑色の羽に幾つかの木の実が付いている羽ペンと、リールと同じ動物の形をしたケースに入ったインク。ドット模様と無地の紙。それと仕切りが着いたファイル。

「このペン…ケインと、同じ。嬉しい…」

ヴェルカの名前が入っている物は、青色の羽に歯車の飾りがついた羽ペンと、花瓶のような形をした物に入ったインク。縦線とドットのノート。そして様々な色が入った付箋とマーカーだ。

「綺麗!!付箋とマーカ…勿体無くて使えなさそ…有り難うございます、」

各々受け取った其れを持ち嬉しそうにしているのを見てルーガイルは必ず学園で、今ここに居ない二人に四人の反応を伝えることを決めた。

各々が其々受け取ったものを手に持ち、話をしている時、ケインが思い出したように「ベスト…4色なの…何で?ですか?」とルーガイルに声を掛けた。

ルーガイルは自身に問いかけられたその言葉にあぁ!と頷いたあと「深い意味はないんだ、只寮の色を入れたほうが分かりやすいと思ってね、」と答えた。

「寮……?」
「あぁ、余り知られていないだったね。うちの学園は4つの寮に分けられているんだよ、」

「え…でもそんな事何処にも…」困惑したようにそう呟くケインにルーガイルは
「そうだろうね、寮に入れるのは推薦で入った生徒のみだからね」と、何でも無いように呟いた。

ルーガイルの言葉に思わず「寮……決める方法って何…?」と疑問を口にしたリール。

「得意教科や進路だよ、」
「進路…?」

「そう、例えば僕やアーシェルタ、ケイン君は多分家を継ぐことになる。
そう言う人は土地管理やマナーを徹底的に学ぶヴァネッサ寮。
リール君等の進路がまだあやふやな人はリゼット寮。
トオリ先輩のようなもう進路が決まっていて働き始めている人はヴィクトリア寮、
そして女性が通うのはここ、エンヴェル寮。
この4つの寮に振り分けられるんだ。まだ、ここに得意科目とか性格が反映されるから確定というわけではないけどね」
ルーガイルの言葉に皆反応はバラバラで、

「え…っと?ヴァネッサと、リゼット…?とヴィ…ヴィクト…分かんな、…取り敢えず多分一緒でしょ、もう其れでいいや…」早々に諦めたヴェルカに、

「エンヴェル寮…。仲良くなれると良いんだけど…」義妹の失態で目を付けられないかどうかを心配してるリエル。

「…?違う寮…?」「無理……」「僕も……」「「はぁ…」」
お互いを見て愚痴り合うケインとリール。

一週間後に控えた入学式、寮分けは一体どのような結果になるのか…。



朝の空気も下がり、木の葉が落葉し始めた芙蓉月の13日目。

リエルがケイン等と話し合ってから早一週間、ついにルナスーヴェルク学園の入学式である。

何時もより早めに目が冷めたリエルは、自身がデザインした物とは少し別の服を着ていた。

というのも、リエルがデザインしたあの制服、
実店舗販売は華の都本店限定だったのだが、人気すぎて即完売してしまい、生地が足りなくなってしまったのだ。

最初布だけあれば後からでも…と思っていたリエルだったが布以前の問題である。

一番最初に見本として作成したものはショウウィンドウに飾ってある。しかし流石に其れを取って着る勇気はリエルには無かった。

其のせいで位置からデザインを書く羽目になったのだが…まぁ結果的に良いものが出来たから良いとしよう。

リエルが身にまとっているのは以前の課題で出されたドレスを少しアレンジした物で、千鳥柄のプリンセスドレスと黒いカーディガン。それと少し高めの編み込みブーツである。

これだけでも十分に温かいのだが、流石芙蓉月と言えるべきか朝は冷え込むのでリエルは首元に入学祝いとして貰った薄いピンクのストールを巻いている。

普段はしていないメイクも少しだけアイシャドウとリップを塗って、髪も緩く巻いたあとにサイドを三つ編みにしてハーフアップにした。

鏡を見て頷いたリエルは服が入ったキャリーケースと貰ったばかりの筆記用具や電子機器が入った鞄を手に持ち、自分の部屋をあとにした。

エントランスホールまで出ると、扉のそばにハーヴェンとフィオレ、それにフォルが立っており、フィオレはリエルが持っていた荷物を馬車に積み込む為に先に家を出た。

ハーヴェンに促されるままに屋敷を出る。

屋敷の方を振り返ってもお母様がいるわけでもないし、お父様がいるわけでもない。分かっていたはずなのに何故か前とは違うと感じたこの光景に胸が痛んだ。

少し立ち止まったリエルにハーヴェンから声がかけられた。が、リエルは首を横に数回だけ降って屋敷に「行ってまいります。」と声をかけて馬車に乗り込んだ。

馬車に揺られること30分。

途中途中休憩をはさみながらその場者は着実に学園に向かって進んでいた。

リエルが馬車の中で暇つぶしに、と何冊目かの本を読んでいると扉が数回ノックされた。

どうやら学園に到着したようだ。
リエルはフィオレの手を借りながら馬車を降りる。

ルナスーヴェルグ学園の正門前では、学園長を始め、教師が整列していた。

リエルはフィオレとフォルから荷物を受け取った後、家紋がついた馬車が遠ざかっていくのを見送った。

正門前で学園長と言葉をかわしたあと、荷物を持ったまま学園内に入ったリエルは建物に圧巻された。

目の前に幾重にも続く花のアーチ。その先に見えてくるのは学園の名物とも言える細かく彫刻の入った大きな扉。右手には噴水、左手には大きな女神の彫刻。

何処の王宮かと思うくらいには豪華絢爛である。周りの物に目を奪われながら足を進めると、学園内に入る直前に中庭に行くように声がかけられた。

何故中庭なのか検討もつかないまま移動すると、既に多くの人が集まっていた。

どこに行けば良いのか戸惑ってしまったリエルに後から声が掛けられてた。

「ねぇ、貴方も一年生よね?」リエルが振り向くと、リエルの目の前には其れはもう見事な縦ロールをした少女が立っていた。

リエルが困惑しながらも首を縦に振ると、「じゃあこっちよ、」と少女はリエルの腕を掴んで歩き始めた。

少女に引かれるままに歩いていると、中庭の少し離れた場所に着いた。

「貴方も座ったら?」と声を掛けられ改めて辺りを見渡すと其処には幾つかのベンチとテーブルが置いてあり、其処には数人の女子生徒が居た。

どこに座れば良いか分からなかったリエルは一先ずさきほど声をかけてくれた少女の隣に座った。

近くに立っていた使用人から紅茶を受け取って、少し落ち着いたリエルに「改めて、私はエヴィアス・レーンよ、エヴィとでも読んで頂戴。」と隣から声がかけられた。

「エヴィ…ですね。私はリエル、リエル・シュルテンヴェルと申します。お好きに読んでいただければ、、、」そう返したリエルにエヴィアスの顔が徐々に驚きに染まっていった。

「貴方、あのシュルテンヴェルの!?ご、ごめんなさいねさっきは引っ張ってしまって…」「いえ、助かりましたから…有り難うございます」そう言い微笑んだリエル。

「優しいのね…、ね、敬語なしにしない?同性で同い年の子って少ないし仲良くなってみたかったの!」そう提案された言葉にリエルは、「勿論、!」と言って頷いた。

その後も

「ねぇ、シルヴェルの服装ってリエが描いているんでしょう??この間の制服とっても可愛かったわ!私は売り切れで変えなかったんだけど…」
「ありがとう、あの服はね…」
「3つ目!?3つ目であんなに書けるのね…羨ましいわ…私画力がないのよね…」
「でもエヴィはとてもセンスが良いじゃない。その服の組み合わせもとっても可愛いわ。」
「本当!!ありがとう~!」

と無事に交流を深めていると、、、、

「きゃ~!遅刻しちゃう~!」と突然女性の大きな声が聞こえてきた。

周囲が静まり返り、エヴィと思わず顔を合わせたリエルが声の方向に顔を向けると、
一人の女性が此方にどたばたと音を立てながら走ってきていた。

「待って…あのスピードのままこっちに来るんじゃないの?」そう呟いて立ち上がったエヴィアスに手を引かれリエルも一緒に立ちあがる。

何かあった時にすぐ避けられるように。だ。

然しその女性は此方には来なかった。いや、此れなかったという方が正しいだろう。

広間と中庭の丁度真ん中のあたり。

リエル等から少し離れたところで立っていた"風紀委員"と書かれた腕章を付けた人が駆け寄って注意しているのが見てとれた。

「其処の貴方、そう貴方です。止まりなさい、」「何で…!?ヒロインは止められるなんてこと無かったはず…私急いでいるんです!後で握手でも何でもしてあげますから!」

「握手……?どうでも良いですが今この場で身だしなみは直してください。ルナスーヴェルグ学園の顔に泥を塗るつもりですか。」
「はい?何でそんな事になるの?意味わかんないんですけど、」

言い争いになっている二人を見て周囲の生徒は少しスペースを取るように距離をおき、リエルが居た場所には囲むように使用人が立った。

リエルは使用人の間から見えるその女性の姿に「(あれは無理…)」と内心深いため息をついた。

というのも、女性が少し走っているだけならまだ風紀委員から公の場で注意を受けるなど何もなかっただろうにその女性の姿が問題だらけだったのである。

美しい金髪を持ち、困ったような表情を浮かべる女性。ここだけ聞けば庇護欲が湧く人もいるだろう。

しかし今リエルに見えているのは寝癖で様々な方向に癖が着いてしまっている傷んだ金髪、走ったせいだろう顔には汗をかいていてメイクはドロドロ、息は乱れている。

極めつけには皺の着いたワンピースとバラバラなコーディネート。リエルは其れが一番耐えられなかった。

リエルが、思わず顔をしかめると近くにいた使用人が気づいたのか近くのベンチに促された。

使用人に促されるままにベンチに腰を掛けたリエルとエヴィアスの近くには同じように顔色を悪くした女子生徒が数人おり、使用人に介抱されていた。

暫くエヴィアスと話をして心を落ち着かせていると、風紀委員に連れて行かれたらしく女性はいつの間にか居なくなっていた。

その後学園長からの挨拶があったが、女子生徒の場所にはリエル達が住むエンヴェル寮の寮監を務めているという女性の職員がやって来てその場で説明を受けることができた。

暫く寮の寮長や副寮長に、質問をしたり話をして学園長の話が終わるのを待っていると使用人がやって来て「皆様、広場の方にお戻りくださいませ。学園長からお話があるそうです。」と、声がかけられた。

その後寮長の指示に従い広場に行くと先程の嫌な空気感はなくなっていてリエルは一人安堵の息を漏らした。

エヴィアスと話しながら学園長の話を聞いていると、寮分けに参加してほしい。と言う言葉が聞こえてきた。

曰く、寮分けには紳士度や性格も重要だ。曰く、女性と接することでそれが見えてくる。曰く……。

あまりにも長かった為聞き逃してしまっていたリエルがエヴィアスから学園長の話の要点を伝えてもらうと、これからやるべきことがわかってきた。

要点をまとめると、今から男子生徒の寮分けが行われるが、寮の適性を決める為に簡単な謎解きの迷路に挑戦してもらう。

その為には女子生徒のても借りたい。だが人数差があるので男子四~六人、女子一人のグループに生る。と……

「……先輩も有り…ですよね?」流石に初対面の同級生とグループを組むのは勇気がいる。

真っ先にそう近くにいた寮長に声を掛けたリエルは「大丈夫よ、個人的にだけれど兄弟や婚約者が居るのならその人を選ぶといいと思う。2学年に婚約者が居るのなら動かなくていいわ、此処に迎えに来るからね」と帰ってきたらその言葉に安心し、寮長にお礼を言ったあと直ぐに元いた場所に戻った。

リエルがエヴィアスと話をしていると、近くにいた女子の人数が少しずつ少なくなっていた。

「早いわね…、ねぇ、リエは誰が迎えに来るの?」
「私の所は婚約者が…エヴィは?」
「うち?うちは二番目の兄様。ちょっとがさつなのよね…「誰ががさつだって?」兄様!」エヴィアスの頭の上にいきなり腕が現れたことに驚くが、エヴィアスの言葉で眼の前の二人がそっくりな理由納得した。

「ほら、さっさと行くぞあいつ等も待ってる」
「分かってる!リエ~!また後でね~」兄に引っ張られて行くエヴィアスを見て驚きながらもリエルは微笑みながら手を振りかえした。

エヴィアスも居なくなり他の数人の女子と待っていると、どたばたと既視感の有る音が聞こえてきた。

ふっとそちら側に目を向けると先程の女性が立っていた。思わず視線を反らしたリエルだったがどう言うわけか他の生徒には目もくれず、リエルの側に立って声をかけてきた。

終始ごちゃごちゃの言葉の中、説明を求められているらしい事を何とか理解したリエルは寮長から聞いた話をそのまま伝えて女性から距離を取った。

女性から送られてきている視線を無視して待っていると「リル~!」自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

リエルは他の女子に声をかけてから、直ぐに声の主の元に足を勧めた。一刻も早くこの場から逃げ出したかったのだ。

声が聞こえてきた方に足を進めると、人混みの中ヴェルカの美しい桃色の髪が視界に入った。

人混みに紛れてしまうのでは…と思ったが向こうもリエルの姿が見えたようでやっと合流することができた。

合流すると人混みで見えていなかった人物が見えてきた。

こちらに向かってきているのがルーガイル。その後ろにいるのはケインとリール。

その三人とは別で、生徒会席から歩いてきているのはシエルとアシュルトで、そのすぐ近くにいるのがヴェルカだ。

「リエル様お久しぶりです。入学を心からお祝いします」

「姫さん、久しぶりだな。改めて、入学おめでとう」

そう言った後、頭を撫でて来るシエルとアシュルトに、リエルは「アシュ様にありがとうございます。シエル様も久しぶりに会えて嬉しいです。」と微笑みながら言葉を返した。

その後も数人と話していると、教師からの連絡でチームを判別するリストバンドと女子生徒用のカメラを渡す為に代表2名が教師席に取りに来るように連絡がされた。

話し合った結果、アシュルトとリエルが取りに行くことになった為二人で教師席に向かっていた。

リエルがアシュルトの少し後ろを歩いていると、アシュルトに不意に腕を引かれた。

転びそうになったところをアシュルトに腰に手を回されることで回避したリエルがアシュルトの顔をふっと見上げるとアシュルトの空色の美しい瞳が何処かを鋭く睨んでいた。

「アシュ様?」思わず声をかけたリエルにアシュルトは「もう少しこのままで…。リエル様、本日新入生の間で騒ぎがあったと聞いたのですが、発端は金髪の女性ですか?」と前を睨みながら話しかけた。

アシュルトの問いに困惑を隠せないまま肯定を返すと手を引かれ、歩きながら「リエル様。その女性が先程こちらを睨んでいました。念のためにも、基本的には私達が居ますがお一人にはならないようになさってください。」と声をかけられた。

「私を…?分かりました。」
リエルはその言葉に冷静にまた肯定を返した…

ように見えたが「(あの見た目と言い言動と言い、絶対にあの子ヒロイン……しかもトリップ系の…やばいわ)」等と内心焦りまくっていた。

暫くアシュルトに引かれるがままに歩いていると、広場から少し離れたところにある教師席に着いた。

早速リストバンドを貰おうと近くの列に並ぼうとすると…

「アシュルト君、そちらが君の?」
と、突然後ろから声がかけられた。

驚いて肩を揺らしたリエルに、アシュルトは目の前にいる人物に眉をひそめながら返事を返した。

「理事長、新入生を驚かせるのはお止めください。質問に答えるのであれば答えはyesです。」と。

リエルは急いで眼の前の人物に視線を移した。

リエルの目に映るのは若干ふくよかな長身の男性、薄いグレーの布の下に見えるのは切れ長の形の良い瞳と唇それと清潔感のある白色のパンツに、光沢のある革靴そして…紛うことなきハワイアンシャツ。

リエルは2度見した。しかし何度見ても服は変わらない。

金魚や虎などのオリエンタルなモチーフを華やかでカラフルな色彩で染め上げた生地で作られたこのカラフルすぎるこのシャツを他になんと言おうか。

嫌、ハワイアンシャツ以外何も言えない。

服を見て動かなくなったリエルに声をかけたのはアシュルト…ではなく理事長の方で、

「貴方にもこの服の良さが分かりますか!」といきなりリエルの前で目を輝かせながら語り始めた。

戸惑いを隠せない様子のリエルにアシュルトはリエルの手を引き、今も尚話を辞めようとしない理事長に少し声をかけたあと別の教師のもとに向かった。

「先生。」
「…アシュルト君。リストバンドはまだ?」
「えぇ、先程まで彼女が理事長につかまっていたもので」
「彼女…そちらの女性が?」

リエルはいきなり自身に向けられた視線に驚くも、「リエル・シュルテンヴェルと申します。」と直ぐにカーテシーを行った。

「貴方が…ここの教員のエルヴィスと申します。貴方もカメラは受け取っておられないようですね…」

エルヴィスはリエルの首元を一瞬見て、そこにあるべきはずのカメラが無いことを確認し直ぐにカメラをリエルの首にかけた。

「アシュルト君ですし、心配はしていませんが規則ですので、リストバンドも今お渡ししておきましょう。何人分ですか?」
 
お礼を言ったリエルに少し頷いたあと、そう聞いてきたエルヴィスにアシュルトは一瞬考える素振りを見せたあと「私と彼女を含めて七名です。」と、何でもないように答えた。

アシュルトの言葉に一瞬目を見開いたエルヴィスだったがリエルの家名を思い出し、納得したのか直ぐに7つのリストバンドを用意し、手渡してくれた。

エルヴィスからリストバンドを受け取った二人がルーガイル等のもとに戻ると…

「だから!この私が一緒のチームになってあげるって言ってるの!光栄に思いなさいよ!」

と裏庭のど真ん中で叫んでいる見覚えの有り過ぎる金髪の女性がそこにいた。

「お嬢さん、何度も言っているが俺たちには先約がいるんだ。別のお方を探してくれ」

「何度言ったら分かるんだい?君は…」

その相手をしていたのだろう、疲れ果てた様子のシエルとルーガイルがリエルの目に写った。

リエルは困った表情を浮かべて固まっていたヴェルカに声をかけて、リエルが去ったあとの話を聞いていた。

どうやら、リエルが去った後直ぐは何も問題がなかったらしい、問題はその後。

突然教師席の方から女性が現れて一方的にチームを組むと謎の宣言をしたあと、断りを入れるシエルとルーガイルにずっと遠慮をしていると勘違いをし、ずっと動かないのだと。

リエルは思わず舌打ちが出そうになった自身の口に手を当て、にっこりと無言で微笑んだ。

(何?確かにこの世界は女性が尊重されやすい世界よ?でもね、女性が男性を見下して命令するなんて…良いわけがないでしょう?ね?阿呆なの?馬鹿なの?前の世界に常識とか倫理観置いてきちゃったの?)

と今も尚叫び続ける女性に叫びそうになった言葉を飲み込み、

リエルはルーガイルの後ろにいたケインとリールを呼び三人をアシュルトに任せてシエルとルーガイルの元に向かって歩き出した。

カツンカツン そう裏庭にブーツの音が響く

リエルが騒いでいる女性の元に着いたときにはあたりの音は静まり返り、リエルと女性以外の全員がリエルに注目していた。

「少し…よろしいでしょうか?」とリエルが零すと目の前の女性は狼狽えたように「な、何よ…」と言葉を返した。

女性は今リエルに声をかけられて初めて周りの様子に初めて気がついたらしい。その姿に先程の態度は面影もない。

きっと、今も居心地が悪そうに視線を彷徨わせている目の前の女性はこの様な空気感に慣れていないのだろう。 

普通の人だったら可哀想。と思われるであろうその仕草。しかしここに居るのは幼い頃からこの空気感に触れている人物ばかり。

そんな人の視点から見れば、それは己が貴族の出ではない。社交界等の場に出た経験がない。という事を自分から晒しているのと同じこと。

証拠に先程までシーンっと静まり返っていた場にはちらほらと声が上がっていた。

尚も話そうとする女性にリエルは被せるように言った 

「何処の家の方が存じ上げませんけれど、貴族の出ではないにしろ…目上の人に対する態度すらなっていませんよ。両親や教師から教えてもらえなかったのですか?」

そうにっこりと微笑んで首を傾げた時、 リエルの美しいミルクティーブラウンの髪が胸元を流れた。しかしその美しい髪から覗く瞳は笑っていない。

微笑んでいるリエルとは対象に相手の顔色は段々と青ざめていく。おそらく叱られたことなどないのだろう。責められることも。叱られたことがないのはリエルの目から見ても可哀想だと思える。

だが、そんな事リエルには関係ない。

「貴方は先程から自分のことをヒロインと言っておられますが…ヒロインの意味をわかっていらっしゃいます?」

「わ、わかってるわよ、私がそうなんだから!誰にでも愛される女の子!それがヒロインよ!」

自信満々に腰に手を当てて言う目の前の女性を見て、回りにいる複数の生徒が笑った。

周囲を見て
「もしも、もしもですよ?貴方がヒロインだったら、自分の婚約者を困らせている相手がいても許して見過ごしますか?」と言ったリエルに目の前の女性は、

「許さないに決まってるわ!だって私の婚約者なのよ!!」と少し怒り気味にそう答えた。

「では、後一つだけ聞きたいのですけれど、周囲を振り返らず自分の意志を相手に押し付けて叫んでいる様な人が本当にヒロインだと思われますか?」

「そんなのヒロインでも何でもないわ!」
そう、言った目の前の女性を見てリエルはにっこりと笑みを浮かべて、両手を胸の前で合わせたあと………

「良かったです!私このまま貴方がヒロインだと勘違いするところでした。教えていただきありがとうございます!」

と満面の笑みを浮かべながら礼を言った。

周りの人々は一斉に口元にハンカチを当て、外方を向いた。中には裏庭から出ていった人もいる。

笑みを浮かべているリエルとは対象に女性の顔には困惑が浮かんでいた。

「ど、どういうこと…」口元を引くつかせながら言う女性にリエルは、

「?そのままの意味ですよ。貴方が教えてくれたのではないですか、人の婚約者を困らせ、自分の意見を相手に押し付ける様な人物はヒロインではないと…

両方とも、貴方がやった行動ですよね?」
と笑みを崩さずにそう答えた。

「わ、私の攻略対象に婚約者がいるわけ……」

そうリエルの言葉にブツブツと唱え始めた女性に
「貴方がヘイリー・ヴェルディさんですね、少し"お話"宜しいですか?」

突然声が掛けられた。
「ヒッ……」
 目の前の女性…もといヴェルディの怯えたような声が聞こえる。

リエルがふっと顔をあげると其処には見覚えのある、有り過ぎる姿が其処にあった。リエルは正直目の前のヴェルディという名の女性に今すぐ説教をしたがった。が、

「リエル様、ここは我らにお任せ頂けませんか?其れと私が抜けてしまうかわりにこれを…」

そう言われては仕方がない。リエルはぐちゃぐちゃとした気持ちを心の奥底に押し込んで差し出されたものを受け取って頷いた。

二人と数名の風紀委員が学園に行くのを見た後、リエルは直ぐ様シエルとルーガイルの元に足を進めた。

「シエル様、ルー様お二人共お怪我は…」

「姫さん、大丈夫だ。ありがとな」そうにっこりと笑うシエルとは対象に、
「できればリーが戻ってくる前に終わらせたかったのだけれどね…」と少し困ったような表情を浮かべるルーガイル。

リエルは対象的な二人を見て苦笑を浮かべる。

が、表情を変えないルーガイルとアシュルトの後ろで同じような表情を浮かべる三人を見て、

リエルは少し手元にある先程渡された物を見て、こちらを見て苦笑を浮かべているシエルとアシュルトを手招きをした。

不思議そうに周りに集まった6人にリエルは、
「少し手伝ってほしいものがあるのですけど…お願いしてもいいですか?」そう声をかけた。

アシュルト等に声をかけたリエルは早速行動に移っていた。

先程の人物…基エルヴィスから受け取ったのは、寮分けの際の注意事項やルールが書かれたものと、グループメンバーの名前が書かれたファイル。

ファイルを開き中身にさっと目を通したリエルは、生徒会で慣れているであろうルーガイル、アシュルト、シエルの3人に声をかけて集まっている生徒を3つのグループに分けた。

先程のトラブルのおかげかリエル達に注目が集まっていたので予想していたより早く人は集まった。

集まった人々に説明をしながらリエルはグループ順に人を動かしていった。

ルーガイルがいるグループをA、シエルのグループをB、アシュルトのグループをCとしたリエルはまずAのグループに声をかけた。

「まず、ルー様の所にお集まりいただいいた皆様には最初に寮分けに取り組んで頂きます。

ルールは簡単。まず、1チームごとにこの目の前にあるバラの迷路の中を進んでいただきます。

迷路を進んでいただきますとその先に簡単な問題を用意しておりますので、それに答え出た答えのすべてをこのクロスワードに書き入れて迷路から脱出してください。

迷った場合やリタイアの方はその場で挙手をしていただけば教職員が参ります。

そして、女子生徒に配布したこのカメラは電源を入れると教師席のモニターと繋がるようになっております。

寮分けの判定、女性の安全考慮の為にも必ず迷路の中では電源を入れるようにお願いします。

其れでは…これにて説明を終わります。声をかけた生徒から前に出てください。」リエルは淡々と告げていく。

「一度しか言わないのでしっかりと聞いておくように。まず最初のチーム。3年マールブラン2年リスチュワード2年……」

リエルが言い終わると同時にルーガイルの声によって生徒の名前が呼ばれていく。

リエルはそれを横目で見ながらヴェルカとケイン、リールと分担してクロスワードの用紙を他のチームリーダーに配っていった。

「あのっ…」「これ…」
 「あぁ、受け取るよ。二人共ありがとう。」

「どーぞ、」
 「君は新一年生かい?チームは…」
「大丈夫です。もう予約してるので、」

「あのっ、カメラって…」
「今手伝いますね、此れは…」

四人がクロスワードを配り終わり、一息ついた頃、丁度ルーガイルが担当したグループが回り終わったのか続々と迷路から出てきた。

リエルは次のグループを担当しているシエルに声をかけたあと、クロスワードの用紙を回収していった。

クロスワードが途中で終わっていたり、教師の名前がサインしてあるものはリタイアした人の物なのでそれらは別でまとめて、紙を集めていく。

勿論答えは見ないようにしながらだ。勿論。迷路の回る順番などによって回答が違うように作られているのだが、だからといって全部見るのは違うだろう。 

手元に集まった全てのクロスワードの紙を全てまとめて教師に渡したリエルは再び急いで元の場所に戻った。

元の場所に戻ると、ルーガイルを始めとし、ヴェルカやケインが集まっていた。アシュルトのグループが入るまでまだ時間が合った為、5人で話し合っていると……

「イヤーーー!!!」

既視感の強すぎる女性の悲鳴が聞こえた。
思わず教師席を見たリエルの目に映るのは周りの教師に宥められているエルヴィスの姿。

リエルは何も言わずにそっと視線をずらした。

ガサガサと音を立てて揺れるバラに、リエルは息を呑んだ。皆の注目が一気に集まったバラの迷路の一角。

「キャー!!」その大きな声と共にバラの花がいくつか落ち、バラの花を支えている支柱に誰かがぶつかった。

"ドン"という地響きの様な音とともに女性の姿が見えた。

確認するまでもない。あの金髪は、紛れもなく先程の女性だ。
緩やかなウェーブが掛かった金髪に幾つかのバラが落ち、茨までもが女性のドレスに巻き付いていた。

言っておくが"バラが落ちた"とは比喩表現ではない。そのままの意味である。

花弁など優しいものではなく、バラの花が花枝…つまり花を支える枝の所から引きちぎられたような形で茎が付いたまま落ちている。

まるで牡丹の花のように落ちた幾つもの美しいバラ。その様は誰が見ても異様である。

またもや静まり返った空気の中、リエルは隣にいるヴェルカがなにか呟いているのに気づいた。

「…アルバにダマスク、ガリカとセンティフォリア……嘘…、」リエルはそれを聞いた瞬間顔が青ざめた。近くにいたルーガイルや他の生徒も同じだ。

ヴェルカが今言った花は全てオールドローズ…、全て古くから存在している貴重なバラの花だ。

花弁が多く重たげなカップ咲きの花容を持っており、豊かな香りを持っている。そんな特性を持つバラは、それはとても貴重で華の都でも協会や王宮、一部の貴族家にしかない大切な物。

其れが今はどうだろう。

王宮からルナスーヴェルク学園建設時に送られた色とりどりの美しいバラはたった一人の女性によって見るも無惨な姿に変わり果てていた。

流石のリエルもフォロー出来ない状況の中、女性は何でも無いように「キャッ…痛い。なにこれ…邪魔!」と叫びながら、身体の至る所に巻き付いている蔓を無理矢理引きちぎり、バラの花を振り落とした。

皆が固まって女性の方を向いていると、バラの迷路の隙間からシエル担当していたグループの生徒が迷路の隙間から顔を出し「嘘だろ…」と呟いた。

決して大きくないはずのその声は静まり返ったその場に嫌に響いた。

やっとバラの蔓が取れたのか前を向いた女性は皆から向けられる視線に何を思ったのかおもむろに頷いてこう続けた。

「…あ!もしかして、私が一番だったの?流石私ね、隠し通路に気づくなんて…ちょっとバラが邪魔だったけど、」

一人ではしゃぐ女性を見て、エルヴィスを含む教師陣も生徒も皆一様に顔面蒼白になっていた。

「そんな…、」「もうあの花は…」「バラが!!」「嘘…嘘…」「ねぇ、嘘でしょ…」
皆がざわめき出した頃、

「皆さん、お静かに」
放送が流れた。理事長の声だ。

「教師の皆さん、バラの回収を。
アシュルト君シエル君等は寮分けを続けてください。皆、集中して取り組むように。

ヘイリー・ヴェルディさん。貴方は直ぐ様職員室に、今すぐに来てください。」

淡々と告げられたその言葉は端々に怒りが滲んでいて…、リエルは自分に向けられた言葉ではないはずなのに思わず恐怖を覚えた。

震えを収めることができなかったリエルはアシュルトに肩を支えられてやっと、女性がもういないことや教師陣が動き始めていることに気づいた。

リエルは呆然としたままアシュルトに手を引かれ、寮分けに向かった。

寮分けは何事もなかったかのように進められた。幸いアシュルトのグループは2.3年生が多かったらしく、直ぐに始めることができた。

「リエル様お手を…」
リエルは差し出された手を組み、迷路の中を歩いていった。

「リル~、これ分かる?」
 「ん…。分かる…ミルヴィエ婦人の肖像画…」「ってことは…4番!此れか~」

「リエル様、あちらの花の名前分かりますか?」「ん?オヒルギじゃないのか?」
「そんなわけ無いでしょう、あれは根を見れば分かります」「あれは…柘榴の花、です。」「お!姫さん詳しいんだな!じゃああれは…」

「リー、疲れていないかい?水もあるからゆっくり進もう。」「は、はい。ありがとうございます、」

「リー…此れ分かんない…」「俺も…リーわかる?」「此れは…生物の問題だからルー様のほうが詳しいかも…。ルー様、此れは…」

最初はショックが隠しきれていなかったリエルも、5人と話すうちに先程のショックが薄れてきたのか段々と元気を取り戻してきた。

「リエル様。もう大丈夫ですか?」
少し止まって休憩をしているとアシュルトから声が掛けられた。

「はい、もう大丈夫です。ご迷惑を…」そう言って困ったような笑みを浮かべたリエルにアシュルトは

「婚約者なのですから遠慮等いりませんよ、」そう言って軽く微笑んだあとリエルの頭を数回撫でてルーガイルの元に戻っていった。

リエルは笑みを保っている為表面は変わらないが中身は大変な事になっていた。

「(惚れちゃう…いやもう惚れてるけど…!!
はぁ…まだ心臓バクバク言ってる…

そう言えば婚約者の中で一番最初に目が行ったのはアシュ様だったな…

あれ?私何で最初アシュ様に一番に引かれたんだっけ…
ん~、確か推しに似てたから?って…待って…オシってなんだっけ……)」

「リル~!もうちょっとで次行くよ~」 「は~い。(ま、忘れたってことは大したことじゃないよね?)」


「クロスワードがもう少しで埋まるね。あと…5つ程度かな、」クロスワードに記入をしていたルーガイルが書きながら呟いた。

「5つ?意外と簡単だったし少なかったね~」「てっきりもっとあるのかと…」「まぁ、寮分けですし…そんなに多くしても決め方が大変なのでしょう。」
「「あ~、それで…」」

「次は~、あれっ?」
先導をしていたヴェルカの足が止まった。
「…ん?どうしたの?」
リエルと一緒に少し後ろを歩いていたケインがヴェルカの元に駆け寄った。

またも固まった2つの影にリエルはアシュルトの顔を見合わせたあと、固まった二人のもとに足を進めた。

リエルがケインの後ろから顔をのぞかせると、そこには交差するように矢印の方向を向けたガーデンプレートと2つの絵画があった。

瓜二つな絵画を見て首を傾げたリエルに、シエルが「これ…片方が贋作だったりするんじゃないか?」と声をかけた。

そのシエルの言葉に「仮に贋作だったとして今この場に鑑定士はいないよ、どうするんだぃ?」とルーガイルが返すと、今度はアシュルトから「私達が覚えているものと比較するしかないでしょう」と言葉がかかった。

「リー、メモを取ってくれるかい?」
リエルはその言葉に頷いて、鞄からメモ帳と貰ったばかりの羽ペンを取り出した。

「多分此れはヴェルノヴェレンの…」
「それだとしたら、年代は…」

リエルは聞こえてくる言葉をメモ帳に書きながら思った。(先輩がいないと全くわからない問題じゃない…)と。

正直に言ってここに来るまでに何故2・3年と合同なのか、リエルは分かっていなかった。
が、今この一瞬で理解できたことがある。それは"先輩と組まないとクリア出来ない問題がある"と言うことだ。

よくよく考えてみれば序盤に解いた問題もそうだった。リエルやヴェルカ等は学園に来る前にルーガイルから軽い授業のようなものをして貰っていたため気づかなかったが、確かにどれもかなり難易度の高い問題だった。

つまり協調性を為の物だったらしい。(どうしましょ…今の今まで考えてもいなかったわ…)リエルは頭を悩ませた。

「リー…?大丈夫かい?」
「は、はい!」
リエルはいきなり後ろからかけられた言葉に驚くも、自分の手元に視線が集まっていることから求められていることを察知して書き上げたものを口に出した。

「えっと…此れはヴェルノヴェレン作の絵画で年代はおよそ240年程前、画布に油彩が施されてあります。
大きさは約120 × 100 cm。後、個人的にはヴェルノヴェレンの作品の特徴として貝殻を砕いた石灰が四隅に入っているという特徴的な所があるのでブラックライト等でそこを見分けられれば良いのですが…、」

困ったように顔を歪めたリエルの視線の先にあるのは何もかもそっくりな2つの絵画。果たして素人に見分けがつくのか…。

「ブラックライトなぁ…、」
困り果てたように口を開くシエル。

ブラックライトはこの世界では比較的最近発明されたもので、まだ改良が進んでいないため一つ一つが物凄く巨大な為誰もが持っているものではない。

「ね、リル、ブラックライトのかわりに太陽光じゃだめなの?」

「駄目じゃないとは思うけど…」
リエルはヴェルカの言葉に答えたあと上を向いた。

視線の先にあるのは幾つものバラの花。その間あいだに幾つもの蔓が伸びていて光を遮断している。

「あ~…無理だね。運ぶことはできないっぽいし…」
「どうにか光だけも伝えられたら…」

空を見上げた後すぐに顔を落としたリエル。その時何かが光った。リエルが首から下げているカメラからだ。
どうやら蔓の間から漏れ出た光をカメラレンズが反射したらしい。

リエルはその時ふと思い出した。
(ブラックライトって…赤と青…後は光があれば作れなかったかしら…)と。

ふっと顔を上げたリエルの目の前にあったのは小さくて可愛らしい朱色の花はスカーレット・メディランド。

その下で隠れるように咲いているのは咲き終わりに近づくにつれて青が濃くなるブルースター。そして手元にはメモ用紙。

リエルは元から準備されていたようなこの状況に思わず目を見開いた。

必要なものが全て手元にあると気づいた時にはリエルは直ぐ様ルーガイルに声をかけていた。

ルーガイルから押し花と同じ要領で紙を染める事が出来ることを教えてもらったリエルは先程の支柱への衝撃で足元に落ちていた2種類の花の花弁を拾い、其々を紙に挟んで上から何度か押したあとリエルはニ枚の紙を纏めた。

シエルやアシュルトから疑問の視線が向けられているが、気にしない。

リエルがやりたいことを察知したのか水を持ってきてくれたヴェルカやカメラを調整しているルーガイルと共にお礼を言ってそのまま勧めていった。

以前どこかで聞いたことがある。青は黄色系の色を吸収し、赤は緑系の色を吸収する。と、ブラックライトの中の青や紫以外の光を吸収させることで紫外線付近の色が残る…と。

今、リエルの目の前には青の色素も赤の色素も両方ある。ということは論理的には擬似的ブラックライトが作れるはずなのだ。

リエルはヴェルカから貰った水に紙が透けるように浸した。後は簡単。ルーガイルに調整してもらったカメラでフラッシュ機能を使いながら2枚の絵画を撮る。

「でき…た、」
リエルは思わずそう声に出していた。

リエルが撮った写真には確かに2枚の絵の片方に微量ではあるものの光が見て取れた。

リエルの手元を覗き込んだルーガイルが本物の絵画の前にあるパネルに文字を入力する。
________________
『花が示すは過去の栄光』

リヴァイド・ヴェルノヴェレン
約240年程前
画布・油彩
約120 × 100 cm。

所持、ケールエノア美術史美術館
_______________
ピコン

パネルの画像が音を立てたあと右を向いている矢印に変わった。そしてそれと同時に交差していたプレートはパネルと同じ方向に動いた。

その後も幾つかの問題を解いていくと同じようにプレートが立っている場所があったがその後は順調に進んでいった。

最後の問題を解き終わり、クロスワードを埋め終わったリエル等がバラの迷路を出ると……理事長が泣いていた。

えぇ…それはもう盛大にバラの花を抱きしめながら大泣きしていた。

迷路から出た瞬間のその光景に固まってしまったリエル等の元に顔色が幾分かましになったエルヴィスがカメラとクロスワード用紙を受け取りにやってきた。

アシュルトが「先生、理事長は…」と声をかけるとエルヴィスは首を横に振りながらリエル等に説明をしてくれた。

「学園の花はすべて建設時に王宮から頂いたものなのは知っていると思いますが、理事長は特に思い入れが強いようで…

更に不幸なことに彼女が落としたあのバラは大半があそこにしか生えて無い貴重なものだったのです。
茎も引きちぎられてしまった為に生き返らすのはもう…」

そう言って視線を落として理事長の方を向いているエルヴィスにルーガイルが声をかけた。

「先生、バラの種類等はおわかりですか?」
エルヴィスは突然かけられた言葉に驚く様子を見せるもすぐに答えた。

「はい。確かジュリエットローズとイングリッシュローズ、ピエール・ド・ロンサールにアルバ、ガリカとセンティフォリア…」

止まる様子がないその言葉にヴェルカは顔を青ざめながら「そ、その中で学園にもうない花は…、」と声をかけるとエルヴィスは「ジュリエットローズとピエール・ド・ロンサール、ガリカとダマスク…主にこの4種です。全て貴重な物で、もう一度あそこで見ることは…」そう言って肩を落とすエルヴィス。

そんなエルヴィスを皆が同情の目で見ている中、リエルとルーガイルだけは考え事をしていた。

「何処かで聞いた気がするんだ。一体何処で、」「授業中ではなかった気が…」強い既視感を覚えて二人で考え込んでいると、リエルとルーガイルの耳にエルヴィスの「あれはもう王宮にしか…」という言葉が聞こえてきた。

「「王宮…!!」」
リエルとルーガイルは気づくとお互いに目を合わせて手を取り合っていた。

ヴェルカから「二人共どうしたの?」と、声が掛けられたが今の二人には聞こえない。

「先生、その花を学園に移植するのは学園側的には大丈夫なのでしょうか?」

リエルが問うたその言葉にエルヴィスは戸惑いながらも王宮の物と同じなら…と頷いた。

リエルは急いでエルヴィスに手助けをされながら必要なバラの数を数え始めた。

ルーガイルが続くようにリエルのメモ用紙にシュルテンヴェルの名前と連絡先を書いて未だ泣き続けている理事長のもとに持っていった。

バラの数を数え終わったのかエルヴィスと別れて戻ってきたリエルにアシュルトから「リエル様、もしやご自宅にジュリエットローズが…?」と声をかけれた。

アシュルトからの言葉に頷くと、ケインやリールの方から驚きの声が聞こえてきた。

「な、何で…?」「王宮に知り合い…?」
二人の言葉にリエルが固まった。
「リー…?」「また固まった…リー、しっかり」
横から揺らされるがなんとも言えないのだ…。

リエルが戸惑っていると少し離れた場所から「リエ~!女子はもう寮に移動だって、一緒に行きましょ」とエヴィアスが手を降っているのが見えた。

リエルはこれ幸いとばかりに鞄を持ち直しケイン等に「また明日、お会いしましょう。おやすみなさい」と声をかけたあと、エヴィアスの元に駆け寄った。

「ごめん、邪魔しちゃった?」
寮に向かっている途中にかけられた言葉にリエルは首を横に振りながら
「そんなことないわ。ありがとう。」と微笑んだ。

「ね、少し聞こえたんだけどジュリエットローズを持ってるって本当?」
「えぇ、前に少しね…」
「何々?婚約者にも言えないことなんて気になるんだけど…」

「あのね、秘密にしてほしいんだけどあれは…………」
「え、嘘!本当に!?あ~、婚約者に言えないってそういう事…気まずすぎるわね」
「そういう事…秘密よ?」「えぇ!二人だけの秘密ね!」

今も会話に花を咲かせているリエルは知らない。

リエルが声をかけたあとのケインとリールの真っ赤に染まった顔も、シエルとアシュルトの表情に強い疑問が浮かんでいたことも何も知らないのだ。

そしてそれと同時に思い思いの表情を浮かべる彼等は知るはずもない。

シエルとルーガイルが反応したリエルの家にあるオールドローズは、その殆どが第二王子から押し付け…基、貰った物であることを…、

翌年の新入生決めの際にそれを知ったヴェルカ等がそのバラを無理矢理除去しようとすることも…まだこの場にいる誰も知らない。  

◆ 
花が花弁を散らし始めた芙蓉月の14 日目。

リエルは一人、寮のベットの上で朝日を浴びながらゆっくりとその目を開けた。

「ん…、」
日差しの暖かさにリエルがもう一度夢の中に入ろうとすると…

コンコン ドアをノックする音が響いた。

「…は~い」意識がはっきりとしてきたリエルがドレッサーの横にある扉に向かって声をかけると「リエ、起きてる?」とエヴィアスがその扉から顔を出した。

そう、ルナスーヴェルク学園の寮内でも女子しか入ることの出来ない場所であるエンヴェル寮は全部屋が完全個室。

そして、防犯の為に全ての部屋に隣の部屋に行き来できる扉がついているのだ。

リエルは自分の部屋に同じタイプの扉があった為さほど気にしていないが此れも珍しいものだ。

尚、隣部屋同士はペアと呼ばれ、学園での共同授業やペアワーク等はペアでやるようになっている。

「起きてるわ、どうかしたの?」

リエルはエヴィアスの顔を見ながらキョトンとした表情を浮かべた。そんなリエルにエヴィアスは申し訳無さそうな表情をしながらこう続けた。

「あのね、その…服を決めてほしいの」と。
「服?」リエルの首が横に傾く。

「リエ、服のセンス良いじゃない?ほら、今日から新しいクラスだし最初はピシッとしたいの…駄目?」
「駄目じゃないわ、ちょっと待ってね」
リエルはそう言って、ベットの横にあったスリッパに足を通した。

リエルの足が小さいのかスリッパが大きすぎるのか、それはリエルが歩く度にパタパタと音を立てた。

扉の下を通ってエヴィアスの部屋に入ったリエルは驚いた。ベット、ソファ、テーブル…至る所に服が掛かっているのだ。

「リエ~、ごめんね散らかってて……」
「大丈夫よ、もしかして此れ…」
「そう!!この2つまでは絞れたんだけど…」

ベットの上を占領していた2着の服。
片方はAラインのフレアドレス、もう片方はAラインのパーティードレス。

フレアドレスの方は総レースの物で上半身は黒、下半身はピンクのレースでミモレ丈ドレス。 

パーティードレスの方はスタンドネックの五分袖ドレス。肩の部分はフレアドレスと同じくレースで覆われている。

正直リエルからすれば何方も同じくらい可愛いし美しいのだが、エヴィアスの求めているのはそれでは無いだろう。

「そうね…、今日はフレアドレスの方にしましょう。芙蓉月とはいえまだまだ冷えるし…そうね、あのカーディガンと合わせるといいかも」

リエルはエヴィアスの体にドレスを当ててそう呟いた。

「直ぐに着替えてくるわ!」リエルの言葉を聞くなり直ぐにシャワールームに向かったエヴィアスを見て、リエルも自身の部屋に戻った。

リエルが着るのはベルラインドレスで、色は優しいベージュの物、上から桃色のストールを身につける。
髪型は昨日と同じくハーフアップ。メイクはピンクの物を少しだけ。

鞄に入っているのはメモ用紙とペン、タブレット端末の3つ。

「よし、大丈夫ね」鞄を持って鏡の前に立ったリエル。丁度そのタイミングでエヴィアスも準備が終わったらしい。

「リエ~、一緒に行きましょ」
通路側の扉の向こうから掛けられた声に返事を返してリエルは部屋を出た。

「リエ、その服とても可愛い!」
「本当?ありがとう。エヴィのもとても可愛いわ、ネックレスも似合っているわ」

「ありがとう!ネックレスは兄様に貰ったのよ、」「兄妹仲がいいのね、」
「う~ん、どうなんだろ…よく誂われるのよね…」「仲がいいからこそ…ね、」

二人で談笑しながら部屋を出て暫く歩いていると、寮のダイニングルーム…所謂食堂に着いた。

人は疎らで比較的開いている風に見える。

朝食はバイキング形式のようで、お皿と料理が乗った器が幾つか置いてあった。

リエルは朝から食べられるタイプでは無いので数種類のフルーツと飲み物を取って席に戻った。

一方、エヴィアスは朝から食べられるタイプらしく戻ってきたエヴィアスのお皿には沢山のパンやお肉、野菜が盛られていた。

「リエ、少なくない?大丈夫?」
「大丈夫よ、あんまり朝からは入らないの…」
「そうなの?家は朝から皆いっぱい食べるから気づかなかったわ…」

「そうなのね、家は…朝から一杯食べるのは兄様しかいないわ。」

「リエ…途中で倒れたりしないよね?」
「そのくらいで倒れないわ」

エヴィアスと話しながら食べ勧めていると、二人の女性がダイニングルームの少し離れたところから話し始めた。

「皆耳だけ少し貸して頂戴。知ってる人もいると思うけど、私は2年寮長のマリア・リュートよ。此方は同じく2年副寮長の…

「カリアよ、宜しくね~」

早速だけど…学園内に兄弟、もしくは親戚がいる人はいるかしら?婚約者でも良いわ」

突然掛けられたその言葉に一瞬場がざわつくも、寮長が一度手を合わせた。その行動で直ぐに落ち着いた。

副寮長の「居る子は手を上げてね~」と言う言葉に、ちらほらと手が上がる。勿論リエルもその内の一人だ。

寮長の説明を聞いていると、どうやら学園内で男女ペアを作る時は必ず交流が深い人とペアに成るらしい。

残りの手を挙げなかった生徒は推薦者と組むのだとか…

副寮長に2名ずつ名前を上げるように言われたリエルとエヴィアスは、リエルはアシュルトとルーガイルを、エヴィアスは兄と兄の友人の名前を出した。

正直に言えば兄の名前も出せたのだが、兄は高等部の為授業で関わることはないだろうと名前を伏せた。

因みにリエルやヴェルカは中等部一年、アシュルトやシエルは中等部3年、トオリは高等部2年である。

寮長の話が終わり食器を使用人に任せたリエルはエヴィアスと共に教室に向かっていた。

女子の教室は一学年に二クラスずつ。エンヴェル寮の中にあり、中等部の女子の割合は一学年に約20人。一クラス10人の少数である。

リエルは教室に入り、窓際の自分の家紋が彫ってある席に座った。エヴィアスは一つ後の席のようだ。

リエルがエヴィアスと話しながら机の上に端末を用意していると、不意に隣から「ねぇ、」と、声をかけられた。

「何でしょう?」そう返事をすると此方を一瞬見てから「寝るから、先生来たら起こして」とだけ言って眠ってしまった。

「ちょっと…!幾ら女性しか居ないからと言って公共の場で寝るだなんて…」エヴィアスが近くに言って注意をしているがもう既に目の前の少女は夢の中である。

「エヴィ、もう寝てしまっているわ」
「え?本当ね…、時間になったら声をかけましょ」
リエルの言葉に初めて気づいた様子のエヴィアスにリエルは思わず微笑んだ。

「ふふっ、そう言いつつ優しいのね」
「優しくなんてないわ、唯ほんの少しだけこの子の危機感が心配なだけで…
全く…この子のペアは何をやっているのかしら…」
「そういう事にしておくわ。ねぇ、エヴィこの行事って…」
「それ、お兄様に聞いた事あるわ。それはね…」


リエルとエヴィアスが話し込んでいると空いていた席がいつの間にか埋まっていたのに気づいた。

「そろそろ起こして上げないと…、」
リエルが少女の肩を数回揺らす。
すると暫くしてから少女の目が開いた。

「…何?」不機嫌そうに起きた少女にリエルは臆することなく答える。

「御免なさいね?でもそろそろ先生が来られるわ、準備しましょう?」心配そうにそう言葉を口にするリエルに、エルヴィスが「何って…貴方が私とリルに起こすように言ったんじゃ無い…」と、ため息を付きながら続けた。

「そうだっけ…?ありがとうございます?」
「何で疑問形なのよ!もぅ…」

リエルの隣…つまりエヴィアスから見て斜め後の前の少女。

エヴィアスが(兄様も勉強の前は寝ていたし、意外と考えているのかしら…)とリエルと眼の前の少女が話しているのをじっと見ていると、不意に少女と目があった。

見つめていたことを誤魔化す為に「な、何かよう?」とエヴィアスが声をかけると、少女はリエルの腕を掴みながらこちらを向いて、見下すように笑ったのだ。

エヴィアスはあまりの衝撃にピシッと岩のように固まった。
11年の人生の中で一番の衝撃である。

何せエヴィアスはそのような視線を、態度を向けられたことが(兄を除いて)一度もなかったのだ。

エヴィアスはこのとてつもなく大きな衝撃をどうやって鎮めれば良いというのだろうと考えた。けれど数分間考えても、この衝撃を沈める方法は思いつかなかった。

「エヴィ?どうかしたの?」リエルがエヴィアスの目の前に戻って来て尋ねた。

が、その言葉に余裕を持って返事が出来る程エヴィアスはまだ大人ではなかった。

エヴィアスは正面にあるリエルの体に抱きつきながら、少女笑顔を向けた。エヴィアスは今、人生で一番良い笑顔を浮かべている。勿論悪い意味で。

エヴィアスが眼の前の少女と火花を散らしていると、授業5分前を知らせるベルが鳴った。

リエルはエヴィアスの背中を軽くポンポンと叩いてその腕から体を離した後、隣の席の少女を手伝いながら必要なものを机の上に準備していった。

「ありがと…」

リエルは自分の席に戻るときに後ろからぼそっと聞こえた声に思わず自身の笑みが漏れたのを感じていた。

リエルが席に付き、端末を軽く操作しているともう一度。今度は授業開始を知らせるベルが鳴った。

ベルの音が止まったと同時に、一人の女性が部屋の中に入ってきた。

「皆様揃っておられますね、3年間貴方達の担当教師を務めます、ユリーナ・メタトロンと申します。良き関係が気づけますよう、願っております。」
 
入ってきて一言目に挨拶を口にした教師に、教室のいたるところから拍手が聞こえてくる。

入ってきた長い美しい赤茶髪を持つその女性は重い紺色のイブニングドレスに身を包んでおりその姿は優しげな雰囲気を醸し出している。

それなのに何処か凛としていてその姿はどこか家に居るはずのメイド長の姿を彷彿とさせた。

「さて、皆様。まずは初日と言う事で自己紹介から行いましょう。自己紹介なんて…と、思うかもしれませんが皆さんは此れから3年間同じクラスで過ごすクラスメイトなのですから、相手の事も良く知って上げましょうね。」

教師の言葉に何人かが返事を返したあと、自己紹介は席順で始まっていった。

「ハンネット・アースランです、私は…」
「イオネス・ヴィオレンテと申します。今回は…」

リエルは自分より前の人の言葉を参考にしようと耳を立てた。
聞いていると、名前・爵位・出身校・特技・趣味の5つを主に話しているようだ。リエルは何を話そうかとても悩んだ。

しかしリエルが悩んでいる間にも刻一刻と時間は迫っている。
エルヴィスの番が来るまであと二人、そしてリエルはエヴィアスの次だ。

身近に迫った自己紹介にリエルが心臓をバクバクとさせていると、とうとうエヴィアスの番がやってきた。

後ろから椅子を引いた音が聞こえていた。

「エヴィアス・レーンです。
爵位は侯爵、出身校はジェーノイド校初等部。
特技はマッサージで、趣味は写真を撮ることです。
3年間よろしくお願いします。」

そうまっすぐ前を向いて自信満々に自己紹介を行うエヴィアスに感銘を受けていると、直ぐにリエルの番はやってくる。

リエルは変な緊張から思考が停止しそうになるも、以前パーティーで初対面の男性を前に固まってしまったときにルーガイルから掛けられたこの言葉を思い出し、その言葉を頭の中で繰り返した。

("絶対に隠し通さなければならない"と思う必要は無いんだよ、緊張している事が相手にばれてもいい、相手にわかってしまってもいい。唯前を向いて、胸を張って自分を見失わないようにしていればいいんだ。簡単なことだろう?

さ、もう大丈夫だね?リー、)

リエルは一度深呼吸をして前を向いた。

大丈夫。緊張はしなくていい。

自己紹介なんてパーティーで話すより遥かに簡単な事なのだから。ただ笑みを絶やさず、言葉を紡ぎなさい。

この緊張に押し負ける必要はないのだから。

リエルは教師に促されながら重い足を上げて席を立つ。

一度深く目をつぶり、もう一度目を開けてふわりと花が咲くような笑みを浮かべる。

一度下を向いてから正面を向いたらそこはもうリエルの独壇場。

「リエル・シュルテンヴェルと申します。爵位は公爵で、学業は我が家の執事と婚約者の方からら手解きを…、特技は花と宝石の鑑定。趣味は服のデザイン…でしょうか。これから3年間よろしくお願い致します。」

リエルの自己紹介が終わり、リエルは直ぐに自分の席に腰を下ろした。

次の人が話し始めるのを見ながらリエル内心ほっと息を吐いた。

それから暫く自己紹介が終わり、教師がいなくなった教室の中でリエルはエヴィアスと話しながら今日の予定について話していた。

今日この後は学園の中を覚えるために学園の中を見て回り、その後に男女ペアの確認。そして学園で必要な荷物を受け取って寮に戻る。という流れのようだ。

リエルとエヴィアスが話し込んでいると廊下のドアが開いて教師の姿が見えた。どうやら早速学園の中を回る事になったようだ。

教師からはぐれ防止の為にペア同士で手を組むように指示されたリエルとエヴィアスはどちらともなく手を差し出し、自然な動作で手を繋いで教室の前に足を進めた。

________________
今回も今回とて文章がごちゃごちゃ…

テスト課題……何でこんなにあるの??


「よっしゃ連隊戦ktkr.3人とも迎え入れてる私に不覚はないわ!皆もう居るんだからゆっくり………え?新キャラ?腰ほっそ?え?……スゥー……行くか…」by.新キャラの顔が良すぎて困る審神者(当たれば切れるよ?当然か、)(死んでよ…)(痛かったら言って下さい。)&頼もしすぎる短刀組


「お!俺の誕生日を祝いに来てくれたのか?ありがとう!プレゼント?何だ何だ?」「まぁ…今日くらいは許してやる。」by.本日Birthdayの寮長様


「あぁぁぁぁ!か、花瓶が…」「は、花枯らせちまっただ」「料理ぃ?そんなモン火があれば………」by.とんでもない使用人たち
    
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感想 2

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みんなの感想(2件)

aya
2024.03.01 aya

面白いです!続き楽しみに待ってます!

解除
福藏 真美
2022.09.12 福藏 真美

毎回話のあとがき?みたいな所のセリフにある名前が秀逸でめっちゃ好き!(*≧ω≦)

結ノ葉
2022.09.20 結ノ葉

福藏 真美様

コメントありがとうございます!!(*˘︶˘*).。.:*♡

話の最後の方を読んでくださっている女神様がここにも…!私…感激で涙が…

(↑意図せず胡散臭い学園長をしてる鴉みたいになってる……イヤーーー!!)

名前…が秀逸だなんて…!滅茶苦茶嬉しいです❣❣
本当にありがとうございます♡

これからも更新頑張っていきますのでお付き合いいただければ幸いです(*‘ω‘ *)

解除

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